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偏愛《ハルカside》
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しおりを挟む『《ハルカ…生きているほうが地獄なんだよ》』
あぁ、最悪。
またあの夢かよ―…
高3の冬から歌えなくなった。
歌おうとするとトラウマがフラッシュバックして過呼吸になり、吐き気がする。
あんなに歌うことが好きで気持ちよかったのに、カラオケでさえ歌えない。
でもベースだけは何とか弾けるようになったからMAR RE TORREのベーシストとして音楽を続けることはできた。
「ハルカ、昔ベース&ボーカルやってたんだよ」
「もう歌ってねぇから」
バンド仲間達の集まりで、俺のことを知らないやつがいるとたまにでるこの話。
そうすると決まって「なんでボーカル辞めたの?」と、理由まで根掘り葉掘り聞いてくるうざいやつばかりだ。
今回のお客様は、最近結成したJEESのボーカルくんでございます。
「へぇ、そうなんですか」
特にボーカルやってるやつは平気でヅケヅケと俺の歌えない理由を聞いてきやがる。
「どうしてですか?」とか、
「勿体ないですよ?」とか、
「歌うのって楽しいですよ?」とか、
「もう一回歌ってみましょうよ」とか、
どーせお前も、いつものやつらみたいにくだらないお決まりの回答すんだろ?
15だっけ君ー?中3?
まだ若っいもんなー。
兄弟に後押しされてボーカル始めたんだっけー?
家族仲良好なんだねー。
THE・陽キャですみたいな感じだもんねぇ君。
いっつも笑顔でさ、人生楽しんでる感じ?
ごめんね、こっち耐性できてんだわ。
どんな返答きても心が凍って溶けねんだわ。
歌えなくなったこの3年で24時間365日春夏秋冬いつでも鋼メンタル絶頂期なんだわ。
その回答でまた俺の心が冷えて鋼の心臓が硬くなるんだよね。
はーい、それでは何でもどーぞ。
「負けませんよ?」
―…は?
「ハルカさんがいつかまた歌ったとき、俺のファンを持っていかれないように努力しなきゃ」
なん…だよ…その回答。
「ははっ。もう歌ってねっつの―…」
「ハルカさんいい声してますもん。歌は聴いたことないけど、絶対気持ち良さそう。聴く方も歌う方も」
俺の脳内に無い返答をしてきた無邪気に笑うそいつをからかってみたくて、耳元でゆっくりと低音で囁いてやった。
「JEESのボーカル様に勝てるかよ」
そいつは俺が囁いた方の耳を自分の手で押さえ、顔を赤くして俺を見つめて言う。
「ほら!めっちゃいい声!ハルカさんに歌われたら負けちゃう。だからそのままベースオンリーで、歌わなくていいですからね!」
それ以上俺に歌えない理由を追及してくることはなかった。
―…泣きそうになった
なぜだかは分からない。
俺の心を抉らない回答だったからなのか。
別のやつが同じことを言ってもこんな気持ちになれたのだろうか。
脳をフル回転させても分からない。
歌えないことを否定もされず理由も聞かれず、むしろ歌うなと言われたのが初めてだった。
逆にまた歌ってやろうかと思わせてくれた。
俺の歌声聞いたこともない、5つも年下のやつにライバル視されて…
なんて心地いいんだろう。
そしてその時、俺の凍っていた心臓が熱を帯びたかのように暖かくなり、心が盛大に晴れた感覚が広がった。
それからだった。
「ハルカさん」
JEESの帝真竜を目で追うようになったのは。
無邪気で明るくて笑顔で歌うときは別人になる。
俺が歌えるようになったとしても、歌では竜に勝てない。
15歳でこの声量、声質、低音から高音まで音程がブレることなく、休憩なしでも歌い続けられる体力と肺活量。
そして何より、音楽を楽しんでいるのが伝わる。
あぁ、俺こいつ好きだわ。
顔も、声も、性格も、帝真竜という存在全てが愛しい。
―…全て俺のものにしたいと思った
「えっ、お前MY学園通ってんの?」
「うん」
「じゃー、兄貴とマサくんいるだろ?数学の哀沢炯と英語の山田雅鷹」
俺の兄貴と、兄貴の恋人のマサくんが竜の通っている学校の教師という偶然。
「え…あ、哀沢先生ってハルカさんのお兄さんなの!?」
「だって俺、哀沢迥だもん」
こんな他愛のない会話でさえ、俺は嬉しかった。
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