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第三章

無くなっていく時間

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 「それではなジャン! また何かあれば連絡をする」
 「お酒や食料ありがとうございます。ルイス国王……何かあれば周りに頼って下さい。私は近くにはいませんが、レオン様やロベルタ様は近くにいますでしょ!?」

 「……忠告ありがとう。出来るだけそうするよ」
 「では!」

 (あいつ会った時より疲れてないか? 目の下にクマ出来てたぞ)
 (寝る暇もない程に忙しいんだと思う……)
 (大変なんだなぁ)

 暗殺の仕事を終え、朝霧が濃い早朝にジャンとシャオは王都から出ていった。
 
 ダラムに戻り数日経つと、ダラムにまで王都で大人数の貴族が暗殺された事が広まっていた。
 田舎にまで届くという事は、王都では大問題になっているはずだろう。

 「うわ!! マジかよ!!」
 俺はダンと日課である手合わせをしている。
 いつものようにひっくり返された俺は、青い空を見上げていた。

 正直言って強くなった自覚もある。体力も筋力も付いた。
 経験だってそこそこある。殺し合いも沢山してきた。
 だが、未だにダンに一発入れる事が出来ない。

 「なあクソジジイ! 俺は強くなってるのか?」
 「強くなってるに決まっとるじゃろ! だがまだまだ未熟じゃな!」

 一対一なら、ダンより強い奴なんかいるのか? とさえ最近は思っている。
 「ゴッホゴホゴホ!」
 「じじい風邪か?」

 「流石に年には勝てんの~。今日はこの辺に終わりにするかの」
 ダンが屋敷の中へと戻っていく。

 ジャンと俺、それにマルコは気付いていた。
 最近ダンの様子がおかしい事も、咳をする度に血を吐いている事も。
 もうそんなに長くない事を分かっていた。

 その前に一撃当てる事が俺の目標で、お礼だと思っている。
 ――。

 その日からダンが寝たきりになった。
 目を覚ます気配もなく一週間は経過している。

 出来る限りの看病はしているが、時間の問題だろう。

 コンコンコン。
 「入るぞじじい!」

 「ジャン様……」
 「マルコもいたのか。じじいの容態はどうだ?」
 「変わらずですね。もう年ですから仕方ありません。気にしてくださりありがとうございます」
 「ん~。ん~」
 ダンが唸りながら意識を取り戻し、目を開けた。

 「じいちゃん!?」
 「マルコか? 今何時じゃ?」

 「お昼過ぎた位だよじいちゃん」
 「そうかぁ」
 ダンが身体を起こした。

 「おお。小僧もおったのか。外に出ろ小僧! 相手してやる」
 「じいちゃんそんな身体で無理だって! 一週間も寝てたんだぞ!」

 「うるさいマルコ」
 止めようとするマルコを投げ飛ばす。

 「付いて来い小僧」
 黙って付いて行く。
 フラフラと歩き、庭へと出た。

 「今日は本気で戦ってやるから、小僧も本気で来い!」
 そう言ってダンが構えた瞬間、寒気が全身を駆け巡る。

 体が勝手に危険を感じたのか、防御しながらバックステップする。
 ダンの姿が見えない。右脇腹に強い衝撃が走る。

 二本、三本は折れた。
 俺は回復魔法で回復しようとすると、次は背中に衝撃が走る。

 ダンの攻撃、姿を全く捉える事が出来ない。
 速すぎる……。

 「なんじゃ!? 付いて来れんのか??」
 「クソジジイ!!」
 俺は本気で攻撃を仕掛けるが、誰もいない場所に攻撃を繰り出すだけだった。

 ただサンドバッグのように攻撃を食らう。
 「ハァハァハァハァ」

 「ゴホゴホ!」
 「じいちゃん止めなって!」
 「止めるなマルコ!」

 「技を見せてやる小僧。今の小僧なら理解出来るはずじゃ」
 ダンがユラユラと上半身を動かしていく。

 何をするつもりなのか。
 だが、殺気だけは尋常ではない。

 ダンが一瞬消えたかと思うと、また姿を現した。
 再び消えて、また姿を現す。

 その間隔が短くなっていく。
 ダンが何十人にも見えていき……分身している。
 魔法の類ではない。純粋な身体能力と技術の結晶だという事だけは分かる。

 (クソジジイ! 今まで一回も本気じゃなかったなクソが!)

 「よく見ておけ小僧! これがわしが生み出した技『陽炎じゃ』」
 何十人にも見えるダン全てが本物であるかのように、全員が俺に向かって襲ってきた。

 そしてその全ての攻撃が本物であるかのように、全身に衝撃が走った。
 「ぐああああああ!」
 俺は膝をついた。

 「ゴホゴホ。ゴホゴホ!」
 ダンは咳をしながら血を吐き、倒れ込んだ。

 「じいちゃん! じいちゃん!」
 マルコが急いで近寄ってくる。

 「誰かーーー!」
 俺は声を張り上げる。

 「主様ー! 主様ー!」
 「リリア! こっちだ! 来てくれ!」

 「ダンが倒れた! リリア運んでくれ!」
 「ダンが!? かしこまりました」
 リリアがダンを運ぶ為に、おんぶをする。

 「!?!?!?!?」
 背中に乗ったダンが、リリアの胸を揉んだ。

 「ダン! 貴様ー!」
 リリアがダンを投げ飛ばし、剣を抜いて斬りかかる。

 ダンは簡単にリリアの剣を避け、その場を逃げ出す。
 そんなダンをリリアは追いかける。
 「待てーー!!」

 元気に駆け出して行くダンを見て、俺は少しホッとした。

 中へ戻ると、次は領地の仕事をこなしていく。
 その時に屋敷のあちこちで大声と走る音が聞こえる。

 「キャーーー!!」
 ドドドドドドドドドッ!

 「待てーーー!!」
 女性達の悲鳴のような、怒号とも言えるような声が屋敷中に響き渡る。

 バタンッ!
 「ハァハァ。匿ってくれ小僧」

 「ここには入って来ないで下さいよ」
 「シーッ」
 ダンが黙るようにとジェスチャーをする。

 「どこに逃げたーー」
 メイド達がジャンの書斎にも押し寄せた。

 「ジャン様! ダン様知りませんか?」
 「いやぁ……どうだろ? 見てないな」

 「見たら縛って動けないようにして下さい」
 「分かった……よ」
 メイド達は居なくなった。

 「ふぅ~。どうにかなったのじゃ」
 「もう無茶苦茶ですよダン」

 「よいではないか。小僧! 夜飯は皆で飯と酒を飲もう」
 「今日はバーベキュー皆でやるみたいですよ。皆気に入ったみたいで」

 「それは楽しみじゃ! それじゃあ後でな」
 ダンは部屋を出ていった。

 日が落ちて夜になると、屋敷の外が騒がしくなっていく。
 屋敷の外に向かうと、盛大に宴が始まっていた。

 「パッパパラパラ~! パッパパラパラ~!」
 テディがゴレームを出して一緒に音に合わせて踊っていた。
 囲むように楽器を鳴らす人達と、それを見て楽しむ人達が。

 エルガルドの部隊が肉を焼き、料理を提供している。
 いくつかのテーブルが並べられ、皆が食事をしていた。

 隅の方のテーブルに座っているヘレナを見つけたジャンは、そのテーブルに向かう。
 「楽しんでるかい?」
 「ジャン様!? 皆と一緒に楽しんでいます」
 隣に座り、食事に手を付けていく。

 「おお小僧やっときたか!!」
 「ホレホレ! 小僧も飲め! 飲め!」
 隣に来たダンは、完全に出来上がっていた。

 「そんなに飲んで平気なんですか?」
 「大丈夫じゃよ~! ヒック!」

 「あーこんな所にいたじいちゃん! ジャン様本当に申し訳ありません! じいちゃん酒飲み過ぎだよ!」
 マルコはダンの手からジョッキを奪おうとするが、全く奪えない。
 「マルコも座って酒を飲め!」

 諦めたのか、マルコ座ってダンと共に酒を酌み交わす。

 しばらくすると、ダンはテーブルに突っ伏して寝始めた。
 「ジャン様すいません。じいちゃんを寝室に運んできます」

 宴は夜深くまで続いた。
 

 ――次の日。
 ダンが再び目覚める事はなく、息を引き取った。
 
 故郷ではなく、ダラムで手厚く葬った。
 ダンが生前、マルコに頼んでいたようだ。
 死んだらダラムで葬ってほしいと。

 「ジャン様……ありがとうございます。じいちゃんの為にこんな立派な墓まで作って頂いて」
 「気にするなマルコ。ダンには世話になった」

 「今まで色々な場所に行きましたが、じいちゃんはダラムでの生活が一番楽しそうでした。ジャン様のおかげです」
 ダンの墓の前で頭を下げるマルコ。

 「マルコは今後どうするつもりなんだ? 今まで通り続けるか? それともどこか行ってしまうのか?」

 「厄介ではないでしょうか?」
 「そんな事はない! マルコやダンが家に居てくれたからこそ、戦に出ても安心して出る事が出来たんだ。家に何かあってもどうにかなるとな。信用しているんだ」

 「そうですか。でしたらまだまだお世話になりますジャン様」
 「ああ、これからもよろしく頼む」
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