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蜀
食
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「……?」
許靖は耳に入った軽い音に疑問を感じた。
もし自分の首が床に落ちる音が聞こえたなら、もっと大きな太い音がするだろうと思っていたのだ。
(しかし、首など斬られたことがないからな……斬られた側はこんなものなのかも知れない)
許靖は冷静にそう思った。
いや、冷静ではなかったかもしれない。冷静であれば、自分の頭と胴がまだ繋がっていることにすぐ気づいただろう。
しばらくの時間を置いて、許靖はようやく自分を縛っていた縄が床に落ちていることに気づいた。先ほどの軽い落下音は縄が斬られて落ちた音だった。
許靖がゆっくりと顔を上げた。剣を握った劉璋と目が合う。
「許靖殿、今日は食事を摂りましたか?」
劉璋はごく普通の口調でそう尋ねてきた。
言われてみれば、昨晩から何も食べていない。
「いえ……何も口にしておりません」
劉璋はうんうんとうなずいた。
「そうでしょう、そうでしょう。誰か、厨房に食事を用意させるよう伝えてください。二人分です」
劉璋の命令を受けて、従者の一人が出て行った。
しかし、許靖としては食事なんぞの話をしに来たわけではない。それこそ戦、人倫、民という大きなものを背負って来たつもりだった。
「劉璋様、食事などどうでも良いのです。私は……」
「食事はどうでも良いものではない!!」
劉璋は誰も聞いたことがないほどの大音声でそう叫んだ。
許靖どころか長く仕えた従者でさえ、これほど声を荒げた劉璋を見たことがなかった。
「……食は全ての源です。人が生きる源であるだけではない。戦も政治も経済も、その源は全て食なのですよ。人が皆満足に食べられれば戦など起きないし、政治も経済もそも人が満足に食べるための機構を整えるために作られたものです」
劉璋は切々と語った。それはこの刺史にとって、治世の原理と言ってもよいものだった。
考えてもみれば、これほど民に優しい原理もないだろう。
「許靖殿、まずは腹を満たしましょう。そうでなければ、ろくな考えには至りません。それこそ戦とて満腹な時に検討すれば、起こそうなどとはなかなか思えないはずです」
この勢いでこうまで言われた許靖には、
「はい」
と答える以外の選択肢はなかった。
許靖は耳に入った軽い音に疑問を感じた。
もし自分の首が床に落ちる音が聞こえたなら、もっと大きな太い音がするだろうと思っていたのだ。
(しかし、首など斬られたことがないからな……斬られた側はこんなものなのかも知れない)
許靖は冷静にそう思った。
いや、冷静ではなかったかもしれない。冷静であれば、自分の頭と胴がまだ繋がっていることにすぐ気づいただろう。
しばらくの時間を置いて、許靖はようやく自分を縛っていた縄が床に落ちていることに気づいた。先ほどの軽い落下音は縄が斬られて落ちた音だった。
許靖がゆっくりと顔を上げた。剣を握った劉璋と目が合う。
「許靖殿、今日は食事を摂りましたか?」
劉璋はごく普通の口調でそう尋ねてきた。
言われてみれば、昨晩から何も食べていない。
「いえ……何も口にしておりません」
劉璋はうんうんとうなずいた。
「そうでしょう、そうでしょう。誰か、厨房に食事を用意させるよう伝えてください。二人分です」
劉璋の命令を受けて、従者の一人が出て行った。
しかし、許靖としては食事なんぞの話をしに来たわけではない。それこそ戦、人倫、民という大きなものを背負って来たつもりだった。
「劉璋様、食事などどうでも良いのです。私は……」
「食事はどうでも良いものではない!!」
劉璋は誰も聞いたことがないほどの大音声でそう叫んだ。
許靖どころか長く仕えた従者でさえ、これほど声を荒げた劉璋を見たことがなかった。
「……食は全ての源です。人が生きる源であるだけではない。戦も政治も経済も、その源は全て食なのですよ。人が皆満足に食べられれば戦など起きないし、政治も経済もそも人が満足に食べるための機構を整えるために作られたものです」
劉璋は切々と語った。それはこの刺史にとって、治世の原理と言ってもよいものだった。
考えてもみれば、これほど民に優しい原理もないだろう。
「許靖殿、まずは腹を満たしましょう。そうでなければ、ろくな考えには至りません。それこそ戦とて満腹な時に検討すれば、起こそうなどとはなかなか思えないはずです」
この勢いでこうまで言われた許靖には、
「はい」
と答える以外の選択肢はなかった。
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