完【R15】盗賊騎士と愛を知らない修道女

えとう蜜夏☆コミカライズ中

文字の大きさ
上 下
34 / 35
三章 新たな世界へ

三十三 私は誰?

しおりを挟む
 翌日、私は小さな紙切れを国王陛下の侍従から渡された。

 勿論アシュレイ様にも相談して二人で王の私室に赴いた。部屋には既に隣国第三王子のコルス様と国王陛下のお二人がいらしていた。

 そして、私は国王から自分の驚くべき出自を聞かされた。
「何と仰られましたか? 私がその……」

「そなたは隣国に嫁いだ我が王女アマーリエの娘だ。訳あって修道院で育てておったのじゃ。だからそなたは私の孫になる。カーステア伯の息子の妻より、この隣国の第三王子のコルス殿の妻になれ」

 国王と隣国の第三王子から聞かされたことは私の想像を超えていた。

「自分としては男の影で怯えるように控えている女はタイプじゃない。もっと色気のある気の強いほうが自分は好みだけどね」

 コルス王子様はおどけたように話した。

「リリー、聞くな!」

「君はいくら辺境伯の息子と言っても所詮、一貴族の子弟にすぎない。私と比べるべくもないだろう? 不遜だ。控えたまえ」

 コルス王子様は威厳のある雰囲気でアシュレイ様を一蹴した。だけどそれに怯むことなくアシュレイ様は彼らを見据えていた。

「彼女がそうだという証拠は?! それにもうその修道女は亡くなっている」

 私を頭から抱きかかえるように庇って、国王たちに吐き捨てるように言い放った。

「アシュレイ様……」

 私が呆然としていたところに扉が開け放たれた。扉を守っていたものたちは床に転がされていた。

「……いい加減、うちのものを返してもらいたいものだ」

 静かに怒りを表しているところは親子でよく似ていた。それぞれが声を上げてその名を呼んだ。

「カーステア伯?」

「父上!」

「一体。これは何の馬鹿騒ぎですかね。陛下?」

 カーステア伯のそのセリフの最後は低く地に響くような声だった。

「こ、これは、私の気持ちだけでなく……」

 王がやや慌て気味に弁解しだした、カーステア伯は、はああと溜息をすると、

「先日、私は忠告しましたがね。陛下はうちと本格的にことを構えるおつもりか?」

「か、彼はドナテアの次代の王となる。だから王妃となれるのだ。悪い話ではないだろう?」

 何気に王は隣国の最高機密を口にしていた。しかし、それさえもカーステア伯にとっては何でもないことだった。彼は王の言葉を鼻で笑った。

「第一、それをネタにドナテアを脅して来たくせに、今更、掌を返すおつもりか?」

 リリーとアシュレイを丸め込めばいいだろうと安易に考えていた王はカーステア伯の昔を知っているがゆえにこれ以上はもはや何もできないことを悟った。

 息子とは桁違いの眼光の鋭さでカーステア伯はコルス王子を見据えた。

「ドナテアの若造、……ああ、何なら、河口の封鎖でもやろうか? それとも今年の農作物の輸入制限を掛けようか?」

 海と山の様子から彼は長年の経験でその年の気候を読む。彼の作付けは各国の指標にもなっていた。それが、敵に回るというのだ。それは国の、いや国民の生活に着実に響く。

 そうなるとゆくゆくは国自体をも蝕むということになることは広く知られていた。

 カーステア伯は更に運輸の力からも揺さぶろうと言うのだ。それはもはやドナテア国自体の存亡にも関わってくる。コルス王子は顔面蒼白となっていた。

 蛇に睨まれたどころではなかった。もはや伝説のドラゴンの咆哮だった。

 みるみる青ざめる王子を見て、それ以上の冷たい視線でカーステア伯は眺めた。

「ボーヤ、どうやらケンカを売る相手を間違えたようだな」






 無事に私達は御前を離れることが出来たものの馬車の中では気まずい雰囲気のままだった。

「アシュレイ様は、知っていらしたのですか?」

「……」

「私を騙して?」

「それは! そんなことは……」

「さぞかし、滑稽なことだったことでしょう。身寄りもない孤児だと言っていた私を見て……」

「……」

 何も言わないアシュレイに私は続けた。

「もしかして、逆に……あなたが、結婚を決めたのは、私が王の……」

 それ以上は、言えなかった。自分が惨めになっていくだけだったからだ。

「違う! 断じてそれはない」

 アシュレイ様の叫びは私に響かなかった。アシュレイ様は不安げな口調で確かめるように続けた。

「君は私のものだ……」

「……私は誰のものでもありません」

 弾かれたように彼は私の方を見た。あの英雄が泣いているような気配がした。勿論そんなことはなかったけれど、私は極力、自分の表情を消した。

「さようなら、アシュレイ様、今までありがとうございました」

「リリー……」

「カーステア伯も……」

 本当の父親と思っていた。だから私は頭を下げて別れを伝えた。

「せめて、身を寄せる先だけでも我々に教えてくれ」

 カーステア伯はそんな私に心配げに言ってくださいった。

「では、メロウ様のところへ、……それでよろしいでしょうか?」

 今思えば、夫人も舞踏会でも、なにくれともなく世話をやいてくれた。多分、最初から彼女も私が王孫だと知っていたのだ。でもそれを恨む気持ちはなかった。あそこでの生活は私にとってかけがえのないものだったからだ。



 カーステア伯は一度馬車を止めて御者に指示していた。私はもうアシュレイの方を見ることはなかった。

 途中でカーステア伯が手配してくれたメロウ夫人の馬車に移る。私が馬車から降りるとアシュレイ様が叫んでいた。カーステア伯が彼を押しとどめているようだった。

「リリー! 愛している! 側にいると誓ったじゃないか」

 私は振り返らなかった。いえ、振り返れなかった。

「君を愛しているんだ!」

 アシュレイ様の悲痛な叫びは辺りに響いた。メロウ夫人も心配そうな顔をしたが何も聞かなかった。私は何も話したくなくて馬車に乗ると目を閉じた。ここ数日でいろいろありすぎて少し考える時間が欲しかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

その神子は胃袋を掴まれている

成行任世
恋愛
ーーー私は出来損ないだから とある事情で、辺境の館に暮らす盲目の公爵令嬢シャーロット。家族からも使用人からも冷遇されていた彼女のもとに、ある日突然毛色の違う使用人達が現れる。 「今日は野菜スープが飲みたいです」 これは、心優しき盗賊と冷遇される神子の始まりの物語。 ※この物語は、身体に障害を持つ方を差別するような表現がありますが、そのような意図は一切ありません。 ご了承下さい。

【完結】氷の令嬢は王子様の熱で溶かされる

花草青依
恋愛
"氷の令嬢"と揶揄されているイザベラは学園の卒業パーティで婚約者から婚約破棄を言い渡された。それを受け入れて帰ろうとした矢先、エドワード王太子からの求婚を受ける。エドワードに対して関心を持っていなかったイザベラだが、彼の恋人として振る舞ううちに、イザベラは少しずつ変わっていく。/拙作『捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る』と同じ世界の話ですが、続編ではないです。王道の恋愛物(のつもり)/第17回恋愛小説大賞にエントリーしています/番外編連載中

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

処理中です...