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三章 新たな世界へ
三十四 約束
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それから私は再び緑の貴婦人の館での生活を始めた。
あれほど心弾んだものは今の私には何もかも色褪せてしまっていた。何故なら一番大切に想えるものがなかった。自分で選んだ結果なので仕方がない。
私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「さあ、そんな辛気臭い顔をいつまでもするんじゃないよ。さあさ、お食べ。美味しいものを食べたら元気がでるってもんだよ」
ロタさんの言葉に私は少し笑みを浮かべた。台所で用意された料理を食堂に運ぼうとしたとき私は料理の匂いで気分が悪くなり思わず勝手口から外に走り出てしまった。
口元を押さえて蹲る。美味しそうな匂いのはずだし、料理は私の好物だったのに、どうしたことが匂いがダメだった。
「あんた、ひょっとして……。あれまあ、赤んぼが、出来たんじゃないかい?」
ロタさんが蹲る私の背中を優しく撫でてくれていた。
「赤ちゃん?」
それのことに私は未知の恐怖に襲われた。
もしそうなら家族の愛情を知らない自分が一人で育てられるのだろうか?
そのうちここを出て一人で生活しようと思っていたところなのにどうしたらいいの。
一人ならなんとかできる自信はあったけれど子どもを育てるとなったらどうなるのだろう。
それにこのことがアシュレイ様に知られたら……。私は身を震わせた。そしてロタさんに縋りついた。
「……違います! お願いです。このとことは誰にも言わないでください。お願い……」
一刻の猶予もなかった。私は部屋に駆け戻ると手早く荷物を纏めようとした。
でも、どこにいけばいいのだろう? あとは自分が帰れるのはあの修道院だけだ。
それだけは、嫌だった。躊躇している間に時間だけが過ぎていく。
手が振るえて何度も物を取り落としてしまって荷物を纏めることができなかった。
するとこんにちはと裏口から声が聞こえてきた。ロタさんが出ると思っていたのに何度も声がするので仕方なく、私が行ってみると猟師の若者が獲物を持ってきてくれたようだった。
「ああ、あんたが帰って来たと聞いて獲れたてのやつを持って来たぜ。それにしても、顔色が悪いなあ。しっかり食えよ」
猟師は手に持っていたウサギと燻製肉を掲げてみせた。
今なら、メロウ夫人やロタさんが彼を警戒していた意味が分かる。
何故ならあのときの何も知らなかった自分ではなくなっていたからだ。
猟師の視線や言葉に乗せられた好意にやっと鈍い私も気がついた。今の私なら分かるようになった。
だって、自分を熱く見ていた瞳を知ってしまったからだ。その瞳を私は自ら手放してしまった。私は思わず涙が零れそうになってしまった。
「どうした。気分でも悪いのかい?」
気遣わしげに猟師が尋ねてくれた。
いっそ彼に事情を話して、助けてもらうのもいいかもしれない。
私の新たな生活が軌道にのるまで。だけど、彼が私の肩に手を置こうとするのを無意識に避けてしまった。だめなのだ。触れられてもいいのはただ一人…。
私は彼に大丈夫だと首を横に振った。しかし、納得しないようだった。
「だけどさ、とても大丈夫そうじゃ……」
彼は再度手を差しのべてきたときに館に続く森の奥から荒々しい蹄の音が聞こえた。
まさか? という思いとそうであって欲しいと私はそちらを見遣った。こちらへ急いでくる馬上の人物が見えてきた。
「おお、あれは英雄様じゃないか。凄い剣幕でこちらにやって来ている」
猟師もここに出入りしているその人物を知っていた。
アシュレイ様が敷地に入ると馬上から降りて馬を引きながらこちらに近づいてきた。
彼のやや赤みがかった金色の髪が日差しの中で光を反射していた。それ以上に輝いているのはあの赤褐色の瞳だった。
「……どうして」
「この近くの町でずっと逗留していた。それで、さっき君が身籠っていると聞いて……」
「どうして……」
私は同じ言葉を繰り返すだけだった。彼はそんな私を抱きしめた。
「君が嫌だと言っても私は連れて帰る。なあに盗む手管は今まで相手した奴らから散々聞いていたからな」
「……」
「君が私を真っ当な道にもどすのだろう? 修道女殿」
「それは……、仕方ありませんね。出来るのが私しかいないと言うなら……」
「勿論、君以外に誰が私に愛を説けると?」
ふふっと私はここに戻って来てから初めて笑みを浮かべた。そのままアシュレイ様の逞しい胸に顔を埋めた。
「ああ、そういうことか……」
そんな私達を見ながら猟師の若者は一人呟いていた。
「まあ、あたしがいい女を紹介したげるさ」
ロタさんがそこへやって来て、落胆する猟師の若者にそう慰めの言葉をかけた。
緑の木々がキラキラと祝福するように輝きをはなっていた。
了
ムーンライトからの追加改稿の作品です。ここまでお読みいただきありがとうございました。
また他の作品もどうぞよろしくお願いします。
あれほど心弾んだものは今の私には何もかも色褪せてしまっていた。何故なら一番大切に想えるものがなかった。自分で選んだ結果なので仕方がない。
私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「さあ、そんな辛気臭い顔をいつまでもするんじゃないよ。さあさ、お食べ。美味しいものを食べたら元気がでるってもんだよ」
ロタさんの言葉に私は少し笑みを浮かべた。台所で用意された料理を食堂に運ぼうとしたとき私は料理の匂いで気分が悪くなり思わず勝手口から外に走り出てしまった。
口元を押さえて蹲る。美味しそうな匂いのはずだし、料理は私の好物だったのに、どうしたことが匂いがダメだった。
「あんた、ひょっとして……。あれまあ、赤んぼが、出来たんじゃないかい?」
ロタさんが蹲る私の背中を優しく撫でてくれていた。
「赤ちゃん?」
それのことに私は未知の恐怖に襲われた。
もしそうなら家族の愛情を知らない自分が一人で育てられるのだろうか?
そのうちここを出て一人で生活しようと思っていたところなのにどうしたらいいの。
一人ならなんとかできる自信はあったけれど子どもを育てるとなったらどうなるのだろう。
それにこのことがアシュレイ様に知られたら……。私は身を震わせた。そしてロタさんに縋りついた。
「……違います! お願いです。このとことは誰にも言わないでください。お願い……」
一刻の猶予もなかった。私は部屋に駆け戻ると手早く荷物を纏めようとした。
でも、どこにいけばいいのだろう? あとは自分が帰れるのはあの修道院だけだ。
それだけは、嫌だった。躊躇している間に時間だけが過ぎていく。
手が振るえて何度も物を取り落としてしまって荷物を纏めることができなかった。
するとこんにちはと裏口から声が聞こえてきた。ロタさんが出ると思っていたのに何度も声がするので仕方なく、私が行ってみると猟師の若者が獲物を持ってきてくれたようだった。
「ああ、あんたが帰って来たと聞いて獲れたてのやつを持って来たぜ。それにしても、顔色が悪いなあ。しっかり食えよ」
猟師は手に持っていたウサギと燻製肉を掲げてみせた。
今なら、メロウ夫人やロタさんが彼を警戒していた意味が分かる。
何故ならあのときの何も知らなかった自分ではなくなっていたからだ。
猟師の視線や言葉に乗せられた好意にやっと鈍い私も気がついた。今の私なら分かるようになった。
だって、自分を熱く見ていた瞳を知ってしまったからだ。その瞳を私は自ら手放してしまった。私は思わず涙が零れそうになってしまった。
「どうした。気分でも悪いのかい?」
気遣わしげに猟師が尋ねてくれた。
いっそ彼に事情を話して、助けてもらうのもいいかもしれない。
私の新たな生活が軌道にのるまで。だけど、彼が私の肩に手を置こうとするのを無意識に避けてしまった。だめなのだ。触れられてもいいのはただ一人…。
私は彼に大丈夫だと首を横に振った。しかし、納得しないようだった。
「だけどさ、とても大丈夫そうじゃ……」
彼は再度手を差しのべてきたときに館に続く森の奥から荒々しい蹄の音が聞こえた。
まさか? という思いとそうであって欲しいと私はそちらを見遣った。こちらへ急いでくる馬上の人物が見えてきた。
「おお、あれは英雄様じゃないか。凄い剣幕でこちらにやって来ている」
猟師もここに出入りしているその人物を知っていた。
アシュレイ様が敷地に入ると馬上から降りて馬を引きながらこちらに近づいてきた。
彼のやや赤みがかった金色の髪が日差しの中で光を反射していた。それ以上に輝いているのはあの赤褐色の瞳だった。
「……どうして」
「この近くの町でずっと逗留していた。それで、さっき君が身籠っていると聞いて……」
「どうして……」
私は同じ言葉を繰り返すだけだった。彼はそんな私を抱きしめた。
「君が嫌だと言っても私は連れて帰る。なあに盗む手管は今まで相手した奴らから散々聞いていたからな」
「……」
「君が私を真っ当な道にもどすのだろう? 修道女殿」
「それは……、仕方ありませんね。出来るのが私しかいないと言うなら……」
「勿論、君以外に誰が私に愛を説けると?」
ふふっと私はここに戻って来てから初めて笑みを浮かべた。そのままアシュレイ様の逞しい胸に顔を埋めた。
「ああ、そういうことか……」
そんな私達を見ながら猟師の若者は一人呟いていた。
「まあ、あたしがいい女を紹介したげるさ」
ロタさんがそこへやって来て、落胆する猟師の若者にそう慰めの言葉をかけた。
緑の木々がキラキラと祝福するように輝きをはなっていた。
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執筆の励みになります(^^♪
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( ´ ▽ ` )ノ