完【R15】盗賊騎士と愛を知らない修道女

えとう蜜夏☆コミカライズ中

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三章 新たな世界へ

二十六 アシュレイ様の領地

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 ……辺境伯ですって?

 私はアシュレイ様の暢気な風情に呆然としていた。

 彼のいうカーステア領は他国と接していて王国においては最大の独立自治区となっていた。

 王国に従しているとはいえその自治はカーステア家に完全に任されている。彼の地は海と山を従え他国との窓口となっており、いざとなれば戦の最前線となるからだと言われている。

 流石に私もその地名は知っているほどだった。

 今まで訪れることはなかったけれど交易も盛んなことから王国にあって異国めいた街の様子も噂に聞いたことがあった。

「どうしてそのような御方が、あのような盗賊団相手に……」

「まだ、父親が元気でいるから、私は騎士として主にカーステア領の国境や街道の治安を守っていたが、王都周辺の盗賊団に陛下が手を焼いているということで助勢を頼まれたのだ」

「一応、まだ自分は王国騎士にも属している身分だ」

 私はもう黙り込んでしまった。十数人の集団に囲まれたままアシュレイ様は慣れた様子で馬を進めている。

 夕刻ついた宿はこれまで以上に豪華な部屋だった。

 あの緑の貴婦人の館より立派なものになっていた。寝台は一つとはいえ五,六人眠れそうなサイズだ。天蓋までついている。

「今日は、寝台が一つと文句は言わないのか?」

 あっけに取られていた私はアシュレイ様からいつものような口調で話しかけられて少しほっとして黙ったまま肯いた。

「いやに静かだな。どうした? 疲れているのか」

 心配げに尋ねてきたのでそれにもただ肯くだけだった。宿の者が湯の用意ができたと湯殿に連れていかれた。宿屋の女性が手伝ってくれるけれど慣れない私は自分でと強力に固辞した。豪華な湯船に一人浸かりアシュレイ様のことを考えていた。

 ただの騎士でさえ躊躇したのに。とても私には無理だと感じ湯船に自分の顔を突っ込むとばしゃっと大きな水音がたってしまった。

「どおした!」

 慌てたような声と共に部屋に仕切られたカーテンが開いてアシュレイ様が入ってきた。

「アシュレイ様、な、何? きゃぁぁぁ」

 あまりのことに私は顔を上げて口をぱくぱくさせた。そういやアシュレイ様はあまり気配も物音もさせない方だった。はっと我に返り慌てて手で体を隠した。

「君は前にも溺れたことがあるから心配で」

 アシュレイ様はそう心配げに言ってきた。

「それはそれでいいですが、早く出て行ってください」

 ただでさえ睡眠不足とびっくりすることばかりで私の頭は限界に近かった。

 私は立ち上がろうとしてくらりと自分の視界がひっくり返った。

「おい!」

 アシュレイ様の焦った声を聞きながら意識を失ってお湯の中に沈みこんだ。

 何度か夢うつつに目を覚ますと心配そうに自分を覗き込んでくるアシュレイ様の顔を見た。

 大丈夫だと言いたかったが思うように体は動かなかった。それから、アシュレイ様が自分を見ると時折どうしようもなく暗く翳るその瞳の意味を尋ねたかった。





 翌朝、今日もここで休もうというアシュレイ様の言葉に逆らって旅立つことにした。

 噂で聞いたカーステアの都をこの目で見てみたいのと早くこの関係にピリオドを打つために。

 きっとアシュレイ様の気まぐれを家族の人は認めないだろう。

 もしかしたら、家同士の婚約者とか決まった人がいないとも限らない。

 その方が自分としては気が楽だ。

 最初は怪我人、次は盗賊の一味、騎士、最後は……。アシュレイ様はとんでもない人。

 彼はきっとまだ私に何か隠していても不思議ではない。

 今日もアシュレイ様と一緒の馬に乗って街道を進んだ。

 最初十数人だったお供は昨日よりも倍に増えていた。それぞれ挨拶されたが多すぎて誰が誰だがよく分からなかった。

 道を進むにつれ、だんだん通行人が多くなり、遠目にも中心部の巨大お城と大きな建物などが見えてくる。

 何度か城壁も通過してきた。アシュレイ様のおかげで顔パスだった。

 本当に大きな街、というか王都より大きいのではないだろうか……。


 近づくにつれ、建物が光を受けて色とりどりに輝いていた。

 街に活気が有り行きかう人々の多さも違う。私は初めて見るものばかりで寝不足だったこともすっかり忘れてきょろきょろとあたりを見回した。

 見慣れない異国の服の商隊が横を通り過ぎる。ただ一行が中心部へと最後の城壁に近づくと地鳴りのようなものが聞こえてきた。

 最後の関門をぬけると道を人々が埋め尽くしていた。

 怒号が耳をつんざき、私には何がなんだか分からず、アシュレイ様に身を寄せた。

『レ、オ、ナ、ル! レオ! レオ!』

 我らが英雄と口々に歓声をもってアシュレイ様は迎えられていた。

 地鳴りは彼らの歓声と足を踏み鳴らす音だったのだ。

 あまりのことに私はますます身を竦めた。アシュレイ様は悠然と中心部にむかって馬を進めた。

 歓声の中、都の中ほどまで進んだけれどは居心地悪さのため、身を捩るとマントのフードがずれ落ちて頭が露わになった。

 あっと思い顔を逸らせると遅れて私の長い銀色の髪が肩から流れ落ちて風に舞い踊った。

 今日は時間がなかったから三つ編みにできていなかった。

 私は慌ててフードを直そうとするが、片手では上手くいかなかった。

 銀の髪が煌めき、その身を長く光の筋のように飾っていた。

『!?』

 それまで響いていた周囲の怒号が急に止んだ。ただ、響くのは一行の蹄の音のみ……。

「ちっ」

 アシュレイ様は何故か舌打ちをすると馬に手綱を振るった。

 シェルの足がぐんと速くなったので私は落されないようにアシュレイ様に必死でしがみついた。

 一行が通り過ぎるやいなや静まり返っていたところから、再度割れるような歓声が沸き起こっていった。

 何? どうして? と疑問に思ったが駆け足になった馬上ではとても話をできる状態ではなかった。振り落とされないように必死だったのだ。


 複雑に作られた城への道をなんなく駆け抜けた一行は無事城門にたどりついた。

 重い音を響かせて城門が開かれるとアシュレイ様は中に馬を進ませた。

 やっと私はアシュレイ様に馬から降ろされるとそのフードを直してくれながら耳元にそっと囁かれた。

「これから気をつけてくれ、本当は君を誰にも見せたくない。君はもう私だけのものなんだ」

「アシュレイ様」

 暗い翳りのある真剣な眼差しとその言葉に私はどう答えていいのか分からなかった。

 ただアシュレイ様に触れられている頬が熱くなっていた。
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