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03 新人団員 エイベル・コートナー(過去編)
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反省房からでてきた彼にいろいろと教えてやれと隊長から言われたので迎えに行った。
「ええと、エイベル。お勤め、ご苦労様さん」
私が声を掛けると彼は酷く驚いた様子だった。
ああ、いきなり名前呼びで驚いたのだろう。貴族様だから気安いのは慣れないかもしれない。基本団員は基本身分差を意識させないために敬称は略となり、名前で呼ばれることになっている。
それを説明すると納得したようだった。なんだか素直に受け入れたのでその姿が妙に可愛らしく感じた。
私は少し隊の活動や新隊員の活動についての説明をしておいた。
「いろいろ質問したいことがあるだろうから、またその都度聞いてくれ」
すると彼は手を軽く上げた。騎士学校での癖だろうか。
「わざわざそんなことしなくても気軽に。まあ、一応私の方が多少先輩でこの隊の隊長補佐をしている。ああ、隊の雑用係りという感じだ。隊長からも君の面倒をみるように言われている。言うなれば新人の教育係になる」
優秀そうなお坊ちゃまがこの荒くれ隊でいつまでもつか。そんな賭けも騎士団内では始めているかもしれない。
案外、彼に騎士を辞めさせたい侯爵家の裏の考えがなんてのもあるのかもしれない。そんなことを考えていたら、
「では、……アニーさんは騎士階級のご令嬢ですか?」
綺麗な形の唇から思わぬことを言われた。思わず目が点になっていたかもしれない。
「ぶっ。ははっ。ご令嬢なんて、そんなこと初めて言われたよ。私は孤児院出身のただの平民。名もなき者だ。気安くしてくれ。アニーでいいよ。さんなんかつけられたらこっちがいたたまれない」
そう言うと戸惑った様子のエイベルの背中をドンと叩いた。高位貴族だから女性には紳士であるべきとの教育を受けてきたのかもしれない。そんな育ちの良さが端々に垣間見えた。
もしかしたらそういうところも直すようにとこの隊に放り込まれたのかもしれない。
これからの業務ではそんなことなど構ってはいられなくなる。社会の裏側を覗かせて堕ちて行かないように社会の洗礼を受けさせたかったのかもしれない。
貴族でも次男以下は継ぐ家もないと身の振り方が大変だと聞くし。
なんだかんだで私とエイベルは一緒に訓練や城下町の巡回パトロールを組まされることが多くなった。
それに彼にアニーと呼ばれると少しどきりとした。良い発音の澄んだ声にこれがお貴族様なのかと感心したものだった。彼も私に良く懐いていたと思う。
後から聞いたがやはりエイベルは社交界では顔の良さでモテたらしい。女性はやはり苦手なようで、学園や社交界で一方的にエイベルに告白してきまとうご令嬢ばかりに出会うので嫌悪を抱くまでになったようだ。
「アニーとやらはどこ?! 私のエイベル様に付き纏う女は!」
何度か見知らぬご令嬢に騎士団の詰め所に言いがかりをつけてこられたときもあり、確かにこれは面倒だなと感じたが、そんなことで怯む私ではない。
王城にある騎士団の訓練所でも令嬢に何度か絡まれた。
だが、騎士服を包んだ私と対面すると彼女らは最後になると尻すぼみになる。
これもいつものこと。
貴族令嬢から見れば私など年上の平民で騎士など珍獣になるのだろう。お互い全く別世界の生き物のようなものだから。
私も顔はそれなりに良いようで可愛い感じではないが、整ってはいるようだ。
平民が入る兵学校に入るまでお世話になった孤児院で私は恐らく娼婦の子どもか、やむにやまれない事情の貴族令嬢の落とし胤かもと言われたこともあったな。
癖のない赤い髪に琥珀の瞳のやや整った顔立ち。
年頃になってそんな風貌の娼婦や貴族はいないかと探そうと思ったことも考えた。そんなことを考えつつ、私はにこやかな笑みを浮かべてご令嬢に対応していた。
「お美しいご令嬢殿。付き纏った覚えがございませんが、そもそもエイベルとはただの同僚です」
そう言ってにこやかに微笑んで見せた。
「あ、あなたが、その……、アニーさん?」
「ええ、そうですが、ご令嬢。申し訳ないが私も職務中であまり時間が取れなくて申し訳ないのだが、用件は手身近にお願いしたい」
「あ、あの、……いえ。なんでもありませんでした」
もじもじしてそう言い残して去って行く。そうしたことが何度かあった。
エイベルに話すと抗議すると息巻いたが私が笑い飛ばしたのと大事になる方が困ると言うと渋々納得していた。
そして、エイベルから騎士学校で令嬢方同士の喧嘩にまで巻き込まれたことを聞いた。
「そうか、大変だったな。エイベルもたかが面の皮一枚でとんだ災難だな。まあ、ここでは面の皮も職務をスムーズにするものと割り切ってしまえば良い」
そういうとエイベルは何故か目を瞬かせた。それでもイケメンだった。
「アニー、面の皮って、ははっ。……もっと早く、あなたに会いたかった」
脱力したように笑う彼に私はにやりと笑って親指を立ててやった。
「そうか。もう会っているから過去のことなんかいいじゃないか。済んだことを気にするよりこれからのことだけ考えろ。隊での合言葉は前だけを見ろ! 前に進め! ただ真っすぐに進め! だからな」
フンスと鼻息荒く胸を張って彼を励ました。
「ふふっ。前だけを……、そうですか。アニー」
エイベルは目をやや見開くと嬉しそうに微笑んだ。なんだか後光が差してきそうなほどだった。イケメンの微笑みは破壊力が凄いな。誤爆した隊員が倒れそうだぞ?
「それはそうと、お前と私の間に変な噂があるんだが……」
エイベルはモテすぎてとうとう私のような男女が好みになったとか、実は男の方が好きだったとかなんとかそんな噂話まであった。貴族のお坊ちゃまで顔が良いといろいろと噂のネタになるのだろう。もの好きなことだ。それに同じ隊であるというだけの同僚の間柄だ。いずれ異動すればそれまでというのに。
「そうですか? それこそ別に気にすることないと思いますよ」
イケメンに間近で微笑まれると迫力があった。す、少しだが私も頬が熱くなったな。
それにエイベルが何故か喜んでいるようだった。
「ふむ。この顔にも少しは使い道がありそうですね」
「噂にならないように気をつけてくれればいい。それにそろそろ私からの新人教育は終わりだな」
「え?!」
「えって、驚かれても、そろそろ半年だ。私だって他の業務もある」
「いえ、まだまだ新人です。是非このままアニーに教えていただきたい。俺には庶民の生活がまだよく分からないから」
手まで握られて懇願された。この頃にはもうエイベルに気を許していたので仕方ないなあとそんなこんなで一年ほど教育は引き延ばした感じだった。団長が良いって言うから。
「ええと、エイベル。お勤め、ご苦労様さん」
私が声を掛けると彼は酷く驚いた様子だった。
ああ、いきなり名前呼びで驚いたのだろう。貴族様だから気安いのは慣れないかもしれない。基本団員は基本身分差を意識させないために敬称は略となり、名前で呼ばれることになっている。
それを説明すると納得したようだった。なんだか素直に受け入れたのでその姿が妙に可愛らしく感じた。
私は少し隊の活動や新隊員の活動についての説明をしておいた。
「いろいろ質問したいことがあるだろうから、またその都度聞いてくれ」
すると彼は手を軽く上げた。騎士学校での癖だろうか。
「わざわざそんなことしなくても気軽に。まあ、一応私の方が多少先輩でこの隊の隊長補佐をしている。ああ、隊の雑用係りという感じだ。隊長からも君の面倒をみるように言われている。言うなれば新人の教育係になる」
優秀そうなお坊ちゃまがこの荒くれ隊でいつまでもつか。そんな賭けも騎士団内では始めているかもしれない。
案外、彼に騎士を辞めさせたい侯爵家の裏の考えがなんてのもあるのかもしれない。そんなことを考えていたら、
「では、……アニーさんは騎士階級のご令嬢ですか?」
綺麗な形の唇から思わぬことを言われた。思わず目が点になっていたかもしれない。
「ぶっ。ははっ。ご令嬢なんて、そんなこと初めて言われたよ。私は孤児院出身のただの平民。名もなき者だ。気安くしてくれ。アニーでいいよ。さんなんかつけられたらこっちがいたたまれない」
そう言うと戸惑った様子のエイベルの背中をドンと叩いた。高位貴族だから女性には紳士であるべきとの教育を受けてきたのかもしれない。そんな育ちの良さが端々に垣間見えた。
もしかしたらそういうところも直すようにとこの隊に放り込まれたのかもしれない。
これからの業務ではそんなことなど構ってはいられなくなる。社会の裏側を覗かせて堕ちて行かないように社会の洗礼を受けさせたかったのかもしれない。
貴族でも次男以下は継ぐ家もないと身の振り方が大変だと聞くし。
なんだかんだで私とエイベルは一緒に訓練や城下町の巡回パトロールを組まされることが多くなった。
それに彼にアニーと呼ばれると少しどきりとした。良い発音の澄んだ声にこれがお貴族様なのかと感心したものだった。彼も私に良く懐いていたと思う。
後から聞いたがやはりエイベルは社交界では顔の良さでモテたらしい。女性はやはり苦手なようで、学園や社交界で一方的にエイベルに告白してきまとうご令嬢ばかりに出会うので嫌悪を抱くまでになったようだ。
「アニーとやらはどこ?! 私のエイベル様に付き纏う女は!」
何度か見知らぬご令嬢に騎士団の詰め所に言いがかりをつけてこられたときもあり、確かにこれは面倒だなと感じたが、そんなことで怯む私ではない。
王城にある騎士団の訓練所でも令嬢に何度か絡まれた。
だが、騎士服を包んだ私と対面すると彼女らは最後になると尻すぼみになる。
これもいつものこと。
貴族令嬢から見れば私など年上の平民で騎士など珍獣になるのだろう。お互い全く別世界の生き物のようなものだから。
私も顔はそれなりに良いようで可愛い感じではないが、整ってはいるようだ。
平民が入る兵学校に入るまでお世話になった孤児院で私は恐らく娼婦の子どもか、やむにやまれない事情の貴族令嬢の落とし胤かもと言われたこともあったな。
癖のない赤い髪に琥珀の瞳のやや整った顔立ち。
年頃になってそんな風貌の娼婦や貴族はいないかと探そうと思ったことも考えた。そんなことを考えつつ、私はにこやかな笑みを浮かべてご令嬢に対応していた。
「お美しいご令嬢殿。付き纏った覚えがございませんが、そもそもエイベルとはただの同僚です」
そう言ってにこやかに微笑んで見せた。
「あ、あなたが、その……、アニーさん?」
「ええ、そうですが、ご令嬢。申し訳ないが私も職務中であまり時間が取れなくて申し訳ないのだが、用件は手身近にお願いしたい」
「あ、あの、……いえ。なんでもありませんでした」
もじもじしてそう言い残して去って行く。そうしたことが何度かあった。
エイベルに話すと抗議すると息巻いたが私が笑い飛ばしたのと大事になる方が困ると言うと渋々納得していた。
そして、エイベルから騎士学校で令嬢方同士の喧嘩にまで巻き込まれたことを聞いた。
「そうか、大変だったな。エイベルもたかが面の皮一枚でとんだ災難だな。まあ、ここでは面の皮も職務をスムーズにするものと割り切ってしまえば良い」
そういうとエイベルは何故か目を瞬かせた。それでもイケメンだった。
「アニー、面の皮って、ははっ。……もっと早く、あなたに会いたかった」
脱力したように笑う彼に私はにやりと笑って親指を立ててやった。
「そうか。もう会っているから過去のことなんかいいじゃないか。済んだことを気にするよりこれからのことだけ考えろ。隊での合言葉は前だけを見ろ! 前に進め! ただ真っすぐに進め! だからな」
フンスと鼻息荒く胸を張って彼を励ました。
「ふふっ。前だけを……、そうですか。アニー」
エイベルは目をやや見開くと嬉しそうに微笑んだ。なんだか後光が差してきそうなほどだった。イケメンの微笑みは破壊力が凄いな。誤爆した隊員が倒れそうだぞ?
「それはそうと、お前と私の間に変な噂があるんだが……」
エイベルはモテすぎてとうとう私のような男女が好みになったとか、実は男の方が好きだったとかなんとかそんな噂話まであった。貴族のお坊ちゃまで顔が良いといろいろと噂のネタになるのだろう。もの好きなことだ。それに同じ隊であるというだけの同僚の間柄だ。いずれ異動すればそれまでというのに。
「そうですか? それこそ別に気にすることないと思いますよ」
イケメンに間近で微笑まれると迫力があった。す、少しだが私も頬が熱くなったな。
それにエイベルが何故か喜んでいるようだった。
「ふむ。この顔にも少しは使い道がありそうですね」
「噂にならないように気をつけてくれればいい。それにそろそろ私からの新人教育は終わりだな」
「え?!」
「えって、驚かれても、そろそろ半年だ。私だって他の業務もある」
「いえ、まだまだ新人です。是非このままアニーに教えていただきたい。俺には庶民の生活がまだよく分からないから」
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