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純愛《咲輝side》
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しおりを挟む緋禄に出会ったのは中等部の入学式の日。
もうすぐ入学式が始まるというのに、園庭の芝生の上で寝ている赤髪の同級生がいた。
それが緋禄だった。
俺はしゃがんで、まだ名前も知らない彼を起こした。
人見知りである普段の俺なら、あの状況で絶対に声なんてかけない。
でも、なぜか話してみたくなった。
どんな声で、どんな表情で俺を見るのか知りたかった。
「入学式が始まる」
するとその赤髪の同級生は、慌てて起き上がり俺を見て笑った。
「え!まじ!ありがとう」
風で桜が舞い、その中で赤髪がサラサラと靡いて、笑顔がとても印象的で。
ずっとその笑顔を見ていたいとさえ感じた。
そして偶然、同じクラスで席が隣同士になった。
「さっきは起こしてくれてありがとな。俺は雨月緋禄。緋禄って呼んで」
それから緋禄と一緒に行動するようになった。
短い入退院を繰り返していたが、明るい緋禄と一緒にいると毎日が楽しかった。
緋禄に出会う前までは笑えない日が続いていたから。
絵を描くのも、
「あの前山かず輝の孫なんだ」
写真を撮るのも、
「あの前山由輝の息子なんだ」
好きなのに―…
「前山くんのおじいさんとお父さんって、あの前山親子?」
有名な画家である祖父と、有名なフォトグラファーである父の存在が俺を苦しめる。
「通りで前山くんは絵も写真も上手なんだね」
俺は認められていない。
常にその劣等感に襲われていた。
絵を描く時、写真を撮る時、祖父と父の存在が離れない。
俺の作品は所詮あの人達の名前があって見てもらえてるんだ。
そう思ってしまう。
「え、これ咲輝が撮ったの?」
「あぁ」
「すっげ…綺麗な写真だな。ずっと見てられる」
緋禄は祖父と父の存在を知らなかった。
だから嬉しかった。
俺を認めて貰えた気がして。
本当は風景画じゃなくて、人物画を撮りたいし描きたい。
でも祖父と父にはそれを否定される。
前山は人物は撮らない、描かない、と。
ある日、誰にも言わなかったこのことを緋禄にだけ言ったことがあった。
「じゃあ名前変えたら?前山咲輝じゃなくて別の名前にさ」
「別の?」
「前山じゃなくてさ、俺の名前半分使ってもいいよ。雨月咲輝とか」
名前を変えて作品を創ろうとしたことは何回もあった。
ただ、『前山』の名前無しで自分の作品が評価される自信が無かったんだ。
「俺、咲輝の作品本当に好きだよ。咲輝の名前が伏せられてても咲輝の作品だって分かると思う。それぐらい好き」
「そうかな…」
「自信持てって!なんか…見てて温かくなるっていうか優しくなるっていうか。親父さん達のはプロって感じだけどさ、俺は咲輝の作品に心打たれるんだよなぁ」
目に止めてさえ貰えなければ、作品は埋もれてしまう。
どんなにいい作品であっても。
祖父と父がいなければ、俺の作品なんて―…
「緋禄咲輝、なんていいんじゃん。不安ならさ、俺を信じろよ。俺がついてるから名前変えてみ?心強い名前だろ?絶対大丈夫だから」
「…検討するよ」
俺の作品の一番のファンでいてくれる緋禄。
それを励みに常に頑張れた。
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