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第一章 覚 醒
十九 アラス・エードラムの分岐点
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――正直簡単にできると思っていた。アスラン様からの剣技の習得についてはやはり体が小さいということもあって保留になった。でも、技については型を教えてもらってそれを書に記録してある。大きくなって自分一人でも練習できるために。
あとは基礎体力よね。お城の中庭を早足で歩く。あくまで上品に優雅に。それだったら周囲に不審に思われないものね。とは言いつつ、息が上がると、
「ぜえはあ」
「リルア様、無理をなさるといけません」
今日はバルドが護衛についていて、アナベルは着替えやお茶の準備のため、代わりの侍女が側についていた。
アスラン様の体力向上メニューの『これであなたも剣士になれる』というのをこなしている。そのうち細剣の模造刀も用意してくれることになっていた。
取り敢えずリルアの公式設定である細剣の魔法剣士を目指そうと思っている。
「しかし、王女様はお小さいのに頑張っていると思いますよ。それはどうしてなのか不思議でたまらない。王女様のような小さい頃は毎日を楽しんでいればそれで良いはずです」
「アスラン、そうですね。私もそう思いますわ。でも、あなたも自分の祖国が蹂躙されるとして、何もせずにはいられないと思うの」
「リルア様」
私の言葉にバルドまで驚いてしまった。
でも、いずれはバルドにも話すつもり。だから今は妄想と思われても構わない。何もないならそれでいい。私の杞憂だったと笑われても、滅亡が本当になったとき今何もしないでいることはあとできっと後悔すると思うから。
「……私には追い出されるように祖国を出たのでそのような気持ちはありませんね」
アスラン様が苦い笑みを浮かべていた。
私は『薔薇伝』の公式しか知らない。第四皇子が皇帝の座に就く。それはどういうことでそうなったのか私には分からない。現に今は出奔してアスラン様はエードラム帝国の皇族であることを名乗っていないもの。それがどういうことなのかも。
「アスラン……」
でも、それが直ぐ、現実になるとは思ってもいなかった。
――ある日の午後、ギルドからアスラン様へ急ぎの連絡が入った。アスラン様がギルドに呼び出されて暇を求められたのだ。まさかと思ったが、そのあとお会いしたフォルティスお兄様が深刻な表情をしていた。
「何があったのです?」
「ああ、リルアは……。いや」
「エードラム魔道帝国で内乱でもございましたか?」
「何? どうしてリルアがそれを……、ああ、やっぱり、リルアは知っていたのか、彼が……」
アスラン、いいえアラス・エードラムが帝国の第四皇子ならば、彼が皇帝になるにはかなりの政変が起こるはず。そして、それが『薔薇伝』の設定と重なるならやはりー―、いずれエイリー・グレーネ王国も滅亡するという未来があるということに相違ないことになる。
「どうやら第二皇子と第三皇子が次の座を狙って争っているようだ」
「第一皇子様がいらっしゃるなら意味がないのでは」
「第一皇子と第四皇子は正妃様のお子だそうだか、第一皇子は病弱で今や瀕死の床であるそうだ」
「それは……」
ではアスラン様は自国へと戻るように要請されるに違いない。
「大変なことだ。あのエードラム魔道帝国さえこのように後継者問題で政変が起こるとは……」
「ええ、お兄様もお気をつけくださいませ」
「そうだね。リルアに心配をかけるようではいけないね」
「うふふふ」
私達は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「では暫く、そうですわね。バルドを護衛にお借り出来ませんか?」
「駄目だ。バルドは……。いや、そうだな。バルド、今暫くリルアの側で。最近はリルアと一緒に居られることが出来なくなってきたからね。専属の者が決まるまでリルア優先で構わない」
「はっ。ご命令承りました」
バルドがエイリー・グレーネ方式の礼を返した。
それから暫くしてアスラン様が戻られた。部屋にはバルドとアナベルが控えていた。
「……王女様。勝手な申し出であるのですが」
「エードラムへ戻られるのですか?」
アスラン様は押し黙ったものの、
「代わりを探すと言いながら、それも叶わず。ただ代わりの者を探すように手配はしておきます」
「ええ、頼みましたわ。それでいつ発たれますか?」
「明日、早朝には」
「そんな」
「急ぎますので、では王女様。いずれ、また」
「ええ、今度は帝国を背負ってお会いできることを楽しみにしております」
「王女様。それは些か厳しいお言葉になる。私は玉座に最も遠い皇子だ」
「あら、あなたが帝国を背負うことになるのを私は知っているからですわ。きっと帝国玉座はあなたの物へとおなりになるでしょう」
「子どもの戯言にしてはどうかと思うが、それでは御前を失礼する」
「あと、アスラン様、いえアラス様。古人の言葉に恨みは恨みで晴らされないと言います。どうぞ正しき道をお行きくださいまし」
「……大凡、子どもの言葉ではあるまい」
アラス様は感嘆の息をつくと私の前に跪いた。
「エイリー・グレーネ王国リルア王女、そなたに最大の敬意を払おう」
あ、あの細マッチョイケメン予定の方に跪かれてしまいました。
内心動揺している私をアラス様は見上げていた。でも実はそんなに目線は変わらない。
「今は子どもであるが、きっと周りが放ってはおかぬだろうな。十年後にそなたが言うように私が帝国皇帝位に就いて……、ふっ。いや、どうかしているな」
「ええ、帝国はアラス様が良き方へと率いてくださいませ。決して闇に魅入られないように。光の道を進んでください」
アラス様は私の言葉を黙って聞いておられるた。そして、立ち上がると私の手の甲に額ずいてくださった。それは穏やかな笑みであった。
あとは基礎体力よね。お城の中庭を早足で歩く。あくまで上品に優雅に。それだったら周囲に不審に思われないものね。とは言いつつ、息が上がると、
「ぜえはあ」
「リルア様、無理をなさるといけません」
今日はバルドが護衛についていて、アナベルは着替えやお茶の準備のため、代わりの侍女が側についていた。
アスラン様の体力向上メニューの『これであなたも剣士になれる』というのをこなしている。そのうち細剣の模造刀も用意してくれることになっていた。
取り敢えずリルアの公式設定である細剣の魔法剣士を目指そうと思っている。
「しかし、王女様はお小さいのに頑張っていると思いますよ。それはどうしてなのか不思議でたまらない。王女様のような小さい頃は毎日を楽しんでいればそれで良いはずです」
「アスラン、そうですね。私もそう思いますわ。でも、あなたも自分の祖国が蹂躙されるとして、何もせずにはいられないと思うの」
「リルア様」
私の言葉にバルドまで驚いてしまった。
でも、いずれはバルドにも話すつもり。だから今は妄想と思われても構わない。何もないならそれでいい。私の杞憂だったと笑われても、滅亡が本当になったとき今何もしないでいることはあとできっと後悔すると思うから。
「……私には追い出されるように祖国を出たのでそのような気持ちはありませんね」
アスラン様が苦い笑みを浮かべていた。
私は『薔薇伝』の公式しか知らない。第四皇子が皇帝の座に就く。それはどういうことでそうなったのか私には分からない。現に今は出奔してアスラン様はエードラム帝国の皇族であることを名乗っていないもの。それがどういうことなのかも。
「アスラン……」
でも、それが直ぐ、現実になるとは思ってもいなかった。
――ある日の午後、ギルドからアスラン様へ急ぎの連絡が入った。アスラン様がギルドに呼び出されて暇を求められたのだ。まさかと思ったが、そのあとお会いしたフォルティスお兄様が深刻な表情をしていた。
「何があったのです?」
「ああ、リルアは……。いや」
「エードラム魔道帝国で内乱でもございましたか?」
「何? どうしてリルアがそれを……、ああ、やっぱり、リルアは知っていたのか、彼が……」
アスラン、いいえアラス・エードラムが帝国の第四皇子ならば、彼が皇帝になるにはかなりの政変が起こるはず。そして、それが『薔薇伝』の設定と重なるならやはりー―、いずれエイリー・グレーネ王国も滅亡するという未来があるということに相違ないことになる。
「どうやら第二皇子と第三皇子が次の座を狙って争っているようだ」
「第一皇子様がいらっしゃるなら意味がないのでは」
「第一皇子と第四皇子は正妃様のお子だそうだか、第一皇子は病弱で今や瀕死の床であるそうだ」
「それは……」
ではアスラン様は自国へと戻るように要請されるに違いない。
「大変なことだ。あのエードラム魔道帝国さえこのように後継者問題で政変が起こるとは……」
「ええ、お兄様もお気をつけくださいませ」
「そうだね。リルアに心配をかけるようではいけないね」
「うふふふ」
私達は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「では暫く、そうですわね。バルドを護衛にお借り出来ませんか?」
「駄目だ。バルドは……。いや、そうだな。バルド、今暫くリルアの側で。最近はリルアと一緒に居られることが出来なくなってきたからね。専属の者が決まるまでリルア優先で構わない」
「はっ。ご命令承りました」
バルドがエイリー・グレーネ方式の礼を返した。
それから暫くしてアスラン様が戻られた。部屋にはバルドとアナベルが控えていた。
「……王女様。勝手な申し出であるのですが」
「エードラムへ戻られるのですか?」
アスラン様は押し黙ったものの、
「代わりを探すと言いながら、それも叶わず。ただ代わりの者を探すように手配はしておきます」
「ええ、頼みましたわ。それでいつ発たれますか?」
「明日、早朝には」
「そんな」
「急ぎますので、では王女様。いずれ、また」
「ええ、今度は帝国を背負ってお会いできることを楽しみにしております」
「王女様。それは些か厳しいお言葉になる。私は玉座に最も遠い皇子だ」
「あら、あなたが帝国を背負うことになるのを私は知っているからですわ。きっと帝国玉座はあなたの物へとおなりになるでしょう」
「子どもの戯言にしてはどうかと思うが、それでは御前を失礼する」
「あと、アスラン様、いえアラス様。古人の言葉に恨みは恨みで晴らされないと言います。どうぞ正しき道をお行きくださいまし」
「……大凡、子どもの言葉ではあるまい」
アラス様は感嘆の息をつくと私の前に跪いた。
「エイリー・グレーネ王国リルア王女、そなたに最大の敬意を払おう」
あ、あの細マッチョイケメン予定の方に跪かれてしまいました。
内心動揺している私をアラス様は見上げていた。でも実はそんなに目線は変わらない。
「今は子どもであるが、きっと周りが放ってはおかぬだろうな。十年後にそなたが言うように私が帝国皇帝位に就いて……、ふっ。いや、どうかしているな」
「ええ、帝国はアラス様が良き方へと率いてくださいませ。決して闇に魅入られないように。光の道を進んでください」
アラス様は私の言葉を黙って聞いておられるた。そして、立ち上がると私の手の甲に額ずいてくださった。それは穏やかな笑みであった。
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