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六 ご令嬢方とのマナー講座
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赤毛の美少女にヒステリックに叫ばれてしまいましたが、分からないものは分かりません。私は仕方なく訊ねようとしました。
「あの……」
「では、教えて差し上げますわ。この方はあなたと違って裕福な子爵家ご令嬢のメアリー様よ」
男爵令嬢のアデラさんが横から得意気に話してきました。メアリー嬢はアデラさんの言葉に満足げに肯いていました。
「初めまして、メアリー様。私はクレアと申します」
「ん、まああ。なんということでしょう。貴族のマナーもご存じないのね。身分の下の者が気安く話しかけてくるなんて。お里が知れますわ」
アデラさんが大げさな身振り手振りで横から騒ぎ始めました。
――そんな変なマナーなんてありますの?
うちも没落しかけだけどそれなりに名門の子爵家なので身分は悪くはありません。
そもそも話しかけてきたのはそちらだったと思います。でも、結局、メアリー様は私が何を言ってもお気に召さないと思うの。
だから、もうこのままここで時間を無駄にしたくありません。広間の床掃除はまだ半分以上ありますもの。早く戻らないと今日中に終わりませんわ。なんといっても引き受けたからにはやり遂げないといけません。
「あら、アデラさん。それを教えて差し上げるのが高貴な者の務めでしてよ。おほほほほ」
メアリー様はそう言うと高笑いをなさいました。私はややげんなりしながら彼女達のやりとりを眺めていました。私が黙っていると気をよくしたのか、また教えして差し上げますわと迷惑な発言をなさってメアリー様達は去っていかれました。
昼食時のざわめきも戻ったところで私は大慌てで食事を流し込みました。いいえ、あくまでも子爵令嬢として優雅にですわ。
食事を終えると私は第三広間に急ぎ戻りました。
入り口にはまたあの鎧の近衛兵さんがいらっしゃいました。
何となく背格好で分かりますの。やはり、最初にこのようなところを一人ですると知ってご心配してくれているのか、まだ不審者と疑っているのかどちらかでしょう。
「近衛兵さん。どうされました?」
「あ、いや、その……」
「心配していただかなくても私一人でこれくらい大丈夫ですよ」
私は安心させるように微笑んでみました。するとまたガシャンと鎧の音が響きました。
「食堂での話を聞いてだな、その……」
言いにくそうな近衛兵さんの様子に私は、
「ああ、あれは不慣れな私にマナーを教えてくださったそうですわ。お気になさるほどでもありません」
本当のところは分かりませんが、続くようなら私にも考えがありましてよ。今は些細なことまで気にしていられませんわ。とにかくこの埃まみれの広間をどうにかしなくちゃいけません。
私は近衛兵さんを追い返すと一心不乱でモップ掛けをいたしました。本来ならこうした雑務は下女の役目なのだけどね。
他のご令嬢方は別室でマナーの講習を受けたり優雅に歓談なさったりしているのよ。ぶっちゃけ自分で連れてきた使用人がいない私は自分で何もかもやらなければなりません。
……今日も尊い労働の汗をかきましたわ。さすがにこのような広いところでは貴族方の密会もないでしょう。残念ですわ。その代わりここではダンスをしたり会話で恋の駆け引きをするのよ。それに断罪イベントとかあったり。うふふ。
そう言えばクレアが舞踏会に行ったのはデビューのときだけだったのよね。あのときはつてを頼んでなんとかデビューしたものの、初っぱなに倒れてしまったので、誰ともダンスができなかったわね。今ならきっと違っていましたわ。きっと求婚者を侍らせて、いえ。全力で攻略していましたことでしょう。
それにあのころは我が家はまだ今より生活もマシでしたの。あのあと不作が続いてどうにもならなくなってしまいました。
「まだ終わってないのか? もう夜更けだぞ」
「ひゃっ?」
気がつけば辺りはすっかり暗くなっていました。
突然目の前に現れた明かりに私は驚きの声を上げてしまいました。だってね。暗がりから蝋燭の上に見えたのは鎧兜なのよ。普通驚くでしょ。ホラー展開になるのかと思いましたわ。
「もう、あと少しで終わります。近衛兵さんこそこんな時間にどうなさって?」
「お、俺はもう勤務時間は終わっている。君がどうなっているか気になって……」
「まあ! それはなんてご親切な……」
でも、正直ここまでされると気味が悪い。最初はたまたまとしても、こうも関わってこられると。大人だった私の記憶が警鐘を鳴らしていますわ。もしかして、これってストーカーってものかしら? それとも私をまだ疑っているとか。
「そう言えばあなたの名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「……ロランだ」
「ロラン様? それって……」
間違いなかったら、その名はエドワード様の息子さんのお名前だったはず、そして、私の義理の息子となる予定の方。確かに王宮の近衛兵としてお勤めされているとお聞きしています。
「まああ、それはそれは存じませず。失礼しました」
私は頭を下げた。ロラン様は慌てたようにまたガシャんと鎧の音をたてていました。勤務じゃないのに鎧兜だなんて、お仕事に熱心な方ですわね。好感が持てますわ。働かざる者食うべからずですわ。
「いや、俺も名乗っていなかった」
――ですよね。だから、仕方ありませんわ。無礼なところは許していただかないと。
「家に戻る気は無いのか?」
「ええ、婚儀までは王宮で行儀見習いをいたします」
私は微笑みを浮かべました。またガシャと音がしました。
正直、お仕事をしてたら、マナーの説明会なんて出られないから来ても仕方がなかったかもしれません。でも、僅かながらお給料も出ますので、もう少し頑張ってみます。
「手伝おう」
そう言うとロラン様は鎧兜を着たまま器用にモップ掛けを手伝ってくれました。もう今日は遅いので女官長補佐には明日確認していただければいいわよね。
「あの……」
「では、教えて差し上げますわ。この方はあなたと違って裕福な子爵家ご令嬢のメアリー様よ」
男爵令嬢のアデラさんが横から得意気に話してきました。メアリー嬢はアデラさんの言葉に満足げに肯いていました。
「初めまして、メアリー様。私はクレアと申します」
「ん、まああ。なんということでしょう。貴族のマナーもご存じないのね。身分の下の者が気安く話しかけてくるなんて。お里が知れますわ」
アデラさんが大げさな身振り手振りで横から騒ぎ始めました。
――そんな変なマナーなんてありますの?
うちも没落しかけだけどそれなりに名門の子爵家なので身分は悪くはありません。
そもそも話しかけてきたのはそちらだったと思います。でも、結局、メアリー様は私が何を言ってもお気に召さないと思うの。
だから、もうこのままここで時間を無駄にしたくありません。広間の床掃除はまだ半分以上ありますもの。早く戻らないと今日中に終わりませんわ。なんといっても引き受けたからにはやり遂げないといけません。
「あら、アデラさん。それを教えて差し上げるのが高貴な者の務めでしてよ。おほほほほ」
メアリー様はそう言うと高笑いをなさいました。私はややげんなりしながら彼女達のやりとりを眺めていました。私が黙っていると気をよくしたのか、また教えして差し上げますわと迷惑な発言をなさってメアリー様達は去っていかれました。
昼食時のざわめきも戻ったところで私は大慌てで食事を流し込みました。いいえ、あくまでも子爵令嬢として優雅にですわ。
食事を終えると私は第三広間に急ぎ戻りました。
入り口にはまたあの鎧の近衛兵さんがいらっしゃいました。
何となく背格好で分かりますの。やはり、最初にこのようなところを一人ですると知ってご心配してくれているのか、まだ不審者と疑っているのかどちらかでしょう。
「近衛兵さん。どうされました?」
「あ、いや、その……」
「心配していただかなくても私一人でこれくらい大丈夫ですよ」
私は安心させるように微笑んでみました。するとまたガシャンと鎧の音が響きました。
「食堂での話を聞いてだな、その……」
言いにくそうな近衛兵さんの様子に私は、
「ああ、あれは不慣れな私にマナーを教えてくださったそうですわ。お気になさるほどでもありません」
本当のところは分かりませんが、続くようなら私にも考えがありましてよ。今は些細なことまで気にしていられませんわ。とにかくこの埃まみれの広間をどうにかしなくちゃいけません。
私は近衛兵さんを追い返すと一心不乱でモップ掛けをいたしました。本来ならこうした雑務は下女の役目なのだけどね。
他のご令嬢方は別室でマナーの講習を受けたり優雅に歓談なさったりしているのよ。ぶっちゃけ自分で連れてきた使用人がいない私は自分で何もかもやらなければなりません。
……今日も尊い労働の汗をかきましたわ。さすがにこのような広いところでは貴族方の密会もないでしょう。残念ですわ。その代わりここではダンスをしたり会話で恋の駆け引きをするのよ。それに断罪イベントとかあったり。うふふ。
そう言えばクレアが舞踏会に行ったのはデビューのときだけだったのよね。あのときはつてを頼んでなんとかデビューしたものの、初っぱなに倒れてしまったので、誰ともダンスができなかったわね。今ならきっと違っていましたわ。きっと求婚者を侍らせて、いえ。全力で攻略していましたことでしょう。
それにあのころは我が家はまだ今より生活もマシでしたの。あのあと不作が続いてどうにもならなくなってしまいました。
「まだ終わってないのか? もう夜更けだぞ」
「ひゃっ?」
気がつけば辺りはすっかり暗くなっていました。
突然目の前に現れた明かりに私は驚きの声を上げてしまいました。だってね。暗がりから蝋燭の上に見えたのは鎧兜なのよ。普通驚くでしょ。ホラー展開になるのかと思いましたわ。
「もう、あと少しで終わります。近衛兵さんこそこんな時間にどうなさって?」
「お、俺はもう勤務時間は終わっている。君がどうなっているか気になって……」
「まあ! それはなんてご親切な……」
でも、正直ここまでされると気味が悪い。最初はたまたまとしても、こうも関わってこられると。大人だった私の記憶が警鐘を鳴らしていますわ。もしかして、これってストーカーってものかしら? それとも私をまだ疑っているとか。
「そう言えばあなたの名前をお伺いしてもよろしいかしら?」
「……ロランだ」
「ロラン様? それって……」
間違いなかったら、その名はエドワード様の息子さんのお名前だったはず、そして、私の義理の息子となる予定の方。確かに王宮の近衛兵としてお勤めされているとお聞きしています。
「まああ、それはそれは存じませず。失礼しました」
私は頭を下げた。ロラン様は慌てたようにまたガシャんと鎧の音をたてていました。勤務じゃないのに鎧兜だなんて、お仕事に熱心な方ですわね。好感が持てますわ。働かざる者食うべからずですわ。
「いや、俺も名乗っていなかった」
――ですよね。だから、仕方ありませんわ。無礼なところは許していただかないと。
「家に戻る気は無いのか?」
「ええ、婚儀までは王宮で行儀見習いをいたします」
私は微笑みを浮かべました。またガシャと音がしました。
正直、お仕事をしてたら、マナーの説明会なんて出られないから来ても仕方がなかったかもしれません。でも、僅かながらお給料も出ますので、もう少し頑張ってみます。
「手伝おう」
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