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当帰建中湯、桂枝茯苓丸6

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「ま、まさか東屋に落ちたのか!?」

 病邪が落ちた方角と距離は景の記憶にある東屋と一致している。何より悲鳴が上がっているのだから間違いないだろう。

 しかも悪いことに、屋根が壊れて下にいる月子たちが丸見えになってしまったようだ。

 上空を旋回していた杏香が急にそちらを向き、急降下を始めた。

「ヤバい!」

 景は杏香を撃とうと狙いを定めて引き金を引いたが、カチカチカチと音が鳴るばかりで弾は出ない。そういえば弾切れだった。

「瑤姫!これリロードってどうやるんだ!?」

「トリガーのすぐ後ろにある黒丸を左から押すのよ!新しいマガジンは念じれば出てくるわ!」

 景が言われた通りの場所を押すと空の弾倉が外れ、それは地面に落ちて一度跳ねるとすぐに消えて無くなった。

 そして新たな弾倉は念じるだけで現れた。急いでそれを桂枝茯苓GUNのグリップに挿し込む。

「さっき撃ち過ぎなのよ!オーバーキルよ!ネトゲのPVPだったら怒られるやつ!」

「し、仕方ないだろ。初めてなんだから……」

 景が言い訳しながら再充填を終えた時、杏香はすでに地面の近くにまで迫っていた。月子たちの悲鳴が再び上がる。

 景は急いで狙いをつけようとしたが、間に合わなかった。果樹に遮られて杏香の姿は視界から消えてしまう。

 最悪だ。自分でも自分の顔から血の気が引いていくのがよく分かった。

 それでもとにかく駆けつけなければならない。景は銃のグリップを握りしめて走り出した。

 が、その一歩目が地面につく前に杏香がまた空へと飛び上がったのが見えた。

「……何だ?」

 どういう状況か分からないが、月子たちに危害を加えたにしては上がるのが早過ぎる。

 景は疑問をいだきながらも全力で走った。

 桂枝茯苓GUNは遠距離武器らしく、筋力の強化はさほどでもないようだ。葛根刀などと比べると速さがだいぶ劣っていた。

 しかし切り替えてしまうと今度は杏香が再び降下してきた時にすぐ狙えない。桂枝茯苓GUNのまま走って月子たちのところへとたどり着いた。

 案の定、東屋の屋根は壊れて建材があちこちに散らばっている。

「大丈夫か!?怪我は!?」

 景の問いかけに、地面にへたり込んだ月子が震える声で答えた。

「だだだ……大丈夫……み、みんな怪我はないよ……」

 その言葉通り、全員屋根の破片を浴びてはいたが怪我をしている様子はなかった。

 月子のそばには墜落した桃香が倒れている。出血などはなく、病邪化も解けていた。

 この娘に怪我がないということは、墜落してから病邪化が解けたということだ。病邪は闘薬術以外では傷つかないので、東屋が壊れるほどの高さから落ちても傷つくことはない。

 そして由紀はというと、祖父母に両側から抱きしめられながら立っていた。

 無事で何よりなのだが、その姿に景は違和感を覚えた。

 というのも、てっきり怯えているだろうと思っていた由紀の顔が明らかに怒っていたからだ。

 目を吊り上げ、上空を旋回する杏香を睨みつけている。

 その由紀に寄り添う祖父母の顔には恐怖が貼り付いているが、こちらが普通だ。いきなり化け物が現れたのだからこの反応が正しい。

 しかし由紀は怒っている。怒りもあらわに景へと尋ねてきた。

「お兄ちゃんがそこの落ちてきたお姉ちゃんを倒したの!?この間のおじさんみたいに!」

(やっぱり記憶が戻ってるじゃないか!)

 先ほどの避難の際にもしかしてと思ったが、やはり原状回復で操作された記憶を取り戻しているようだった。

 景はどう答えたものか悩んだが、後で瑤姫にもう一度原状回復をかけてもらえばいいだけだと思い、正直に答えた。

「そうだよ。もう一人も俺が倒すから安心……」

「私が倒す!私が倒したい!」

 由紀に突然そう主張され、景は戸惑った。

 それを望む理由、そして怒りの理由が分からない。

「な……なんで由紀ちゃんが?」

「だってあれがパパとママを殺したんだもん!パパとママが死んだ時と同じ感じがする!」

 由紀の言うことに、景だけでなく由紀の祖父母も戸惑った。

「な、何を言ってるんだ。由紀のお父さんとお母さんが死んだのは事故だったんだよ」

「前にも話したでしょう?トラックのドライバーが突然の病気で気を失っちゃったのよ」

 そう諭されたが、由紀は首を横に振って譲らない。

「違うもん!この間の怪物も今回の怪物も嫌な感じがして、パパとママが死んだ時も同じだったんだから!きっと同じ種類の怪物がパパとママを殺したんだ!」

 景は興奮する由紀をなだめようと、その前にしゃがんで肩に手を置いた。

「由紀ちゃん。それは邪気っていう、悪いことがあると発生するもので……」

「いいえ、由紀ちゃんの言う通りかもしれないわよ」

 景の言葉を遮ったのは瑤姫だ。走ってようやく追いついたようで、息が少し上がっている。

 額の汗を拭ってから言葉を続けた。

「事故が起こった時、由紀ちゃんはその現場からかなり遠い所にいたそうよ。なのに何か感じられたってことは、おそらく爆発的な邪気の増加があったはず。ならそれは自然発生の邪気じゃなくて、病邪の発生である可能性が高いわ」

 瑤姫の言う理屈は分かったものの、景はそのこととはまた別の部分でやはりと思った。

「瑤姫……お前やっぱり由紀ちゃんを戦わせるつもりで近づいたのか」

 景の咎めるような視線を軽く流し、瑤姫は笑いかけてきた。

「別にそれだけじゃないわよ?由紀ちゃんって可愛いし、別に演技とかじゃなく本当に気が合うの。一緒にいて楽しいわ。でも仮にそうでなくったって、医聖の因子持ちは本当にレアだから放っておく選択肢はないわね」

 そして瑤姫は演技ではないと言う自身の言葉通り、ごく自然な、心からの笑顔を由紀へと向けた。

 由紀には事情が分からなかったものの、瑤姫は好きだしこの笑顔も好きだ。だから景が何か責めているようだが、瑤姫を悪く思う気にはならなかった。

 しかし由紀のそばに寄り添う祖父母は違う。別に誰が悪いなどという意識を持ったわけではないが、さっぱり掴めない状況に祖母の方がたまりかねたような声を上げた。

「は、張中さん!瑤姫さん!話が全く見えないのですが、一体どういうことなんでしょうか!?」

 瑤姫はそんな祖母へ向けて手を掲げた。

「神術、原状回復!」

 瑤姫の指先から光の粒が現れ、祖母の頭を包み込む。すると祖母の目が急に焦点を失い、表情も消えてしまった。

 光の粒は続けて祖父の頭も包み、こちらも同じようにボーっとした顔になった。

 二人とも目は開いているが、まともな意識はなさそうだ。

 驚くような光景だが、瑤姫は由紀を安心させるためにすぐ声をかけた。

「お爺ちゃんとお婆ちゃんのことは心配しないで。しばらくボーっとしちゃうけど、時間が経てば元に戻るから」

「だ、大丈夫なの?」

「瑤姫ちゃんを信じなさい」

 自信満々に請け合われ、由紀はゆっくりとだがうなずいた。

 景も瑤姫がこんなことをしたのは初めてだから驚いていた。

「原状回復の神術でそんなこともできたのか」

「記憶操作の応用よ。意識を揺らして一時的に見当識障害を起こさせるの。別に後遺症もないし、この状況で二人にゆっくり説明することなんてできないでしょ?」

「……まぁ今回は仕方ないけど、悪用するなよ」

「そんな便利なものじゃないわよ。原状回復は病邪被害が起きている時しか使えないっていう制限があるから」

 そう説明してから、瑤姫は改めて由紀へと向き直った。

「由紀ちゃん。あの怪物を倒したいのは分かるけど、どうやって倒すの?」

 多分その方法は考えていないだろう。

 そう思っていた瑤姫と景だったが、意外にも由紀は即答した。

「これ。これを投げるの」

 由紀は手のひらを開いて中の物を見せてきた。そこにあるのはアーモンドのような種だった。

「それは……桃の種ね」

 瑤姫の言葉に景が周囲を見回すと、地面にちらほら同じ種が落ちているのが目に入った。

 ここは桃園の中にある東屋なのだから、桃の種が落ちているのは不思議なことではない。

「うん。あの怪物はこれを投げつけられて嫌がってたから、効くんだと思う」

 まさか桃の種で、と思う景だったが、意外なことに瑤姫は否定しなかった。

「なるほどね。確かに効くかもしれないわ」

「えっ?なんでだよ?病邪には闘薬術以外は無効なんだろ?」

「景は薬学生のくせに本当に何も知らないのね。桃の種は乾燥させると桃仁トウニンという生薬になるのよ。そして桃仁は瘀血に効くの」

「桃仁?確かさっき、桂枝茯苓GUNを発動させる時に……」

「正解。桃仁は桂枝茯苓丸にも使われている生薬よ。桂枝茯苓GUNから射出される弾も桃仁なんだから」

「あれ桃の種が飛んでんの!?」

 景は思わず念じて弾倉を出現させ、上から覗き込んだ。すると確かに桃の種が入っている。

 闘薬術とは本当に目茶苦茶なものだと呆れた。

「さすがに普通の人間が桃の種を投げても効果はないけど、医聖の因子を持つ人間なら話は別よ。ダメージは受けなくても嫌がるくらいはするでしょうね」

「それで攻撃せずにすぐ上がって行ったのか」

 空を見上げると、杏香はまだ上空で旋回し続けている。

 病邪としての破壊本能でこちらを襲いたがっているが、何かを警戒して降りてこられないでいる。そんな雰囲気だった。

 景に桃香を瞬殺されたところで自分も桃の種を投げつけられ、過度な警戒心を抱いたのかもしれない。

「うん。月子ちゃんが桃の種を投げたら嫌そうな顔して逃げてったよ」

 由紀がそう言ったのを聞き、景と瑤姫は揃って月子の方を向いた。

 由紀が桃の種を握っていたので二人とも勘違いしていたのだ。

 投げたのは由紀だと思っていたが、どうやら月子が投げたのを見て由紀も桃の種を拾ったようだ。

「月子が投げたの?」

「は、はい。もう無我夢中で足元にあったものをとりあえず投げたんですけど……」

 この事実はつまるところ、月子に医聖の因子があるということを意味する。

 瑤姫はニヤリと笑った。

「いいことを聞いたわ」

「おい、やめろ。二人を巻き込むな」

 景はいつもより低い、静かな声音でそう言った。目つきもこれまで見せたことがないほど険しい。

 しかし瑤姫は動じなかった。むしろ可笑しがるように景を見返してくる。

 そして視線は景に固定させたまま、由紀に話しかけた。

「由紀ちゃん。残念だけどその桃の種では怪物はやっつけられないわ」

「それでも私は……」

「パパとママの仇を討ちたいのよね?私ならそのための力をあげられるけど、欲しい?」

「欲しい!」

 景が口を挟む間もなく、由紀は大きな声で返事をした。

 そして瑤姫は次に月子へ尋ねる。

「月子。もし景の命を助けられる力がもらえるって言われたら、欲しいかしら?」

「そ、それは欲しい……です……」

 景は瑤姫の肩を荒く掴んだ。そして怒声を浴びせかける。

「そういう聞き方は卑怯だろ!」

 要らないと言えば景が死んでもいいということになる。本人を前にそんな回答をできるはずもないだろうと憤った。

「卑怯、ね。じゃあ卑怯ついでに景にも卑怯な聞き方をしちゃいましょうか」

「な、何だよ」

「この世に病邪が存在する以上、闘薬術は身を守るために有用なツールなのよ。それを持つことを止める権利が景にある?それともこれからずっと、四六時中二人を守ってあげられる?」

 景は言葉に詰まった。

 瑤姫の言うことは、それはそれで一応の理屈は通っている。

 しかしと思い、景は口を開いた。

「で、でも積極的に戦いに向かうよりは……」

「芽生えよ医聖の因子!」
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