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一章 醜いあひると盗賊
七 醜いあひるは牢に
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私についてくるように促した男を見て、
――彼は盗賊の一味だったのね。だから、あんなに失礼な態度だったのよ。
私は男の無遠慮さに納得し指示された方に道を進んだ。
「ここに入れ」
暫く無言のまま歩いた先にあったのは洞窟の窪みで作った牢のようなところで、私はそこに入れられた。
そして、がちゃりと外から錠前のカギを掛けられた。
「俺がカギを持っている。安心しろ。身代金が来るまでだ」
――安心しろですって、盗賊に言われて何を安心しろと言うの?
私はつい男の言葉に鼻で笑いそうになり、実際に笑ってしまっていた。
「何がおかしい?」
男が訝しげにそう訊ねてきた。
……そう言えばお互い名前も名乗ってなかったわね。
今更聞いてもどうにもならないけれど彼は盗賊だから名乗らなかったのかもしれない。
私はそんな男を無表情に見返した。
「私などに身代金が払われるはずはありません。どうぞお好きなように」
今の院長様はいっそ私が盗賊に殺された方がせいせいするかもしれない。
そう思うと表情は自然と翳った。
男は私の言葉と表情に逆に押し黙ってしまった。その様子に私は何故か憤りが沸いてきた。
……私の身代金を当てにしていたのかしらね?
それこそ、もうどうとでもすれば? どうせ私なんか生きていても仕方がないんだもの。
……そう、何も無いし、もう何もいらない。
そう考えると眼の端につい涙が浮かびかけた。
でも、こんな盗賊に憐れに命乞いをするつもりなんてない。
私は最後のプライドらしきものをもって堪えた。
男はそんな私の姿を黙って眺めていた。
「分かった。あと数日我慢してくれ。どうにか私が助け出してやる」
急に変わった男の口調と言葉に耳を疑って思わず食い入るように男を見返してしまった。
男の目はあの時の赤褐色に光っていた。
それはあの息を飲まれるような峻烈な雰囲気のものだった。
こちらが威儀を正してしまうような雰囲気のそれだった。
私はそんな瞳の男性はこれまで見たことが無かった。
だから今度は私の方が何も言えなくなってしまっていた。
「何か食べる物を持ってこよう。残念だが薄味のスープとガチガチのパンはここには無いからな」
男は肩を竦めて面白そうにそう言うと薄汚い髭を生やした顎を自分の手で撫で上げ、にやりとした笑いを浮かべて立ち去った。
それから男が持ってくる食べ物は今まで口にしたことがないものばかりだった。
果物が多かったけれど、どれもとても美味しかった。
でも私はそんなものを今まで食べ慣れていないので体が受け付けてくれなかった。
そうして、薄暗い牢の中、時間の経過も分からないまま過ごしていた。
男が持ってきてくれた毛布を被って不覚にも心地よく眠ってしまっていた。
牢内は割と快適で、修道院のように毎日の強制的な労働をさされることも無く、祈りの時間もやや疎かにしてしまう程にゆったりと過ごしていた。
……それでも多分、私以外の修道女では盗賊に牢に入れられたら、泣き叫んでいるかもしれないけれどね。
――彼は盗賊の一味だったのね。だから、あんなに失礼な態度だったのよ。
私は男の無遠慮さに納得し指示された方に道を進んだ。
「ここに入れ」
暫く無言のまま歩いた先にあったのは洞窟の窪みで作った牢のようなところで、私はそこに入れられた。
そして、がちゃりと外から錠前のカギを掛けられた。
「俺がカギを持っている。安心しろ。身代金が来るまでだ」
――安心しろですって、盗賊に言われて何を安心しろと言うの?
私はつい男の言葉に鼻で笑いそうになり、実際に笑ってしまっていた。
「何がおかしい?」
男が訝しげにそう訊ねてきた。
……そう言えばお互い名前も名乗ってなかったわね。
今更聞いてもどうにもならないけれど彼は盗賊だから名乗らなかったのかもしれない。
私はそんな男を無表情に見返した。
「私などに身代金が払われるはずはありません。どうぞお好きなように」
今の院長様はいっそ私が盗賊に殺された方がせいせいするかもしれない。
そう思うと表情は自然と翳った。
男は私の言葉と表情に逆に押し黙ってしまった。その様子に私は何故か憤りが沸いてきた。
……私の身代金を当てにしていたのかしらね?
それこそ、もうどうとでもすれば? どうせ私なんか生きていても仕方がないんだもの。
……そう、何も無いし、もう何もいらない。
そう考えると眼の端につい涙が浮かびかけた。
でも、こんな盗賊に憐れに命乞いをするつもりなんてない。
私は最後のプライドらしきものをもって堪えた。
男はそんな私の姿を黙って眺めていた。
「分かった。あと数日我慢してくれ。どうにか私が助け出してやる」
急に変わった男の口調と言葉に耳を疑って思わず食い入るように男を見返してしまった。
男の目はあの時の赤褐色に光っていた。
それはあの息を飲まれるような峻烈な雰囲気のものだった。
こちらが威儀を正してしまうような雰囲気のそれだった。
私はそんな瞳の男性はこれまで見たことが無かった。
だから今度は私の方が何も言えなくなってしまっていた。
「何か食べる物を持ってこよう。残念だが薄味のスープとガチガチのパンはここには無いからな」
男は肩を竦めて面白そうにそう言うと薄汚い髭を生やした顎を自分の手で撫で上げ、にやりとした笑いを浮かべて立ち去った。
それから男が持ってくる食べ物は今まで口にしたことがないものばかりだった。
果物が多かったけれど、どれもとても美味しかった。
でも私はそんなものを今まで食べ慣れていないので体が受け付けてくれなかった。
そうして、薄暗い牢の中、時間の経過も分からないまま過ごしていた。
男が持ってきてくれた毛布を被って不覚にも心地よく眠ってしまっていた。
牢内は割と快適で、修道院のように毎日の強制的な労働をさされることも無く、祈りの時間もやや疎かにしてしまう程にゆったりと過ごしていた。
……それでも多分、私以外の修道女では盗賊に牢に入れられたら、泣き叫んでいるかもしれないけれどね。
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