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ここまでのおさらい、治打撲一方4
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月子はスライムのチャームを両手でギュッと握りしめていた。景からもらったチャームだ。
洋菓子店のコラボ商品で、言ってみればおまけのようなものではあるのだが、その割には精巧に作られている。
ただ実際のところ、作りなど月子にとっては問題ではなかった。景が初めてくれたプレゼントであるということが重要なのだ。
「景君……」
小さくつぶやき、チャームの表面を指先で撫でた。
景は今、蚩尤の軍とたった一人で戦っているらしい。
(私たちのせいだ)
そう思う。
現実主義者の景であれば、わざわざ蚩尤と対立することは選ばなかったのではないか。
しかし月子と由紀が蚩尤に従うことを拒んだことで、景を巻き込んでしまったのだ。
しかもあの後、蚩尤は配下たちに景を殺しても構わないと言っていた。もちろん生け捕りにできるのならそれが一番だが、殺す気でかかるのが彼の戦意に対する敬意だというようなことを話していた。
自分の言動のせいで、大切な人が死ぬかもしれない。その現実が月子の胸に重くのしかかり、表情を暗く曇らせた。
「月子お姉ちゃん、はいどうぞ」
由紀が月子の前に暖かいココアを置いてくれた。
ひんやりとした地下室の空気に甘い湯気が溶けていく。
「ここ、ジュース飲み放題だよ」
そう言ってニコリと笑った。
蚩尤に殴りつけられてからさほども経っていないのに、由紀は笑うことができている。それが月子には不思議だった。
まだ八歳であることを思えば異常なことだろう。
しかし、由紀はこれまでも病邪を相手に傷つきながら戦ってきた。もちろん辛いことではあったが、辛くとも戦い続けることを両親の仏前に日々誓っているのだ。
だから本心ではまだ動揺していても、無理に笑って明るく振る舞うことにしていた。
そんな二人は今、蚩尤の医聖たちが普段使っている食堂にいる。
立場的には牢にでも放り込まれて仕方がないし、実際にこの地下基地には牢もあるらしい。
しかし蚩尤の命により、快適な食堂で過ごすことになっていた。
『まぁ、彼が来るまでゆっくりしていなよ。生きて来られれば、だけど』
そう言った蚩尤の笑顔は、それまでの暴力が幻だったのではないかと思うほど柔らかいものだった。
もちろん監視付きではあるが、好きに飲み食いしていいとも言われている。
今は全軍が景への対応で出動しているため料理人はいないのだが、ドリンクサーバーは使い放題だ。
由紀は小学生らしく、早速ポチポチとボタンを押してジュースを混ぜ、オリジナルドリンクを作っていた。
それを見た樹里が、
『私もよくやってたわー』
と言って笑っていた。
月子をさらってきた縁があるからでもないだろうが、二人の監視役には樹里が付けられている。
この派手な女は基本的には社交性が高く、二人とは同性でもある。そして何よりその実力があれば、二人が妙な気を起こしたとしても十分に対応できるだろうと考えての配置だった。
「ありがとね、由紀ちゃん」
月子は礼を言ってココアに口をつけた。
甘い。温かい。優しい香りに癒やされる。
月子は感謝を込めて、由紀の頭をそっと撫でた。
それから先ほど蚩尤に殴られた頬に手を触れる。
当然青あざになって腫れていたのだが、今はそこに傷は無い。きれいに消えていた。
漢方には打ち身に効く薬もあるらしく、岡本玄二という大隊長兼四天王だという男が二人の傷を癒やしてくれた。
玄二には肩書き通りの力があるようで、本当によく効いた。
(あの人は優しそうな人だったな)
月子も由紀もそう思ったが、それでも蚩尤の部下だ。二人が殴られていた時にも止めなかったことを考えても、やはり敵だと思って間違いないのだろう。
由紀は月子に頬を撫でられるに任せながら、ニコリと笑った。
「大丈夫だよ。景お兄ちゃんはとっても強いでしょ?悪者の軍団なんか、みんなやっつけてくれるから」
月子には由紀の曇りのない瞳が眩しかった。しかもこの子は自分のことを気づかって、慰めてくれている。
(私も景君をただ信じればいいのかな?)
そんな風に思ってみるが、二十歳を超えた女としては理屈も抜きに思い込めない。客観的に見た戦力差は、もはや戦いと言えるものではないほどなのだ。
だから月子は答える代わりに、由紀のことを無言で抱きしめた。
由紀も本心では不安だから、月子の背中に腕を回して抱き返してくれた。
その背中に、場違いな明るい声が降りかかった。二人の監視役である樹里の声だ。
「マジでマジで!?すごいじゃん!ちょっと信じられないくらいなんですけど!」
樹里は食堂の隅で誰かと電話をしていた。やたらテンションが高い。
会話の詳しい内容までは分からなかったが、外で行われている戦闘についてということは分かった。
つまり景と蚩尤軍の戦いだ。その状況を知っている人間と話しているらしい。
樹里の言葉の端々から察するに、景はまだやられていないらしい。
というか、かなり善戦しているようだ。そしてなぜか敵方であるはずの樹里がそのことを喜んでいるようなのだった。
「じゃ、死なないように頑張ってねー」
樹里は通話を終えると、興奮気味に月子たちの所へ歩いてきた。
そして頬をやや紅潮させながらまくし立てる。
「ねぇねぇ聞いてよ!景君ね、一人もう大隊二つを潰しちゃったんだって!」
(どうしてこの人は自分の味方がやられてるのに嬉しそうなのかな?)
小学生の由紀は真っ当にそう思ったのだが、月子の考えたことはだいぶ違う。
むしろ大人であるはずの月子の方が筋道の外れたことを思った。
(お前が景君って呼ぶな)
もちろんファーストネームに君付けは、そう特別な呼び方というわけでもない。しかしそんな冷静で常識的な思考は浮かばなかった。
(景君とはほとんど初対面……っていうか正確には会ったこともないよね?馴れ馴れし過ぎるでしょ。名字で呼ぶのが普通じゃない?)
ついジロリと睨んでしまうが、興奮した樹里は気にした様子もない。上機嫌に舌を回し続けた。
「いやー景君って本当に強いねー、この調子じゃホントに一人で勝っちゃうんじゃないかな」
「……景お兄ちゃんが勝ってもいいの?」
首を傾げた由紀が当然の疑問を口にした。
樹里はニコニコしながら答える。
「私的には景君が勝ってくれるのも全然アリだよ。だって私と景君が結婚したら、結局は私たち夫婦が最強になるだけだから」
出会って間もない、というか正確にはまだ会ったことすらないのに、結婚という単語まで出てきた。
そのことに由紀は困惑し、小学生なりにこれはちょっと異常なことなのではないかと眉をひそめた。
そして月子はと言うと、もはや困惑を通り越して、敵愾心とも言えるほどの苛立ちに苛まれていた。
無意識にこめかみがピクピクと揺れている。
「け、景君との結婚が決定事項になってるのは、何でなのかな?」
頑張って笑顔を作って聞いてみた。
ただしギョッとした由紀の表情を見る限り、上手く作れてはいなかったようだが。
「えー?決定事項っていうか、好き好きアピールされた方が恋愛感情は抱きやすいでしょ?そりゃ追いかけたい、追いかけられたいっていうのは人それぞれだけど、少なくともただの友達ですって顔されるよりは意識してくれるだろうし」
樹里の言葉がグサリと月子の胸に突き刺さる。
まともな恋愛経験など無い自分だが、そういえば少女漫画にもそんな事が書いてあった。
果たして自分は今まで、景に好意をアピールできていただろうか?
「あと、周りへの牽制にもなるし」
一言付け加えた樹里は、明らかに意味ありげな視線を月子に投げて寄越した。
その視線に敵愾心を煽られた結果、月子の口調についトゲが出た。
「け……景君は軽い女とか、き、嫌いだと思うな」
お前は女として軽すぎるのではないか。
暗にそう言われた樹里だったが、こういう女だ。これまでにも似たようなことを言われた経験が幾度となくある。
その度に口にしてきた持論でもって言い返すことにした。
「なんか人のことよく知りもしないくせに軽い軽いって決めつけてくる女が多いんだよねー。でも私って付き合ったら尽くすタイプだし、絶対浮気とかしないし。むしろ私清楚系ですみたいな顔して、他の男から言い寄られたらすぐグラっとくるような女の方がよっぽど軽いんじゃない?」
それから月子へ小馬鹿にしたような目を向ける。
「ほら、誰とは言わないけど非モテ系の女ってさぁ、オシャレとか足りてないだけなのに清楚だと勘違いされたりするじゃん。でもそういう奴らって男慣れしてないから、彼氏ができても他の男から色目を使われたらすぐになびいちゃうわけよ。誰とは言わないけど」
二度繰り返されれば、誰のことを言われているのかは分かる。
確かに自分は非モテ系で男慣れしてはいないが、見た目だけでそこまで言われるのは心外だった。
「わ、私だって浮気なんてしないし!」
「何?あんた、景君の彼女なの?」
突然の核心を突いた質問に、月子は言葉に詰まってうつむいた。
嘘をついてでもこの女の景狙いを止めたい気持ちはある。
しかしその一方で、年齢イコール彼氏いない歴の女としては、嘘で彼氏がいると言うことはとても恥ずかしいことな気がした。
「ち、違うけど……」
不承不承そう答えると、樹里は勝ち誇った笑みを浮かべた。別に自分が彼女というわけでもないのにだ。
そんな二人の間に立つ由紀は視線をせわしなく行き来させ、意を決して声を上げた。
「……つ、月子お姉ちゃんと景お兄ちゃんはまだ恋人同士じゃないけど、とっても仲良しなんだよ!」
幼いなりに空気を読み、身内にフォローを入れたのだ。できる子供である。
しかもそれは月子にとって非常に嬉しい言葉だった。特に『まだ』恋人同士じゃないという部分は最高だ。
ここから無事に出られたら、何かお菓子でも買ってあげようと思った。
「その可愛いスライムだって景お兄ちゃんからのプレゼントなんだから!」
由紀は少し前、月子が大事に握り続けているチャームについて尋ねていた。
そして景からのプレゼントだと答えた月子の顔はとても嬉しそうだった。
言われて樹里は月子の手の中にあるスライムのチャームへと目を向けた。
どこかで見たことあると思ったら 、SNSで話題になっていた洋菓子店とゲームとのコラボ商品だ。
「ふん、何よそんなの。お菓子のおまけじゃない」
そう口にしてから、意外にも精巧な作りが目についた。
正直なところ、思った以上にだいぶ可愛い。ゲームのキャラクターではあるが、作りが良いので安っぽさが一切ない。
お菓子のおまけと言うには物が良く、実際にそれなりの金をかけて作られていることがよく分かった。
「お、おまけでもなんでも、景君がくれたんだから」
月子としては、それが重要なのだ。堂々と持ち上げて見せた。
その態度が樹里からすれば癇に障る。
無言で素早くチャームを取り上げて、肩越しに後ろへポイと投げ捨てた。
「ああっ!」
チャームは壁に当たり、カランと音を立てて床に落ちた。
月子が悲鳴を上げ走り寄る。
そして四つん這いになってチャームを拾おうとする直前、樹里が一瞬で月子を追い越して目の前に立った。
樹里は二人の監視としてここにいるのだから、当然常時闘薬術を発動している。腰に葛根刀を下げ、いつでも不測の事態に対処できるようにしているのだ。
その身体強化でもって動けば、これくらいの芸当は難しくない。
「こんなもんくらいで調子に乗ってんじゃないよ」
そう吐き捨ててから、これ見よがしに足を上げた。
そして有無を言わさずその足を叩き落とす。その下にあるものは、もちろんスライムのチャームだ。
「……っ!」
ブーツの硬い靴底に踏みつけられ、ガチリと音が鳴った。
月子はショックで声も出ない。
しかも樹里は踏んだままの靴底を横に滑らし、チャームを部屋の隅まで弾いた。
月子は四つん這いになったまま、慌ててそれを追う。
その姿が可笑しかったようで、樹里はその尻に向けて勝ち誇った笑い声を浴びせかけた。
「アハハハ!」
「ひどい!」
由紀がその非道を責めたが、樹里は無視して笑い続ける。
敵対する者には力を見せつけるのが肝要だ。特に弱者には自分の立場を分からせ、舐められないようにするのが良い。
樹里が生きてきたのは、そういう環境だった。
まだ十年と経っていない昔、学力の低かった樹里は、地元でも屈指の荒れた高校に進学した。今時珍しいヤンキー高校だ。
当時まだ地味で大人しかった樹里は、そこでいじめに遭った。見た目と言動、そして気弱な態度から、ヒエラルキーの下に位置する女だと認定されたのだ。
聞えよがしに陰口を叩かれ、無視され、物が無くなることもよくあった。
とても辛かったのだが、二年生になるとその状況が一変することになる。彼氏ができたのだ。
その彼氏はヤンキー高校の頂点に立つ不良で、古風な言い方をすれば番長のような男だった。
そんな男がなぜ樹里を好きになったのか、正確なところは本人でないと分からないのだが、樹里の体が女らしく成長したことと無縁ではないのだろう。樹里自身もそう感じた。
その動機は女によっては嫌悪すべきものだったかもしれないが、樹里はただ喜んだ。いじめがパタリとなくなったからだ。
しかもそれからは、彼氏の取り巻きたちによって下にも置かない扱いを受けた。樹里をいじめていた女たちはそれを見てビビったのだろう、集団で謝られたりした。
樹里は気分が良かったが、その時に感じたのは単純な爽快感だけではない。
力を蓄えて己のヒエラルキーを上げていくこと、それはコミュニティの中で生きていく上で、とても重要なことなのだ。そう理解した。
その力は自分自身のものでなくとも良い。彼氏や親しい友人など、自分を助けてくれる人の力でも生じる結果は変わらない。
そういった現実を理解した樹里は高校卒業後、すぐに彼氏と別れた。
高校を出てから先、喧嘩の強さが力になることなどほとんどない。むしろ大人になれば手を出した時点で負けなのだから、喧嘩っ早いということは、弱いということですらある。
そういう考えが根底にあるから、ここは月子を萎縮させて自分に歯向かわないようにするのが良いと考えた。それでヒエラルキーが確定するだろう。
もし逆に反発して攻撃してくるなら、それもいい。この女の医聖としての実力は、中の下程度と聞いている。
ならば闘薬術を発動したところで自分に勝てるはずがない。完膚なきまでの敗北を味わわせ、ヒエラルキーを分からせるのだ。
(さーて、この地味な女はどっちにするかな?)
樹里はそんな目で月子の様子を眺めている。
当の月子はというと、そんな視線などどうでも良いというように、ひたすらチャームに指を這わせたり、顔にぐっと近づけて凝視したりしている。
そしてよく耳を澄ますと、早口で何かブツブツとつぶやいているのが聞こえた。
「ああっ、曲がってる!それに傷!こんな傷なかったよね、絶対なかった……どうしよう……直るのかな?どこに持って行ったらいいのかな?買ったお店?でもお菓子屋さんは修理なんかやってないよね……だったらプロ?金属加工のプロ……板金屋さん?いや、確かアクセサリーは彫金師って聞いたことあるな……」
一人つぶやき続ける月子の顔面は蒼白になっていた。本当に大切なものだったのだ。
それを傷物にされ、絶望にも似た嘆きが口からあふれている。
「あぁ……もぅ……どうしよう……初めてのプレゼントなのに……初めてだったのに……」
そんな月子のセリフを聞き、樹里はせせら笑った。
「はぁ?初めてのプレゼント?なーに少女漫画みたいなこと言ってんだか。これだから非モテ系の女は気持ち悪くっていけないわ。無駄にテンション上げ過ぎー」
月子はそんな風に馬鹿にされても、ただひたすらにチャームの傷を心配し続けている。自分が傷つけられることよりも、チャームの傷の方が一大事なのだ。
が、次に続く樹里の言葉は無視することができなかった。
「っていうかそれ、プレゼントじゃなくてお土産じゃない。そんなのに景君の気持ちがこもってるわけないでしょ」
ブチン
と、由紀の耳には何か切れる音が聞こえた気がした。
いや、実際には何も切れてはいないのだが、不思議なほどハッキリとそう聞こえた気がしたのだ。
その音が聞こえた気がする方向、月子の方からまたブツブツと早口のつぶやきが漏れる。
「……どうしようどうしようどうしようアレ……どうしたらいいのかな?何も知らないくせに、景君の気持ちとか言い出しちゃってる……もう我慢の限界……私の大切なもの取ろうとするし、壊すし……もぅ……いなく……なってくれないかな……」
そこまで言ってから、月子の目はふっと色を失った。
「そうだ、いなくなってくれればいいんだ……でもどうしたらいなくなるかな……お願いしたっていなくならないよね……じゃあ……壊す?……いいのかな?人間を壊したら犯罪だよね?……あ、でも正当防衛っていうのもあるし……正当防衛になるのかな?なるよね?だってこのチャーム、命より大切なものだし……命を傷つけられるのと同じだから、正当防衛だよね……じゃあ壊しちゃっていいかな?壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか……」
壊れたレコードのようになった月子を見て、由紀の肩がビクリと震えた。
底知れぬ恐怖を感じる。その目はまるで延々と続く暗い深淵のようだった。
「つ、月子お姉ちゃん……怖い……」
恐怖に引きつった由紀の声が耳に届き、月子はハッと振り向いた。
そして子供を怖がらせるのはいけないと笑顔を作り、手を振って見せる。
「え?何が?全然怖くないよ~、いつも通りの月子お姉ちゃんだよ~、ほらほら~、あはは~」
しかし相変わらず変に早口だし、目が一切笑っていないし、その目もどこか焦点が合っていないしで、大変に恐ろしい。
由紀の全身がガタガタと震え出した。
「な、何よあんた……超キモいんですけど……」
さすがの樹里も気味悪がって半歩後ずさった。
しかしそうしてからすぐに、下がらされた自分に気がついて腹が立ってきた。
(どうして私が格下相手に引かなきゃいけないのよ!)
そう思った途端、過去に自身が傷つけられた言葉が口をついて出てきた。いじめられていた時に言われて嫌だった言葉だ。
「キモいのがうつるから近づかないで!あんたはずっと部屋の隅っこにいなさい!」
言われた月子も昔、似たような言葉を何度も浴びせられていた。キモいのがうつる、ばい菌がうつる、臭いのがうつる、そんなひどいことを言われた。
そして自分は汚いものだと思い込み、人を避け続けて生きてきたのだ。
しかし景はそんな自分の手を握ってくれた。暖かくて優しい手だった。
月子はそれを思い出しながら、ユラリと立ち上がった。そして暗い穴のようになった目で樹里を見据える。
(こんな言葉を口にできる女が、景君に相応しいわけがない)
そう結論付け、決めた。
「よし、壊しちゃおう」
洋菓子店のコラボ商品で、言ってみればおまけのようなものではあるのだが、その割には精巧に作られている。
ただ実際のところ、作りなど月子にとっては問題ではなかった。景が初めてくれたプレゼントであるということが重要なのだ。
「景君……」
小さくつぶやき、チャームの表面を指先で撫でた。
景は今、蚩尤の軍とたった一人で戦っているらしい。
(私たちのせいだ)
そう思う。
現実主義者の景であれば、わざわざ蚩尤と対立することは選ばなかったのではないか。
しかし月子と由紀が蚩尤に従うことを拒んだことで、景を巻き込んでしまったのだ。
しかもあの後、蚩尤は配下たちに景を殺しても構わないと言っていた。もちろん生け捕りにできるのならそれが一番だが、殺す気でかかるのが彼の戦意に対する敬意だというようなことを話していた。
自分の言動のせいで、大切な人が死ぬかもしれない。その現実が月子の胸に重くのしかかり、表情を暗く曇らせた。
「月子お姉ちゃん、はいどうぞ」
由紀が月子の前に暖かいココアを置いてくれた。
ひんやりとした地下室の空気に甘い湯気が溶けていく。
「ここ、ジュース飲み放題だよ」
そう言ってニコリと笑った。
蚩尤に殴りつけられてからさほども経っていないのに、由紀は笑うことができている。それが月子には不思議だった。
まだ八歳であることを思えば異常なことだろう。
しかし、由紀はこれまでも病邪を相手に傷つきながら戦ってきた。もちろん辛いことではあったが、辛くとも戦い続けることを両親の仏前に日々誓っているのだ。
だから本心ではまだ動揺していても、無理に笑って明るく振る舞うことにしていた。
そんな二人は今、蚩尤の医聖たちが普段使っている食堂にいる。
立場的には牢にでも放り込まれて仕方がないし、実際にこの地下基地には牢もあるらしい。
しかし蚩尤の命により、快適な食堂で過ごすことになっていた。
『まぁ、彼が来るまでゆっくりしていなよ。生きて来られれば、だけど』
そう言った蚩尤の笑顔は、それまでの暴力が幻だったのではないかと思うほど柔らかいものだった。
もちろん監視付きではあるが、好きに飲み食いしていいとも言われている。
今は全軍が景への対応で出動しているため料理人はいないのだが、ドリンクサーバーは使い放題だ。
由紀は小学生らしく、早速ポチポチとボタンを押してジュースを混ぜ、オリジナルドリンクを作っていた。
それを見た樹里が、
『私もよくやってたわー』
と言って笑っていた。
月子をさらってきた縁があるからでもないだろうが、二人の監視役には樹里が付けられている。
この派手な女は基本的には社交性が高く、二人とは同性でもある。そして何よりその実力があれば、二人が妙な気を起こしたとしても十分に対応できるだろうと考えての配置だった。
「ありがとね、由紀ちゃん」
月子は礼を言ってココアに口をつけた。
甘い。温かい。優しい香りに癒やされる。
月子は感謝を込めて、由紀の頭をそっと撫でた。
それから先ほど蚩尤に殴られた頬に手を触れる。
当然青あざになって腫れていたのだが、今はそこに傷は無い。きれいに消えていた。
漢方には打ち身に効く薬もあるらしく、岡本玄二という大隊長兼四天王だという男が二人の傷を癒やしてくれた。
玄二には肩書き通りの力があるようで、本当によく効いた。
(あの人は優しそうな人だったな)
月子も由紀もそう思ったが、それでも蚩尤の部下だ。二人が殴られていた時にも止めなかったことを考えても、やはり敵だと思って間違いないのだろう。
由紀は月子に頬を撫でられるに任せながら、ニコリと笑った。
「大丈夫だよ。景お兄ちゃんはとっても強いでしょ?悪者の軍団なんか、みんなやっつけてくれるから」
月子には由紀の曇りのない瞳が眩しかった。しかもこの子は自分のことを気づかって、慰めてくれている。
(私も景君をただ信じればいいのかな?)
そんな風に思ってみるが、二十歳を超えた女としては理屈も抜きに思い込めない。客観的に見た戦力差は、もはや戦いと言えるものではないほどなのだ。
だから月子は答える代わりに、由紀のことを無言で抱きしめた。
由紀も本心では不安だから、月子の背中に腕を回して抱き返してくれた。
その背中に、場違いな明るい声が降りかかった。二人の監視役である樹里の声だ。
「マジでマジで!?すごいじゃん!ちょっと信じられないくらいなんですけど!」
樹里は食堂の隅で誰かと電話をしていた。やたらテンションが高い。
会話の詳しい内容までは分からなかったが、外で行われている戦闘についてということは分かった。
つまり景と蚩尤軍の戦いだ。その状況を知っている人間と話しているらしい。
樹里の言葉の端々から察するに、景はまだやられていないらしい。
というか、かなり善戦しているようだ。そしてなぜか敵方であるはずの樹里がそのことを喜んでいるようなのだった。
「じゃ、死なないように頑張ってねー」
樹里は通話を終えると、興奮気味に月子たちの所へ歩いてきた。
そして頬をやや紅潮させながらまくし立てる。
「ねぇねぇ聞いてよ!景君ね、一人もう大隊二つを潰しちゃったんだって!」
(どうしてこの人は自分の味方がやられてるのに嬉しそうなのかな?)
小学生の由紀は真っ当にそう思ったのだが、月子の考えたことはだいぶ違う。
むしろ大人であるはずの月子の方が筋道の外れたことを思った。
(お前が景君って呼ぶな)
もちろんファーストネームに君付けは、そう特別な呼び方というわけでもない。しかしそんな冷静で常識的な思考は浮かばなかった。
(景君とはほとんど初対面……っていうか正確には会ったこともないよね?馴れ馴れし過ぎるでしょ。名字で呼ぶのが普通じゃない?)
ついジロリと睨んでしまうが、興奮した樹里は気にした様子もない。上機嫌に舌を回し続けた。
「いやー景君って本当に強いねー、この調子じゃホントに一人で勝っちゃうんじゃないかな」
「……景お兄ちゃんが勝ってもいいの?」
首を傾げた由紀が当然の疑問を口にした。
樹里はニコニコしながら答える。
「私的には景君が勝ってくれるのも全然アリだよ。だって私と景君が結婚したら、結局は私たち夫婦が最強になるだけだから」
出会って間もない、というか正確にはまだ会ったことすらないのに、結婚という単語まで出てきた。
そのことに由紀は困惑し、小学生なりにこれはちょっと異常なことなのではないかと眉をひそめた。
そして月子はと言うと、もはや困惑を通り越して、敵愾心とも言えるほどの苛立ちに苛まれていた。
無意識にこめかみがピクピクと揺れている。
「け、景君との結婚が決定事項になってるのは、何でなのかな?」
頑張って笑顔を作って聞いてみた。
ただしギョッとした由紀の表情を見る限り、上手く作れてはいなかったようだが。
「えー?決定事項っていうか、好き好きアピールされた方が恋愛感情は抱きやすいでしょ?そりゃ追いかけたい、追いかけられたいっていうのは人それぞれだけど、少なくともただの友達ですって顔されるよりは意識してくれるだろうし」
樹里の言葉がグサリと月子の胸に突き刺さる。
まともな恋愛経験など無い自分だが、そういえば少女漫画にもそんな事が書いてあった。
果たして自分は今まで、景に好意をアピールできていただろうか?
「あと、周りへの牽制にもなるし」
一言付け加えた樹里は、明らかに意味ありげな視線を月子に投げて寄越した。
その視線に敵愾心を煽られた結果、月子の口調についトゲが出た。
「け……景君は軽い女とか、き、嫌いだと思うな」
お前は女として軽すぎるのではないか。
暗にそう言われた樹里だったが、こういう女だ。これまでにも似たようなことを言われた経験が幾度となくある。
その度に口にしてきた持論でもって言い返すことにした。
「なんか人のことよく知りもしないくせに軽い軽いって決めつけてくる女が多いんだよねー。でも私って付き合ったら尽くすタイプだし、絶対浮気とかしないし。むしろ私清楚系ですみたいな顔して、他の男から言い寄られたらすぐグラっとくるような女の方がよっぽど軽いんじゃない?」
それから月子へ小馬鹿にしたような目を向ける。
「ほら、誰とは言わないけど非モテ系の女ってさぁ、オシャレとか足りてないだけなのに清楚だと勘違いされたりするじゃん。でもそういう奴らって男慣れしてないから、彼氏ができても他の男から色目を使われたらすぐになびいちゃうわけよ。誰とは言わないけど」
二度繰り返されれば、誰のことを言われているのかは分かる。
確かに自分は非モテ系で男慣れしてはいないが、見た目だけでそこまで言われるのは心外だった。
「わ、私だって浮気なんてしないし!」
「何?あんた、景君の彼女なの?」
突然の核心を突いた質問に、月子は言葉に詰まってうつむいた。
嘘をついてでもこの女の景狙いを止めたい気持ちはある。
しかしその一方で、年齢イコール彼氏いない歴の女としては、嘘で彼氏がいると言うことはとても恥ずかしいことな気がした。
「ち、違うけど……」
不承不承そう答えると、樹里は勝ち誇った笑みを浮かべた。別に自分が彼女というわけでもないのにだ。
そんな二人の間に立つ由紀は視線をせわしなく行き来させ、意を決して声を上げた。
「……つ、月子お姉ちゃんと景お兄ちゃんはまだ恋人同士じゃないけど、とっても仲良しなんだよ!」
幼いなりに空気を読み、身内にフォローを入れたのだ。できる子供である。
しかもそれは月子にとって非常に嬉しい言葉だった。特に『まだ』恋人同士じゃないという部分は最高だ。
ここから無事に出られたら、何かお菓子でも買ってあげようと思った。
「その可愛いスライムだって景お兄ちゃんからのプレゼントなんだから!」
由紀は少し前、月子が大事に握り続けているチャームについて尋ねていた。
そして景からのプレゼントだと答えた月子の顔はとても嬉しそうだった。
言われて樹里は月子の手の中にあるスライムのチャームへと目を向けた。
どこかで見たことあると思ったら 、SNSで話題になっていた洋菓子店とゲームとのコラボ商品だ。
「ふん、何よそんなの。お菓子のおまけじゃない」
そう口にしてから、意外にも精巧な作りが目についた。
正直なところ、思った以上にだいぶ可愛い。ゲームのキャラクターではあるが、作りが良いので安っぽさが一切ない。
お菓子のおまけと言うには物が良く、実際にそれなりの金をかけて作られていることがよく分かった。
「お、おまけでもなんでも、景君がくれたんだから」
月子としては、それが重要なのだ。堂々と持ち上げて見せた。
その態度が樹里からすれば癇に障る。
無言で素早くチャームを取り上げて、肩越しに後ろへポイと投げ捨てた。
「ああっ!」
チャームは壁に当たり、カランと音を立てて床に落ちた。
月子が悲鳴を上げ走り寄る。
そして四つん這いになってチャームを拾おうとする直前、樹里が一瞬で月子を追い越して目の前に立った。
樹里は二人の監視としてここにいるのだから、当然常時闘薬術を発動している。腰に葛根刀を下げ、いつでも不測の事態に対処できるようにしているのだ。
その身体強化でもって動けば、これくらいの芸当は難しくない。
「こんなもんくらいで調子に乗ってんじゃないよ」
そう吐き捨ててから、これ見よがしに足を上げた。
そして有無を言わさずその足を叩き落とす。その下にあるものは、もちろんスライムのチャームだ。
「……っ!」
ブーツの硬い靴底に踏みつけられ、ガチリと音が鳴った。
月子はショックで声も出ない。
しかも樹里は踏んだままの靴底を横に滑らし、チャームを部屋の隅まで弾いた。
月子は四つん這いになったまま、慌ててそれを追う。
その姿が可笑しかったようで、樹里はその尻に向けて勝ち誇った笑い声を浴びせかけた。
「アハハハ!」
「ひどい!」
由紀がその非道を責めたが、樹里は無視して笑い続ける。
敵対する者には力を見せつけるのが肝要だ。特に弱者には自分の立場を分からせ、舐められないようにするのが良い。
樹里が生きてきたのは、そういう環境だった。
まだ十年と経っていない昔、学力の低かった樹里は、地元でも屈指の荒れた高校に進学した。今時珍しいヤンキー高校だ。
当時まだ地味で大人しかった樹里は、そこでいじめに遭った。見た目と言動、そして気弱な態度から、ヒエラルキーの下に位置する女だと認定されたのだ。
聞えよがしに陰口を叩かれ、無視され、物が無くなることもよくあった。
とても辛かったのだが、二年生になるとその状況が一変することになる。彼氏ができたのだ。
その彼氏はヤンキー高校の頂点に立つ不良で、古風な言い方をすれば番長のような男だった。
そんな男がなぜ樹里を好きになったのか、正確なところは本人でないと分からないのだが、樹里の体が女らしく成長したことと無縁ではないのだろう。樹里自身もそう感じた。
その動機は女によっては嫌悪すべきものだったかもしれないが、樹里はただ喜んだ。いじめがパタリとなくなったからだ。
しかもそれからは、彼氏の取り巻きたちによって下にも置かない扱いを受けた。樹里をいじめていた女たちはそれを見てビビったのだろう、集団で謝られたりした。
樹里は気分が良かったが、その時に感じたのは単純な爽快感だけではない。
力を蓄えて己のヒエラルキーを上げていくこと、それはコミュニティの中で生きていく上で、とても重要なことなのだ。そう理解した。
その力は自分自身のものでなくとも良い。彼氏や親しい友人など、自分を助けてくれる人の力でも生じる結果は変わらない。
そういった現実を理解した樹里は高校卒業後、すぐに彼氏と別れた。
高校を出てから先、喧嘩の強さが力になることなどほとんどない。むしろ大人になれば手を出した時点で負けなのだから、喧嘩っ早いということは、弱いということですらある。
そういう考えが根底にあるから、ここは月子を萎縮させて自分に歯向かわないようにするのが良いと考えた。それでヒエラルキーが確定するだろう。
もし逆に反発して攻撃してくるなら、それもいい。この女の医聖としての実力は、中の下程度と聞いている。
ならば闘薬術を発動したところで自分に勝てるはずがない。完膚なきまでの敗北を味わわせ、ヒエラルキーを分からせるのだ。
(さーて、この地味な女はどっちにするかな?)
樹里はそんな目で月子の様子を眺めている。
当の月子はというと、そんな視線などどうでも良いというように、ひたすらチャームに指を這わせたり、顔にぐっと近づけて凝視したりしている。
そしてよく耳を澄ますと、早口で何かブツブツとつぶやいているのが聞こえた。
「ああっ、曲がってる!それに傷!こんな傷なかったよね、絶対なかった……どうしよう……直るのかな?どこに持って行ったらいいのかな?買ったお店?でもお菓子屋さんは修理なんかやってないよね……だったらプロ?金属加工のプロ……板金屋さん?いや、確かアクセサリーは彫金師って聞いたことあるな……」
一人つぶやき続ける月子の顔面は蒼白になっていた。本当に大切なものだったのだ。
それを傷物にされ、絶望にも似た嘆きが口からあふれている。
「あぁ……もぅ……どうしよう……初めてのプレゼントなのに……初めてだったのに……」
そんな月子のセリフを聞き、樹里はせせら笑った。
「はぁ?初めてのプレゼント?なーに少女漫画みたいなこと言ってんだか。これだから非モテ系の女は気持ち悪くっていけないわ。無駄にテンション上げ過ぎー」
月子はそんな風に馬鹿にされても、ただひたすらにチャームの傷を心配し続けている。自分が傷つけられることよりも、チャームの傷の方が一大事なのだ。
が、次に続く樹里の言葉は無視することができなかった。
「っていうかそれ、プレゼントじゃなくてお土産じゃない。そんなのに景君の気持ちがこもってるわけないでしょ」
ブチン
と、由紀の耳には何か切れる音が聞こえた気がした。
いや、実際には何も切れてはいないのだが、不思議なほどハッキリとそう聞こえた気がしたのだ。
その音が聞こえた気がする方向、月子の方からまたブツブツと早口のつぶやきが漏れる。
「……どうしようどうしようどうしようアレ……どうしたらいいのかな?何も知らないくせに、景君の気持ちとか言い出しちゃってる……もう我慢の限界……私の大切なもの取ろうとするし、壊すし……もぅ……いなく……なってくれないかな……」
そこまで言ってから、月子の目はふっと色を失った。
「そうだ、いなくなってくれればいいんだ……でもどうしたらいなくなるかな……お願いしたっていなくならないよね……じゃあ……壊す?……いいのかな?人間を壊したら犯罪だよね?……あ、でも正当防衛っていうのもあるし……正当防衛になるのかな?なるよね?だってこのチャーム、命より大切なものだし……命を傷つけられるのと同じだから、正当防衛だよね……じゃあ壊しちゃっていいかな?壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか、壊しちゃおうか……」
壊れたレコードのようになった月子を見て、由紀の肩がビクリと震えた。
底知れぬ恐怖を感じる。その目はまるで延々と続く暗い深淵のようだった。
「つ、月子お姉ちゃん……怖い……」
恐怖に引きつった由紀の声が耳に届き、月子はハッと振り向いた。
そして子供を怖がらせるのはいけないと笑顔を作り、手を振って見せる。
「え?何が?全然怖くないよ~、いつも通りの月子お姉ちゃんだよ~、ほらほら~、あはは~」
しかし相変わらず変に早口だし、目が一切笑っていないし、その目もどこか焦点が合っていないしで、大変に恐ろしい。
由紀の全身がガタガタと震え出した。
「な、何よあんた……超キモいんですけど……」
さすがの樹里も気味悪がって半歩後ずさった。
しかしそうしてからすぐに、下がらされた自分に気がついて腹が立ってきた。
(どうして私が格下相手に引かなきゃいけないのよ!)
そう思った途端、過去に自身が傷つけられた言葉が口をついて出てきた。いじめられていた時に言われて嫌だった言葉だ。
「キモいのがうつるから近づかないで!あんたはずっと部屋の隅っこにいなさい!」
言われた月子も昔、似たような言葉を何度も浴びせられていた。キモいのがうつる、ばい菌がうつる、臭いのがうつる、そんなひどいことを言われた。
そして自分は汚いものだと思い込み、人を避け続けて生きてきたのだ。
しかし景はそんな自分の手を握ってくれた。暖かくて優しい手だった。
月子はそれを思い出しながら、ユラリと立ち上がった。そして暗い穴のようになった目で樹里を見据える。
(こんな言葉を口にできる女が、景君に相応しいわけがない)
そう結論付け、決めた。
「よし、壊しちゃおう」
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