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三章 新たな世界へ
二十八 守りたいもの
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どんなことを話していいのか分からず押し黙っているとアシュレイ様のお母様は私に優しく労わるように話しかけてくださった。
「今日から、お母様と呼んでね」
その言葉に堪らず私の瞳からぽとぽとと涙が伝った。ここ数日だけでもいろいろありすぎて自分の中では限界がきていた。
「母上」
アシュレイ様が非難めいた視線を送ると私の肩にそっと手を置いてくださった。私はアシュレイ様の手に自分の手を重ねて何でもないと伝えると涙を拭きながら嬉しそうに答えた。
「お母様なんて、……初めてです。とても嬉しです」
「まあ」
その言葉にお義母様はアシュレイ様を押し除けと私をぎゅっと抱き締めてきた。
「ああ、何て可愛いらしいの! 今日はお母様と一緒に寝ましょうね」
「は、母上……それは」
そうしましょうといそいそと私を連れていこうとするのをカーステア伯がそれを深い笑みを浮かべてご覧になられていた。
「今日からここが君の家だ。我々は家族として喜んで迎えよう。リリー」
私は堪えきれずわっと泣き声を上げてしまった。
「おやおや。泣くことはないよ。もちろん私の事もお父様と呼んでくれたまえ」
「お、お父様ですか」
しゃくりあげながら私が恐れ多いと続けると、
「新しい我が娘を歓迎するよ。そして、私、いや、我々は全面的に君の味方だ。安心しなさい」
アシュレイ様はお義父様と意味ありげな視線を交わしすと私にそうだと肯いてみせた。カーステア伯は一層深い笑みを浮かべていた。
「これは父上に良いセリフを取られてしまったな」
「アシュレイ様」
安心させるようにアシュレイ様は私に微笑んでいた。
それから私は豪華な客室に案内してもらった。長旅の疲れもあってすぐ休ませてもらうとぐっすりと良く眠ってしまった。
翌朝、貴族の令夫人には珍しく早起きのお義母様が張り切っていらっしゃった。
「アシュレイから連絡をもらって、大急ぎで用意してきたけれど。あと二週間なんて時間が足りないわ。ああもう、日を延ばしなさい。いえ、それもどうかしらね。早い方が良いのだから、ああでも、もっと早く知らせて欲しかったわね」
豪華な客室に運び込まれたこれまた見たこともない豪華なドレス、靴、アクセサリーと山となっていくのを私は唖然として眺めていた。
ああ、なんて罪深いほど美しい品々なのでしょう……。
そう思いつつ私はお義母様の着せ替え人形とされる苦行に耐えていた。
アシュレイ様がそれに見かねて外回りに行くと言う口実で私を助け出してくれたのだった。
カーステア領の大河沿いに国境の砦があって遠乗りがてらに連れ出してくれた。
その砦から見るカーステア領は圧巻だった。幾重にも迷路のような城壁に取り囲まれるようにそびえ立つお城は太陽の光に輝いて見えた。
隣国と隔てる険しい山脈の頂付近には夏が近いと言うのにまだ雪で白く飾られていた。
そして各国との貿易と境界線も兼ねている大河とそれが注がれる海がこの領内には揃っていた。それは初めて見る私には言葉に尽くせぬ素晴らしいものだった。
アシュレイ様は感動してはしゃいでいる私を優しく見守ってくださり、
「私もこの風景を守ろうと幼少期から努力を重ねてきたつもりだ。己の持てる全てをもって……」
そう仰るとアシュレイ様はご自分の剣だこのあるごつごつした武骨な掌を見つめていた。
掌を見つめるアシュレイの姿に私はいつぞやの勇猛に剣を振るうアシュレイ様の姿を思いだしていた。
アシュレイ様のその姿は違和感なくこの風景に溶け込んでいて、私は彼に静かに語りかけた。
「こんな素晴らしいところで、アシュレイ様はお育ちになったのですね」
私の言葉に我に返ったようにアシュレイ様は私に視線を向けてきたた。
「二人の時は、敬語も様もいらない。何度も言っておいたはずだぞ。こうなると何かペナルティが必要だな」
「そ、そんな……」
そう仰るアシュレイの瞳が妙に艶めいたものになったのに私は気が回らず、ただ、これだけはと言おうとした。
「あの、アシュレイ様」
「ん? 様はいらないといったぞ」
「あの、……いいえ、私がもしアシュレイ様の邪魔になったら、どうか、その剣で切り捨ててください」
アシュレイ様は私の申し出に眉を寄せて押し黙った。どうやら私の言葉の本意を見極めようとしているようだった。そして、アシュレイ様はくっと苦笑された。
「君にそんなことを言われるとはな。これから剣を持つのが怖くなる」
そこへどこからか男性がアシュレイ様を呼んで私達に近寄ってきた。
「おーい、アシュレイ。久しぶりだな、この英雄様! 元気そうでなによりだ。それに物凄い美女を攫ってきたようだな」
「久しぶり、そっちこそ元気そうだな。そんな冗談が言えるくらいだから」
ははと笑いながら男性はアシュレイ様の従兄弟でジェフリーと名乗られた。彼もカーステア家の一員であり砦の責任者でもあった。彼は遠くを見渡しながらアシュレイ様に話しかけた。
「そういやそろそろだな。隣国のご機嫌伺い」
「……そうだな」
「?」
ジェフリー様が私の物言いたげな表情を見て説明をしてくれた。
「ああ、周辺諸国が我が国に挨拶に来る時期なんだよ。だから結構忙しくなる。特に隣国の第二……」
「おい!」
ジェフリー様がそこまで言うとアシュレイ様が突然苛立たしげに遮ってきた。
「もういい、ジェフリー。リリー、あそこに東からの交易船があるし、珍しいものが入っているので近くで見ないか」
アシュレイ様はそう言うと強引に私を引っ張ってそちらに向かおうとした。ジェフリー様はアシュレイ様の強引さはいつものことだというように肩を竦めて見送られた。
「あ、あの」
「さあ、行こう」
アシュレイ様は有無を言わせず私を腰から抱き上げるように歩き出した。
「今日から、お母様と呼んでね」
その言葉に堪らず私の瞳からぽとぽとと涙が伝った。ここ数日だけでもいろいろありすぎて自分の中では限界がきていた。
「母上」
アシュレイ様が非難めいた視線を送ると私の肩にそっと手を置いてくださった。私はアシュレイ様の手に自分の手を重ねて何でもないと伝えると涙を拭きながら嬉しそうに答えた。
「お母様なんて、……初めてです。とても嬉しです」
「まあ」
その言葉にお義母様はアシュレイ様を押し除けと私をぎゅっと抱き締めてきた。
「ああ、何て可愛いらしいの! 今日はお母様と一緒に寝ましょうね」
「は、母上……それは」
そうしましょうといそいそと私を連れていこうとするのをカーステア伯がそれを深い笑みを浮かべてご覧になられていた。
「今日からここが君の家だ。我々は家族として喜んで迎えよう。リリー」
私は堪えきれずわっと泣き声を上げてしまった。
「おやおや。泣くことはないよ。もちろん私の事もお父様と呼んでくれたまえ」
「お、お父様ですか」
しゃくりあげながら私が恐れ多いと続けると、
「新しい我が娘を歓迎するよ。そして、私、いや、我々は全面的に君の味方だ。安心しなさい」
アシュレイ様はお義父様と意味ありげな視線を交わしすと私にそうだと肯いてみせた。カーステア伯は一層深い笑みを浮かべていた。
「これは父上に良いセリフを取られてしまったな」
「アシュレイ様」
安心させるようにアシュレイ様は私に微笑んでいた。
それから私は豪華な客室に案内してもらった。長旅の疲れもあってすぐ休ませてもらうとぐっすりと良く眠ってしまった。
翌朝、貴族の令夫人には珍しく早起きのお義母様が張り切っていらっしゃった。
「アシュレイから連絡をもらって、大急ぎで用意してきたけれど。あと二週間なんて時間が足りないわ。ああもう、日を延ばしなさい。いえ、それもどうかしらね。早い方が良いのだから、ああでも、もっと早く知らせて欲しかったわね」
豪華な客室に運び込まれたこれまた見たこともない豪華なドレス、靴、アクセサリーと山となっていくのを私は唖然として眺めていた。
ああ、なんて罪深いほど美しい品々なのでしょう……。
そう思いつつ私はお義母様の着せ替え人形とされる苦行に耐えていた。
アシュレイ様がそれに見かねて外回りに行くと言う口実で私を助け出してくれたのだった。
カーステア領の大河沿いに国境の砦があって遠乗りがてらに連れ出してくれた。
その砦から見るカーステア領は圧巻だった。幾重にも迷路のような城壁に取り囲まれるようにそびえ立つお城は太陽の光に輝いて見えた。
隣国と隔てる険しい山脈の頂付近には夏が近いと言うのにまだ雪で白く飾られていた。
そして各国との貿易と境界線も兼ねている大河とそれが注がれる海がこの領内には揃っていた。それは初めて見る私には言葉に尽くせぬ素晴らしいものだった。
アシュレイ様は感動してはしゃいでいる私を優しく見守ってくださり、
「私もこの風景を守ろうと幼少期から努力を重ねてきたつもりだ。己の持てる全てをもって……」
そう仰るとアシュレイ様はご自分の剣だこのあるごつごつした武骨な掌を見つめていた。
掌を見つめるアシュレイの姿に私はいつぞやの勇猛に剣を振るうアシュレイ様の姿を思いだしていた。
アシュレイ様のその姿は違和感なくこの風景に溶け込んでいて、私は彼に静かに語りかけた。
「こんな素晴らしいところで、アシュレイ様はお育ちになったのですね」
私の言葉に我に返ったようにアシュレイ様は私に視線を向けてきたた。
「二人の時は、敬語も様もいらない。何度も言っておいたはずだぞ。こうなると何かペナルティが必要だな」
「そ、そんな……」
そう仰るアシュレイの瞳が妙に艶めいたものになったのに私は気が回らず、ただ、これだけはと言おうとした。
「あの、アシュレイ様」
「ん? 様はいらないといったぞ」
「あの、……いいえ、私がもしアシュレイ様の邪魔になったら、どうか、その剣で切り捨ててください」
アシュレイ様は私の申し出に眉を寄せて押し黙った。どうやら私の言葉の本意を見極めようとしているようだった。そして、アシュレイ様はくっと苦笑された。
「君にそんなことを言われるとはな。これから剣を持つのが怖くなる」
そこへどこからか男性がアシュレイ様を呼んで私達に近寄ってきた。
「おーい、アシュレイ。久しぶりだな、この英雄様! 元気そうでなによりだ。それに物凄い美女を攫ってきたようだな」
「久しぶり、そっちこそ元気そうだな。そんな冗談が言えるくらいだから」
ははと笑いながら男性はアシュレイ様の従兄弟でジェフリーと名乗られた。彼もカーステア家の一員であり砦の責任者でもあった。彼は遠くを見渡しながらアシュレイ様に話しかけた。
「そういやそろそろだな。隣国のご機嫌伺い」
「……そうだな」
「?」
ジェフリー様が私の物言いたげな表情を見て説明をしてくれた。
「ああ、周辺諸国が我が国に挨拶に来る時期なんだよ。だから結構忙しくなる。特に隣国の第二……」
「おい!」
ジェフリー様がそこまで言うとアシュレイ様が突然苛立たしげに遮ってきた。
「もういい、ジェフリー。リリー、あそこに東からの交易船があるし、珍しいものが入っているので近くで見ないか」
アシュレイ様はそう言うと強引に私を引っ張ってそちらに向かおうとした。ジェフリー様はアシュレイ様の強引さはいつものことだというように肩を竦めて見送られた。
「あ、あの」
「さあ、行こう」
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