上 下
11 / 12

十一 困った人達

しおりを挟む
 それから何度かダグラス様とは一緒にお出掛けをして楽しく過ごすことができた。


 そんなある日、いつものようにダグラス様とレストランで食事をしていると、

「ナターシャ? ナターシャじゃないか! 探したんだぞ」

 聞きなれた傲慢な感じの男性の声が聞こえてきて、そちらを振り向くとそこには女性を連れたマクレーン子爵の子息のジョンがお店に入ってきたところだった。

 ずかずかと品の無い歩き方で女性を置いていく勢いでこちらに向かってきた。

「ナターシャ! 君がいないから、支払いが滞っているんだぞ! どうにかしろ! 君にはそれくらいしか価値が無いんだからな!」

 ――はい? 私達はもう赤の他人ですよね? 何故、私があなたのものを支払うのでしょうか?

「はあぁ、これがナターシャ? ミアの方が断然可愛いじゃん。うふふ。ジョンの言う通り、お金しか取り柄がないんだから、さっさと払ってよね。支払いが溜まっているから私達は何にも買えないんだからね」

「え? どなたかしら?」

 ――初対面ですよね? ミアってもしかして……。

「やだぁ。ミアって今言ったじゃん。耳、聞こえてる? 馬鹿じゃないのぉ」

「ナターシャ。この方たちは一体?」

 ――そうよ。私の席にはダグラス様だっていらっしゃるのよ。挨拶も無しにいきなり話しかけるなんて、とても失礼だわ。

 私はダグラス様の方を向くと平静に答えた。

「さあ、存じ上げませんわ」

「「はあ?!」」

 ジョンとミアは同時に叫んでいた。周りのことなど一切考えてないようだった。周囲の客が何事かとこちらを見始めた。

 ――本当にどこまでも自己中心的なお二人だこと。

「何言ってるんだ! 私はマクレーン子爵のジョンだぞ。君とは婚約していた仲じゃないか! それも忘れたのか、呆れたな。まあ、君とのことは伯爵家という名誉だけで婚約していただけだった。所詮そんなものは真実の愛には勝てやしないんだよ」

 鼻息荒くジョンが訳の分からないことを捲し立てた。それを聞いて横でミアと言った女が私を見下すようにクスクスと笑いだしだ。

「確かに婚約はとうの昔にあなたからの申し出で破棄されました。所詮、あなたが仰ったように貴族同士の婚約は家の繋がりだけですからね」

 店内はいつの間にか静まっていた。

 ……この騒ぎに興味津々で他の客の注目が集まっているのが分からないのかしらね?

 私の言葉にジョンが顔を顰めて叫んだ。

「なんだ。そんな昔のことを言って、そんなの今の話に関係無いじゃないか!」

「いいえ、あなたからの婚約破棄承諾書には今後お互い一切関係ない、再び婚約もしないという一文があります。私達は最早全く関係のない赤の他人です。これからもずっとそう。ですから私があなたとこうして話すことも、ましてやあなたの物を私が支払う必要など一切ありませんわ」

 私がそう言って睨むとやっと理解してくれたようだった。驚いたようにジョンは口をぱくぱくして、私を指差すだけだった。本当にマナーのなってない人よね。それでも子爵家の息子なのかしら。

「何と見苦しい。それでも子爵家の子息の言うことか、女性を貶めるとは騎士道に反する。いや貴族の末席にもおけんな」

「何だと、偉そうに、……な? お前、いえ、あなた様は、まさか、……ナターシャなんかと何故一緒に」

「これは名乗らず失礼した。どうやら、君は私のことを知っているようだな。私は王国騎士団副隊長ダグラス・ノーザンバレーだ」

「へえー、あなた騎士なの? ジョンより、全然格好いいじゃん! 私、今度はあなたにするわ!」

 ミアはジョンにしなだれかかっていた腕を振り払うようにすると、今度はダグラス様へと向かって突進した。しかし、ダグラス様は立ち上がるとスルリと躱された。ミアは椅子を巻き込んでガタガタと派手な音を立ててすっ転んだ。

「ミア! ああ、なんて酷いことをするんだ! やっぱり、ナターシャは」

 ――ですから、私は何も関係ありません。

「痛い! 痛いの! 酷いわ。私を避けるなんて! ジョンなんとかしてよ」

「私は何もしていないが、勝手に君が突っ込んで来たんじゃないか。それより、君達はそれ以上のことをナターシャにしでかしているだろう?」

「そんな、ナターシャなんて関係ないじゃない! 私がこんな酷い目に遭っているのに!」

「やれやれ、お話しにならないな」

 そこへ、店長らしき人がやってきた。

「お客様、店内で騒ぎは困ります。どうかお静かにお願いいたします」

「ああ、悪かった。支払いは私に、迷惑料も追加しておいてくれ」

 騒ぎにやってきた店長にダグラス様が謝った。

 ――ダグラス様は悪くないのに。

 そして、泣き叫ぶミアとジョンを置いてダグラス様と一緒に私は店を出た。

 ジョンに今まで言い返すことなどしたことなかったから、さぞかしジョンは驚いたのだろう。

 あんなに驚いた顔のジョンを見たのは初めてなのでおかしくて思い出すと笑いそうになった。本当に久しぶりに胸がすっとした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の婚約者は、転生者の王子だった ~悪役令嬢との再会に心を揺らす~

六角
恋愛
ラは、聖女として神に選ばれた少女である。彼女は、王国の平和と繁栄のために、王子と婚約することになった。しかし、王子は、前世の記憶を持つ転生者であり、ミラとは別の乙女ゲームの世界で悪役令嬢と恋に落ちたことがあった。その悪役令嬢は、この世界でも存在し、ミラの友人だった。王子は、ミラとの婚約を破棄しようとするが、ミラの純真な心に触れて次第に惹かれていく。一方、悪役令嬢も、王子との再会に心を揺らすが、ミラを裏切ることはできないと思っていた。三人の恋の行方はどうなるのか?

乙女ゲームのヒロインに転生したけど恋の相手は悪役でした!?

高遠すばる
恋愛
「君を、バッドエンドなんかに奪わせない」 ふと気づく。 「私」の美少女加減に。 リーゼロッテは普通の孤児で、普通の健康優良児。 今日も今日とてご飯が美味しいと思っていたら、 親戚を名乗る紳士がリーゼロッテを迎えに来た! さすが美少女、ロマンティックな人生だ! ところがどっこい、リーゼロッテを震撼させたのはその足元。こちらを見ているヤツは、まさかまさかの、乙女ゲームの悪役キャラ(幼少期)で!? シリアスラブラブ時々コメディ、愛が重すぎる、いつもの高遠食堂A定食です。

【完結】 気持ちのままに「面倒ですよね貴方が。」と言ったらパーティが静まり返りました。婚約破棄まっしぐらですね。やった!

BBやっこ
恋愛
なんで私が?ポータル家がというべきか。弟のお披露目の筈が、王子の接待係になってた。 大人達が『お似合いね、可愛らしいカップルだわ。』とくっつけたがっているのがわかる。 そう言えば、子供だから流されると思ってるの? 淑女のマナーである笑顔を作らず、私は隣の王子を観察した。面倒な案件と確定。排除します!

綿菓子令嬢は、この度婚約破棄された模様です

星宮歌
恋愛
とあるパーティー会場にて、綿菓子令嬢と呼ばれる私、フリア・フワーライトは、婚約者である第二王子殿下に婚約破棄されてしまいました。 「あらあら、そうですか。うふふ」 これは、普段からほわわんとした様子の令嬢が、とんでもない裏の顔をさらすお話(わりとホラー風味?) 全二話で、二日連続で、23時の更新です。

君を自由にしたくて婚約破棄したのに

佐崎咲
恋愛
「婚約を解消しよう」  幼い頃に決められた婚約者であるルーシー=ファロウにそう告げると、何故か彼女はショックを受けたように身体をこわばらせ、顔面が蒼白になった。  でもそれは一瞬のことだった。 「わかりました。では両親には私の方から伝えておきます」  なんでもないようにすぐにそう言って彼女はくるりと背を向けた。  その顔はいつもの淡々としたものだった。  だけどその一瞬見せたその顔が頭から離れなかった。  彼女は自由になりたがっている。そう思ったから苦汁の決断をしたのに。 ============ 注意)ほぼコメディです。 軽い気持ちで読んでいただければと思います。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

婚約破棄してみたらー婚約者は蓋をあけたらクズだった件

青空一夏
恋愛
アリッサ・エバン公爵令嬢はイザヤ・ワイアット子爵の次男と婚約していた。 最近、隣国で婚約破棄ブームが起こっているから、冗談でイザヤに婚約破棄を申し渡した。 すると、意外なことに、あれもこれもと、婚約者の悪事が公になる。 アリッサは思いがけない展開にショックをうける。 婚約破棄からはじまる、アリッサの恋愛物語。

悪役令嬢は死んでも治らない?! やり直しの機会を得た悪役令嬢はそれでも変わる気なし! しかもみんななぜか勘違いしてくれてチョロイw

高岩唯丑
恋愛
 ヴィオラ・グリムは贅沢三昧わがまま三昧をする、貴族令嬢だった。そして、領主の座を受け継いだ後は、さらにひどくなり、財政が傾いてもなお領民に重税を課してつなぎとめ、生活を変えようとはしなかった。  そしてついに、我慢できなくなった領民が、グリム家の遠縁であるオースティに頼り、革命が起こってしまう。これまで周りの人間を愚物と見下し、人を大事にしてこなかったヴィオラは、抵抗しようにも共に戦ってくれる者がおらず、捕まってしまい処刑されてしまうのだった。  処刑されたはずだった。しかしヴィオラが目を覚ますと、過去に戻ってきていた。そして、懲りずに贅沢をする日々。しかし、ふと処刑された時の事を思い出し、このままではまた処刑されてしまうと気づく。  考え抜いたヴィオラは、やはり贅沢はやめられないし、変わるのも嫌だった。残された手段はいくら贅沢をしても傾かない盤石な領地作りだけだった。  ヴィオラが最初に手を付けたのは社会階級の固定の撤廃だった。領地に限らず、この国ではいくら頑張っても庶民は庶民のままだ。それを撤廃すれば、領民を味方にできると考えた。  その手始めとして、スラム街の適当な人間を近衛の騎士にしてそれを証明とし、領民に公約をしようと考え、スラム街へと向かうのだった。

処理中です...