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みんなから諦められた王子

中編

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殿下と王宮で話してから1ヶ月後。学園のカフェテラスでジニーとお茶をしていると殿下がカロン男爵令嬢を連れてやってきた。

「マーガレット、ロジータの教科書がなくなったそうだが何か知らないかい?」

挨拶もなくいきなりそう聞かれ驚いた。ジニーの目が一瞬鋭くなったが相手が殿下のため大人しく立ち上がり、殿下へ礼をしたあと私の後ろへと控えた。

「何故、友人でもない教室も違う私にカロン男爵令嬢の教科書について聞くのですか?」

殿下の後ろから私を見つめるカロン男爵令嬢は「私が悪いんです…」とウルウルと涙を浮かべ殿下の上着の裾を掴んでいた。その姿はまるで震える子うさぎのようだった。

「最近よくロジータの持ち物がなくなるらしいんだ。持ち物がなくなった時間、君に似た人を見かけたという生徒が何人かいてね」

「私ではないです」

「でも以前、君は私達の関係を怪しんでいたよね?ロジータのことが気に入らずこんなことをしたんじゃないかい?」

「殿下は先日カロン男爵令嬢とは何もないとおっしゃっていましたし、私もそれには納得しております。ですから私がカロン男爵令嬢に何かすることはありません!」

「はっ、それはどうかな?」

「…殿下は婚約者である私の言葉より友人であるカロン男爵令嬢の言葉を信じると言うのですか?」

「そうだね。前までは僕も君の言葉を信じたろうけど今は騙されないよ?数々のロジータへの虐めの証言はとれているんだから。そんな心の卑しい君とは婚約破棄をしたいところだが、政略上そうもいかないから我慢しようと思う」

「えっ?」

「君には正妃の仕事をしてもらうが、僕が愛を育むのはこのロジータだけだ!僕が王位に就いた暁には側妃制度を作り、ロジータを側妃に迎えようと思っている!」

あまりにも大きな声で宣言したため、私達だけでなく、周りにいた生徒達も皆んな殿下に注目していた。

あぁ…何てこと…やっぱりロジータ様とそういう関係になっていたのね…

「いいかいマーガレット?それに免じて今回の件は…ん!?何だこの棒は!?」

殿下が細長いその棒を不思議そうに触りながら聞いてきた。

「それは…」

周りにいる人達がザワザワと騒ぎ出し、殿下の後ろに隠れるように立っていたカロン男爵令嬢がそれに気付き「ヒッ」と腰を抜かしていた。その異変に殿下は気付いたものの何が起こっているのか分からず困惑している。私は恐る恐る殿下に言った。

「殿下の鼻です…」

「はっ?鼻?」

殿下は目を丸くして私を見つめている。

「はい。鼻です。殿下の鼻が伸びたのです」

「私の鼻が伸びた?」

戸惑いを隠せない殿下とそれを聞いてさらに気を失いそうなカロン男爵令嬢と何とも言えない顔で殿下を見つめる周りのギャラリー達。

「私達が7歳の頃に契約魔法で婚約を結んだことは覚えていますか?国王陛下が最後に私にも何か契約書に書いておきたいことがないか聞いてきたのです。その時に当時読んでいた本の話を思い出して、何の気なしに『殿下がもし浮気をしたら殿下の鼻が伸びるようにして下さい」と言ったのです。その時、殿下は「僕は浮気なんてしないよ』と少し怒っていましたし、両陛下も私の両親もそれを微笑ましく見ていて下さって…まさか本当にその内容が契約書に書かれているとは思わなかったのです。ですが、先日、殿下とカロン男爵令嬢のお話しをした際に、殿下の鼻が少し伸びた気がして、もしかしてあの時の何気ない私の一言が契約書に書かれているんじゃないかと思って…それであのあと調べてみたら記載されていたのです…」

私の言葉に殿下は絶句していた。

この国では普通の婚約では契約魔法など使わないが、王族に限り契約魔法で婚約を結ぶことが決められている。それは王族と王族の婚約者に危害が加えられないよう守るためであり、また、王家に忠誠を誓わせるためでもあった。昔、王太子の婚約者を妬み婚約者を暗殺しようとした一族がいたようで、今は契約魔法によって、王太子やその婚約者に危害を加えた場合はそれが相手に跳ね返るようになっている。

「もし、カロン男爵令嬢のことが好きならば殿下の鼻が伸びてしまう前に婚約を解消をした方がいいと思っていたのですが、まさか殿下が婚約を解消せず私をいいように使い潰そうといているとは思いませんでした…」

私の言葉に殿下が青ざめた。

「何故マーガレットはそんなに淡々としているんだ!?」

「えっ?」

「怒るなり悲しむなり何かないのか!?」

確かに事務的に話す私は殿下から見たら不思議だろう。

「あぁ、諦めましたから」

「諦めた?」

「私と殿下は小さい頃から決まった婚約者だったため大きなトキメキこそないものの、幼馴染として親友のような情はありました。ベルン、ニア、ジニーの3人も同じ時期に側近になったため、小さい頃からよく5人で遊び、一緒に勉強をし、いつも一緒に行動をしてきましたね。そんな私達の関係にヒビが入ったのはカロン男爵令嬢が現れてからでした」

ふと、ジニーが私の肩に手を置き頷いた。

「恐れながら殿下、臣下としてではなく、幼馴染として話すのをお許し下さい」

そう言うとジニーは一歩前へ出て殿下に近付いた。

「私は最初からカロン男爵令嬢が殿下にくっつき回ることが気に入らず、進言しても変わらない殿下に王は向いていないと思い何か言うのをやめました」

ジニーのその言葉に周りは「不敬ではないか」とオロオロしていたが、幼馴染の私達からすると昔からジニーは辛辣なので特に殿下も気には止めず話しを聞き続けていた。

「その後、今度はベルンが殿下に色々進言しておりましたね。私は何度言っても変わらない人に言い続ける労力はもったいないと言ったのですが、それでもベルンは殿下を信じてカロン男爵令嬢を遠ざけるべきだと言っておりました。正直、そこまで言ってあげるベルンは優しいな、と思っていたのですが、それでも変わらない殿下を見て、ベルンは殿下に何か言うことを諦めてしまいました。そして殿下からも遠回しに嫌われているのを感じて最近では殿下に近付かないようにしていたのです」

「確かに最近ベルンが近寄ってこないとは思っていたが…」

「そして、それでも優しいニアとマーガレット様が残りました。ニアは殿下とカロン男爵令嬢のことをどうにかしようと頑張ってはいましたが、なかなか上手くいかず落ち込んでは自分を責めるようになりました。『また昔のように5人で仲良くやりたい』といつも言っていましたが、どんどん精神的に参っていくニアを見ていたら可哀想で私からニアに『もう必要以上に殿下達に近付くのはやめなさい』と言ってニアには護衛として一定距離を保たせました」

「確かに最近ニアは一緒にお昼を食べたりせず、少し離れたところから私を守っていたな…」

「そして、最後まで諦めずに側に居続けたのがマーガレット様です。マーガレット様は幼馴染としての情があるからこそ、殿下が本当にカロン男爵令嬢が好きで結ばれたいと考えるなら身を引くと言っていました。それなのにこんな風にマーガレット様を陥れるなんて…」

そこまで言って俯くジニーを私は後ろへ下がらせた。気まずそうにする殿下に私は声を掛けた。

「私達幼馴染は少しずつ殿下のことを諦めていたので今更カロン男爵令嬢のことも驚きはありません。ただ、殿下に間違った道を進んで欲しくなくて私達は手を尽くしてきましたが、それが殿下には伝わらなかったようですね。それだけが心残りです…殿下と婚約解消すれば、契約も破棄されるので殿下の鼻は元に戻ります。急ぎ、王宮へ向かいましょう!」

私がそう明るく言っても殿下は暗い顔をしたまま、それでも鼻が伸びて今では20cm程の長さになっている殿下をこのまま置いて行くことなど出来ず、私達は王宮へ向かうことにした。その際、ニアは少し離れたところから私達のやり取りを見ていたため気まずさはあるものの殿下の護衛として殿下と男爵令嬢が乗る馬車を選んだ。何も知らないベルンを私とジニーが乗る馬車に座らせ今までの経緯を説明した。





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