上 下
20 / 40
第一章 覚 醒

十九 アラス・エードラムの分岐点

しおりを挟む
 ――正直簡単にできると思っていた。アスラン様からの剣技の習得についてはやはり体が小さいということもあって保留になった。でも、技については型を教えてもらってそれを書に記録してある。大きくなって自分一人でも練習できるために。

 あとは基礎体力よね。お城の中庭を早足で歩く。あくまで上品に優雅に。それだったら周囲に不審に思われないものね。とは言いつつ、息が上がると、

「ぜえはあ」

「リルア様、無理をなさるといけません」

 今日はバルドが護衛についていて、アナベルは着替えやお茶の準備のため、代わりの侍女が側についていた。

 アスラン様の体力向上メニューの『これであなたも剣士になれる』というのをこなしている。そのうち細剣の模造刀も用意してくれることになっていた。

 取り敢えずリルアの公式設定である細剣の魔法剣士を目指そうと思っている。

「しかし、王女様はお小さいのに頑張っていると思いますよ。それはどうしてなのか不思議でたまらない。王女様のような小さい頃は毎日を楽しんでいればそれで良いはずです」

「アスラン、そうですね。私もそう思いますわ。でも、あなたも自分の祖国が蹂躙されるとして、何もせずにはいられないと思うの」

「リルア様」

 私の言葉にバルドまで驚いてしまった。

 でも、いずれはバルドにも話すつもり。だから今は妄想と思われても構わない。何もないならそれでいい。私の杞憂だったと笑われても、滅亡が本当になったとき今何もしないでいることはあとできっと後悔すると思うから。

「……私には追い出されるように祖国を出たのでそのような気持ちはありませんね」

 アスラン様が苦い笑みを浮かべていた。

 私は『薔薇伝』の公式しか知らない。第四皇子が皇帝の座に就く。それはどういうことでそうなったのか私には分からない。現に今は出奔してアスラン様はエードラム帝国の皇族であることを名乗っていないもの。それがどういうことなのかも。

「アスラン……」

 でも、それが直ぐ、現実になるとは思ってもいなかった。




 ――ある日の午後、ギルドからアスラン様へ急ぎの連絡が入った。アスラン様がギルドに呼び出されて暇を求められたのだ。まさかと思ったが、そのあとお会いしたフォルティスお兄様が深刻な表情をしていた。

「何があったのです?」

「ああ、リルアは……。いや」

「エードラム魔道帝国で内乱でもございましたか?」

「何? どうしてリルアがそれを……、ああ、やっぱり、リルアは知っていたのか、彼が……」

 アスラン、いいえアラス・エードラムが帝国の第四皇子ならば、彼が皇帝になるにはかなりの政変が起こるはず。そして、それが『薔薇伝』の設定と重なるならやはりー―、いずれエイリー・グレーネ王国も滅亡するという未来があるということに相違ないことになる。

「どうやら第二皇子と第三皇子が次の座を狙って争っているようだ」

「第一皇子様がいらっしゃるなら意味がないのでは」

「第一皇子と第四皇子は正妃様のお子だそうだか、第一皇子は病弱で今や瀕死の床であるそうだ」

「それは……」

 ではアスラン様は自国へと戻るように要請されるに違いない。

「大変なことだ。あのエードラム魔道帝国さえこのように後継者問題で政変が起こるとは……」

「ええ、お兄様もお気をつけくださいませ」

「そうだね。リルアに心配をかけるようではいけないね」

「うふふふ」

 私達は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「では暫く、そうですわね。バルドを護衛にお借り出来ませんか?」

「駄目だ。バルドは……。いや、そうだな。バルド、今暫くリルアの側で。最近はリルアと一緒に居られることが出来なくなってきたからね。専属の者が決まるまでリルア優先で構わない」

「はっ。ご命令承りました」

 バルドがエイリー・グレーネ方式の礼を返した。



 それから暫くしてアスラン様が戻られた。部屋にはバルドとアナベルが控えていた。

「……王女様。勝手な申し出であるのですが」

「エードラムへ戻られるのですか?」

 アスラン様は押し黙ったものの、

「代わりを探すと言いながら、それも叶わず。ただ代わりの者を探すように手配はしておきます」

「ええ、頼みましたわ。それでいつ発たれますか?」

「明日、早朝には」

「そんな」

「急ぎますので、では王女様。いずれ、また」

「ええ、今度は帝国を背負ってお会いできることを楽しみにしております」

「王女様。それは些か厳しいお言葉になる。私は玉座に最も遠い皇子だ」

「あら、あなたが帝国を背負うことになるのを私は知っているからですわ。きっと帝国玉座はあなたの物へとおなりになるでしょう」

「子どもの戯言にしてはどうかと思うが、それでは御前を失礼する」

「あと、アスラン様、いえアラス様。古人の言葉に恨みは恨みで晴らされないと言います。どうぞ正しき道をお行きくださいまし」

「……大凡、子どもの言葉ではあるまい」

 アラス様は感嘆の息をつくと私の前に跪いた。

「エイリー・グレーネ王国リルア王女、そなたに最大の敬意を払おう」

 あ、あの細マッチョイケメン予定の方に跪かれてしまいました。

 内心動揺している私をアラス様は見上げていた。でも実はそんなに目線は変わらない。

「今は子どもであるが、きっと周りが放ってはおかぬだろうな。十年後にそなたが言うように私が帝国皇帝位に就いて……、ふっ。いや、どうかしているな」

「ええ、帝国はアラス様が良き方へと率いてくださいませ。決して闇に魅入られないように。光の道を進んでください」

 アラス様は私の言葉を黙って聞いておられるた。そして、立ち上がると私の手の甲に額ずいてくださった。それは穏やかな笑みであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

処理中です...