【完】ある日、ヒロインと成り代わりまして~鬼隊長と呼ばれた私が可憐な男爵令嬢に成り代わり、イケメンの元部下に絆される~

えとう蜜夏☆コミカライズ中

文字の大きさ
上 下
8 / 22

08 男爵令嬢のメルティア・ソードラーン

しおりを挟む
「なあ、もっと近くに寄れよ。メルティア」
「う、うん」
 マルナート子爵令息のスニーザ様が私に身を寄せるように指示してきた。
 まだ私は社交界にデビューはしていない。だけど家同士が昔から知り合いだった関係でスニーザ様に呼ばれていた。
 今はもうデビューの年頃であまり遊ばなくなったけれど私は呼ばれると会いに行っていた。 
 今彼が気に入っている遊びは恋愛小説のまねごとをすることだった。
 流行りの小説の人物になって、様々な恋愛のシーンを演ずるように命令される。
 今日の私はそれらの小説の一つのヒロインに似ていると言われてその役をやらされていた。
 ピンクブロンドのふわふわの髪に淡い水色の瞳。自分でも好きだったけれど今では嫌いになりそうだった。
 子爵家の東屋で恋愛小説を演じ始めた。でも、彼と話すこと、いいえ、一緒にいることも最近では苦痛を感じるようになってしまった。
 横暴な彼の話し方も嫌い。でも我慢しなくちゃ。彼は身分が上なのだから。私は魔力があっても魔法の使えない、体も弱い、貴族令嬢としてもギリギリの存在だもの。そんな私でもスニーザ様は遊んでくれる……。
「もっとヒロインになりきれよ。男爵家がどうなってもいいのか?」
 そう言いながら彼が私のピンクブロンドのふわふわの髪を撫でた。
 彼に触られるのは本当に嫌。だけど断れない。断ると社交界にデビューしたらもっと嫌がらせをすると言われていたのだ。悪い噂を流して、良い縁談が来ないようにしてやるとまで言われた。だから渋々付き合っていたけれど最近は流石に悪ふざけが過ぎていると思う。こんなふうに体を触られるのは嫌なの。
 でも今はもう怖くて言い返せないし、お父様やお母様に心配されるから相談もできなくなってしまった。
「そこはにっこり笑って可愛くしろよ。白けるじゃないか」
「は、はい」
 私は無理やり笑顔を張り付けた。
 スニーザ様の顔が息のかかるほど近づく。
 にやにやと笑っているのも気持ちが悪い。
「……やっぱり嫌ぁぁ。お父様。お母様」
 今流行りの小説では男爵令嬢がヒロインで高位貴族に体を使って逆ハーレムとかを築くのだとか言われたけど、そんなのしたくないの! 私はっ! 嫌悪感と共に怒りが湧いてきた。 
 ふと以前に街でスニーザに絡まれていたところを助けてくれたアニー隊長の凛とした様子を思い出した。するとなんだか力が湧いてきた。
 彼女は平民で女ながら、あの王都を襲ったタンピードのボス魔獣に止めを刺した英勇と言われて街では大人気だった。
 隊長として忙しいだろうにあのとき私をスニーザ様から助けてくれたのだ。
 周りは見て見ぬふりだったのに。
 アニー隊長はすらりとした身のこなしで素敵な女性だった。魔獣とまで戦えるのだから強いのだろうけど優しそうな人だった。凛とした大人の女性。私のように怯えて逃げることしかできないのとは違った。だけど私だって……。
 私は彼から身を離し、突き飛ばして逃げるように走り出していた。
「おい、待てよ!」
「誰か、助けてっ」
 ドレスなので走りにくい。
 それでも東屋から近いのが幸いして直ぐに馬車泊りまで辿り着くと見慣れたうちの馬車があって、御者が馬の世話をしているのが見えた。彼は私が走ってくるのに気がついてくれた。
「お嬢様! どうされました?!」
「……お家に帰るのっ」
 ゼイゼイとした息をしながらそこまで話すと眩暈がしてきた。だけど直ぐスニーザ様が追いついてきて後ろから私を捕まえた。
「待てよ!」
「離して!」
「お嬢様!」
 もみ合いになりながらも私は馬車に乗り込もうとして階段から足を踏み外してしまった。もみ合いながら馬車から転げ落ちてしまった。
「メルティ?!」
「お嬢様!」
「あっ!」
 ガツンと音がして私は地面に転がり落ちたときに縁石に頭を打ち付けたようだった。激しい全身の痛みで私は気が遠くなっていく。私は最近手に入れたネックレスと左手で強く握り締めた。
 最後に気力を振り絞って御者に伝えた。私を連れて戻ってくれるようにと。
「お家に帰るの。……こんなところもう嫌あぁ。アニー……」
 ドレスの下に隠していたネックレスの宝石が熱くなり光ったように感じて視界が真っ白になり、私の望みは叶ったの――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。 ゲームにはほとんど出ないモブ。 でもモブだから、純粋に楽しめる。 リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。 ———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?! 全三話。 「小説家になろう」にも投稿しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

処理中です...