上 下
2 / 22

02 弟の婚約話

しおりを挟む
 翌日、私は領地から送られてきた書類に目を通していた。

 十年前に大嵐が発生しそれは領地の収穫前の作物をダメにし、更には領地の各所に土砂災害まで起きて、その復旧に傾きかけた伯爵家だったけれど今年はなんとか明るい見通しが立ちそうになったところだった。

 これで弟のサイモンにお嫁さんを迎えることが出来そうでほっと一息をついていたところに父から言われたのは、

「リリエラ。悪いけど家を出て行ってくれないか? ほら、サイモンに花嫁を迎えるだろ。お前みたいな嫁にいき遅れた姉が家にいると相手だっていろいろとやりにくいに違いない。お前だってそうだろう。伯爵家の領地に引きこもってもらってもいいが、正直さっさとどこかの後妻にでも嫁にいってくれれば助かる」

 少し申し訳なさそうな口調ではあるが、今までの私の働きを無駄にされた言い方に私は膝から力が抜けそうになっていた。

「嫁き遅れって、お父様、そんな言い方、私がどれだけ伯爵家の執務を……」

「そうだよ。姉さん」

「サイモン」

 お父様の後ろから弟のサイモンが顔を出した。私はサイモンがお父様の言ったことを理不尽だと言い返してくれるものだと信じていた。

 小さい頃に母を亡くしてから私は自分の結婚を後回しにして必死に育ててきた私にとって大事な弟だった。弟は私のそれまでの苦労を知っているはず。私はサイモンに救いを求めようとした。

「姉さんはいつも眉間に皺寄せて怒ってばっかりだから僕のロエが姉さんを見たら怖がるんじゃないかな」

 だけど、サイモンは苦笑しながら眉間に皺を寄せて私の真似をしながらそんなことを言ってきたのだった。

 それを見て唖然としつつ、弟に縋り付きそうになっていた手をなんとか収めた。

 私は段々怒りとどうしようもない情けなさが湧いてきた。

 ――結婚適齢期に自分のしたいことを我慢して、サイモンの学費から、食生活、衣食住を世話してきたのにこんな扱いって……。

 それでも今まで丹精込めて育ててきた弟に対する情とあまりの情けなさに何も言うことが出来なかった。

「あんまりです! 旦那様も坊ちゃんも、どれだけお嬢様が伯爵家で頑張ってこられたのか……」

 マーゴが非難の声を上げると父も弟も気まずそうな顔をしていた。

「いいのよ。マーゴ。本当のことだから」

「そ、そうだよ! 姉さんが悪いんだよ。口うるさいし、厳しいし」

 サイモンはそう言いながら部屋から出て行った。私はふらつきながらどうにか自室まで戻った。




 私はこのブルーレイク伯爵家の長女として生まれて、家族は父と八歳下の弟のサイモンがいる。

 母はサイモンを生んでから病気がちになり、サイモンが三歳の時に亡くなってしまった。

 母は最後のときに泣きながら跡取りのサイモンを頼むと私の手を握った。

 それは私が十一歳の時で貴族の令嬢として社交界にデビューする前のことだった。

 私は母の最後の頼みと思い弟を守らなければと誓ったのだった。

 結局いろいろあって社交界にデビューはせず、ただ幼い弟を育てるのに必死だった毎日。

 母が亡くなって気落ちした父は酒浸りの日々で頼りにならず、領地の経営なども私が途中から代理で行ってきたのだった。

 十年前、私が十六歳の時、領地が災害に見舞われ、復興の指示だって、執事や領民の話を聞いて必死でやってきて、なんとか借金せず、赤字にならないぎりぎりのところで踏ん張ってやっと回復してきたところだったのに。

 先日、弟のサイモンは十八歳を迎え、大人の仲間入りを果たした。

 貴族の子弟の通う学園を卒業し、学園で知り合った男爵令嬢のロエさんと婚約までしたそうだ。

 そうだとはサイモンが家族に相談もなく勝手に婚約してしまい、私達には事後報告だったからだ。

 父は怒ったものの結局は弟に甘いのでサイモンの言う通りに婚約を認めてしまった。

 まあ、貧乏な伯爵家に嫁にきてもらえるだけでもありがたいと思わないとね。

 それでも相談くらいして欲しかった。家族なのに、いいえ、私は母親代わりに頑張ってきたのに。

 私はまだサイモンの婚約者に会わせてもらったこともないのでどんな令嬢か知らない。

 そもそも私は学園に通う金銭的、時間的な余裕もなく、更に社交界にもデビューしていなかったので貴族子弟の知り合いは殆どいない。それでも弟だけはなんとか学園に通わせたいと精一杯頑張っていたのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族との白い結婚はもう懲りたので、バリキャリ魔法薬研究員に復帰します!……と思ったら、隣席の後輩君(王子)にアプローチされてしまいました。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
秀才ディアナは、魔法薬研究所で働くバリキャリの魔法薬師だった。だが―― 「おいディアナ! 平民の癖に、定時で帰ろうなんて思ってねぇよなぁ!?」 ディアナは平民の生まれであることが原因で、職場での立場は常に下っ端扱い。憧れの上級魔法薬師になるなんて、夢のまた夢だった。 「早く自由に薬を作れるようになりたい……せめて後輩が入ってきてくれたら……」 その願いが通じたのか、ディアナ以来初の新人が入職してくる。これでようやく雑用から抜け出せるかと思いきや―― 「僕、もっとハイレベルな仕事したいんで」 「なんですって!?」 ――新人のローグは、とんでもなく生意気な後輩だった。しかも入職早々、彼はトラブルを起こしてしまう。 そんな狂犬ローグをどうにか手懐けていくディアナ。躾の甲斐あってか、次第に彼女に懐き始める。 このまま平和な仕事環境を得られると安心していたところへ、ある日ディアナは上司に呼び出された。 「私に縁談ですか……しかも貴族から!?」 しかもそれは絶対に断れない縁談と言われ、仕方なく彼女はある決断をするのだが……。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

地味令嬢は結婚を諦め、薬師として生きることにしました。口の悪い女性陣のお世話をしていたら、イケメン婚約者ができたのですがどういうことですか?

石河 翠
恋愛
美形家族の中で唯一、地味顔で存在感のないアイリーン。婚約者を探そうとしても、失敗ばかり。お見合いをしたところで、しょせん相手の狙いはイケメンで有名な兄弟を紹介してもらうことだと思い知った彼女は、結婚を諦め薬師として生きることを決める。 働き始めた彼女は、職場の同僚からアプローチを受けていた。イケメンのお世辞を本気にしてはいけないと思いつつ、彼に惹かれていく。しかし彼がとある貴族令嬢に想いを寄せ、あまつさえ求婚していたことを知り……。 初恋から逃げ出そうとする自信のないヒロインと、大好きな彼女の側にいるためなら王子の地位など喜んで捨ててしまう一途なヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。 扉絵はあっきコタロウさまに描いていただきました。

結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?

宮永レン
恋愛
 没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。  ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。  仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

処理中です...