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二章 緑の貴婦人の館

十三 新たな日々

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「折角ここでいるのだから、社交界の華と言われる私のマナーを学びなさい。あなたならさぞかし磨き甲斐があるでしょう」

 そう言ってメロウ夫人の気が向いたらレディとしての歩き方やしぐさなどを教えてくれる。でも、どちらかというと苦手に思ってしまう。それよりロタさんの家事を手伝っている方がよっぽど安心できた。

 だって、貴婦人としての仕草が私に必要だとは思わないものね。それよりかは料理とか掃除の方が生きていくのに必要だから。

 それでも毎日貴婦人からはマナーを学びロタさんからは料理や掃除それにお菓子の作り方を習った。

 料理は薬草の調合と似ているので自分なりに割と上手くできるていると思う。お菓子などを館の皆に配ると美味しいと褒められた。

 これまで褒められたことなどなかったのでそれがとても嬉しかった。

 毎日がとても素晴らしくとても大切なものになっていった。

 時々貴婦人のマナーには閉口したがそんなに難しいものでもなく、すぐに慣れてしまった。修道院の冷たい侮蔑とは全然違う。



 今日は鶏肉の香草焼きをするよとロタさんに言われて庭の鶏をつかまえようと奮闘しているところに猟師の若者がやってきた。

「なんだ。そのへっぴり腰」

 私の姿を見て笑っていたが、猟師は代わりに鶏を易々と捕まえてくれた。

「ついでに血抜きもしてやるよ」

 彼は手早く鶏の首も斬って捌いてしまった。

「すみません。……あの、今まではこんなのしたことが無かったから、でも、やっていれば出来るようになると思います」

 猟師はまた軽く笑って、なんでもないように鶏を軒先に吊るした。

「あんたの空いてる時間はあるかい?」

 彼は私のことをメロウ夫人の新しい小間使いと思っているようだった。

「それは、奥方さまにお聞きしないと……」

「また、聞いておいてくれよ。よかったら俺がこの辺りの町を案内するよ」

 私は申し訳なさそうに肯いた。

 実は以前にも同じように尋ねられたことがあり、それをメロウ夫人に相談してからはこの猟師がくるとロタさんかジョンがいてそれとなく様子を覗っているようになってしまった。

 今もジョンが近くで草むしりをしていた。

 彼と仲良くなることは何かいけないことなのだろうか?

 いつまでここにいられるのかという不安があったが、楽しい発見ばかりで日々が過ぎていった。

 アシュレイはメロウ夫人に私を預けたまま戻ってこなかった。

 その方が返って都合がいいと思うほどここで過ごした日々はとても言葉に表現できないほど素晴らしかった。






 その日はいつになく暑かったので私はいつもの手伝いのあと、一人で少し付近の散歩に出かけた。

 猟師からは罠の仕掛けについて話を聞いたので自分もしてみたかったがメロウ夫人の許可が下りなかった。

 ここを出るときになったら、罠でウサギを捕まえて、自分一人分食べていくくらいならどうにかなるかもしれないのに……。

 そんなことを考えながら私は森の途中で泉を見かけて水浴びをしていた。

 だけど泉の中ほどで足がつってしまった。

 ごぼごぼと沈みかけるがなんとかもがいてみたが、ここは緑の貴婦人の領地の森で貴婦人への客以外は人通りがない。私はとうとう力尽きて、藻掻くのを諦めてしまった。
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