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短編・中編や他の人物を中心にした物語
選ばれた子、選ばれなかった子8
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「そりゃひっでぇ伯母さんだな」
張飛は酒を舐めるように飲みながら、桃花に大きくうなずいてくれた。
二人は焚き火を囲んで話をしている。
なぜこんなに空腹なのか尋ねられた桃花は事情を説明した。
身内の恥になりかねない内容だが、明かしているのは自身の名前だけで夏侯の姓は出していない。
だからまぁいいかと思い、包み隠さず話をした。
(お肉をいただいたし)
そのことに対する感謝も大きい。この娘にとって一食の恩は果てしなく大きいのだ。
ただし、桃花としては伯母をただ悪者にしてはいけないとも思う。
「ですが先ほどお話した通り、私は伯母様の子供を差し置いて生き延びているわけですから」
桃花はそのことも話していた。
それを話さなければ、伯母は本当にただのひどい養母になってしまう。
しかし張飛はそれを聞いた上で、やはりひどい養母だと思った。
「でもそれは桃花の知ったことじゃねぇだろ。頼んだわけでもねぇし」
桃花は苦笑した。
これくらい堂々とものを言える人間なら、自分の人生ももう少し違っていたのではないかと思う。
「そ、そうかもしれませんが……」
「『かも』じゃねぇよ。その通りの話だろ」
「ですが、感謝はあっていいと思います」
「俺もそれはそうだと思うよ。でもな、桃花が助けられたからって今いじめられていい理由になんてならねぇよ」
「…………」
桃花はその通りだと思っても、肯定の返事は返せなかった。
これまでの人生、ずっとそういう理屈に蓋をしてきたのだ。
その蓋は伯母から繰り返し刻み込まれた罪悪感でできている。
『私は従兄の命を奪って生きているんだ』
そういう罪の意識を捨てられないから、伯母や夏侯の家を否定することなど口にできない。
そんな桃花へ、張飛は胸を突き刺すような言葉を向けた。
「伯母さんのこと、嫌いだろ?その言うことを聞いてる今の家も」
「え?えっと……その……」
「はっきりそう言えよ。俺は悪口は良くねぇと思うし、『嫌い』って言葉はできるだけ口にするべきじゃねぇと思う。けどな、なんとなくだが、桃花はそれを言えねぇから人間として縮こまってるように感じるぜ?」
桃花はそうかもしれないと思った。
罪の意識が伯母や家に対する否定を禁じ、否定できないから罪の意識も捨てられはしない。
罪の重さは自分の中で日々大きくなっていく気がする。
その重さで桃花の心は鈍重になり、飛びたいのに飛び立てない。
そんな自覚があった。
表情を固くする桃花へ、張飛は酒をチビリと舐めてから言葉を重ねた。
「知ってるか?感謝は人を大きくするが、罪悪感は人を小さくするんだぜ。その二つをちゃんと区別して持たねぇとな」
「感謝と罪悪感の区別、ですか……」
「そうだ。だから思いきって口に出しちまえよ。心の壁をぶっ壊すんだ。ぶん殴ってやるくらいの気持ちで言うといいぜ」
殴ると言われ、桃花は自分の両手に目を落とした。
その指先は干し肉の脂でテカテカと光っている。
実家が肉屋だという張飛の炙り加減は絶妙だった。美味いだけでなく、力が湧き上がってくる感じがする。
桃花はその脂をわざとはしたなく舐め、そこから力をもらった気持ちになって口を開いた。
「……嫌いです。私にひどく当たる伯母様も、その言うことを聞く今の家も嫌い」
「お、いいぞいいぞ。もっと言え」
「嫌い、大嫌い……何が『選ばれた子』よ。そんな赤ん坊の時にされたことなんて知ったこっちゃないわよ。こっちは頼んでないし、恩着せがましいったらありゃしない」
「そうだ、その通りだぜ」
「だいたい嫁入り前だから痩せろってどういうことよ。世の中には痩せてる女は嫌だって男もいるじゃない」
「おう、俺も肉付きのいい女の方がいいな」
「でしょう?それなのに、なんで女っていうとすぐ痩せさせたがるかな。食べるのは素晴らしい!美味しいって素敵!お肉は正義!」
「そうだ!ついでに酒も正義だ!」
「もっと食べさせろおおおおお!!」
「もっと飲ませろおおおおお!!」
最後は妙な方向にそれた気もしたが、これまで経験したことのない絶叫を上げた桃花はやたらとスッキリした。
胸がすっと軽くなり、心が伸びをしたようにすら思える。今跳ねたら空まで飛べそうな気がした。
「……ふぅ。なんだかすごく楽な気持ちになりました。胸を縛ってた鎖が切れたみたいです」
「そりゃ良かったな。実際、いい顔してるぜ」
言われて桃花は自分の顔をつるりと撫でた。自分でも、こんな顔をしたことはなかったかもしれないと思う。
そこでふと張飛の方の絶叫に気がついた。
酒がどうのと言っていたが。
「あの……張飛さんはどうしてここに?」
その手に持つ酒瓶に目を落としながら尋ねた。
張飛はニヤリと笑ってそれを上げてみせる。
「分かったかもしれねぇが、これを飲むためだよ。俺の周りは今ちょっと大変な時でな。失敗が許されないから、酒で失敗したことのある俺には禁酒命令が出てんだ」
「そうですか、それで隠れ酒を……」
「お、隠れ酒っていい響きだな。乙な感じがする。でもこれっぱかしの量じゃなぁ」
酒瓶は小さく、しかも張飛の手が大きいため可哀想なくらい貧相な量に見えた。
だから舐めるように飲んでいたのだ。
「八方手を尽くしてもこれだけしか持ち出せなかった。肉とか食いもんならいくらでも持ち出せるんだけどな」
「私と逆ですね。食べ物なんかは持ち出せませんけど、お酒の管理は私の仕事になってるから多少ならごまかせるんです」
と、桃花はそう言ってから、ふと思いついた。
そしてそのハッとした表情は、張飛の顔に浮かんだものと全く同じだった。
「おい、桃花」
「張飛さん」
みなまで言わずとも、二人は視線を交わしただけで合意を得られた。
そして口元によく似た笑みを浮かべ、ガシッと手を握り合う。
「取引」
「成立ですね」
張飛は酒を舐めるように飲みながら、桃花に大きくうなずいてくれた。
二人は焚き火を囲んで話をしている。
なぜこんなに空腹なのか尋ねられた桃花は事情を説明した。
身内の恥になりかねない内容だが、明かしているのは自身の名前だけで夏侯の姓は出していない。
だからまぁいいかと思い、包み隠さず話をした。
(お肉をいただいたし)
そのことに対する感謝も大きい。この娘にとって一食の恩は果てしなく大きいのだ。
ただし、桃花としては伯母をただ悪者にしてはいけないとも思う。
「ですが先ほどお話した通り、私は伯母様の子供を差し置いて生き延びているわけですから」
桃花はそのことも話していた。
それを話さなければ、伯母は本当にただのひどい養母になってしまう。
しかし張飛はそれを聞いた上で、やはりひどい養母だと思った。
「でもそれは桃花の知ったことじゃねぇだろ。頼んだわけでもねぇし」
桃花は苦笑した。
これくらい堂々とものを言える人間なら、自分の人生ももう少し違っていたのではないかと思う。
「そ、そうかもしれませんが……」
「『かも』じゃねぇよ。その通りの話だろ」
「ですが、感謝はあっていいと思います」
「俺もそれはそうだと思うよ。でもな、桃花が助けられたからって今いじめられていい理由になんてならねぇよ」
「…………」
桃花はその通りだと思っても、肯定の返事は返せなかった。
これまでの人生、ずっとそういう理屈に蓋をしてきたのだ。
その蓋は伯母から繰り返し刻み込まれた罪悪感でできている。
『私は従兄の命を奪って生きているんだ』
そういう罪の意識を捨てられないから、伯母や夏侯の家を否定することなど口にできない。
そんな桃花へ、張飛は胸を突き刺すような言葉を向けた。
「伯母さんのこと、嫌いだろ?その言うことを聞いてる今の家も」
「え?えっと……その……」
「はっきりそう言えよ。俺は悪口は良くねぇと思うし、『嫌い』って言葉はできるだけ口にするべきじゃねぇと思う。けどな、なんとなくだが、桃花はそれを言えねぇから人間として縮こまってるように感じるぜ?」
桃花はそうかもしれないと思った。
罪の意識が伯母や家に対する否定を禁じ、否定できないから罪の意識も捨てられはしない。
罪の重さは自分の中で日々大きくなっていく気がする。
その重さで桃花の心は鈍重になり、飛びたいのに飛び立てない。
そんな自覚があった。
表情を固くする桃花へ、張飛は酒をチビリと舐めてから言葉を重ねた。
「知ってるか?感謝は人を大きくするが、罪悪感は人を小さくするんだぜ。その二つをちゃんと区別して持たねぇとな」
「感謝と罪悪感の区別、ですか……」
「そうだ。だから思いきって口に出しちまえよ。心の壁をぶっ壊すんだ。ぶん殴ってやるくらいの気持ちで言うといいぜ」
殴ると言われ、桃花は自分の両手に目を落とした。
その指先は干し肉の脂でテカテカと光っている。
実家が肉屋だという張飛の炙り加減は絶妙だった。美味いだけでなく、力が湧き上がってくる感じがする。
桃花はその脂をわざとはしたなく舐め、そこから力をもらった気持ちになって口を開いた。
「……嫌いです。私にひどく当たる伯母様も、その言うことを聞く今の家も嫌い」
「お、いいぞいいぞ。もっと言え」
「嫌い、大嫌い……何が『選ばれた子』よ。そんな赤ん坊の時にされたことなんて知ったこっちゃないわよ。こっちは頼んでないし、恩着せがましいったらありゃしない」
「そうだ、その通りだぜ」
「だいたい嫁入り前だから痩せろってどういうことよ。世の中には痩せてる女は嫌だって男もいるじゃない」
「おう、俺も肉付きのいい女の方がいいな」
「でしょう?それなのに、なんで女っていうとすぐ痩せさせたがるかな。食べるのは素晴らしい!美味しいって素敵!お肉は正義!」
「そうだ!ついでに酒も正義だ!」
「もっと食べさせろおおおおお!!」
「もっと飲ませろおおおおお!!」
最後は妙な方向にそれた気もしたが、これまで経験したことのない絶叫を上げた桃花はやたらとスッキリした。
胸がすっと軽くなり、心が伸びをしたようにすら思える。今跳ねたら空まで飛べそうな気がした。
「……ふぅ。なんだかすごく楽な気持ちになりました。胸を縛ってた鎖が切れたみたいです」
「そりゃ良かったな。実際、いい顔してるぜ」
言われて桃花は自分の顔をつるりと撫でた。自分でも、こんな顔をしたことはなかったかもしれないと思う。
そこでふと張飛の方の絶叫に気がついた。
酒がどうのと言っていたが。
「あの……張飛さんはどうしてここに?」
その手に持つ酒瓶に目を落としながら尋ねた。
張飛はニヤリと笑ってそれを上げてみせる。
「分かったかもしれねぇが、これを飲むためだよ。俺の周りは今ちょっと大変な時でな。失敗が許されないから、酒で失敗したことのある俺には禁酒命令が出てんだ」
「そうですか、それで隠れ酒を……」
「お、隠れ酒っていい響きだな。乙な感じがする。でもこれっぱかしの量じゃなぁ」
酒瓶は小さく、しかも張飛の手が大きいため可哀想なくらい貧相な量に見えた。
だから舐めるように飲んでいたのだ。
「八方手を尽くしてもこれだけしか持ち出せなかった。肉とか食いもんならいくらでも持ち出せるんだけどな」
「私と逆ですね。食べ物なんかは持ち出せませんけど、お酒の管理は私の仕事になってるから多少ならごまかせるんです」
と、桃花はそう言ってから、ふと思いついた。
そしてそのハッとした表情は、張飛の顔に浮かんだものと全く同じだった。
「おい、桃花」
「張飛さん」
みなまで言わずとも、二人は視線を交わしただけで合意を得られた。
そして口元によく似た笑みを浮かべ、ガシッと手を握り合う。
「取引」
「成立ですね」
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