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十一 ヒロインがあらわれた!

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 私はなんだか妙な高揚感のまま自分のテーブルに向かうとテーブルにはお茶が用意されていた。そして、次の演目までは小休止となり、それぞれ歓談の時間となった。

「……アーシア、素晴らしかった。兄は、兄は……」

 ルークお兄様は頬を紅潮させて私を褒め称えてくれていた。そうしながらお兄様はさりげなく周囲に視線を流している。

 お兄様のその仕草は優雅に洗練されていた。その視線に当てられたご令嬢方はほんのりと頬を染めている。

 だがしかし! 私だけは気がついていた。お兄様は私に熱い視線を送る方々をチェックしているのよ。私の〈お兄様センサー〉がそう告げている。お兄様のそんな残念な考えが読みとれるのはこの会場では私だけ。本当にどれだけなのですか? その兄馬鹿具合は?

 私は内心でそっと溜息をついた。
 
 幸いなことにこのテーブルは両親と兄だけで、近くに王太子様とプリムラ学園生徒会の御一行様もいるけどテーブルがそれぞれ違う。そのお陰で無理にお話をしなくていいのでちょっとほっとしている。

「もう、アーシアたらお母様もびっくりしたわ。ルークの服を着ているのですもの」

 お母様はそう言いつつも満足そうだった。やっぱり、王太子様の絶賛を受けたからせいだと思う。お父様はその隣でにこにこしながらお茶を口にしている。実のところ、私はお父様の怒ったところを実は見たことが無い。

 うちは貴族の割に優しくて穏やかだし、夫婦仲も良くて、結構良い家族だと思う。だから家族じゃなくなるのはちょっと寂しいなぁ。……くすん。



 そう思いながら私はお手洗いのために席を立った。しかし、化粧室から出ようとすると私は誰かに肘を掴まれそうになったので、思わず私はその相手に肘鉄を食らわしかけた。

    ――これでも護身術も少し心得があるの。令嬢としての身だしなみだとルークお兄様にしごかれたから。その上ムチを持たせたら最強……。あっと。こほん。いいえ、なんでもございませんっ。

「危ないじゃないの!」

 その人物はそう声を上げた。相手が女性だと思って咄嗟に肘鉄を止めたけれどそこにはなんと『ゆるハー』のヒロイン様がいらっしゃったのだ。

 彼女は私の前に仁王立ちになっている。『ゆるハー』のプリムラ学園の制服を着ている彼女を私はつい見つめてしまった。

 そんな私に彼女は苛立たしげに怒鳴り散らした。

「あなた。一体どういうことなのよ!」

 え? それって私が言うセリフじゃない?

 そのセリフは『ゆるハー』のゲーム内でヒロインがライバル役の私に言われるセリフの一つ。

「どういうって仰られても……」

 私はそんな間抜けな言葉を言い返すしかなかった。私の方がゲームのヒロインのセリフを言う羽目になっている。

「あんたの方が邪魔しに来る筈でしょう? どうして先に会場にいるのよ!  それにその格好……」

 彼女が矢継ぎ早に私を問い詰めてくるものだから、私は正直に言うしか無かった。

「先にも何も、そもそも私はここの生徒ですから」

 ここがあのゲーム序盤のイベントの会場とは思ってもみなかったし。

「はあ? あんた、ライバルキャラのくせに何言ってるの。ライバルの悪役令嬢なんだから、ちゃんとしてよ!」

 腕を組んで仁王立ちで睨む彼女は私より背が小さいのでやや迫力に欠けていた。

 ――でも今、何て仰いました? ライバルキャラ? ワンモア・プリーズ!

 私は動揺のあまりに彼女を揺さぶりそうになったがぐっと我慢した。今はまだ侯爵令嬢の品位を持たないとね。

「それって、何のお話かしら?」

「だからさあ、ここは乙女ゲームの『ゆるハー』の中で、私がヒロインだと言ってるの!」

 ゲームの中? 一体どういうことなの? 私は乙女ゲーム『ゆるハー』に似た世界に転生したと思っていました。

 私は彼女の言葉に少し混乱してしまった。彼女は大袈裟な溜息をついた。

「まあ、多少はセリフが変わるかもしんないけど、流石にこんな展開は今までに無かったから、ゲームの攻略が出来なくなると困るじゃない?」

「ちょっとお待ちになって、 ゲームとか攻略とか何のことか分かりませんわ」

    私は動揺する気持ちを押さえつつ、ここがゲームの中というのは考えてなかったし、彼女がヒロインというなら、誰を攻略するとか聞きだしておこうとした。
 
 彼女は今度はせせら笑うようにして私を眺めている。

「何度も言わせないでよ。馬鹿じゃないの? 乙女ゲームで攻略と言えばお目当てのキャラを落とすのに決まってるじゃん」

「……乙女ゲームとあなたは仰ってますけど」

 私は彼女にもう一度確認するように訊ねてみた。

「そうよ。乙女ゲームの許されないあなた……、略して『ゆるハー』じゃない」

 どやああと言う感じで彼女は宣言していた。私は思わず彼女の肩を思いっきり揺さぶって尋ねたい衝動にかられたけど今は品位を保って返した。

「ゲームの中などとあなたが仰ることは穏やかでありませんわね。ましてや殿方を攻略ということを口に出すなんて……」

「はあ?    何言ってるの?    何なのあんた?」

 ヒロイン様は再び奇声を上げ始めた。

 ――正直、ここでは誰がいつ入ってくるかもしれないのであまり詳しく話せない。私は空いている教室へでも彼女を連れて行って話をしたかった。

    私がさりげなく廊下に出ると彼女もついてきた。廊下に人影は無いけれど会場からは人の出入りが感じられる。

「兎も角、あんたは悪役令嬢なんだから、ちゃんとやってよね!」

「悪役令嬢などと言われても……」

 ――え、でも、何これ? 私の勘違い? ここはゲームの中だったの? でも私もあのゲームをしたけどバーチャルでは無かったように思う。

「そもそも、あなたのお名前も存じませんし……」

「あら、そうだったかしら? 私はこの乙女ゲーのヒロイン名のままやってるから、ガブリエラ・ミーシャよ」

 そう言われても本来は身分の上の者が名乗ってからが、この国の正式なマナーなんだけど……。転生者と言うべきかどうしよう。それとも彼女のいう様に私はゲームの中の登場人物なの?

「私の方はこれで三周目だからさ、ちゃっちゃと済ませたいのよね」

「三周目?」

 ……あれを二回もやったんだ。

「とりあえず一周目はメインの伯爵子息のユリアンでしょ、その次は王太子様」

「……」

「で、今は隠れキャラのお兄様!」

 ――はい? 

 彼女の言葉にとうとう私は彼女の二の腕を掴んでしまっていた。

「いやいや。隠れキャラは王太子様でしょ。一周目終わると解放されて二周目からでないと攻略できないってやつで……」

「あんた、何言ってるの?」

 ガブリエラちゃんが大きく目を見開いて私を見返していた。

「え、あの、私はゲームでなく、それに似た世界に転生したと思ってて……」
 
「そんな、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。これは乙女ゲームの中よ」

「じゃ、じゃあログアウトはどうするんですか? それに私がしていたのはⅤRとかじゃあ無かったんです」

 そう思って私は彼女答えを待った。彼女はこともなげに話した。

「ああ、これ『ゆるハー』だし、向こうで二、三時間もすれば最終までいく緩いゲームだからエンディングまでいけば自然ログアウトできるわ」

「じゃ、じゃあ、途中でログアウトとかは……」
 
「それが……」

 ガブリエラちゃんの表情が曇り、彼女の方の方は困惑しているようだった。

「それがログアウトボタンが見つからないの。それに好感度画面もね。選択肢も出ないし……。何かおかしいのよね」

「……やっぱり、そうなんですね。だからこれは転生だと私は思っていたんです」

「転生者。――そういうのもネット小説に掃いて捨てるほどあるけど……」

 彼女もネット小説は読んでいるらしい。私は自分以外にも転生者がいる可能性に少し安堵を覚えた。改めて彼女に訊ねてみた。本当はもっといろいろ聞きたい。

「……攻略候補って、プリムラ学園の現生徒会のメンバーですよね?」

「はあ? 騎士団長の息子は違うじゃん。でも、彼は人気があるのよね。ダークで格好良いって、どうして彼が攻略キャラじゃないのとか意見もあってさ」

「ええ? 騎士団長の息子は体育会系のテンプレの爽やかイケメンですよね?」

 ――ダークで残念なのはお兄様で……。いえ、そもそも私のした『ゆるハー』はお兄様が攻略対象じゃ無かったし。

「じゃ、じゃあ子爵は?」

「ああ、それね。子爵の息子は実は女性だから、それの許されない展開になるじゃん」

 ――女性? いや、いや! それは私の覚えているのとかなり違う。子爵家では侯爵家とは流石に身分が釣り合わないということで周囲から反対を受けるのよ。それでも二人は愛を貫くエンドだった筈。私の記憶違い?

「私の記憶と違うみたいだわ」

「私だって、最近気が付いたの。ここが『ゆるハー』の中だとね。私もあんたに言われるまでてっきりゲームとしか思ってなかったから。今まで基本名のガブリエラ・ミーシャのままでやっていたけど、本名は牙芳がほうみちるっていうの。よろしく」

 彼女は小首を傾げてみせた。

「あ、私は遠山明日香とおやまあすかです。よろしくと言っていいのか」

 ――私達たちはライバルの上取り違えられているのよ。何れは……。

「そうよね! ライバルよね。今度こそクリアーしてみせる! ルーク様とね!」

 みちるさんは力瘤を作って私に力説していた。

 ――え? そもそもルークお兄様はゲーム内にキャラ自体は出てこなかった覚えが……。 
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