【完】ある日、ヒロインと成り代わりまして~鬼隊長と呼ばれた私が可憐な男爵令嬢に成り代わり、イケメンの元部下に絆される~

えとう蜜夏☆コミカライズ中

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05 重傷者エイベル(過去編)

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 そして、エイベルはあのスタンピードの怪我の治療のため治療院に入ることになった。
 彼の怪我の方が酷かったのだ。貴族が持つ魔法を使っていたのに私を庇って無茶なことをしていたせいだ。だが、過酷な戦いだった。生きているだけで儲けものだった。
 彼が高位貴族で魔力が半端なかったというのも私達が生き残れた要因だった。本来ならエイベルの魔力は対魔獣部隊の第二騎士団のエース、遊撃部隊でいてもおかしくないほどなのだから。
 火土風水の四大魔法の内、彼は水と風が得意だと言っていたな。
 王国の貴族の条件は魔力を持っていることが絶対条件だった。貴族の子どもとして生まれても魔力検査の際、魔力無しとされたら市井に下ろされることになる。だから貴族は貴族同士の婚姻が多く少しでも多くの魔力をと望まれる。だから、一般住民と違い貴族はほとんど魔力の相性による政略結婚が行われていきていた。より多くの魔力を持ち属性を持つ者を生み出すために。
 貴族なら必ず魔力を持っていることが前提で最初にすることは魔力を使った身体強化の魔法を覚えることである。だから平民と貴族では明らかに身体能力、健康や体格、更には寿命まで違ってくるのだ。騎士団でも対魔獣に特化した第二騎士団のエースであるスタンピード遊撃隊は特に貴族が多い。そうしないと一般人ではまともに魔獣の相手ができないからだ。庶民と貴族ではそもそも体の強さに違い過ぎる。
 それでもあの戦闘でエイベルは重症を負っていた。治療院の治癒魔法で大方治ったが、自然の治癒力を保つため、できるだけ自力で治さなければならない。
 暫く安静を言い渡されて侯爵家が確保したのだろう怪我人で溢れた治療院なのに個室を用意されていた。私はスタンピードの後片付けの合間に何度も彼の元を訪れていた。そして、今日が退院になっていた。
「大分良くなったようだな。エイベル。退院おめでとう」
「ええ、アニー、もう動けるのに治療師は大袈裟ですよ。早くあなたのお手伝いをしたかったのに」
「まあ、そう焦るな。お前がボス魔獣の力や生命力を削ってくれたから私が倒せた。だからゆっくり養生したほうが良い。それにいくら高位貴族とはいえ身体強化の重ね掛けは無茶すぎだ」
「……それでも、そうしないとあれを倒すのは無理でした。そうしないと俺もアニーもどうなっていたことか……」
「そうだな。本当にお前のお陰だ。エイベル」
 しばし二人の間に沈黙が落ちた。それは嫌なものではなく気心の知れた穏やかなものだった。
「そう言えば、ここでもアニーの武勇伝は聞こえてきますよ。もう隊長になったのですね。残念だな。式典に出られなかった」
「ふふ。生き残った者から在任年数の順のようなものだ。気にするな、それにエイベルだって最功労者だ。後日表彰があるだろう。お前の方がもっと……」
 私が隊長になるにあたって女性が、平民が、と少し揉めたと聞いている。それよりエイベルの功労を上げる方が良かったと思う。上がどう考えているのか分からないが。
 私が病室から外に視線を遣るとエイベルが緊張していた。
「実は今日、アニーが迎えに来てくれると聞いて……、その、あの戦いのときに決めました。生き延びることができたら言おうと……」
 そう言うとエイベルは何度も咳払いと深呼吸を繰り返した。
 冷静沈着な方のエイベルのおかしな行動に私はどうしたと尋ねようとした。すると突然ポケットから何かを私に差し出したのだ。
「アニー、愛しています。俺と結婚してください」
 エイベルが箱をそっと開けるとそこには指輪が入っていた。美しい水色の宝石が付いたものだった。高そうだが、決して庶民が手の出ないという物でもなさそうな代物だった。
「……どうしていきなり」
「いきなりではありません。初めてお会いした時からアニーのことは気になっていました」
「……」
 私が黙り込んでいるといつもはやや無表情とまで言われる彼が不安そうな瞳をしていた。
「嬉しいよ。エイベル」
 そうして私はそれを受け取った。正直な気持ちだった。
「アニー!」
 すると感極まったエイベルにぎゅっと抱き締められた私はそれにじっと身じろぎもせずにいた。
「……だが、結婚は受け入れられない」
「っ……、それはどうしてですか?! ……俺が嫌いですか?」
「エイベルのことが嫌いなら、そもそも受け取りはしない。だが、身分が違い過ぎる。私は孤児の平民だ。お前は高位貴族様だ」
「身分ですか? そんなことっ……」
「エイベル、お前に私の心と体もやるよ。……それにこの指輪を貰って良いか? 私が初めて愛して全てを捧げたいと思った男からの指輪だ。一生大事に持っていたいんだ。だから返したくない」
「なら!」
「……私は隊長なんてものになってしまったが、そもそも孤児院出身の平民なんだよ。次男とはいえ侯爵家の坊ちゃんとどうこうなろうなんて夢にも思わない」
 私の拒絶の言葉にエイベルが信じられないという顔をした。
「アニー! どうして……」
 エイベルは納得しない様子で叫びにも近い声で私をがくがくと揺さぶった。
 エイベルは私より三つ下で最初は弟なんていないが、そんな感じにさえ思っていた。家族のいない天涯孤独な人間だが、エイベルが私にとって大事な存在になっていたことには間違いはない。
「エイベル、私の顔を見るのが辛いなら隊を代わってもいいぞ?」
「嫌です! アニーを……、どんなことになっても俺はアニーの側でいたい!」
 あのエイベルがとうとう泣きそうな声を出していた。そうまで言われて拒むことはできなかった。私はエイベルを……、
「……泣きそうになるなよ。騎士なんだから。仕方がない奴だな」
 そうして私はエイベルを抱き締めて、……全てを捧げたいと思った。そのことに後悔はない。
 これが愛というものかもしれない。孤児だった私には永久に知ることのない、分からないと思っていた想い……。
 私はエイベルを側で見ているだけで幸せだった。
 多分彼もそうだったと思いたい――。
「……では、俺はあなたの秘密を知っていると言えばどうですか?」
「!?」
 エイベルと間近に見つめあうとアッシュブルーの瞳とぶつかった。
 エイベルは私の隠していたことに気がついていたようだった。あれだけ一緒に戦ったので仕方がないことかもしれない。
「……黙っていると脅せば一緒に、俺の側にいてくれますか?」
 そう言うとエイベルは見たことのない暗い瞳をしていた。
 ああ、こんな顔をさせるつもりはなかった。
「エイベル。違う。そうじゃない。そんなつもりじゃなかったんだ。お前にそんなことを言わせるつもりでは……」
「どうだってでも構わない。アニーを繋ぎとめられるなら、俺はっ……、卑怯な奴と罵られても構わないんだ……」
 私をぎゅっと抱き締めて悲痛な声で叫んだエイベルの背中を撫でることしかできなかった。
 それから一年半ほど私達は密かに付き合いを続けていた。あの共に戦ったときに感じたようにいろいろと相性が良かった。離れることなどはできやしなかった。エイベルに弱みを握られようと私は……。
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