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三章 新たな世界へ
三十二 悪しき習慣
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王宮での大舞踏会の出だしは波乱の予兆を示していた。
気づいたのはカーステア伯だった。残念ながら、息子のアシュレイにはまだそこまでの経験値はなかった。
カーステア伯は息子夫婦に遅れることなく単騎で国王の元に参じて王は彼と別室で話し合っていた。
「そちの……、いや……」
「今は息子の嫁です。何もおっしゃるな。それ以上は……」
カーステア伯の息子と同じ赤褐色の瞳がさらに深みを増した。
「我々はあれに償わなければいけない」
「手遅れですな。もう、何もなされることはない。あの時に、それはすべきだった」
カーステア伯は王に対し威圧をもってその場を制した。ただ、それは辺境伯と王だけのやり取りであった。
数日続く大舞踏会と言う名のバカ騒ぎの宴は後半はいささか様相が変わってくる。
最初の日はお互いの近況を一通り交わすとそこからは一族の社交としての縁談や領地の特産物の交易などを結ぼうとする。また、それ以外のもう一つの貴族の社交場として。
大舞踏会も二日目が過ぎようとしていた。王宮に賜っている部屋で休むもの。王宮近くのタウンハウスで過ごすものそれぞれいる。カーステア伯は王都にあるタウンハウスで泊まっていた。
二日目ともなると舞踏会も大分砕けた雰囲気となっていて、私は中庭で少し休もうとアシュレイ様を誘った。
「リリー。あまり奥の方に行ってはいけない」
「あら、申し訳ありません。つい人気のいないところに行きたくて」
修道院で限られた人としか会うことが無かったためこの混雑さは少し辛かった。
そのとき王宮の中庭がさがさと奥の茂みが揺れたので私はつい身構えてしまった。
「ク、クマ?」
私の言葉にアシュレイ様は一瞬目を見開いたあと、くっと苦笑をもらした。
「何だと思う?」
「城内ですから、クマはいないですよね」
次に私の耳には苦しそうな女の声が聞こえてきた。
「アシュレイ様。大変です。女の人がクマか何かに襲われています」
「クマではないと思うが、まあ、……襲われて、はいるのか、いや、……まあそうだな」
歯切れの悪いアシュレイ様に構わず、私は何か武器になるものはと辺りを見回した。
「ああ、それはやめておいたほうがいい。馬に蹴られる」
「う、馬がいるんですか?」
「まあ、なんだ」
そう言いながら、アシュレイ様は私を別の茂みに連れ込んだ。そして、いきなり深い口づけを交わしてきた。そのまま首筋に噛みつくようなキスを続けた。
「あ、うん」
勝手に私の身体の方が反応していく。
「だ、だから、アシュ、レイ、さ、ま、んん」
「こういうことだ」
アシュレイ様の動きで自然と自分達の茂みが揺れた。それで、そういう宮廷事情に鈍い私も理解してしまった。
「わ、分かりましたから。こんなところで、おやめください」
アシュレイ様と再び会場へと戻る。
「あと一日我慢すれば解放される」
「大舞踏会は三日三晩ありますものね」
「ああ、三日間は強制参加だ。やれやれ。贅沢なものだ」
アシュレイ様も言葉に私はふふとつい笑みをこぼした。そのときアシュレイ様に男性が話しかけてきた。
「なんだと?」
「いや、だから、コルス王子が奥方ともっとお話をされたいと」
「ばかばかしい話はやめろ。彼女は私の正式な妻だ」
「いえ、これはレオナル卿にもよいお話だと……」
その男爵は良い話だと意気揚々とアシュレイ様に話していた。
「アシュレイ様、お話くらい……」
私はアシュレイ様にコルス王子様と話くらいなら別に構わないではないかと言おうとしたが、アシュレイ様からはぎろりとこれでもないくらい睨まれた。怒らせると二人になった時が怖いのでそれ以上は口をはさむのは止めた。
遠くから件の王子は涼しげな視線でこちらを見ていた。でも、話ぐらいなら今でもいいのでは? 私は不思議に思った。
もう夜も遅く今夜の舞踏会も終わりかけている。
「そろそろ、館に戻ろう」
アシュレイ様が声を掛けて私の肩を抱き寄せると歩き始めた。二人だけになるのを見計らって私は先ほどの続きを持ち出した。
「あの、お話ぐらいは……、アシュレイ様のためなら」
「話だけで済むわけがない。あれは逢引きの誘いだ」
「え? 逢引きとは?」
自分はもう人妻だけど、どういうことなのだろう。それとも他に宮廷用に別の意味があるのだろうか?
私困惑顔にアシュレイ様が苦々しく答えた。
「この宮廷の悪しき習慣だ。暇なやつらが考えたんだ。身分の下のものが上位の者へ、袖の下として、自分の妻を差し出す」
「え?」
妻を差し出す? 私はあまりのことに考えがついていけなかった。
「もういい。私がそんなことをするはずがない。深く考えるな。彼は自分の妻も地位のためには喜んで差し出すやつだ。私と同じにしないでくれ」
アシュレイ様はそう仰ると私の結い上げて金色の髪粉を振りかけた頭を胸元に抱き寄せた。
アシュレイも今夜の舞踏会が後半になって、リリーをぶしつけに値踏みするやからが増えたのには気がついていた。ただ、さすがに自分に面と向かってやってくるものはなかったから捨て置いたが……、どちらかというと策謀より力技な自分には、こういった駆け引きは向いていない。
アシュレイは父がこの会に母を連れて行くのを渋る気持ちがよく分かった。女性側にその気が無くても、いつ不埒なものが手引きするか分かったものではない。
今夜のリリーの美しさは格別だった。叔母のメロウ夫人がさり気なく彼女を陰に隠すようにしてくれたのには助かった。でなければもっと不埒な奴らが増えただろう。流石緑の貴婦人と呼ばれるだけある。
そしてメロウ夫人はリリーを連れて先にこの場から立ち去ってくれた。自分も必要な挨拶を済ませて引き上げようとしたところ、コルス王子がアシュレイに話しかけてきた。
「恒例のご機嫌伺いの発端は、この国の悪しき習慣も一因でしたね。臣下から差し出された女に溺れて追い出された哀れな王女の……」
「……」
このような場で言うことではないが、今夜の舞踏会もう無礼講の時間になっていたので、彼らの会話を気にするものはいなかった。もともと自分とこの王子は年も近くこれまでの場でもそれなりに話はしていたのだ。彼はアシュレイが何も言わないので続けた。
「可哀相な王女は修道院に送り込まれて、私の姪とやらもそこでお世話になっていたみたいですよ。もし、彼女が表舞台に出てきたとしたら、現在の我が国の王位継承権は暫定一位、私の座を追い抜くことになりますね。男だったら、争いの火種になりかねませんが……まあ、女性だから、円満な解決策方法がないとは言えませんがね」
「それが、何か?」
自分に関係あるのかというふうにアシュレイがコルス王子へ尋ねた。
「ああ、そう言えばあなたの奥方も修道院でいらしたとか……」
「……」
押し黙ってしまったアシュレイを王子は興味深げに見た。
そんな態度では相手につけ込まれるとコルスは指摘をしたいくらいだった。
もちろん自分としては、彼女はこのままこの男の妻で一生を終えて欲しい。その方がお互いのためだろう。今更、のこのこでてこられても困る。
そう思ってあえて釘を刺してみた。彼女を裏で始末してもよいが、長年のつき合いでこの男のことを知っているがゆえに、敵に回すのは、いささか無謀と言えるだろう。
まして、眼前の男一人ならまだしも、その後ろにはあのカーステア伯が控えている。
カーステア伯はなんといっても自分以上に百戦錬磨の男だ。自分も策略をめぐらすほうだが、あの男を敵に回すのは得策ではない。
カーステア一族もだった。あの一族は結束力が強い。そしてその結束のもと親族それぞれが国境を支えている。
各国が一見友好関係にあるのは国境を守る彼ら一族の力が大きい。陸と海とその軍事力は、各国の中でもずば抜けている。その交易や交渉手腕においてもばかにならない。
ただ、彼女、リリーは昔の初恋の欠片だった。
ついちょっかいを出してしまったのはどうしようもできないものであった。決して彼女自身に向けたものではない。そう王子は思い込もうとした。
リリーにその昔、自分の見た女性の面影を重ねる。リリーの艶やかな銀色の髪は髪粉で誤魔化しているようだが、それは逆に金色だった彼女の髪の色に似てしまっている。
艶やかな銀色は彼女の不実な夫のものだった。この国の王女を捨て愛人の元に走って情死した我が国の第二王子、自分の兄である彼のその浅はかで愚かさの証でもあった。
送り帰された王女のお腹の中には既に子どもがいたのにそれも兄は無視した。当時の両国の大スキャンダルは、あまりの結末から関係者は沈黙した。当然のごとく隣国は抗議してきたが、直後に元凶である第二王子は愛人のもとで死んだ。
それから我が国はご機嫌取りに毎年この国への挨拶を欠かさない。
当然のように自分がご機嫌取りに行かされた。
それも、そろそろ終わりになるだろう。なにせ第一王子は男しか愛せない。お飾りの妃は清いままだった。自分の次の王位は確定されたようなものだ。もっとも対外的には伏せられているが……。玉座に座るまで外交で少し世界を見てみたいと思っていたが、面白いものを見つけてしまった。
気づいたのはカーステア伯だった。残念ながら、息子のアシュレイにはまだそこまでの経験値はなかった。
カーステア伯は息子夫婦に遅れることなく単騎で国王の元に参じて王は彼と別室で話し合っていた。
「そちの……、いや……」
「今は息子の嫁です。何もおっしゃるな。それ以上は……」
カーステア伯の息子と同じ赤褐色の瞳がさらに深みを増した。
「我々はあれに償わなければいけない」
「手遅れですな。もう、何もなされることはない。あの時に、それはすべきだった」
カーステア伯は王に対し威圧をもってその場を制した。ただ、それは辺境伯と王だけのやり取りであった。
数日続く大舞踏会と言う名のバカ騒ぎの宴は後半はいささか様相が変わってくる。
最初の日はお互いの近況を一通り交わすとそこからは一族の社交としての縁談や領地の特産物の交易などを結ぼうとする。また、それ以外のもう一つの貴族の社交場として。
大舞踏会も二日目が過ぎようとしていた。王宮に賜っている部屋で休むもの。王宮近くのタウンハウスで過ごすものそれぞれいる。カーステア伯は王都にあるタウンハウスで泊まっていた。
二日目ともなると舞踏会も大分砕けた雰囲気となっていて、私は中庭で少し休もうとアシュレイ様を誘った。
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「あら、申し訳ありません。つい人気のいないところに行きたくて」
修道院で限られた人としか会うことが無かったためこの混雑さは少し辛かった。
そのとき王宮の中庭がさがさと奥の茂みが揺れたので私はつい身構えてしまった。
「ク、クマ?」
私の言葉にアシュレイ様は一瞬目を見開いたあと、くっと苦笑をもらした。
「何だと思う?」
「城内ですから、クマはいないですよね」
次に私の耳には苦しそうな女の声が聞こえてきた。
「アシュレイ様。大変です。女の人がクマか何かに襲われています」
「クマではないと思うが、まあ、……襲われて、はいるのか、いや、……まあそうだな」
歯切れの悪いアシュレイ様に構わず、私は何か武器になるものはと辺りを見回した。
「ああ、それはやめておいたほうがいい。馬に蹴られる」
「う、馬がいるんですか?」
「まあ、なんだ」
そう言いながら、アシュレイ様は私を別の茂みに連れ込んだ。そして、いきなり深い口づけを交わしてきた。そのまま首筋に噛みつくようなキスを続けた。
「あ、うん」
勝手に私の身体の方が反応していく。
「だ、だから、アシュ、レイ、さ、ま、んん」
「こういうことだ」
アシュレイ様の動きで自然と自分達の茂みが揺れた。それで、そういう宮廷事情に鈍い私も理解してしまった。
「わ、分かりましたから。こんなところで、おやめください」
アシュレイ様と再び会場へと戻る。
「あと一日我慢すれば解放される」
「大舞踏会は三日三晩ありますものね」
「ああ、三日間は強制参加だ。やれやれ。贅沢なものだ」
アシュレイ様も言葉に私はふふとつい笑みをこぼした。そのときアシュレイ様に男性が話しかけてきた。
「なんだと?」
「いや、だから、コルス王子が奥方ともっとお話をされたいと」
「ばかばかしい話はやめろ。彼女は私の正式な妻だ」
「いえ、これはレオナル卿にもよいお話だと……」
その男爵は良い話だと意気揚々とアシュレイ様に話していた。
「アシュレイ様、お話くらい……」
私はアシュレイ様にコルス王子様と話くらいなら別に構わないではないかと言おうとしたが、アシュレイ様からはぎろりとこれでもないくらい睨まれた。怒らせると二人になった時が怖いのでそれ以上は口をはさむのは止めた。
遠くから件の王子は涼しげな視線でこちらを見ていた。でも、話ぐらいなら今でもいいのでは? 私は不思議に思った。
もう夜も遅く今夜の舞踏会も終わりかけている。
「そろそろ、館に戻ろう」
アシュレイ様が声を掛けて私の肩を抱き寄せると歩き始めた。二人だけになるのを見計らって私は先ほどの続きを持ち出した。
「あの、お話ぐらいは……、アシュレイ様のためなら」
「話だけで済むわけがない。あれは逢引きの誘いだ」
「え? 逢引きとは?」
自分はもう人妻だけど、どういうことなのだろう。それとも他に宮廷用に別の意味があるのだろうか?
私困惑顔にアシュレイ様が苦々しく答えた。
「この宮廷の悪しき習慣だ。暇なやつらが考えたんだ。身分の下のものが上位の者へ、袖の下として、自分の妻を差し出す」
「え?」
妻を差し出す? 私はあまりのことに考えがついていけなかった。
「もういい。私がそんなことをするはずがない。深く考えるな。彼は自分の妻も地位のためには喜んで差し出すやつだ。私と同じにしないでくれ」
アシュレイ様はそう仰ると私の結い上げて金色の髪粉を振りかけた頭を胸元に抱き寄せた。
アシュレイも今夜の舞踏会が後半になって、リリーをぶしつけに値踏みするやからが増えたのには気がついていた。ただ、さすがに自分に面と向かってやってくるものはなかったから捨て置いたが……、どちらかというと策謀より力技な自分には、こういった駆け引きは向いていない。
アシュレイは父がこの会に母を連れて行くのを渋る気持ちがよく分かった。女性側にその気が無くても、いつ不埒なものが手引きするか分かったものではない。
今夜のリリーの美しさは格別だった。叔母のメロウ夫人がさり気なく彼女を陰に隠すようにしてくれたのには助かった。でなければもっと不埒な奴らが増えただろう。流石緑の貴婦人と呼ばれるだけある。
そしてメロウ夫人はリリーを連れて先にこの場から立ち去ってくれた。自分も必要な挨拶を済ませて引き上げようとしたところ、コルス王子がアシュレイに話しかけてきた。
「恒例のご機嫌伺いの発端は、この国の悪しき習慣も一因でしたね。臣下から差し出された女に溺れて追い出された哀れな王女の……」
「……」
このような場で言うことではないが、今夜の舞踏会もう無礼講の時間になっていたので、彼らの会話を気にするものはいなかった。もともと自分とこの王子は年も近くこれまでの場でもそれなりに話はしていたのだ。彼はアシュレイが何も言わないので続けた。
「可哀相な王女は修道院に送り込まれて、私の姪とやらもそこでお世話になっていたみたいですよ。もし、彼女が表舞台に出てきたとしたら、現在の我が国の王位継承権は暫定一位、私の座を追い抜くことになりますね。男だったら、争いの火種になりかねませんが……まあ、女性だから、円満な解決策方法がないとは言えませんがね」
「それが、何か?」
自分に関係あるのかというふうにアシュレイがコルス王子へ尋ねた。
「ああ、そう言えばあなたの奥方も修道院でいらしたとか……」
「……」
押し黙ってしまったアシュレイを王子は興味深げに見た。
そんな態度では相手につけ込まれるとコルスは指摘をしたいくらいだった。
もちろん自分としては、彼女はこのままこの男の妻で一生を終えて欲しい。その方がお互いのためだろう。今更、のこのこでてこられても困る。
そう思ってあえて釘を刺してみた。彼女を裏で始末してもよいが、長年のつき合いでこの男のことを知っているがゆえに、敵に回すのは、いささか無謀と言えるだろう。
まして、眼前の男一人ならまだしも、その後ろにはあのカーステア伯が控えている。
カーステア伯はなんといっても自分以上に百戦錬磨の男だ。自分も策略をめぐらすほうだが、あの男を敵に回すのは得策ではない。
カーステア一族もだった。あの一族は結束力が強い。そしてその結束のもと親族それぞれが国境を支えている。
各国が一見友好関係にあるのは国境を守る彼ら一族の力が大きい。陸と海とその軍事力は、各国の中でもずば抜けている。その交易や交渉手腕においてもばかにならない。
ただ、彼女、リリーは昔の初恋の欠片だった。
ついちょっかいを出してしまったのはどうしようもできないものであった。決して彼女自身に向けたものではない。そう王子は思い込もうとした。
リリーにその昔、自分の見た女性の面影を重ねる。リリーの艶やかな銀色の髪は髪粉で誤魔化しているようだが、それは逆に金色だった彼女の髪の色に似てしまっている。
艶やかな銀色は彼女の不実な夫のものだった。この国の王女を捨て愛人の元に走って情死した我が国の第二王子、自分の兄である彼のその浅はかで愚かさの証でもあった。
送り帰された王女のお腹の中には既に子どもがいたのにそれも兄は無視した。当時の両国の大スキャンダルは、あまりの結末から関係者は沈黙した。当然のごとく隣国は抗議してきたが、直後に元凶である第二王子は愛人のもとで死んだ。
それから我が国はご機嫌取りに毎年この国への挨拶を欠かさない。
当然のように自分がご機嫌取りに行かされた。
それも、そろそろ終わりになるだろう。なにせ第一王子は男しか愛せない。お飾りの妃は清いままだった。自分の次の王位は確定されたようなものだ。もっとも対外的には伏せられているが……。玉座に座るまで外交で少し世界を見てみたいと思っていたが、面白いものを見つけてしまった。
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