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洛陽

花神の御者

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「これだけあればきっと優しくて、格好良くて、お金があって、頼りがいのある人が見つかりますね」

 小芳はそういって男の山の方を読み漁った。

 一つ一つを熟読してから仕分けしていき、小さな山と大きな山とが出来上がった。そして、小さな山を指さして許靖に要求した。

「こっちの方の人たちと会わせてください」

 小さな山の方が、小芳選抜の男性陣らしい。

 ただし、小芳は男たちと会わせてもらうよう要求はしたが、許靖に自分と合いそうな人間を見繕ってくれるようには頼まなかった。

 自分の結婚相手だ。自分で選びたいというのがその理由だった。

「でも、もし私が選んだ人が駄目男だったらその時は止めてください。正直失敗は怖いので。あと、私が選んだ人には私を強烈に勧めてください」

 なんとも都合のいい話だったが許靖は、

「はい」

と返事する他なかった。

 この話を持って来た時、小芳は酒を持ち込んでしたたかに酔っていた。

 酒の入ったこの小娘には極力逆らうべきではないということを、許靖はすでに学んでいる。小芳もそれが分かっていて、あえて酒を持ってきたのだろう。

「縁談候補の女性を紹介する前に、あなた自身の人となりを鑑たい」

 後日、許靖にそう言われて三十人ほどの男がやって来た。

 場所は王順の店だ。中庭を借りて、短時間ではあったが一人一人が順番に許靖と話をした。

 その様子を小芳が給仕のふりをして近くで見るわけだ。その後で小芳が気になった人間だけを別室に呼び、直接話をしてみることになっていた。

 が、意外なことに小芳が選んだ男は一人だけだった。

 そしてその一人こそが、許靖が見たところ小芳に最も合うと思った男だった。

 それが陶深トウシンだ。

 陶深は豫州では有名な陶工の次男で、両親が息子を心配して許靖に嫁探しを依頼してきていた。

 なんでも陶深は職人としての修行をするため、近く洛陽に居を移す予定があるらしい。

 しかしこの次男坊は職人として仕事はできるものの、それ以外の物事に興味が薄い。日常的な生活力が皆無とのことだった。

 独居させるとしたら、散らかり放題の家や健康などまるで考えない粗食の様子が簡単に想像できるという。

 妻でもめとって一緒に暮らせれば安心なのだが、なかなか洛陽に行く前提で嫁が見つからない。それで、縁談希望者の卸問屋のようになっているという噂の許靖に、うまく転居もしてくれる女性がいたら紹介してくれるよう頼みこんでいた。

 小芳も、花琳と共に洛陽へ移住する前提で相手を探している。この点は渡りに船だった。

 二人は別室でしばらく話をしていたが、小芳が途中席を立ち、許靖のところへと駆けてきた。

 頬を赤らめて、視線を床に這わせながら尋ねてくる。

「……どう思います?」

「ご心配なく。少なくとも駄目男ではありません。むしろ誠実な方ですよ」

 日常の生活力が無い点は駄目男だろうが、小芳はずっと花琳付きの従者として暮らしてきた娘だ。

 むしろ、誰かの身の回りのことをすることで落ち着けるようなところがある。そこは減点にせずとも良さそうだった。

「そうですか……あまり許靖さんの意見は聞くまいと思っていたんですが、実際のところ相性ってどうですか?」

 あらかじめ断っていたものの、やはりいざとなれば気になるものなのだろう。

 許靖は微笑んで答えた。

「おそらく、小芳さんが今感じている感情に間違いはありません」

 正直なところ、頼りがいという点では小芳の条件を満たしていない可能性はあったが、それは本人も分かっているだろう。

(色恋沙汰に関しては、実際の相手に会う前に考えていた条件などほぼ意味はない)

 許靖にはそういう持論があった。そして、それは多くの場合正しい。

「……じゃあ、よろしくお願いしますっ」

 小芳はそう言って宙を押すような恰好をした。陶深に自分のことを強く推しておいてくれ、という意味だ。

 しかし許靖がそのようなことをせずとも、陶深は陶深で完全に小芳に惚れてしまったようだった。

 本人同士の面会が終わった後、再び許靖と話をした陶深は、

「彼女は普段、どのような装飾品を付けていますか?」

などと尋ねてきた。おそらく自分の手で小芳のために作る宝飾品のことを、すでに考え始めているのだろう。

 許靖は花琳を呼んで、小芳の好みなどを答えてもらった。そして、あとは気持ち程度に小芳のことを勧めておいた。

 その後は許靖が特に何もせずとも、トントン拍子で二人の縁談はまとまっていった。

 婚礼に関してはまた王順が随分と支援をしてくれて、小芳は無事に美しい花嫁となった。

 許靖は美雨の時と同じように花車の御者を勤めたが、花車の出来が良かったこともあり、随分とまた注目を浴びた。

 そして、そこからが許靖にとって激務の始まりだった。

 陶深以外の男たちも呼ぶだけ呼んで紹介がないでは申し訳ないので、女性の方も同じぐらいの人数を鑑て、それぞれに合いそうな人間がいれば紹介してやった。

 しかし、それでもあぶれる者もいる。それを何とかしようと他の女性たちにも会い、そうすると今度は女性陣の方にあぶれる者がいて、そのためにまだ会っていない男性たちに会い……となると、延々と人を鑑ては紹介をし、紹介をしては人を鑑る、ということを繰り返すようになった。

 一体、何十組の縁談の仲立ちをしただろうか。もしかしたら百を越えていたかも知れない。

 許靖の紹介で結婚した男女は皆、婚礼において一点だけ必ず同じことをした。花車の儀式だ。

 美雨の時も小芳の時も王順が立派な物を用意したせいで、誰もがそれに憧れた。

 小芳の時など新郎新婦ともに職業柄、美的感覚に優れているものだから、二人で企画してそれは見事な花車になった。しばらく街の語り草となったほどだ。

 そうして、いつしか許靖は『花神の御者』の二つ名で呼ばれるようになっていった。

 全ての婚礼で許靖が花車の御者をしたわけではなかったが『馬車に花を咲かせる者』という意味で、許靖は結婚請負人のような認識を持たれたのだ。

 花で飾られた馬車に新婦が運ばれるのを見る度、人々はその名を口にした。

「また『花神の御者』の手引きかね?」

「そうらしいよ」

「それじゃ相性は間違いないね」

 許靖が紹介した男女はほとんどの場合上手くいっているようだった。

 一部、親族などと関係が悪くて破断や離縁になったものもあったが、少なくとも紹介した二人の仲自体は良かったようだ。

 中には周囲に反対されて駆け落ちしてしまった二人もいたほどで、そんな噂も花神の御者の評判を上げることに繋がってしまっていた。

(だが、キリがない。一体いつまで続ければいいのだ……)

 そう思って絶望している頃に、劉翊からの孝廉こうれんで洛陽への転居が決まった。

 孝廉に挙げられると言えば大変な名誉だったが、それよりも何よりも終わりの見えない紹介地獄から抜け出せることが許靖にとってはありがたかった。


***************


(願わくば、『花神の御者』の名が洛陽まで届きませんように)

 現在もそう思いながら日々生活している。今のところ、この手のことで人を鑑ることはあまりなかった。

 花神の御者と呼ばれていた時代からもう随分経つが、今でもその二つ名で呼ばれることは許靖にとって恐怖だ。

(新しい家庭を築く手伝いをしてこれたこと自体は誇らしく思えるが……)

 今、目の前でも許欽キョキン芽衣メイとが仲良くじゃれあっている。今日はいないが、習平と美雨の子供もよく一緒に遊んでいた。

 とても幸せな日常だと思う。

 客の食べ終えた卓をてきぱきと片づけていた美雨も、子供たちの微笑ましい様子に笑みをこぼしながら許靖に声をかけた。

「許靖さんのお客様はいつも通り二階の個室でお待ちです。今日もお酒はいいんですよね?」

 許靖は美雨の確認にうなずいた。

「ええ、結構です。あの連中となら酒無しで十分話せる。それに、今日はちょっと真面目な話なので」

 今日店に来たのは、許靖が知人たちと会合をするためだった。

 普段の食事でも良く使う店だったが、知人との集まりにもよく利用していた。大きな店ではないが、半分親戚のような店なので融通も利かせてもらえるし、何より美雨の料理はとても美味かった。

 許靖は二階の個室で会合し、花琳と許欽は奥の座敷で小芳一家と食事をする。これまでも何度かそのようなことがあった。

「料理はすぐお持ちした方が?」

「お昼時でお店も忙しいでしょう。ゆっくりで結構ですよ」

 二階で待つ知人たちは皆、許靖よりも年下で若い。腹を減らしているかも知れないが、今日は許靖のおごりだ。多少待たせてもいいだろう。

 そんなことを思いながら、許靖は階段を上っていった。
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