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四 王宮での行儀見習い
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そんな妄想をしながら、私は王宮で大人しくメイド修行をしていました。その日の夕刻に私は他の行儀見習いに来ている令嬢や王宮のスタッフに引き合わされました。
王宮は二十四時間勤務の交代制だから、朝と夕に引き継ぎがあると説明を受けていました。何気に王宮はブラック企業なのよね。怖いわ。ところでブラック企業って何のことかしら?
王宮の使用人用の一室に集まったところで私は皆に紹介をされた。
「えー、この度、行儀見習いとしてやってきたホーソン子爵令嬢のクレアさんです。短期の予定でありますので皆様からいろいろとお教えするように」
細身で仕事のできそうな女官長補佐から私の名が言われると場は少しざわめきましたの。
――どうしてなの? デビュー以来の社交の場には出たことのない私の名をご存知みたいだけど、そのざわめきはどういうことかしら?
「どうぞよろしくお願いします。ホーソン子爵家のクレアです」
とりあえず私は頭をぺこりと下げた。静まりかえった雰囲気は私に嫌な予感をさせた。
だって、この雰囲気はOLのときに感じたことがある、あの気に入らないわねという悪意の含んだ特有の視線なのよ。ここに私と面識のある方はいないはずだけど。それにここまでの敵意を向けられるようなこともした覚えはないわ。
その空気を切り裂くようにパンパンと女官長補佐が手を叩いて、
「さあさ、それでは持ち場にお戻りください。ああ、男爵家のブリジットさん、アデラさんは残ってクレアさんに今後のことをご案内してあげるように」
どちらも面識は有りませんでしたけれど彼女らからはあの嫌な雰囲気は感じられませんでした。私は二人に頭を下げました。
「よろしくお願いします。ブリジット様。アデラ様」
「様はいらないわ。クレアさん。こちらこそよろしくね」
「私も様はいらなくてよ」
どちらも私より三つほど下でこれから社交界にデビューする予定だそうです。彼女らは半年コースで既に四か月ほどここで過ごしているようでした。彼女らと部屋も近いので行き来もし易いみたい。これからいろいろ教わらないとね。
幸い王宮の行儀見習いということなので令嬢それぞれに個室を与えられています。なかには侍女を連れてくるご令嬢もいらっしゃるみたいなので様々に対応しているみたいでした。そんなこともしなければならないなんて王宮女官長も大変ですわね。
彼女らに教えられて、一緒に湯殿に行くことに。ここも常時解放されている所の一つ。食堂もそうだけど本当に不夜城とはこのことね。
それにしてもお風呂は助かります。子爵家では毎日入るなんて贅沢できなかったのだけどアラ腐ォーおーえるの記憶が戻ったらやっぱり汗をかいたら洗い流したいもの。
それから彼女らから研修についてもう少し詳しく説明を受けました。面接のときは契約事項の説明とかが中心だったの。え? 契約は雇用契約よ。勤務内容や王宮の事物の破損などの弁償関係とかね。
「最初は清掃が中心だけど、見習い期間の一月が過ぎたら希望も聞いてもらえるみたいよ」
「そうなんですね」
「私は今は来客担当でお茶出しをしてますわ」
そうアデラさんが鼻高々と話していました。彼女は気の強そうな少女で名門の男爵家のご令嬢でもあってお名前だけは存じていました。裕福なお家なので多分裏でいろいろとやり取りをしていたのだろうと話の端々で感じました。
「私は王女様方の衣装の整えるお役を頂戴していますわ」
ブリジットさんは柔らかく微笑んでくれました。彼女はヒロインを助けてくれるサブキャラにありがちな温和そうな女性でした。
「どこがよいのでしょうか?」
「そうですわね。最初は王宮の床磨きや柱磨きから始まって、厨房の銀磨きなんかもあるわ。そのうち評価が高ければ役付きのお世話とかできるようになるの。そうそう、字が綺麗だったらまれに事務官のお手伝いにまわされることもあるらしいですのよ。私は絶対ごめんだけど」
アデラさんは恐ろし気に体を震わせていた。
え? それっOLのときときっと一緒よね。私は平気よ。なんたって企画書を書きまくってたもの。没をくらってばかりだから慣れてるわ。柱磨きも面白いのだけど王宮の文書とかどんなふうなのかしら? 逆に興味津々です。アデラさんは難しい文など読みたくないそうです。
「そういえば、クレアさんはもう婚約されてらっしゃるとか……」
ブリジットさんがおずおずといった様子で訊ねてきた。
「ええ、あのマルロー商会の方なのですが……」
「「やっぱり……」」
「あの? 何かダメなのでしょうか? 婚約していても行儀見習いは構わなかったと……」
婚約していたら王宮での見習はダメだとかは無かったと思います。私は契約事項を思い返していました。むしろ、高位貴族を射止めようとする令嬢と争いにならないので喜ばれるかと思っています。
「いいえ、ダメとかじゃないわ。全然」
ブリジットさんは慌てて否定してくれました。アデラさんは黙りこんでしまいました。お二人はまだお相手がきまっていないのでデビューしてから求婚者を見つけるということでした。
ですから、私は敵にはなりませんわ。できれば研修が終わるまでは友好的にお願いしたいの。そう願っていると彼女らも明日があるのでそれぞれ部屋に戻っていかれました。さあ、明日から私も床磨きを頑張りましょう。
見習といっても一応お給料はいただけるようです。だから、気合を入れなくちゃね。
王宮は二十四時間勤務の交代制だから、朝と夕に引き継ぎがあると説明を受けていました。何気に王宮はブラック企業なのよね。怖いわ。ところでブラック企業って何のことかしら?
王宮の使用人用の一室に集まったところで私は皆に紹介をされた。
「えー、この度、行儀見習いとしてやってきたホーソン子爵令嬢のクレアさんです。短期の予定でありますので皆様からいろいろとお教えするように」
細身で仕事のできそうな女官長補佐から私の名が言われると場は少しざわめきましたの。
――どうしてなの? デビュー以来の社交の場には出たことのない私の名をご存知みたいだけど、そのざわめきはどういうことかしら?
「どうぞよろしくお願いします。ホーソン子爵家のクレアです」
とりあえず私は頭をぺこりと下げた。静まりかえった雰囲気は私に嫌な予感をさせた。
だって、この雰囲気はOLのときに感じたことがある、あの気に入らないわねという悪意の含んだ特有の視線なのよ。ここに私と面識のある方はいないはずだけど。それにここまでの敵意を向けられるようなこともした覚えはないわ。
その空気を切り裂くようにパンパンと女官長補佐が手を叩いて、
「さあさ、それでは持ち場にお戻りください。ああ、男爵家のブリジットさん、アデラさんは残ってクレアさんに今後のことをご案内してあげるように」
どちらも面識は有りませんでしたけれど彼女らからはあの嫌な雰囲気は感じられませんでした。私は二人に頭を下げました。
「よろしくお願いします。ブリジット様。アデラ様」
「様はいらないわ。クレアさん。こちらこそよろしくね」
「私も様はいらなくてよ」
どちらも私より三つほど下でこれから社交界にデビューする予定だそうです。彼女らは半年コースで既に四か月ほどここで過ごしているようでした。彼女らと部屋も近いので行き来もし易いみたい。これからいろいろ教わらないとね。
幸い王宮の行儀見習いということなので令嬢それぞれに個室を与えられています。なかには侍女を連れてくるご令嬢もいらっしゃるみたいなので様々に対応しているみたいでした。そんなこともしなければならないなんて王宮女官長も大変ですわね。
彼女らに教えられて、一緒に湯殿に行くことに。ここも常時解放されている所の一つ。食堂もそうだけど本当に不夜城とはこのことね。
それにしてもお風呂は助かります。子爵家では毎日入るなんて贅沢できなかったのだけどアラ腐ォーおーえるの記憶が戻ったらやっぱり汗をかいたら洗い流したいもの。
それから彼女らから研修についてもう少し詳しく説明を受けました。面接のときは契約事項の説明とかが中心だったの。え? 契約は雇用契約よ。勤務内容や王宮の事物の破損などの弁償関係とかね。
「最初は清掃が中心だけど、見習い期間の一月が過ぎたら希望も聞いてもらえるみたいよ」
「そうなんですね」
「私は今は来客担当でお茶出しをしてますわ」
そうアデラさんが鼻高々と話していました。彼女は気の強そうな少女で名門の男爵家のご令嬢でもあってお名前だけは存じていました。裕福なお家なので多分裏でいろいろとやり取りをしていたのだろうと話の端々で感じました。
「私は王女様方の衣装の整えるお役を頂戴していますわ」
ブリジットさんは柔らかく微笑んでくれました。彼女はヒロインを助けてくれるサブキャラにありがちな温和そうな女性でした。
「どこがよいのでしょうか?」
「そうですわね。最初は王宮の床磨きや柱磨きから始まって、厨房の銀磨きなんかもあるわ。そのうち評価が高ければ役付きのお世話とかできるようになるの。そうそう、字が綺麗だったらまれに事務官のお手伝いにまわされることもあるらしいですのよ。私は絶対ごめんだけど」
アデラさんは恐ろし気に体を震わせていた。
え? それっOLのときときっと一緒よね。私は平気よ。なんたって企画書を書きまくってたもの。没をくらってばかりだから慣れてるわ。柱磨きも面白いのだけど王宮の文書とかどんなふうなのかしら? 逆に興味津々です。アデラさんは難しい文など読みたくないそうです。
「そういえば、クレアさんはもう婚約されてらっしゃるとか……」
ブリジットさんがおずおずといった様子で訊ねてきた。
「ええ、あのマルロー商会の方なのですが……」
「「やっぱり……」」
「あの? 何かダメなのでしょうか? 婚約していても行儀見習いは構わなかったと……」
婚約していたら王宮での見習はダメだとかは無かったと思います。私は契約事項を思い返していました。むしろ、高位貴族を射止めようとする令嬢と争いにならないので喜ばれるかと思っています。
「いいえ、ダメとかじゃないわ。全然」
ブリジットさんは慌てて否定してくれました。アデラさんは黙りこんでしまいました。お二人はまだお相手がきまっていないのでデビューしてから求婚者を見つけるということでした。
ですから、私は敵にはなりませんわ。できれば研修が終わるまでは友好的にお願いしたいの。そう願っていると彼女らも明日があるのでそれぞれ部屋に戻っていかれました。さあ、明日から私も床磨きを頑張りましょう。
見習といっても一応お給料はいただけるようです。だから、気合を入れなくちゃね。
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