56 / 63
純愛FINAL《咲輝side》
1
しおりを挟む8月に入って奇跡的に数値がよくなったから、1週間の外泊が許されたと緋禄から連絡がきた。
緋禄が毎日生きているだけで嬉しいのに、一緒に出掛けることが出来る日が来るなんて。
「ずっと前に父からペア宿泊券を貰っていて。もし体調が大丈夫なら一緒にいかないか?」
そう言うと、緋禄は笑顔で大きく頷く。
1週間のうち、5日間は家族と過ごすと言っていた。
そして外泊6日目、俺と一緒に海の見えるリゾートホテルに1泊することになった。
―当日―
緋禄の体調はとてもよさそうだった。
日差しが強いので体力を消耗しないためにも、日中は水族館で涼みながらゆっくりと綺麗な水槽を眺めた。
日が落ちてから、ホテルの近くの海へ向かった。
「咲輝ー!海気持ちいいぜー!」
波が押し寄せて、また引いて、その度に緋禄は子供みたいにはしゃぐ。
俺は写真を撮りながら、それを遠くからずっと眺めていた。
レンズ越しの緋禄が無邪気で、可愛くて、ずっとこのレンズの中に閉じ込めておけたらいいのにと思った。
ホテルでディナーを食べたあと、バルコニーにあるソファーに座りながら二人で海と星空を見上げる。
お互い会話は無く、繋がれている手の温もりを感じながらただただ時間が過ぎていった。
「緋禄…そろそろ冷えるから」
「うん」
緋禄の手を引き、部屋に戻った。
「紅茶でいいか?」
「うん」
緋禄はベッドに腰かけて俺の淹れる紅茶を待っていた。
しばらくして、緋禄が口を開く。
「なぁ、咲輝」
「ん?」
「俺さ…この外泊が終わって病院に戻ったら、誰にも会わないように面会謝絶にしようと思ってるんだ」
緋禄の発言に俺は驚いた。
湯を沸かすケトルの音だけが室内に響く。
もう、これで最後なのだろうか?
緋禄に逢えるのは―…
「誰かが見舞いに来る度、悲しそうな顔をさせちまうんだよ。それが嫌でさ。それを嫌と思う自分も嫌になる。原因は俺で、俺は弱る一方だから。だからもう誰にも逢わずに逝きたい」
「そうか…緋禄がそう決めたならそうするといい」
そう。
緋禄は誰よりも優しい。
優しいから、独りになってでも誰かを悲しませたくないんだ。
きっと揺るがない。
俺が、面会謝絶なんて止めてくれと言っても。
緋禄の決心は変わらない。
共に過ごした時間が長いから緋禄のことはよく分かる。
「……だから咲輝、俺が死んでも悲しむなよ」
そうか、
もう決めてしまったんだな。
独りきりで、逝くことを―…
「悲しむとは思うけど、いつか笑えるようになるよ」
俺が紅茶を用意して緋禄に近寄ると、緋禄は俯いて無言になった。
「緋禄?」
その顔を覗き込むと、緋禄の目からは涙が溢れていた。
あぁ、
ようやくこの時が来た。
緋禄の涙を見る日が。
俺はテーブルに紅茶を置いて、緋禄の髪を撫でながら言った。
「ゲームは終わりだな」
俺は微笑んだ。
今まで俺の前で泣いたことがない緋禄が、初めて涙を見せてくれた。
弱さを見せてくれた。
それが何より嬉しかった。
「あぁ、終わりだよ。俺のワガママに付き合ってくれてありがとう…」
緋禄は涙を拭って、俺に礼を言う。
「生きたいよ、咲輝ぃ…」
緋禄の涙は止まらない。
あぁ、緋禄
出来ることなら俺が代わりたい。
俺の命を差し出せたらどんなにいいか。
でもその願いだけは叶えられない。
無情にも、無力で。
「泣くな緋禄」
「生きたい…まだ、咲輝と過ごしたい。咲輝…咲輝…」
肩を震わせて泣きじゃくって。
こんなにも愛しい存在が、もうすぐ消えてしまうなんて。
「緋禄…」
大丈夫だよ緋禄。
俺はずっと言おうと思っていた言葉を、深呼吸してから緋禄の目を見つめて言った。
「恋人になろう。偽りじゃなくて、本当の恋人に」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
愛する人は、貴方だけ
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。
天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。
公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。
平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。
やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
アタエバネ ~恵力学園一年五組の異能者達~
弧川ふき
ファンタジー
優秀な者が多い「恵力学園」に入学するため猛勉強した「形快晴己(かたがいはるき)」の手首の外側に、突如として、数字のように見える字が刻まれた羽根のマークが現れた。
それを隠して過ごす中、学内掲示板に『一年五組の全員は、4月27日の放課後、化学室へ』という張り紙を発見。
そこに行くと、五組の全員と、その担任の姿が。
「あなた達は天の使いによってたまたま選ばれた。強引だとは思うが協力してほしい」
そして差し出されたのは、一枚の紙。その名も、『を』の紙。
彼らの生活は一変する。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事などとは、一切関係ありません。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる