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二章 緑の貴婦人の館
十二 緑の館の貴婦人
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馬から降ろされた私に貴婦人が興味深そうにしていた。
「こちらの女性は?」
「そういや名前を聞いてないな」
男がやっと肝心なことに気づいてくれた。
私はあなたのほうも名乗ってないわよと言いたかった。
「名前は何と言う?」
男が今更ながら私に聞いてきた。
結局、自分は名乗らないみたいね。でも女性が呼んだのがこの男の名前なのだろう。
私はなんとか口を開いたが、それは弱々しくなってしまった。貴婦人の圧倒的な雰囲気にどぎまぎしてしまったからだ。
「……名前はガリガリの案山子とでもお呼びください」
貴婦人とアシュレイと呼ばれた男の視線が私に刺さるように感じた。
でも、名前なんて本当に無いようなものだった。
ずっとグズだとか醜いと案山子呼ばれていたのだから。
あなたはガリガリと呼びましたよね。
私は俯くと消え入るようにいつのも呼び名を言ってみた。
「……ラハと呼ばれていました」
私の言葉に貴婦人とアシュレイの怪訝な表情は深まるばかりだった。
貴族の方々はこんな言葉を使わないのかもしれない。
貴婦人はそんな私を上から下までじっと眺めていた。
私はアシュレイに被せられたマントの上から煤に汚れた修道衣をぎゅっと握りしめた。
「……分かったわ。後は私にまかせないさい。アシュレイ、あなたはまだあの後始末があるのでしょう。名声はもうここまで届いてますよ。終わったらまたゆっくり来なさい」
貴婦人がそういったのでアシュレイと呼ばれた男は安心したようにそれではお願いしますと頭を下げて休む間もなく元来た道を引き返していった。
「さて、これで時間は一杯ありますから女は女同士ゆっくりね」
貴婦人は深緑の瞳を一層輝かせると私の方をみて微笑んだ。
私はその笑顔に少し背中を寒いものを感じたけれど微笑み返した。
「さて、若い娘さんを醜いあひるの子なんて呼べやしないし、ましてやガリガリの案山子なんて……。なんと呼びましょうかしら。他にあたなは呼んで欲しい名前はあって? それとも私が決めてもいいかしらね」
「えっと、昔はリリーと呼ばれていました」
私は再び視線を落とした。
「呼ばれて? それで良いじゃないの。清廉な感じでぴったりだわ」
貴婦人はそう言うと館の中へ促した。
貴婦人はメロウ夫人と名乗り、身の回りの世話をしているロタさんという女性と先程、庭仕事をしていた男性のジョンさんを紹介された。
そこで私の新しい生活が始まった。
メロウ夫人の元での生活は驚きの連続で、ここにきて一番に驚いたのはお風呂というものだった。
これまで水浴びもあまりしたことはなく、いいところ体を拭くだけだったのが、ここでは熱いお湯に浸かり良い匂いのする石鹸で全身ごしごし擦られてる。
その後良い匂いのするオイルを体中に塗られるのだ。
まるでどこかの令嬢のように思ってしまった。いいえ、どこかのプリンセスとまで思ってしまった。思うだけだけど。
入浴に慣れない私をロタさんが手伝ってくれていた。
「あれ、まあ。あんた、この赤黒い肌は垢だったのかい?」
体をゴシゴシと擦り上げられるととても痛くてピリピリするけれど何だか体がすっきりする。
「修道院ではこんなことはありませんでしたから」
「そうかい。あんたは若いのに苦労してたんだねぇ」
そう言われると何故かつんとしたものが目の奥にきて私は気づかれないようにそっと目元を拭った。
「髪も随分長いね。いつ切ったのかい?」
「……生まれてから、あまり覚えがありません」
リリーがそう答えるとロタさんは優しそうに笑って髪も洗ってくれた。
「もったいないけれど少し切ろうかね」
ロタさんは髪まで切り揃えてくれて、その髪にもいい匂いのする香油をたっぷりと塗り込んでくれた。それはとてもいい香りがした。バラからとった香りだと教えてもらった。
そうしているといつの間にか赤黒かった肌は白くすべすべしたものへと変わっていった。
「こちらの女性は?」
「そういや名前を聞いてないな」
男がやっと肝心なことに気づいてくれた。
私はあなたのほうも名乗ってないわよと言いたかった。
「名前は何と言う?」
男が今更ながら私に聞いてきた。
結局、自分は名乗らないみたいね。でも女性が呼んだのがこの男の名前なのだろう。
私はなんとか口を開いたが、それは弱々しくなってしまった。貴婦人の圧倒的な雰囲気にどぎまぎしてしまったからだ。
「……名前はガリガリの案山子とでもお呼びください」
貴婦人とアシュレイと呼ばれた男の視線が私に刺さるように感じた。
でも、名前なんて本当に無いようなものだった。
ずっとグズだとか醜いと案山子呼ばれていたのだから。
あなたはガリガリと呼びましたよね。
私は俯くと消え入るようにいつのも呼び名を言ってみた。
「……ラハと呼ばれていました」
私の言葉に貴婦人とアシュレイの怪訝な表情は深まるばかりだった。
貴族の方々はこんな言葉を使わないのかもしれない。
貴婦人はそんな私を上から下までじっと眺めていた。
私はアシュレイに被せられたマントの上から煤に汚れた修道衣をぎゅっと握りしめた。
「……分かったわ。後は私にまかせないさい。アシュレイ、あなたはまだあの後始末があるのでしょう。名声はもうここまで届いてますよ。終わったらまたゆっくり来なさい」
貴婦人がそういったのでアシュレイと呼ばれた男は安心したようにそれではお願いしますと頭を下げて休む間もなく元来た道を引き返していった。
「さて、これで時間は一杯ありますから女は女同士ゆっくりね」
貴婦人は深緑の瞳を一層輝かせると私の方をみて微笑んだ。
私はその笑顔に少し背中を寒いものを感じたけれど微笑み返した。
「さて、若い娘さんを醜いあひるの子なんて呼べやしないし、ましてやガリガリの案山子なんて……。なんと呼びましょうかしら。他にあたなは呼んで欲しい名前はあって? それとも私が決めてもいいかしらね」
「えっと、昔はリリーと呼ばれていました」
私は再び視線を落とした。
「呼ばれて? それで良いじゃないの。清廉な感じでぴったりだわ」
貴婦人はそう言うと館の中へ促した。
貴婦人はメロウ夫人と名乗り、身の回りの世話をしているロタさんという女性と先程、庭仕事をしていた男性のジョンさんを紹介された。
そこで私の新しい生活が始まった。
メロウ夫人の元での生活は驚きの連続で、ここにきて一番に驚いたのはお風呂というものだった。
これまで水浴びもあまりしたことはなく、いいところ体を拭くだけだったのが、ここでは熱いお湯に浸かり良い匂いのする石鹸で全身ごしごし擦られてる。
その後良い匂いのするオイルを体中に塗られるのだ。
まるでどこかの令嬢のように思ってしまった。いいえ、どこかのプリンセスとまで思ってしまった。思うだけだけど。
入浴に慣れない私をロタさんが手伝ってくれていた。
「あれ、まあ。あんた、この赤黒い肌は垢だったのかい?」
体をゴシゴシと擦り上げられるととても痛くてピリピリするけれど何だか体がすっきりする。
「修道院ではこんなことはありませんでしたから」
「そうかい。あんたは若いのに苦労してたんだねぇ」
そう言われると何故かつんとしたものが目の奥にきて私は気づかれないようにそっと目元を拭った。
「髪も随分長いね。いつ切ったのかい?」
「……生まれてから、あまり覚えがありません」
リリーがそう答えるとロタさんは優しそうに笑って髪も洗ってくれた。
「もったいないけれど少し切ろうかね」
ロタさんは髪まで切り揃えてくれて、その髪にもいい匂いのする香油をたっぷりと塗り込んでくれた。それはとてもいい香りがした。バラからとった香りだと教えてもらった。
そうしているといつの間にか赤黒かった肌は白くすべすべしたものへと変わっていった。
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