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真実の愛の相手はどちらですか?
前編
しおりを挟む今日は夜会のため婚約者のハウラと共に参加をしていた。明るい彼がいつもと違って少し緊張しているような、強張った顔をしているのには気付いていたけれど、どうしたのか聞いても曖昧な返事しか返ってこなかったので油断していた。
まさか婚約破棄を宣言するなんて!
「皆さん、聞いて下さい!」
急に大声でそう発したハウラに私は何が始まるのか分からずに次の言葉を待った。周囲の人もその言葉に会話をやめ耳を傾けていた。
「この度、私、ハウラ・ストゥーリオは真実の愛に目覚めました!そのため、我が婚約者であるクローディア・フェルナンデスとの婚約を破棄し真実の愛に生きることを決めました!カルティー男爵令嬢!こちらに出てきてくれるかな?」
その声に周りはざわめき、私は絶句した。
すると人をかき分けて右側の方から戸惑った様子の1人の令嬢が現れた。彼女がカルティー男爵令嬢なのか…フワフワのブロンドの髪の毛に色白でくりくりとした大きな瞳が特徴的な可愛らしい感じの子だった。ハウルが彼女に優しく微笑むが、どうも様子がおかしい。
そう考えていると今度は、左側のほうが少し騒がしくなった。何事かとそちらに目を向けると慌てた様子の令嬢が私達の前に現れた。
『えっ!?』
私だけではない。ハウラも驚いているようでその声がハモってしまった。
だって、まさか同じ顔の令嬢がもう1人現れるなんて、誰が予想しただろうか。
まったく同じ顔が2人、私達の前に現れ、2人共困惑した様子でハウラを見ていた。
私は咄嗟に
「皆様いかがでしたでしょうか。こちら、私達からの余興でございます!今、流行りの恋愛小説のような婚約破棄をご覧頂きました!それでは皆様、この後も引き続き夜会をお楽しみ下さい!」
そうあたかも余興であるかのように伝え、唖然としているハウラの腕をとり、小声で双子の令嬢にも「恐れ入りますが、あなた達もこちらへ」と言ってついでに双子の後ろにいた関係者っぽい男性も1人引き連れて空いている休憩室に飛び込んだ。
◆◆◆◆◆◆
ソファには私とハウラ、向かい側に双子の令嬢と男性が対面する形で座った。
「それで色々聞きたいことはあるけれど、まずはハウラ、これはどういうことなの!?」
ハウラの顔色は血の気を失っていた。
「僕は…その…」
「あなたしか状況を分かっていないのだからあなたがきちんと説明しないと誰も分らないわよ?」
私がそう言ってもハウラは混乱しているようで何も喋らない。しょうがないので私は向かい側の3人に向き合い
「私、フェルナンデス辺境伯の長女のクローディアと申します。ハウラの婚約者になります。恐れ入りますが、皆様のお名前をお伺いしても?」
そう言うと真ん中に座っているご令嬢が
「私はカルティー男爵家の長女のローラと申します。こちらは双子の妹のルイーズです。そしてこちらは私の婚約者のアーリンド子爵家の次男、オリオンでございます」
そう言うと両端に座っている2人が軽く頭を下げた。それにしても一卵性の双子なのか、並んでいてもよく似ている。今までも双子は見たことがあったけれど、ホクロの位置や目の色の違いで双子でもなんとなく見分けがついていたが、この2人はホクロなどもなく綺麗な白い肌で、瞳や髪色など色味も同じ。着ているドレスの色や髪飾りが違うため見分けはつくが、同じ洋服を着ていて並んでいたらきっと見分けなんてつかないんだろうな、と思った。
「それで、ハウラ、貴方の真実の愛の相手はどちらなの?ルイーズ様は婚約者がいらっしゃらないのかしら?」
私が視線を送るとルイーズ様が小さく頷いた。どうやら婚約者はいないらしい。
「普通だと婚約者のいらっしゃらないルイーズ様かと思うけど…それとも真実の愛の上では婚約者など関係ないからローラ様の可能性もあるわよね?どちらなの…?」
私の声にハウラは顔を上げて双子を見比べた。
「あの」
ハウラより先にローラ様が声を上げた。
「私、婚約者のいる身です!浮気など神に誓ってしておりません!それに、ストゥーリオ様とはお話をしたことがありますが、そう言った関係ではございません!」
そう今にも泣きそうな顔で私に真剣に訴える姿は嘘をついているように見えなかった。それに続くようにルイーズ様も
「私も!確かに私には婚約者がおりませんが、婚約者のいる方に手など出しません!そもそもストゥーリオ様とはお話をしたことはありますが、恋仲などではありません!」
そう強く私に訴えてきた。
私は想像通りの言葉に思わずため息を漏らしてしまった。
その瞬間、向かい側の3人は私が怒ったのかと勘違いし、少し固くなったのが分かった。
「ごめんなさい。あなた達に怒っているわけじゃないの。このおバカなハウラに呆れているだけ。それで、ハウラ、あなたの真実の愛の相手がどちらか分かった?」
私の問いに、今にも消え入りそうな声でハウラが答えた。
「………どちらか分らないんだ…」
◆◆◆◆◆◆
僕には幼い頃から婚約者がいた。名はクローディア。辺境伯の娘である。我が伯爵家と領地が近いことから結ばれた婚約のため、そこまで政略的なものではない。クローディアには兄が、私には姉が2人いるが長男が家を継ぐのが通例のため、我が家は僕が跡を継ぎクローディアが嫁に来る予定である。
クローディアは赤毛に茶色の瞳、程よく焼けた肌を持ち、王都では珍しく髪の毛を高い位置で1つに結んでいるような子だった。
実家ではいつも父や兄について狩りをしていたせいで肌は焼けているが、元はそこまで悪くないので、一度髪の毛を下ろしたらどうか、と聞いてみたが、「辺境伯の娘だから、いついかなる時も戦えるように長い髪は結んでいなきゃいけないの」と言われた。せめて、可愛く編み込んだり髪飾りの1つでも付ければいいもののリボンで結ぶだけのシンプルな装いを彼女は好んだ。
クローディアとは可もなく不可もない関係を築いていた。学園に入学してからもその関係は変わらなかった。
そんなある日、僕は運命的な出会いをした。
学園にある庭園を散歩していた時にたまたま奥まった、人目の付かない場所にガゼボがあるのを見つけた。そこで1人の女子生徒が勉強をしていたのだ。
フワフワのブロンドの髪は手入れがしっかりと行き届いているようでツヤツヤと輝いていた。透き通るような白い肌は、頬のところだけほんのりと赤みを帯びている。少し前に姉が貸してきた流行りの恋愛小説に出てくる主人公のような愛らしい女性だった。そして真剣に何かを書き写している姿がとても印象的だった。
ふと、その女性が顔を上げ、こちらを見るとニコリと微笑んだのだ。
なんて美しい女性なんだろう。
咄嗟にそう思った自分に驚いた。
婚約者がいる身でありながらそう思った自分に戸惑い、その日はそのまま走って校舎まで戻った。
家に帰ってもあの子のことが頭から離れず、夕食を食べてもお風呂に入り寝る準備をしている間もあの子のことが頭を占めていた。
明日、話かけてみようかな。
普通の友人として話しかければおかしくないだろう。
そう考えると胸が弾んだ。
次の日、昨日と同じ時間にガゼボに行くとまた彼女がいた。今日は本を読んでいるようだった。
なんて声を掛ければいいのか…
小さい頃から婚約者がいたせいか自分から女性に話しかけることが少なかったことに気付いて焦った。
どうやったらあの子と仲良くなれるのか…
そうだ!
「…あの」
僕は緊張しながらも頑張って彼女に声を掛けてみた。本から視線を上げた彼女は僕のことを警戒した目で見てきた。
「いや、いきなりごめんなさい。その髪飾り素敵だな、と思って。僕の婚約者に似たようなものをプレゼントしたいから、どこで買ったのか聞きたくて…」
そう言うと彼女の顔がパァーと明るくなった。
「これはカルティー商会で人気の髪飾りなんですよ。最近再入荷したのでいまならまだ全色残っていますが、人気の商品のため購入するなら早めの方がいいですよ」
そう言うと、彼女は自分がカルティー商会の会長の娘であることを教えてくれた。カルティー商会と言えば、王都で人気の商会であり、近隣諸国から取り寄せた珍しい物から日常品まで何でも手に入るお店だ。特に流行りのものに敏感で、どのお店よりもいち早く手に入ることで有名だった。
「ありがとう。それでは早速、今日の帰りにでも見てみるよ」
そう言うと彼女は嬉しそうに微笑んでくれた。
その日の放課後、カルティー商会へ向かうと人気の店なだけあってとても混んでいた。
店内には色々な商品が置かれた棚が並んでおり、真ん中の目立つ場所には大きなテーブルが置いてあった。そのテーブルの周りには若い女性から年配の女性までギュウギュウに集まり何か見ていた。そこに近付いてみると、今日、彼女がしていた髪飾りが色ごとに分かれて置かれていた。
「いらっしゃいませ」
その声に振り返るとカルティー嬢がニコニコして立っていた。恐らく僕が早速お店に来たのが嬉しいのだろう。
「やぁ、カルティー嬢」
僕がそう言うと彼女は笑顔で挨拶を返してくれた。
「婚約者の髪は赤毛なんだけど、何色の髪飾りが良いかな?」
そう聞くと僕の顔を覗き込むようにしてジッと見つめてくる。
「…緑なんていかがでしょうか?」
と提案してくれた。そんなに僕に興味があるのか…やっぱり勇気も持って話しかけて良かったな、と思い僕は緑の髪飾りを買って帰った。
次の日、ガゼボに行くとまた彼女は何かを必死に書いていた。頑張って勉強している彼女の邪魔はしてはいけないと思い、その日は声を掛けずに帰った。それから数日後、ガゼボで本を読む彼女を見つけ声を掛けた。
「やぁ、この間はありがとう!」
僕は彼女に選んでもらった緑の髪飾りを買って婚約者にプレゼントしたことを話した。婚約者が喜んでくれて普段は1つに結んでいた髪を下ろしてまで髪飾りを付けてくれたことを報告すると彼女も嬉しそうに話を聞いてくれた。普段、婚約者が髪を結んでいるならと可愛いリボンも勧められた。他にも乗馬や狩りにオススメな道具や小物などクローディアに似合いそうな物をガゼボで紹介してもらい、それを買いに行ってはお店で彼女と話しと、そんな日々を繰り返していたある日、彼女がガゼボで泣いているのを見つけた。
泣いていても美しい…
そう思いながら彼女にハンカチを差し出すと驚いたようで、ハンカチはやんわり断られた。
「どうしたの?」
「…卒業したら隣国に行かなきゃいけないのですが、少し寂しくなってしまって…」
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そうして、婚約破棄を宣言したのに…
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