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二 侯爵令嬢の私の現状

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 数日後、なんとか私は起き上がれるくらいまで回復した。毎日侯爵家のお抱え医師が往診してくれている。本来なら病院に入院するほど悪かったのだけど、私が病院などは嫌だと言い張ったから、家での療養にしてくれた。そして、一時期は私の命は結構危なかったらしい。

 何とか一命を取り留めたみたいだけどそのせいなのか、不思議な記憶が甦ってしまった。

 ……乙女ゲーに似た世界なんてあるんだぁ。この先本当にどうなるの?

 すると控えめなノック音がして、両親が様子を見にきたようだった。温和な学者肌の侯爵である父と社交好きで美人な母が心配そうに私を覗き込んできた。

「本当にどうなるかと心配したのよぉ」

 淑女な母は優雅に扇で口元を隠しつつ私に話しかけてきた。お父様はその隣で黙ってうんうんと肯いていた。

 ――実は両親は何気に仲が良い。お貴族様だから政略結婚のはずなのだけど夜会などはいつも一緒だし、寝室も一緒なのよねぇ……。何気にリア充っ……。そんな設定はゲームでは説明されていなかったのである意味リアルな感じ。

「ご心配おかけしました」

 そう私が心を込めて丁寧に言うと何故かママンがぽろりと扇子を落しかけた。

「んまあ! アーシアが謝るなんて一体どういうことなの? 直ぐにお医者さまを……」

 ――それって、酷くない? でも、確かに今までの私は我儘な令嬢。絵に描いたような立派な悪役令嬢って感じ。日本人のときの年齢二十二歳だったこともあって、庶民で小市民な自分が 思い出す前のあんな行為はできないっ。

 なんたって、思い出す前の私は自分の気に入らないと使用人を解雇したりムチ打ったりしてたの。酷いよねぇ。でも、それが貴族のやり方って言えばこの世界ではそういうもんなのよねぇ。貴族様至上主義。

 だけど今はそんなことできないっ。今やもうこの中身は小市民な日本人ですからっ。

 ムチ打ちなんてこの令嬢姿ではかなりな特殊プレイになっちゃうし。そんな自分の姿を思い出すと――

 ――できねぇぇ! あたち、そんな特殊な性癖なんてないぃ! どこまでも普通だから。



 正直私は両親がいなければベッドの上で転げて悶えそうだった。そんな私の心中に気がつかない両親はにこにこと笑っている。

「……そう言えば、あなたが大変だったときにルークったら王室から依頼された外交案件を放りだして戻って来るって言い張って困ったのよねえ」

 ころころと笑いながらお話なさるママンに私は顔色が一気に真っ青になった。それをまだ回復してないと勘違いした両親はゆっくりお休みと言って退室していった。



 この私の、……我儘侯爵令嬢であったアーシアの黒歴史の生みの親になるのが兄のルーク。彼はゲームの「ゆるハー」には出てこなかった。説明文には跡取り息子の兄がいるとだけ書いてあっただけの存在……。

 だけど、ヤツは……。いえ、こほん。兄はこの私をムチ打ち我儘令嬢に仕立て上げた真の立役者!

 イケメンだが、腹黒! 絵に描いたようなイケメン腹黒お兄様。

 ううぅ。兄#__ルーク__#が帰ってくる間に逃走しなければ……。戻って来て顔を合わせて今までのアーシアでは無くなったことがバレると一体どんな仕打ちが待っているのやら考えたらそら恐ろしい……。

 どこかに無いの? ルークの手の届かない安息の地は!

 どうか、神様。ヘルプ! この世界に私を転移させた存在があるとするならば……。プリーズ!

 ――でも、幸いなことに私はもうすぐ十六歳、そうなればこの世界では女性は成人とみなされる。十六歳になるとご結婚する貴族令嬢はそれなりにいる。

 こうなったら婚約者のユリアンのところに無理やり押し掛け嫁になりたい。だけど、男性は残念ながら日本と同じで十八歳からが婚姻可能年齢……。うぅぅ。

 それに、この世界にゲームのヒロインが転生しているとならば邪魔される可能性が高いかも。ユリアンはメインルートだから、どんなゲーム補正がかかるのか分からない。順当にいけば三年後には婚約破棄になるのね。

 ま、まあ、べ、別に婚約破棄はいいけどね。私が一方的に迫ったしっ。そもそもユリアンは渋々だったし。侯爵家の威光をもって無理やりな感じだったしね。

 最初の出会いはたまたま私がママンと一緒にいったお茶会。彼のその天使のような容貌に私が一方的に見初めて結婚するまで帰らないと駄々を捏ねて仕方なく口約束したのが始まり。それから、今に至ってる。……む、ムチでなんて脅してないからね?

 ――でも、そういや、私が思い出す限りでは彼の容姿はゲームのスチルとはちょっと違ったような……。彼は私の記憶が確かなら五年くらい前は銀色に近い金髪だったように思う。一応幼い頃からの婚約者なので面識はあったけど彼がゲームの舞台になるその名門学校の初等部に入学してからは、長い休みにもごくたまに会うぐらいだったのよねぇ。

 最近は、もっぱら私の誕生日に花とお菓子が届くぐらい。私の方もお礼の返事は侍女があたり障りのない手紙を出すだけだし。直接会うこともなかったので彼の顔も小さい時のまま。

 彼の方は家同士の婚約者に乗り気がないのか、私のことなど関心がないようだったし、いや、むしろ嫌っている感が無きにしも非ずよね。でもそれも仕方ないわ。本当に我儘だったのよ。そもそも彼と婚約できたのだって、向こうの家は格上の侯爵家の申し出だから断るわけにもいかないって感じだったの。

 それがこの春に彼はゲームのヒロインと運命の出会いとやらを果たすのだから、もう自由にしてあげたほうがいいよねぇ……。



 それから私は起き上がれるや否や何処か良い逃亡先か嫁入り先が無いかと探していた。この世界は前の時の乏しい知識と照らし合わせると近世西洋風に思える。

 とりあえず今までの侯爵令嬢としての記憶もあるからこの世界の言語的な問題は無いし。だけどね、ほら、残念ながらよくある知識のチートなどというほど自分にはそういったことは全くないのよ。残念。

 まだこの世界にはインターネットなんてないから、人伝か新聞や本とかからしか情報は得られない。

 そうなると社交界にも出ていない深窓令嬢の聞ける相手は限られている。

 そして、その侍女や執事はルークの息がかかっているとみていい。逃亡計画なんか、直ぐにバレて邪魔されそう。そうなると友人なんだけ――。

 ……いない。いないよぉぉ。ぼっちなの。どこまでもぼっちな候爵令嬢の私……。我儘ムチ打ち令嬢だったし、そりゃあいないよねぇ。ムチで打って、侯爵令嬢様とお呼びっ! だもんねぇ。

 友達だって、日本の時ならそれなりにいたのに――。くすん。
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