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一章 醜いあひると盗賊

六 醜いあひると盗賊の男

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 盗賊の頭の野太い声に先輩達はお互いに手を握り合わせて震え上がっていた。

 私だけが黙っていると盗賊団の頭の横にいる手下が流石に修道女を殺すことに躊躇したのか耳打ちをした。

「お頭、殺すより、身代金でもせしめましょうぜ。修道院なら寄付金でさぞ潤っているだろうし」

 その話を聞いて先輩の修道女達は身代金をお支払いしますと平身低頭をしていたが、私は自分にそれが支払われるという自信は無かった。だからただ黙って二人を後ろから眺めていた。

 身代金の話に気を良くしたような盗賊の頭は私だけを残して身代金を持ってくるまでは別のところに監禁しておくように指示をしていた。そして私の方を見遣ると忌々しげに言い放った。

「こんなガリガリで醜いのは牢にでも放り込んでおけ」

 その言葉に私は無表情で自分の身の上を思い返していた。

 ――思えば自分は生まれたときからそうだった。

 私の母親はあの修道院に来て自分を産んだと聞いた。

 父親は誰だか分からないと言われて育てられた。

 母親は早くに亡くなっているので、自分には両親の記憶などない。

 それこそ生まれたときから修道院の中だった。

 だけど他人から言われるように可哀想だとか、惨めだとか思う気持ちは自分にはない。

 そんな感情自体がどういうものなのか分からないからだ。

 ただ、先代のクレア院長がいた時は毎日自分に話しかけてくれて薬草についてもいろいろ教えてくれた。

 それが嬉しくて頑張っていたのだがそれも私が十歳のころ、クレア院長は亡くなった。

 それから十年近く自分は周囲の修道女からは嘲笑されて生きてきた。

「もういい……」

 私は気が付けば呟いていた。

 ここで盗賊に殺されて惨めなまま終わるのも仕方がない。

 自分が良いと思ったものは既にこの世に何も無い。

 だから、私を繋ぎ止めるものだって最早この世には何もありはしない。

 そもそも今まで楽しいと感じたことはあまり無かった。

 どちらかというなら、辛い感情の方が人生の大半を占めていたのだ。

 クレア院長先生が亡くなってから初めて寂しいという感情が分かったくらいだった。

 いっそ、このまま殺された方が楽になれるかもしれない。

「何がもういいんだ?」

 その声に私は我に返った。

 それは忘れることができない自分をガリガリの案山子呼ばわりしたあの失礼な男性の声だったからだ。

 思わず顔を上げるとあの男はさらに小汚くなっていて一見同じ人かどうか分からなかった。

 だけど尊大な口調とあの峻烈な赤褐色の瞳は間違えようもなかった。
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