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三章 新たな世界へ
二十七 辺境伯
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休む間もなくアシュレイ様と一緒に向かったのは広間で玉座のような椅子に壮年の男が座っていた。
「おお、アシュレイ、我が息子よ。半年ぶりだの」
アシュレイ様が入ると男は機嫌良さそうにゆっくりと立ち上がった。
「父上。ただいま戻りました」
アシュレイ様は足早に近寄るとお互い抱き合って挨拶を交わした。
「……で、そちらは?」
「叔母上の修道院にいた女性です。私の妻にと」
「何?」
アシュレイ様のお父様はあからさまに不快そうな視線を送ってきた。
やっぱり、予想した通りの反応だったので逆に安堵を覚えたと共に寂しさを感じた。
私は自分を励ましながら、礼をとった。
――でも、醜いと蔑まれ、何も持たない孤児の自分がこんな遠くまで来ただけでも凄いのだ。
後はここを少し観光でもさせてもらおう。それから、本当にメロウ様の修道院に入れるようお願いしてみよう。
私は顔を上げるとアシュレイ様のお父様を見上げた。
「初めまして、リリーと申します」
「それだけか?」
それだけとは? ああ、家名とやらかしら、そんなものなどはなかった。私にはこの名前のみ。
思わず苦笑をしかけたけれど、慌てて目を伏せて堪えると私は再び真っ直ぐアシュレイ様のお父様を見据えて挑むように答えた。
「ありません。それだけです。ただのリリーです」
私の答えにお父様は蔑んだような視線を向けて返してきた。
「ふん。下賤な。話にもならんな」
「父上!」
アシュレイ様が些か焦ったような声を上げたがお父様は気にせずアシュレイ様に向き直ると穏やかに話した。
「そうだな、お前にはモントール伯爵のご令嬢からお茶会の誘いが来ておったぞ。どうだ?」
「……」
アシュレイ様は眉を顰めるとそれに答えず、私のところに戻ると手をとった。
「行こう」
「私は認めんぞ! アシュレイ」
アシュレイ様は父親を振り返ると、静かだけど良く通る声ではっきりと言い放った。
「私の妻は彼女だけです」
「私の言うことが聞けんのか!」
アシュレイ様はお父様に膝を折ると騎士の礼をとり、優雅に頭を下げた。
「ええ、今回は聞けません。どうかお許しを」
「この!」
アシュレイ様はそんなお父様を見上げていた。
「そこに、直れ……。私の言うことがきけないなら成敗してやる!」
だけどアシュレイ様はそのまま動こうとはしなかった。私の方が慌てて彼の前に出て懇願しようとした。しかし、アシュレイ様が左手で私の動きを押し留めた。
その間にお父様は自らの腰の剣を抜いて上段からアシュレイ様に振り下ろしたのだった。
「ひっ」
私は目前で起きる惨劇に身を竦めて目を瞑った。
しかし、何時までたっても何事もなかった。
恐る恐る目を開けると振り下ろしたままの体制でにやりと笑うアシュレイのお父様とそれを微動だにせず見上げるアシュレイ様の姿があった。
はらりと切られたアシュレイ様の前髪が数本床に舞い落ちた音が聞こえるほど広間は静まり返っていた。
「ふん。騙されもしないか。お前も喰えない男になったのう」
お父様に言われてアシュレイ様は口元に太い笑みを浮かべた。
「ええ、あなたの息子ですから」
アシュレイ様のお父様はさっきとはまるで変った柔和な微笑みを浮かべて私の方を向いた。
「ああ、お嬢さん。怖がらせてすまなかったね」
どこかで同じセリフを聞いた気がする。私はまだ震えの納まらない体でそう思った。
「あなた! んまああああ! なんてことを!」
そこへ第三の女性の声が響いた。その声の感じのも私はどこか懐かしい感じがした。広間にはアシュレイ様とよく似た色の髪の女性が入ってきていた。
女性は目の覚めるようなブルーのドレスを優雅に翻しながら近寄ってくる。
「い、いや、待て、お前、これは、その」
アシュレイ様とお父様はその女性にしどろもどろになっていた。こんなところも誰かを思わせる。私はくすっと思わず笑いそうになった。
「こんな、可愛らしいお嬢さんの前でなんて野蛮なことを」
「面目ない……」
女性に叱られてしょんぼりとする姿に歴戦の勇猛果敢な辺境伯の威厳はなかった。
「ごめんなさいね。こんな男たちだけど許してあげて」
「いえ、気にしていません。慣れてしまいましたから……」
私の本音の返事に女性は穏やかな笑みを浮かべた。
「ふふ。ほんとにメロウの手紙の通りね」
「え?」
「メロウは私の妹よ」
そう言うとにっこりと女性は微笑み、さあ、いきましょうかと女性は私の腕をとり促した。
「母上?」
アシュレイ様が何か不穏な気配を嗅ぎつけたように慌てたように声を掛けてきた。
「男同士で積もる話でもしてらっしゃい。まったく、長旅で疲れている女性になんということかしら」
お母様が二人をやや睨みながら言うと親子は首を竦ませていた。
「あ、あの」
何だかこのパターンはやっぱりメロウ様と姉妹だと思った。
「まずは、湯浴みかしら? それともお食事?」
いそいそと嬉しそうに話しかけてきた。
それから湯浴みでさっぱりとした私は気分も一新した。別室で四人だけの軽いお茶をいただくことになった。
「おお、アシュレイ、我が息子よ。半年ぶりだの」
アシュレイ様が入ると男は機嫌良さそうにゆっくりと立ち上がった。
「父上。ただいま戻りました」
アシュレイ様は足早に近寄るとお互い抱き合って挨拶を交わした。
「……で、そちらは?」
「叔母上の修道院にいた女性です。私の妻にと」
「何?」
アシュレイ様のお父様はあからさまに不快そうな視線を送ってきた。
やっぱり、予想した通りの反応だったので逆に安堵を覚えたと共に寂しさを感じた。
私は自分を励ましながら、礼をとった。
――でも、醜いと蔑まれ、何も持たない孤児の自分がこんな遠くまで来ただけでも凄いのだ。
後はここを少し観光でもさせてもらおう。それから、本当にメロウ様の修道院に入れるようお願いしてみよう。
私は顔を上げるとアシュレイ様のお父様を見上げた。
「初めまして、リリーと申します」
「それだけか?」
それだけとは? ああ、家名とやらかしら、そんなものなどはなかった。私にはこの名前のみ。
思わず苦笑をしかけたけれど、慌てて目を伏せて堪えると私は再び真っ直ぐアシュレイ様のお父様を見据えて挑むように答えた。
「ありません。それだけです。ただのリリーです」
私の答えにお父様は蔑んだような視線を向けて返してきた。
「ふん。下賤な。話にもならんな」
「父上!」
アシュレイ様が些か焦ったような声を上げたがお父様は気にせずアシュレイ様に向き直ると穏やかに話した。
「そうだな、お前にはモントール伯爵のご令嬢からお茶会の誘いが来ておったぞ。どうだ?」
「……」
アシュレイ様は眉を顰めるとそれに答えず、私のところに戻ると手をとった。
「行こう」
「私は認めんぞ! アシュレイ」
アシュレイ様は父親を振り返ると、静かだけど良く通る声ではっきりと言い放った。
「私の妻は彼女だけです」
「私の言うことが聞けんのか!」
アシュレイ様はお父様に膝を折ると騎士の礼をとり、優雅に頭を下げた。
「ええ、今回は聞けません。どうかお許しを」
「この!」
アシュレイ様はそんなお父様を見上げていた。
「そこに、直れ……。私の言うことがきけないなら成敗してやる!」
だけどアシュレイ様はそのまま動こうとはしなかった。私の方が慌てて彼の前に出て懇願しようとした。しかし、アシュレイ様が左手で私の動きを押し留めた。
その間にお父様は自らの腰の剣を抜いて上段からアシュレイ様に振り下ろしたのだった。
「ひっ」
私は目前で起きる惨劇に身を竦めて目を瞑った。
しかし、何時までたっても何事もなかった。
恐る恐る目を開けると振り下ろしたままの体制でにやりと笑うアシュレイのお父様とそれを微動だにせず見上げるアシュレイ様の姿があった。
はらりと切られたアシュレイ様の前髪が数本床に舞い落ちた音が聞こえるほど広間は静まり返っていた。
「ふん。騙されもしないか。お前も喰えない男になったのう」
お父様に言われてアシュレイ様は口元に太い笑みを浮かべた。
「ええ、あなたの息子ですから」
アシュレイ様のお父様はさっきとはまるで変った柔和な微笑みを浮かべて私の方を向いた。
「ああ、お嬢さん。怖がらせてすまなかったね」
どこかで同じセリフを聞いた気がする。私はまだ震えの納まらない体でそう思った。
「あなた! んまああああ! なんてことを!」
そこへ第三の女性の声が響いた。その声の感じのも私はどこか懐かしい感じがした。広間にはアシュレイ様とよく似た色の髪の女性が入ってきていた。
女性は目の覚めるようなブルーのドレスを優雅に翻しながら近寄ってくる。
「い、いや、待て、お前、これは、その」
アシュレイ様とお父様はその女性にしどろもどろになっていた。こんなところも誰かを思わせる。私はくすっと思わず笑いそうになった。
「こんな、可愛らしいお嬢さんの前でなんて野蛮なことを」
「面目ない……」
女性に叱られてしょんぼりとする姿に歴戦の勇猛果敢な辺境伯の威厳はなかった。
「ごめんなさいね。こんな男たちだけど許してあげて」
「いえ、気にしていません。慣れてしまいましたから……」
私の本音の返事に女性は穏やかな笑みを浮かべた。
「ふふ。ほんとにメロウの手紙の通りね」
「え?」
「メロウは私の妹よ」
そう言うとにっこりと女性は微笑み、さあ、いきましょうかと女性は私の腕をとり促した。
「母上?」
アシュレイ様が何か不穏な気配を嗅ぎつけたように慌てたように声を掛けてきた。
「男同士で積もる話でもしてらっしゃい。まったく、長旅で疲れている女性になんということかしら」
お母様が二人をやや睨みながら言うと親子は首を竦ませていた。
「あ、あの」
何だかこのパターンはやっぱりメロウ様と姉妹だと思った。
「まずは、湯浴みかしら? それともお食事?」
いそいそと嬉しそうに話しかけてきた。
それから湯浴みでさっぱりとした私は気分も一新した。別室で四人だけの軽いお茶をいただくことになった。
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