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第六話
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ビアンカの発言によって一気に場内の視線が注がれることとなった証人席は、端から困惑が伝播するようだった。
「あ……、私……」
「違う、そんな、こんな事になるなんて聞いていない……!」
狼狽える証人達に、追い討ちのようにビアンカは微笑みと共に告げる。
「そうね。緊張していてどんな証言をしたのか忘れてしまった方もいるでしょうね。大丈夫よ。安心なさって。この裁判での発言は全て公正に任命された三人の書記官によって記録されているから。裁判長、証人の皆様に記録された証言を読み上げて頂いても?」
裁判での証言は嘘偽りなく行われるのが大前提であるので、証言内容を改めて確認してほしいというビアンカの要求には何も問題が無い。
ビアンカに気押される形で裁判長がそれを許可し、書記官の一人が記録を持って証人席に向かったが、誰一人として顔を上げず、証人台に立つ事もなかった。
その姿が全ての答えだった。
「さて、キャロル・ウィンズレッド男爵令嬢。あなたと殿下が何でしたかしら。もう一度聞かせて下さる?」
「……この、性悪女……!」
ビアンカに向かって苦々しく性悪女と吐き捨てたキャロルは血を吐かなかった。
つまりキャロルは心の底からそう思っているという事だ。
だが悪態をつかれてもビアンカは怒らなかった。
「まぁ、そんな事、言われずとも知っているわ。せっかくですから教えて差し上げるわね」
ビアンカは愉快になって、ますます笑みを強める。
「わたくし、この日の為に悪女を目指したのよ」
対するビアンカも血を吐かなかった。
それがビアンカにとっての真実だからだ。
銀の髪のビアンカと金の髪のキャロルは、しばしの間そのまま睨み合っていたが、それも長くは続かなかった。
バンと勢い良く広間のドアが開き、毒の影響で臥せているとされていた王子が颯爽と入場したのである。
王子は近衛兵達を大広間内に展開し、誰一人外に出られないように包囲してからよく通る声で言った。
「偽りによって開廷されたこの裁判は無効である! リンハルト侯爵令嬢は卑劣な暗殺犯などでは無い!」
王子の登場に一番面食らった様子を見せたのはキャロルで、ビアンカはこの女一枚噛んでいた割に察しが悪いのねと呆れ顔になっただけだった。
「殿下、どうしてここに……」
狼狽えながら呟いたキャロルに、ヴィルヘルムは酷く冷たい表情を浮かべる。
「私はこの場の罪人を捕らえる為にここに来た。神聖なる裁きの場で嘘偽りを述べ侯爵令嬢を陥れようとした愚か者共よ。その罪の重さ、自らの身で味わうが良い」
迷いのない足取りで進むヴィルヘルムは、真っ直ぐビアンカの元へ行くと彼女の手の甲にキスを落とした。
ビアンカもヴィルヘルムの頬にキスを返して微笑む。
「殿下、わたくし待ちくたびれてしまいましたわ」
「すまない。王陛下より許可を賜るのに少々時間が掛かってしまったんだ」
二人の様子は何処からどう見ても、仲睦まじい恋人同士のそれだった。
王子殿下は男爵令嬢へ心変わりしたのではなかったのか、と傍聴席の貴族らは首を捻り、キャロルは顔を青褪めさせてふるふると震えていた。
時折その唇からどうして、何故、と呟きが漏れるのに気付いてビアンカがついと顔を上げた。
「嫌だわ、まだお気付きにならないの」
ビアンカの言葉に、キャロルはうろりと視線を動かす。
実際に見た事は無いけれど、死んだ魚のような目というのはこういうものを指すのだろうな、とビアンカが思うほど覇気のない目だった。
だがそんな事はやっぱりビアンカの知った事ではないので、ビアンカはいつも通りにこにこと微笑んで、淑女らしく優雅に言葉を続けた。
「──ここはわたくしではなく、あなた方の為の法廷よ」
決して大きな声ではなかった。
けれどもビアンカの一言はその場の隅々にまでよく通り、先程までざわついていたはずの大広間は水を打ったようにしんと静まり返った。
キャロル・ウィンズレッドはそこでようやく辺りを見回し、自分の置かれた状況を理解したらしい。
彼女は平民として育てられたにしては頭の回転が早く、立ち回りも上手かった。思考も貴族寄りであっただろう。
何かを企んでいるのは確かでも、絶対に尻尾を掴ませなかった点もそうだ。
そのおかげでビアンカは六回も断頭台に立つ羽目になったのだから。
だが、彼女の立ち回りの巧みさや提出された証拠や証言の数々こそが、ビアンカの潔白を証明する為の最たる証拠であったと、七度目の人生でビアンカは気が付いたのだ。
よく考えてみるまでもなく、男爵家ごときが侯爵家に先手を打ち続ける事など不可能だ。
資金面の事もあるし、権力ありきの貴族社会で男爵家が他の格上の家門に大きな顔をしていた事も不自然である。
それにあまりにもリンハルト侯爵家の内情に精通し過ぎていた。
考えられるのは、キャロルを実働隊としてビアンカを、ひいてはヴィルヘルムを陥れようとしている組織がいるという事。
組織ぐるみの犯行であれば、数々の証拠の捏造も、それこそ事件現場の捏造ですら出来てしまう。
そしてその存在はアップルヤード伯爵令嬢の発言によって確定のものとなった。
事実、ビアンカを陥れようとする彼らは口裏を合わせ、証拠を捏造し、ビアンカが殺人を目論んだという虚構を現実のものとした。
いかな王家に次ぐ権力を持つ侯爵家と言えども、王族殺害の罪に問われれば本人だけではなく侯爵家そのものが実権を失うのは明白だ。
そうして侯爵令嬢を罪人として処刑し、侯爵家の持つ権力や領地を切り取って、王子には自分達の息のかかった娘を宛てがう。
おそらくは、そのまま時間を掛けて宮中へ勢力を広げる算段だったのだろう。
全く畏れ知らずにも程があるというものだ。
ビアンカが六度の人生においてこの真実に辿り着けなかった要因は幾つかある。
自分一人でどうにかしなければいけないと闇雲に動き回った事。
侯爵家の名に恥じぬ令嬢であらねばと汚名を雪ぐ方法を模索し続けて、自分一人で出来る事など限度があるという事実から目を背けてしまった事。
元から多勢に無勢であったのだ。
一人で立ち向かっては端から勝ちの目など見えはしない。
──だが、今生のビアンカは一人ではなかった。
ビアンカがヴィルヘルムに視線を送れば、ヴィルヘルムが首肯と共に近衛兵に合図を送る。
「キャロル・ウィンズレッド男爵令嬢。畏れ多くも王子殿下に違法魔法薬を使用した罪によりこの場にて拘束させて頂く」
「なっ、何でよ! 私、魔法薬なんて知らな……、あっ!」
拘束を通達して手を伸ばす近衛兵から逃れようと身を捩ったキャロルが、ごぽりと黒い血を吐いた。
それを見てヴィルヘルムはやれやれと首を振り、裁判長へと告げる。
「ウィンズレッド男爵令嬢が学園内で私に接触した際、人心を惑わす催眠または魅了の効果を持つ魔法薬を私に対して使用した事は既に証明されている。私の制服の、彼女の触れた箇所から魔法薬が検出されているからだ。証拠品は後ほど届けさせよう。私はビアンカからの助言に従い、常日頃から対処する為の魔法を展開していたので魔法薬の効果が発揮される事はなかったが……そも、その手の薬品は許可無く所持及び使用する事が禁じられているはずだ。裁判長、それだけでも罪になるな?」
「さようでございます、殿下」
「罪状に加えよ」
「仰せの通りに」
淡々と罪状を読み上げていくヴィルヘルムに、キャロルは口許にべったりと付着した黒い血を拭う事もせずに叫んだ。
「どうしてなの、殿下! 私とずっと一緒にいてくれたのに……。婚約者のあの女じゃなくて、私を選んでくれたのに!」
キャロルの悲痛な叫びにちらと視線だけを動かし、そのまま罪状を読み上げる作業に戻ったヴィルヘルムは、一通り読み上げ終えてから淡々と言った。
「何を勘違いしているかは知らないが、私が愛しているのはビアンカだけだ。貴様のような危険な女を彼女に近付ける訳にはいかないから、私が身を挺して隔離役を担ったまでの事」
そして、何かを確認するようにビアンカへ視線を返し、視線に気付いたビアンカがにこりと微笑んだのを見て満足そうに頷いた。
そんな二人を見て、キャロルの顔色はいよいよ青を通り越して白くなる。
「何で、こんなの、こんな事起こる訳ないのに……。おかしい……。こんな展開おかしいよ……」
拘束されたまま、キャロルは虚ろな表情でぶつぶつと何事かを呟き始める。
何だか薄気味悪かったので、ビアンカはそれきりキャロルを見る事をやめた。
代わりに、この茶番を終わらせる為にヴィルヘルムへと声を掛けた。
「さて殿下、計画通りここに集った者達全員に審判の宣誓が交わされております。最後の選別と参りましょう?」
「あぁ、ひどく退屈な時間になりそうだが致し方ないな」
さっさと被告人席から立ち退いてヴィルヘルムの手によって手錠を外されたビアンカは、近衛兵がえっちらおっちら運んできた豪奢な椅子に腰を下ろして周りを見回した。
ヴィルヘルムはよし、と気合を入れ直してから、その場にいる全ての人間へと通達した。
「これより、この事件に関与した者の選別を行う。一人ずつ裁判長の前で『自身は何も知らず、己が身は潔白である』とただそれだけを述べよ。述べた後、何もなければ退廷を許可する」
これまで法廷というものは教会とは切り離されてきた。
勿論裁判の為に聖術など用いられた事もない。
ヴィルヘルムから下された言葉で、その場にいた油断しきった貴族の面々は、ようやく自らの置かれた立場を悟り表情を強張らせた。
証人達がそうであったように、傍聴席の自分達もあの聖術による宣誓の範囲に入っているのだ。
ビアンカの宣誓は彼女個人のものではなく、この場にいる全員を対象とした代理宣誓でもあったのだ。
当然偽りを口にすれば黒い血を吐く事になる。
そして王子はこの場にいる全ての人間から、聖術を武器に、これ以上なく信頼のおける取調べをするのだろう。
つまり、王子とビアンカは自らを囮にして事件に関与しそうな家門の当事者達を裁判の名目で集め、まんまと篩の上に載せる事に成功したのだ。
「ならば、まず私が!」
王子の命令に従い、最初に己の潔白を証明したのは裁判長であった。
そしてそこからは我先にと事件に関与していない家門の人間が続いた。そこにはアップルヤード伯爵の姿もあった。
中には己は潔白であると宣言し、そのまま黒い血を吐いて倒れる者もいた。
拒否しようとした者もいたが、それは王子が許さなかった。
「ビアンカ、お前は一体何を考えているんだ」
「あら、叔父様。何って、そんな大した事ではありませんのよ?」
貴族達が順繰りに潔白を示す為の宣誓をさせられる中、ビアンカは父の弟である叔父のダリモア伯爵に声を掛けられて、可愛らしく首を傾げてはにかみながら答えた。
「わたくしを陥れようとした人間が、全員等しく不幸になったら嬉しいなと思っただけですの。だってわたくし、このままでは死罪になるところでしたでしょ」
そんなのって許せるとお思いかしらとビアンカは言葉を続ける。
そして彼女は座っていた椅子からスッと立ち上がり、眉間に皺を寄せているダリモア伯爵にお土産のチョコレートでもねだるかのような姪の表情で言った。
「わたくしも叔父様にお尋ねしたい事があるの。……ねぇ、叔父様。わたくしに冤罪を掛けて死に追いやろうとする程わたくしが憎かった? それとも、ただわたくしが邪魔だっただけかしら。今後の参考までに教えて頂ける?」
「あ……、私……」
「違う、そんな、こんな事になるなんて聞いていない……!」
狼狽える証人達に、追い討ちのようにビアンカは微笑みと共に告げる。
「そうね。緊張していてどんな証言をしたのか忘れてしまった方もいるでしょうね。大丈夫よ。安心なさって。この裁判での発言は全て公正に任命された三人の書記官によって記録されているから。裁判長、証人の皆様に記録された証言を読み上げて頂いても?」
裁判での証言は嘘偽りなく行われるのが大前提であるので、証言内容を改めて確認してほしいというビアンカの要求には何も問題が無い。
ビアンカに気押される形で裁判長がそれを許可し、書記官の一人が記録を持って証人席に向かったが、誰一人として顔を上げず、証人台に立つ事もなかった。
その姿が全ての答えだった。
「さて、キャロル・ウィンズレッド男爵令嬢。あなたと殿下が何でしたかしら。もう一度聞かせて下さる?」
「……この、性悪女……!」
ビアンカに向かって苦々しく性悪女と吐き捨てたキャロルは血を吐かなかった。
つまりキャロルは心の底からそう思っているという事だ。
だが悪態をつかれてもビアンカは怒らなかった。
「まぁ、そんな事、言われずとも知っているわ。せっかくですから教えて差し上げるわね」
ビアンカは愉快になって、ますます笑みを強める。
「わたくし、この日の為に悪女を目指したのよ」
対するビアンカも血を吐かなかった。
それがビアンカにとっての真実だからだ。
銀の髪のビアンカと金の髪のキャロルは、しばしの間そのまま睨み合っていたが、それも長くは続かなかった。
バンと勢い良く広間のドアが開き、毒の影響で臥せているとされていた王子が颯爽と入場したのである。
王子は近衛兵達を大広間内に展開し、誰一人外に出られないように包囲してからよく通る声で言った。
「偽りによって開廷されたこの裁判は無効である! リンハルト侯爵令嬢は卑劣な暗殺犯などでは無い!」
王子の登場に一番面食らった様子を見せたのはキャロルで、ビアンカはこの女一枚噛んでいた割に察しが悪いのねと呆れ顔になっただけだった。
「殿下、どうしてここに……」
狼狽えながら呟いたキャロルに、ヴィルヘルムは酷く冷たい表情を浮かべる。
「私はこの場の罪人を捕らえる為にここに来た。神聖なる裁きの場で嘘偽りを述べ侯爵令嬢を陥れようとした愚か者共よ。その罪の重さ、自らの身で味わうが良い」
迷いのない足取りで進むヴィルヘルムは、真っ直ぐビアンカの元へ行くと彼女の手の甲にキスを落とした。
ビアンカもヴィルヘルムの頬にキスを返して微笑む。
「殿下、わたくし待ちくたびれてしまいましたわ」
「すまない。王陛下より許可を賜るのに少々時間が掛かってしまったんだ」
二人の様子は何処からどう見ても、仲睦まじい恋人同士のそれだった。
王子殿下は男爵令嬢へ心変わりしたのではなかったのか、と傍聴席の貴族らは首を捻り、キャロルは顔を青褪めさせてふるふると震えていた。
時折その唇からどうして、何故、と呟きが漏れるのに気付いてビアンカがついと顔を上げた。
「嫌だわ、まだお気付きにならないの」
ビアンカの言葉に、キャロルはうろりと視線を動かす。
実際に見た事は無いけれど、死んだ魚のような目というのはこういうものを指すのだろうな、とビアンカが思うほど覇気のない目だった。
だがそんな事はやっぱりビアンカの知った事ではないので、ビアンカはいつも通りにこにこと微笑んで、淑女らしく優雅に言葉を続けた。
「──ここはわたくしではなく、あなた方の為の法廷よ」
決して大きな声ではなかった。
けれどもビアンカの一言はその場の隅々にまでよく通り、先程までざわついていたはずの大広間は水を打ったようにしんと静まり返った。
キャロル・ウィンズレッドはそこでようやく辺りを見回し、自分の置かれた状況を理解したらしい。
彼女は平民として育てられたにしては頭の回転が早く、立ち回りも上手かった。思考も貴族寄りであっただろう。
何かを企んでいるのは確かでも、絶対に尻尾を掴ませなかった点もそうだ。
そのおかげでビアンカは六回も断頭台に立つ羽目になったのだから。
だが、彼女の立ち回りの巧みさや提出された証拠や証言の数々こそが、ビアンカの潔白を証明する為の最たる証拠であったと、七度目の人生でビアンカは気が付いたのだ。
よく考えてみるまでもなく、男爵家ごときが侯爵家に先手を打ち続ける事など不可能だ。
資金面の事もあるし、権力ありきの貴族社会で男爵家が他の格上の家門に大きな顔をしていた事も不自然である。
それにあまりにもリンハルト侯爵家の内情に精通し過ぎていた。
考えられるのは、キャロルを実働隊としてビアンカを、ひいてはヴィルヘルムを陥れようとしている組織がいるという事。
組織ぐるみの犯行であれば、数々の証拠の捏造も、それこそ事件現場の捏造ですら出来てしまう。
そしてその存在はアップルヤード伯爵令嬢の発言によって確定のものとなった。
事実、ビアンカを陥れようとする彼らは口裏を合わせ、証拠を捏造し、ビアンカが殺人を目論んだという虚構を現実のものとした。
いかな王家に次ぐ権力を持つ侯爵家と言えども、王族殺害の罪に問われれば本人だけではなく侯爵家そのものが実権を失うのは明白だ。
そうして侯爵令嬢を罪人として処刑し、侯爵家の持つ権力や領地を切り取って、王子には自分達の息のかかった娘を宛てがう。
おそらくは、そのまま時間を掛けて宮中へ勢力を広げる算段だったのだろう。
全く畏れ知らずにも程があるというものだ。
ビアンカが六度の人生においてこの真実に辿り着けなかった要因は幾つかある。
自分一人でどうにかしなければいけないと闇雲に動き回った事。
侯爵家の名に恥じぬ令嬢であらねばと汚名を雪ぐ方法を模索し続けて、自分一人で出来る事など限度があるという事実から目を背けてしまった事。
元から多勢に無勢であったのだ。
一人で立ち向かっては端から勝ちの目など見えはしない。
──だが、今生のビアンカは一人ではなかった。
ビアンカがヴィルヘルムに視線を送れば、ヴィルヘルムが首肯と共に近衛兵に合図を送る。
「キャロル・ウィンズレッド男爵令嬢。畏れ多くも王子殿下に違法魔法薬を使用した罪によりこの場にて拘束させて頂く」
「なっ、何でよ! 私、魔法薬なんて知らな……、あっ!」
拘束を通達して手を伸ばす近衛兵から逃れようと身を捩ったキャロルが、ごぽりと黒い血を吐いた。
それを見てヴィルヘルムはやれやれと首を振り、裁判長へと告げる。
「ウィンズレッド男爵令嬢が学園内で私に接触した際、人心を惑わす催眠または魅了の効果を持つ魔法薬を私に対して使用した事は既に証明されている。私の制服の、彼女の触れた箇所から魔法薬が検出されているからだ。証拠品は後ほど届けさせよう。私はビアンカからの助言に従い、常日頃から対処する為の魔法を展開していたので魔法薬の効果が発揮される事はなかったが……そも、その手の薬品は許可無く所持及び使用する事が禁じられているはずだ。裁判長、それだけでも罪になるな?」
「さようでございます、殿下」
「罪状に加えよ」
「仰せの通りに」
淡々と罪状を読み上げていくヴィルヘルムに、キャロルは口許にべったりと付着した黒い血を拭う事もせずに叫んだ。
「どうしてなの、殿下! 私とずっと一緒にいてくれたのに……。婚約者のあの女じゃなくて、私を選んでくれたのに!」
キャロルの悲痛な叫びにちらと視線だけを動かし、そのまま罪状を読み上げる作業に戻ったヴィルヘルムは、一通り読み上げ終えてから淡々と言った。
「何を勘違いしているかは知らないが、私が愛しているのはビアンカだけだ。貴様のような危険な女を彼女に近付ける訳にはいかないから、私が身を挺して隔離役を担ったまでの事」
そして、何かを確認するようにビアンカへ視線を返し、視線に気付いたビアンカがにこりと微笑んだのを見て満足そうに頷いた。
そんな二人を見て、キャロルの顔色はいよいよ青を通り越して白くなる。
「何で、こんなの、こんな事起こる訳ないのに……。おかしい……。こんな展開おかしいよ……」
拘束されたまま、キャロルは虚ろな表情でぶつぶつと何事かを呟き始める。
何だか薄気味悪かったので、ビアンカはそれきりキャロルを見る事をやめた。
代わりに、この茶番を終わらせる為にヴィルヘルムへと声を掛けた。
「さて殿下、計画通りここに集った者達全員に審判の宣誓が交わされております。最後の選別と参りましょう?」
「あぁ、ひどく退屈な時間になりそうだが致し方ないな」
さっさと被告人席から立ち退いてヴィルヘルムの手によって手錠を外されたビアンカは、近衛兵がえっちらおっちら運んできた豪奢な椅子に腰を下ろして周りを見回した。
ヴィルヘルムはよし、と気合を入れ直してから、その場にいる全ての人間へと通達した。
「これより、この事件に関与した者の選別を行う。一人ずつ裁判長の前で『自身は何も知らず、己が身は潔白である』とただそれだけを述べよ。述べた後、何もなければ退廷を許可する」
これまで法廷というものは教会とは切り離されてきた。
勿論裁判の為に聖術など用いられた事もない。
ヴィルヘルムから下された言葉で、その場にいた油断しきった貴族の面々は、ようやく自らの置かれた立場を悟り表情を強張らせた。
証人達がそうであったように、傍聴席の自分達もあの聖術による宣誓の範囲に入っているのだ。
ビアンカの宣誓は彼女個人のものではなく、この場にいる全員を対象とした代理宣誓でもあったのだ。
当然偽りを口にすれば黒い血を吐く事になる。
そして王子はこの場にいる全ての人間から、聖術を武器に、これ以上なく信頼のおける取調べをするのだろう。
つまり、王子とビアンカは自らを囮にして事件に関与しそうな家門の当事者達を裁判の名目で集め、まんまと篩の上に載せる事に成功したのだ。
「ならば、まず私が!」
王子の命令に従い、最初に己の潔白を証明したのは裁判長であった。
そしてそこからは我先にと事件に関与していない家門の人間が続いた。そこにはアップルヤード伯爵の姿もあった。
中には己は潔白であると宣言し、そのまま黒い血を吐いて倒れる者もいた。
拒否しようとした者もいたが、それは王子が許さなかった。
「ビアンカ、お前は一体何を考えているんだ」
「あら、叔父様。何って、そんな大した事ではありませんのよ?」
貴族達が順繰りに潔白を示す為の宣誓をさせられる中、ビアンカは父の弟である叔父のダリモア伯爵に声を掛けられて、可愛らしく首を傾げてはにかみながら答えた。
「わたくしを陥れようとした人間が、全員等しく不幸になったら嬉しいなと思っただけですの。だってわたくし、このままでは死罪になるところでしたでしょ」
そんなのって許せるとお思いかしらとビアンカは言葉を続ける。
そして彼女は座っていた椅子からスッと立ち上がり、眉間に皺を寄せているダリモア伯爵にお土産のチョコレートでもねだるかのような姪の表情で言った。
「わたくしも叔父様にお尋ねしたい事があるの。……ねぇ、叔父様。わたくしに冤罪を掛けて死に追いやろうとする程わたくしが憎かった? それとも、ただわたくしが邪魔だっただけかしら。今後の参考までに教えて頂ける?」
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