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戦勝の朝

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 (結局朝になってもグロッセ帰ってこなかったなジャン)
 「……」

 「主様、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
 「どうした?」

 「グロッセの捜索に行かせて下さい!」
 「なるほど……それじゃあ僕も着いていこう。ジェイド! 部下で今すぐ起きて動ける奴を集めてきて。グロッセの捜索に行こう」
 
 「はっ!」
 ジェイドはすぐに駆け出していく。

 「主様、ありがとうございます……」
 「別にそんなお礼なんて必要ないさ。グロッセの奴ボロボロになって、どこかにぶっ倒れているかもしれないからな。食料と水も持っていこう」

 すぐに出発する準備を整える。
 ジェイドは数十人の兵士を連れてきた。

 馬に跨り、ジャン達はロッカーラを出る。
 「それじゃあ行こうか」

 気持ちのいい朝とは裏腹に、皆の空気は重く、雰囲気は暗いまま馬を走らせていく。
 皆に会話などなかった。

 通る道の所々には、黒い甲冑を着た兵士達が倒れている。
 勿論その兵士達が息をしていることはない。

 断崖に囲まれた、ヴァリックが現れ追い込まれた場所に到着する。
 目の前に広がっているのは地獄そのものだった。

 おびただしい死体の山、山、山。
 地面は血で赤く、独特の臭いが鼻を刺激する。
 アウル軍の黒い甲冑だけではなく、連合国兵士の死体もかなりの数が転がっていた。
 どれだけ激しい戦闘があったのか、見ただけで分かる。

 ジャンは馬から降りる。

 「……ジャン様?」
 「クソ! クソが! クソ! クソ!」
 ジャンが地面に向かって何度も何度も殴る。
 「僕のせいだ! 僕のせいだ! 僕がもっと早く気付いていれば!」

 ジェイドに肩を掴まれる。
 「ジャン様のせいではありません。彼らが臨んだ事です。悔む必要はありません! 彼らは仕事をやり切ったのです! ジャン様が生還出来たのです! 労ってやりましょう……」

 ジャンは堪え切れず涙を流した。
 「分かったよジェイド……彼らのおかげだな」

 死体の中をジャン達は練り歩く。
 少しすると一人の兵士が声を上げる。

 「ジャン様!!」

 「……どうした?」
 「こちらに……」

 ジャンは兵士の元へと向かう。
 彼が見ている目線に、ジャンは視線を落とした。

 そこにあったものは、首が無くなった死体。
 上半身は裸で、アウル軍の兵士だと分かる。

 「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ジャンが天まで つんざく声を上げる。

 右手にしっかり握られている剣はグロッセの物だった。
 「どうされましたか主様!?!? これは――」

 ジェイドもジャンの声を聞いて急いでこちらに向かって来た。
 「ぐああああああああああああ!」

 (おい! おいジャン! しっかりしろよ!)
 ジャンは膝を地面につけ、グロッセの骸に両手をかざして魔法を使い出す。

 (バカが!! もう無理に――)
 ジャンは腕を掴まれた。見上げるとジェイドが首を振った。

 (ユウタの回復魔法凄いだろ! 治せよ!)
 (見てわかんねぇーのかよ! もう死んでるよ! ここから治せる訳ねぇーだろ!)

 「ジャン様、グロッセは持ち帰りましょう……他の遺体は残念ながら持ち帰れません。ここはベラトリア連合国の領土内です。もう少し時間が経ったらきっとベラトリアの兵士達が来ます。確認が取れたなら我々は帰らないと……」

 「ああ、分かったよジェイド。帰ろう」
 「主様……グロッセの剣は私が持って返っても?」
 「好きにしろ」
 「ありがとうございます」

 馬が走る音が、遠くから聞こえてきた。

 「急ぎましょうジャン様」
 馬に乗り、俺達はロッカーラへと戻っていく。

 ロッカーラに到着すると、アウル軍の兵達が何やら騒いでいた。
 戻ってきた俺達を見て動きが止まる。

 「ドクター! ドクター! タラララララ~ン」
 「無事で何よりですドクター」

 「エルガルド、これはどういう事だ?」
 「起きたらドクターやらジェイドの旦那とかがいなかったもので、追いかけようという事になって準備をしてたんですよ」

 「なんだよそれ! 別に俺達は大丈夫だよ」
 馬から降りながら俺はそう言った。

 「そうみたいで! ヘヘッ。おいお前ら! ドクター帰ってきたぞ準備は終いだ!」
 「おっしまい! おっしまい! おっしし、ウッシッシー!」

 「それでドクター。グロッセは見つかったんですかい?」
 「ああ、見つかったよ。死んでたけどな」
 「そう……ですかい。見ても?」
 「別に構わないが」

 グロッセの遺体を、エルガルドの目の前に置く。
 「帰ってきたら呑もうと思った酒だ。呑みやがれグロッセ」
 瓶のコルクを抜き、グロッセの死体に酒をかけ、残りを呑み干すエルガルド。

 「なんでぇい。ドクターは血も涙もない人だと俺は思っていたけど、仲間の死には涙を流すんだな。ハハハ! なんかその姿を見て安心した」

 「えっ!?」
 俺は右手で自分の顔を触ると目から水が……。
 舐めると少ししょっぱかった。人生で初めて俺は涙を流した。
 これが涙……か。

 何故自分が泣いているのか、分からなかった。
 それでも今までに感じた事がない感情があるのは分かる。

 「おいテディ! グロッセが帰ってきたぞー!」
 「グロッセ、グロッセランランラーン!」
 グロッセの死体を目の前にして、テディの動きが急に止まる。

 テディが真剣な顔をし、右手の手のひらを左胸に添え、跪いた。
 「グロッセよ! そなたのおかげでオイラは楽しい日々を送ることが出来た。そなたはあの時あの瞬間、誰よりも忠義に厚い騎士だった。騎士として主を救った。その姿にオイラは感動した。ドクターの事はオイラ達に任せろ。グロッセは安らかに眠ってくれ」

 テディもグロッセと同じように酒をかける。
 俺は驚きのあまり言葉を失った。

 そして目を閉じるテディ。
 「タララララリ~ン。グロッセが逝っただぁ」
 目を開けたテディは、いつものテディに戻っていた。

 「テディ! お前テディだよな?」
 「オイラはテディだよ~んドクター!」
 時々テディには驚かされる。

 「テディはあのように思っていたんですね。それに真面目な事が言えるんですね……」
 「俺も……ビックリだよ」
 となりに居るリリアはグロッセの遺体をずっと眺めている。

 「リリア、大丈夫か?」
 「主様……大丈夫です。心配させて申し訳ありません」
 「いや、謝るほどもないんだが」
 俺は頭をガシガシと掻いた。どうもいつもの調子が出ない。

 ジャンもずっと黙ったままだった。

 「後の事はジェイドお前に全部任せるわ。悪いけど俺は休ませてもらう。明日ダラムに戻るぞ! その準備もさせておけ」
 「分かりました」

 俺は自分のテントに戻る。横になって目を瞑った。
 「なあジャン。顔の傷……治さなくていいか?」
 (……どうして?)

 「グロッセの事を死ぬまで忘れないようにだ」
 (…………)

 「お前が立ち直らないとどうにもならないぞ? 取り敢えず疲れたから寝るわおやすみ」
 (おやすみ……)

 次の日、アウル軍は全ての荷物をまとめてロッカーラを出る。

 ダラムに戻った俺達は、グロッセを丁重に葬った。
 
 意外だったのはエミリがとても悲しんでいた事だった。
 ベイルに聞くと、エミリはグロッセによく遊んでもらっていたそうだ。

 忙しそうにしているジャンに気を使っていたエミリ。
 そんな事を知っていたのか分からないが、グロッセはエミリの相手をしてくれた。

 参列には町の人達も大勢訪れていた。
 グロッセは町の住民からも親しまれ、慕われていたようだった。


 エルガルドに頼まれ、食料と酒を大量に用意した。
 
 その夜――。

 屋敷の外から騒ぐ声が聞こえてきた。
 窓から外を覗くと、アウル軍がどんちゃん騒ぎを始めていた。

 俺は外に出て、騒いでいる中へと入っていく。
 「あっれ~? ドクターじゃねえですか! どうしたんです?」
 「俺も一緒に混ぜてくれてよ!」

 「おーい! ドクターも混ざるってよぉ」
 「「ウェーーイ!」」

 この場にいる全員、完全に出来上がっていた。

 「エルガルド! 俺にも酒をよこせ!」
 「え? いいんですかい? ドクターまだ成人してないんでしょ?」
 「今日はいいんだよ。早くしろよ」
 「おいお前ら! ドクターが乾杯してくれるってよ!」

  「「「ドクター! ドクター!」」」
 掛け声が上がる。

 大きなジョッキを持たさせ、エルガルドに酒を注がれた。
 「おいお前ら! グロッセの手向けだ! 盛大に食って呑んで騒げーー!!」
 「「「おおおおおおお!!」」」

 「カンパーイ!」
 「「「カンパーイ!!」」」
 俺はジョッキに注がれた酒を一気に飲み干していく。

 初めての酒は、一切美味しいとは感じなかった。
 けれど、どこか暗い気分だったのが晴れやかになっていった。

 「小僧飲んでるかぁ~」
 その声に目を向けると、ヨロヨロとダンが近づいてきた。

 「なんだ? じじいも飲んでんのか?」
 「当たり前じゃろ? タダ酒なんて最高じゃからな! ガッハッハ!」
 「元気なじじ――。オエーー! オエーー!」

 「ガッハッハ。勿体ない事をするな小僧! 酒が勿体ない」
 「うるせーな!」
 俺はそう言いながら口を拭った。

 皆の元へと行こうとするが、世界がグルグルと回る。
 「あれ? 真っ直ぐ立てない、歩けない」

 「ガッハッハ!」
 「「「ハハハ」」」

 「ドクターがフッラフラ~!!」

 ダンやエルガルド、テディ達の笑い声が耳に残り、目の前が真っ暗になった。
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