【完】ある日、ヒロインと成り代わりまして~鬼隊長と呼ばれた私が可憐な男爵令嬢に成り代わり、イケメンの元部下に絆される~

えとう蜜夏☆コミカライズ中

文字の大きさ
上 下
3 / 22

03 新人団員 エイベル・コートナー(過去編)

しおりを挟む
 反省房からでてきた彼にいろいろと教えてやれと隊長から言われたので迎えに行った。
「ええと、エイベル。お勤め、ご苦労様さん」
 私が声を掛けると彼は酷く驚いた様子だった。
 ああ、いきなり名前呼びで驚いたのだろう。貴族様だから気安いのは慣れないかもしれない。基本団員は基本身分差を意識させないために敬称は略となり、名前で呼ばれることになっている。
 それを説明すると納得したようだった。なんだか素直に受け入れたのでその姿が妙に可愛らしく感じた。
 私は少し隊の活動や新隊員の活動についての説明をしておいた。
「いろいろ質問したいことがあるだろうから、またその都度聞いてくれ」
 すると彼は手を軽く上げた。騎士学校での癖だろうか。
「わざわざそんなことしなくても気軽に。まあ、一応私の方が多少先輩でこの隊の隊長補佐をしている。ああ、隊の雑用係りという感じだ。隊長からも君の面倒をみるように言われている。言うなれば新人の教育係になる」
 優秀そうなお坊ちゃまがこの荒くれ隊でいつまでもつか。そんな賭けも騎士団内では始めているかもしれない。
 案外、彼に騎士を辞めさせたい侯爵家の裏の考えがなんてのもあるのかもしれない。そんなことを考えていたら、
「では、……アニーさんは騎士階級のご令嬢ですか?」
 綺麗な形の唇から思わぬことを言われた。思わず目が点になっていたかもしれない。
「ぶっ。ははっ。ご令嬢なんて、そんなこと初めて言われたよ。私は孤児院出身のただの平民。名もなき者だ。気安くしてくれ。アニーでいいよ。さんなんかつけられたらこっちがいたたまれない」
 そう言うと戸惑った様子のエイベルの背中をドンと叩いた。高位貴族だから女性には紳士であるべきとの教育を受けてきたのかもしれない。そんな育ちの良さが端々に垣間見えた。
 もしかしたらそういうところも直すようにとこの隊に放り込まれたのかもしれない。
 これからの業務ではそんなことなど構ってはいられなくなる。社会の裏側を覗かせて堕ちて行かないように社会の洗礼を受けさせたかったのかもしれない。
 貴族でも次男以下は継ぐ家もないと身の振り方が大変だと聞くし。
 なんだかんだで私とエイベルは一緒に訓練や城下町の巡回パトロールを組まされることが多くなった。
 それに彼にアニーと呼ばれると少しどきりとした。良い発音の澄んだ声にこれがお貴族様なのかと感心したものだった。彼も私に良く懐いていたと思う。
 後から聞いたがやはりエイベルは社交界では顔の良さでモテたらしい。女性はやはり苦手なようで、学園や社交界で一方的にエイベルに告白してきまとうご令嬢ばかりに出会うので嫌悪を抱くまでになったようだ。
「アニーとやらはどこ?! 私のエイベル様に付き纏う女は!」
 何度か見知らぬご令嬢に騎士団の詰め所に言いがかりをつけてこられたときもあり、確かにこれは面倒だなと感じたが、そんなことで怯む私ではない。
 王城にある騎士団の訓練所でも令嬢に何度か絡まれた。
 だが、騎士服を包んだ私と対面すると彼女らは最後になると尻すぼみになる。
 これもいつものこと。
 貴族令嬢から見れば私など年上の平民で騎士など珍獣になるのだろう。お互い全く別世界の生き物のようなものだから。
 私も顔はそれなりに良いようで可愛い感じではないが、整ってはいるようだ。
 平民が入る兵学校に入るまでお世話になった孤児院で私は恐らく娼婦の子どもか、やむにやまれない事情の貴族令嬢の落とし胤かもと言われたこともあったな。
 癖のない赤い髪に琥珀の瞳のやや整った顔立ち。
 年頃になってそんな風貌の娼婦や貴族はいないかと探そうと思ったことも考えた。そんなことを考えつつ、私はにこやかな笑みを浮かべてご令嬢に対応していた。
「お美しいご令嬢殿。付き纏った覚えがございませんが、そもそもエイベルとはただの同僚です」
 そう言ってにこやかに微笑んで見せた。
「あ、あなたが、その……、アニーさん?」
「ええ、そうですが、ご令嬢。申し訳ないが私も職務中であまり時間が取れなくて申し訳ないのだが、用件は手身近にお願いしたい」
「あ、あの、……いえ。なんでもありませんでした」
 もじもじしてそう言い残して去って行く。そうしたことが何度かあった。
 エイベルに話すと抗議すると息巻いたが私が笑い飛ばしたのと大事になる方が困ると言うと渋々納得していた。
 そして、エイベルから騎士学校で令嬢方同士の喧嘩にまで巻き込まれたことを聞いた。
「そうか、大変だったな。エイベルもたかが面の皮一枚でとんだ災難だな。まあ、ここでは面の皮も職務をスムーズにするものと割り切ってしまえば良い」
 そういうとエイベルは何故か目を瞬かせた。それでもイケメンだった。
「アニー、面の皮って、ははっ。……もっと早く、あなたに会いたかった」
 脱力したように笑う彼に私はにやりと笑って親指を立ててやった。
「そうか。もう会っているから過去のことなんかいいじゃないか。済んだことを気にするよりこれからのことだけ考えろ。隊での合言葉は前だけを見ろ! 前に進め! ただ真っすぐに進め! だからな」
 フンスと鼻息荒く胸を張って彼を励ました。
「ふふっ。前だけを……、そうですか。アニー」
 エイベルは目をやや見開くと嬉しそうに微笑んだ。なんだか後光が差してきそうなほどだった。イケメンの微笑みは破壊力が凄いな。誤爆した隊員が倒れそうだぞ?
「それはそうと、お前と私の間に変な噂があるんだが……」
 エイベルはモテすぎてとうとう私のような男女が好みになったとか、実は男の方が好きだったとかなんとかそんな噂話まであった。貴族のお坊ちゃまで顔が良いといろいろと噂のネタになるのだろう。もの好きなことだ。それに同じ隊であるというだけの同僚の間柄だ。いずれ異動すればそれまでというのに。
「そうですか? それこそ別に気にすることないと思いますよ」
 イケメンに間近で微笑まれると迫力があった。す、少しだが私も頬が熱くなったな。
 それにエイベルが何故か喜んでいるようだった。
「ふむ。この顔にも少しは使い道がありそうですね」
「噂にならないように気をつけてくれればいい。それにそろそろ私からの新人教育は終わりだな」
「え?!」
「えって、驚かれても、そろそろ半年だ。私だって他の業務もある」
「いえ、まだまだ新人です。是非このままアニーに教えていただきたい。俺には庶民の生活がまだよく分からないから」
 手まで握られて懇願された。この頃にはもうエイベルに気を許していたので仕方ないなあとそんなこんなで一年ほど教育は引き延ばした感じだった。団長が良いって言うから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームは見守るだけで良かったのに

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した私。 ゲームにはほとんど出ないモブ。 でもモブだから、純粋に楽しめる。 リアルに推しを拝める喜びを噛みしめながら、目の前で繰り広げられている悪役令嬢の断罪劇を観客として見守っていたのに。 ———どうして『彼』はこちらへ向かってくるの?! 全三話。 「小説家になろう」にも投稿しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...