7 / 22
07 限界の向こうに(過去編 終わり)
しおりを挟む
そして壊滅状態だった第二騎士団も一新され、新しくなった隊員らで懇親を深めようと懇親会なんかもよくやっていた。スタンピードから一年近く経つがその爪痕は大きかった。失われた人材はそう直ぐには埋められない。
今日の飲み会もいつものことだった。他の隊の隊長と交代で飲み代を持って平騎士の不満を発散させる役割になっていた。
こちらにしては一方的に不快なだけだが、これもお勤めの一つと思って毎回苦行に耐えている。部下の中には酔っぱらうと鬱陶しいほど絡んでくる者もいた。
「そもそもアニー隊長は良い人はいないんですか? 三十近いのに完全行き遅れになりますよ」
「失礼な。私はまだ二十六だ。それに相手については自分より弱いのは問題外だな」
私は彼らの問いに淡々と答えていた。横でエイベルが静かに怒りを溜めているのを感じる。
ああ、あいつは後でエイベルに凶悪な特訓をされるだろう。可哀想だが仕方がない。
「えー! 寂しいとか思ったりしませんか? 結婚して家庭に入って……」
「思わない。そんな暇があったら特別強化訓練をしてやるぞ? 寂しいなど訓練が足りんのだ。筋トレして走り込め! なんなら限界の向こう側へ一緒に挑戦しようじゃないか? ん? きっと楽しいぞ。ふふふ」
私がエールを一気に飲み干してにやりと笑ってやった。
私の笑いに部下達は酔いが醒めたようになり泡を食ってエールを片手に別の席へと散って行った。
酒が入るとそんなくだらんことを聞いてくる命知らずの奴が一定数いた。
気合いだ。気合。たるんどる。そう言ってぶった切るとあとは遠巻きにして各々で飲んでくれるのだが、今日はなんだか絡んでくるのが酷かった。
彼らを叩き出すようにして騎士団内で営業している酒場から追い出すとエイベルと幹部宿舎へと向かった。
「今夜はなんだか荒れたな」
「また、スタンピード残滓が見つかったようですよ。第二騎士団からの報告によるとモンスターや魔獣の群れの出現するスポットが各地にまだ散らばっていたらしく、あちこちで討ち漏らした魔獣の出現が報告されて殺気立っているからでしょう。心配だから宿舎までお送ります。アニー」
「そうだな。大丈夫と言いたいが、確かに今日は変に絡んでくる奴らが多かったからつい飲みすぎた。だから頼むよ。エイベル」
私の言葉に少し息を飲むようにするエイベルを眺めた。
「何かおかしかったか?」
「いえ、俺を信頼しているのですね。あなたを脅してまで繋ぎ止めようとしているのに」
「ああ、もちろんだ。それに脅されてではなく、私だってエイベルに側にいて欲しいからな。お互い側に居る理由が必要なんだよ」
そういうとエイベルは顔を少し歪めた。
ああ、エイベルを悲しませてばかりな気がする。
だが、隊長と言われても孤児上がりの平民の私と高位貴族の次男のエイベルではどうあってもハッピーエンドという訳にはいかない。
ただ、周囲から鬼隊長と呼ばれ男のように扱われてもエイベルだけは私を女性として見てくれているのだ。割り切れない私の心が、……体も彼を求めている。
侯爵家の育ちだからだろうか? 彼は戦場においても私を庇って戦ってくれる。
止めてくれと言っても構わず。あれから何度も彼と乱闘騒ぎの鎮圧もこなしてきた。
「光栄ですといいたいですが、無防備すぎるでしょう。俺も男ですよ?」
「そんなことはもう十分知っている。あははっ。鬼隊長なんて言われている私なんぞ侯爵家の高貴な方の舌には合わないだろうに……。まあ、今夜は飲みすぎてお相手はできそうにないけれど」
「アニー……」
「ん。またな。エイベル……」
軽く笑ってエイベルの頬にキスを落とすと彼は苦笑していた。
あのスタンピードの告白後、彼とは何度もその情熱に身を任せた。
だから条件反射なのか、彼からアニーと呼ばれると体が熱くなるときもあって困るが、少なくともこうした気軽なやり取りもできるほど許してもらえていると私は思っている。
いや、思っていた。
彼は私から離れようとはしなかった。私も彼から離れることはなかった。
私を見ると切なそうに顔を歪めるエイベルに申し訳ない気持ちで一杯になる。
いつか上手く解決すればいいのにと願っていた。
そしていつものようにエイベルに宿舎まで送ってもらってそこから、目覚めると――、
「ああ、目を覚ましましたわ! マギー。先生をお呼びして! ああ、あなた」
「良かった」
見知らぬ男女が涙ぐんで私を見下ろしていたのだった。彼らは自分より年上で人のよさそうな雰囲気だった。
「あの……」
一体どういうことなのか飲み込め無かった。昨夜は飲み過ぎたのだろうか? ここはどこだ? 最後に飲んだのは……、それにエイベルは?
「ああ、神様! 私達にメルティを戻していただいて」
先程から私を見てメルティと呼び掛けてくる。私の名はアニーだ。アニー・フィード。ただの平民でドルリア王国第三騎士団の第二部隊長だ。
私の面前で涙ぐむ淑女とその肩に手を置いて慰める紳士は明らかにお貴族様だ。
彼らに手を伸ばそうとして自分の手がやけに白くか細いことに驚いた。剣など持ったことのないような華奢な手。
「何だ……。この手はっ」
がばっと上半身を起こした。すると肩に流れ落ちる髪は自分のものなのにピンクブロンドのふわふわしたものだった。自分の見慣れた赤毛のストレートではなかった。そもそももっと短い。だからこのように流れ落ちることなどない。
「何だ? この髪は!」
「メルティ?」
「私はメルティなんかではなくっ……」
私が周囲を見渡すとサイドテーブルに手鏡があったので手に取って覗き込んだ。そこにはふわふわのピンクブロンドの髪に淡い水色の瞳の非常に可愛らしい少女の顔が映っていた。何処かで見たことがあるような気がしたが、それどころでなかった。
「はあぁ?! 何なんだ。これは!」
そして何度目かに分からない叫び声を上げてしまった。その声がとても自分の声ではないことも気がつかないくらいだった。
今日の飲み会もいつものことだった。他の隊の隊長と交代で飲み代を持って平騎士の不満を発散させる役割になっていた。
こちらにしては一方的に不快なだけだが、これもお勤めの一つと思って毎回苦行に耐えている。部下の中には酔っぱらうと鬱陶しいほど絡んでくる者もいた。
「そもそもアニー隊長は良い人はいないんですか? 三十近いのに完全行き遅れになりますよ」
「失礼な。私はまだ二十六だ。それに相手については自分より弱いのは問題外だな」
私は彼らの問いに淡々と答えていた。横でエイベルが静かに怒りを溜めているのを感じる。
ああ、あいつは後でエイベルに凶悪な特訓をされるだろう。可哀想だが仕方がない。
「えー! 寂しいとか思ったりしませんか? 結婚して家庭に入って……」
「思わない。そんな暇があったら特別強化訓練をしてやるぞ? 寂しいなど訓練が足りんのだ。筋トレして走り込め! なんなら限界の向こう側へ一緒に挑戦しようじゃないか? ん? きっと楽しいぞ。ふふふ」
私がエールを一気に飲み干してにやりと笑ってやった。
私の笑いに部下達は酔いが醒めたようになり泡を食ってエールを片手に別の席へと散って行った。
酒が入るとそんなくだらんことを聞いてくる命知らずの奴が一定数いた。
気合いだ。気合。たるんどる。そう言ってぶった切るとあとは遠巻きにして各々で飲んでくれるのだが、今日はなんだか絡んでくるのが酷かった。
彼らを叩き出すようにして騎士団内で営業している酒場から追い出すとエイベルと幹部宿舎へと向かった。
「今夜はなんだか荒れたな」
「また、スタンピード残滓が見つかったようですよ。第二騎士団からの報告によるとモンスターや魔獣の群れの出現するスポットが各地にまだ散らばっていたらしく、あちこちで討ち漏らした魔獣の出現が報告されて殺気立っているからでしょう。心配だから宿舎までお送ります。アニー」
「そうだな。大丈夫と言いたいが、確かに今日は変に絡んでくる奴らが多かったからつい飲みすぎた。だから頼むよ。エイベル」
私の言葉に少し息を飲むようにするエイベルを眺めた。
「何かおかしかったか?」
「いえ、俺を信頼しているのですね。あなたを脅してまで繋ぎ止めようとしているのに」
「ああ、もちろんだ。それに脅されてではなく、私だってエイベルに側にいて欲しいからな。お互い側に居る理由が必要なんだよ」
そういうとエイベルは顔を少し歪めた。
ああ、エイベルを悲しませてばかりな気がする。
だが、隊長と言われても孤児上がりの平民の私と高位貴族の次男のエイベルではどうあってもハッピーエンドという訳にはいかない。
ただ、周囲から鬼隊長と呼ばれ男のように扱われてもエイベルだけは私を女性として見てくれているのだ。割り切れない私の心が、……体も彼を求めている。
侯爵家の育ちだからだろうか? 彼は戦場においても私を庇って戦ってくれる。
止めてくれと言っても構わず。あれから何度も彼と乱闘騒ぎの鎮圧もこなしてきた。
「光栄ですといいたいですが、無防備すぎるでしょう。俺も男ですよ?」
「そんなことはもう十分知っている。あははっ。鬼隊長なんて言われている私なんぞ侯爵家の高貴な方の舌には合わないだろうに……。まあ、今夜は飲みすぎてお相手はできそうにないけれど」
「アニー……」
「ん。またな。エイベル……」
軽く笑ってエイベルの頬にキスを落とすと彼は苦笑していた。
あのスタンピードの告白後、彼とは何度もその情熱に身を任せた。
だから条件反射なのか、彼からアニーと呼ばれると体が熱くなるときもあって困るが、少なくともこうした気軽なやり取りもできるほど許してもらえていると私は思っている。
いや、思っていた。
彼は私から離れようとはしなかった。私も彼から離れることはなかった。
私を見ると切なそうに顔を歪めるエイベルに申し訳ない気持ちで一杯になる。
いつか上手く解決すればいいのにと願っていた。
そしていつものようにエイベルに宿舎まで送ってもらってそこから、目覚めると――、
「ああ、目を覚ましましたわ! マギー。先生をお呼びして! ああ、あなた」
「良かった」
見知らぬ男女が涙ぐんで私を見下ろしていたのだった。彼らは自分より年上で人のよさそうな雰囲気だった。
「あの……」
一体どういうことなのか飲み込め無かった。昨夜は飲み過ぎたのだろうか? ここはどこだ? 最後に飲んだのは……、それにエイベルは?
「ああ、神様! 私達にメルティを戻していただいて」
先程から私を見てメルティと呼び掛けてくる。私の名はアニーだ。アニー・フィード。ただの平民でドルリア王国第三騎士団の第二部隊長だ。
私の面前で涙ぐむ淑女とその肩に手を置いて慰める紳士は明らかにお貴族様だ。
彼らに手を伸ばそうとして自分の手がやけに白くか細いことに驚いた。剣など持ったことのないような華奢な手。
「何だ……。この手はっ」
がばっと上半身を起こした。すると肩に流れ落ちる髪は自分のものなのにピンクブロンドのふわふわしたものだった。自分の見慣れた赤毛のストレートではなかった。そもそももっと短い。だからこのように流れ落ちることなどない。
「何だ? この髪は!」
「メルティ?」
「私はメルティなんかではなくっ……」
私が周囲を見渡すとサイドテーブルに手鏡があったので手に取って覗き込んだ。そこにはふわふわのピンクブロンドの髪に淡い水色の瞳の非常に可愛らしい少女の顔が映っていた。何処かで見たことがあるような気がしたが、それどころでなかった。
「はあぁ?! 何なんだ。これは!」
そして何度目かに分からない叫び声を上げてしまった。その声がとても自分の声ではないことも気がつかないくらいだった。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。
ゲームにはほとんど出ないモブ。
でもモブだから、純粋に楽しめる。
リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。
———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?!
全三話。
「小説家になろう」にも投稿しています。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
根暗令嬢の華麗なる転身
しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」
ミューズは茶会が嫌いだった。
茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。
公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。
何不自由なく、暮らしていた。
家族からも愛されて育った。
それを壊したのは悪意ある言葉。
「あんな不細工な令嬢見たことない」
それなのに今回の茶会だけは断れなかった。
父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。
婚約者選びのものとして。
国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず…
応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。
同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。
立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。
一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。
描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。
ゆるりとお楽しみください。
こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。
芋女の私になぜか完璧貴公子の伯爵令息が声をかけてきます。
ありま氷炎
恋愛
貧乏男爵令嬢のマギーは、学園を好成績で卒業し文官になることを夢見ている。
そんな彼女は学園では浮いた存在。野暮ったい容姿からも芋女と陰で呼ばれていた。
しかしある日、女子に人気の伯爵令息が声をかけてきて。そこから始まる彼女の物語。
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる