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桂枝湯4

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「芽生えよ、医聖の因子!」

 景の左腕に輝く腕輪が現れる。

 直後に源一郎の体がガクンと脱力し、頭と両腕がダラリと下がった。

 そしてその背中からウネウネとした半透明の触手が現れたことで、景は自分の行動が正しかったことを知った。

 病邪の発生だ。源一郎の背中からタコのように八本の触手が生えている。

 その表面には吸盤のようなものがあったので、実際にタコの触手なのかもしれない。

 これまで幽霊、アメコミヴィランと続いたわけだが、触手とはまた一段と気味の悪いやつだと景は思った。

麻黄マオウ桂皮ケイヒ杏仁キョウニン甘草カンゾウ!」

 すぐさま覚えたての生薬名を羅列しながら、左手に意識を集中させる。

「いでよ!魔剣 麻黄刀まおうとう!」

 分厚く幅広の刀身が現れるのと、しなった触手が景の胸を打つのとがほぼ同時だった。

 平均的な成人男性の体が軽々と飛び、壁に叩きつけられて建材にヒビが入った。

「ぐはぁっ!」

 もし麻黄刀を出すのが遅れていたら景の胸骨は砕けていただろう。しかし何とか間に合ったことで、ひどい打撲という程度で済んだ。

(めっちゃ痛いけど……)

 景は苦痛に顔を歪ませながら、己の体が問題なく動くことを確認した。胸を強打したことで少々息は詰まっているが、戦うのに支障はなさそうだ。

 壁から背を離し、麻黄刀を正眼に構える。そこへまた触手が飛んできた。

(速い!)

 その速度に慌てつつも、反射的に麻黄刀で弾く。

 さらに二度、三度と触手が襲ってきたが、パワー重視の身体強化のおかげか、刀身で受けさえすればダメージは受けずに済んだ。

 弾かれた触手がテレビに当たって二つに折れたのはショックだったが、命の危機を前にして凹んでいるわけにもいかない。

(くっ……これくらいなら何とか捌けるか?)

 防ぎつつ反撃の機をうかがう景だったが、すぐにその余裕はなくなった。

 全ての触手、八本が一斉に攻撃してきたのだ。

「おわわわわっ!」

 景は全速力で麻黄刀を振ったが、あまりにも手数が違う。それにうねるような触手の動きは読みづらく、麻黄刀は何度も空振った。

 弾き切れなかった触手が景の全身を幾度も打つ。連打のためか初めの一撃ほど強力ではなかったが、生半可な衝撃ではない。

「っがあああ!くっそ痛ぇな!」

 景は怒りに任せ、当てずっぽうに全力の麻黄刀を振り下ろした。

 すると、上手く当たった一本がバサリと斬れて落ちた。

 切り離された触手は床の上でビチビチと跳ねていたが、すぐに何もなかったかのようにフッと消えた。

 どうやら麻黄刀のパワーなら、気合を入れれば触手は斬れるようだ。しかも斬れた触手はしばらく使い物にならないようで、源一郎の元へ戻っていった。

 よく見ると徐々に再生してはいるようだが、すぐに攻撃はできなさそうだ。

「よし!それなら殴られながらでも全部叩き斬ってやる!」

 景は宣言通り、痛いのを我慢しながら触手を斬っていった。

 一本斬り、二本斬り、三本斬り、その都度触手に打たれてアザを作っていく。

 しかしそのかいもあって六本まで斬ることに成功し、残りが二本になったところで前に出た。

 ここで仕掛けたのは、全て斬っていたら初めに斬った触手が再生してしまいそうだと思ったからだ。

 ただし、何の策もなく突進はしない。

 麻黄刀で強化された腕力に物を言わせ、片手でソファを掴み上げる。それを病邪に向かって思い切り投げつけた。

 自宅の被害を思うと頬の引きつるような思いがしたが、どうせすでにボロボロだ。瑤姫の原状回復で直るはずだと信じることにした。

「どうだ!」

 さすがの病邪も室内ではソファサイズのものはよけられなかったようで、正面からもろにぶつかった。

 とはいえ見たところ、それで傷ついた様子は全くない。病邪は闘薬術以外の手段ではダメージを受けないのだから当然だ。

 しかし景もそれは把握している。ダメージを与えるために投げたのではなかった。

「そんなもん抱えたら機敏には動けないだろ!」

 景はソファを病邪に乗っかるように投げていた。それで動きを制限されたところに景は飛び込んでいく。

 突き出された麻黄刀が源一郎の土手っ腹に吸い込まれた。

「くらえ!」

 刀身が腹の真ん中を貫き、切っ先が背中から出た。手応えも十二分にある。

「今度こそ取った!」

 景が勝利を確信したのも当然だろう。

 つい先日、葛根刀で倒せなかった病邪を麻黄刀のパワーで一撃のもと屠ったのだ。この刀は当たれば強いと思っている。

 しかし病邪は消えなかった。それどころか腹の穴はすぐに塞がり、背中の触手はなぜか回復してしまった。

「な、何でだ!?」

「うううぅ……!」

 驚く景の耳に、源一郎のうめき声が聞こえた。

 その顔へ目を向けると、苦しげに眉間が寄せられている。

 そしてその額から汗のしずくがいくつも流れ落ちていくのが目に入った。

(な、なんかすげぇ汗かき始めたけど……設楽さん本人にダメージが入ってないか!?どういうことだよ!)

 闘薬術は人間を傷つけないのではなかったのか。少なくとも瑤姫はそう言っていたはずだ。

(あの駄女神、適当なこと言いやがって!)

 心中で悪態を吐きつつ、兎にも角にも事態の打開を図ろうとした。

葛根カッコン大棗タイソウ麻黄マオウ甘草カンゾウ桂皮ケイヒ芍薬シャクヤク生姜ショウキョウ!……いでよ、魔剣 葛根刀!」

 触手をよけながら、麻黄刀を葛根刀に切り替えた。

 攻撃すると源一郎が傷つくのかもしれないのなら、瑤姫が帰ってくるまで防御に徹するべきだ。

 そして防御ならスピードその他が麻黄刀よりも優秀な葛根刀の方がいいだろうと考えた。

「……よし、葛根刀ならなんとか捌けるな」

 触手の殴打を弾き返しながら、景は己の考えが正しかったことを確認できた。

 やはり麻黄刀の時よりも剣速が速く、身ごなしも良い。八本の触手による連撃もかろうじて防ぐことができた。

(……っていうかこれ、初めから葛根刀にしておけば良かったな)

 殴られるのに耐えながら触手を斬っていたわけだが、相性的には葛根刀の方が圧倒的に良かったようだ。

 考えてもみれば当然のことで、八本も触手があるのだからよりスピードと器用さのある葛根刀の方が向いているに決まっている。

 前回は葛根刀から麻黄刀に変えて勝てたから、ついその成功体験につられてしまったのだろう。道理を考えるべきだと反省した。

(葛根刀なら十分捌けるどころか、何ならタイミングさえ合えば一撃入れられそうだぞ)

 余裕というほどではなかったが、そう思える程度には病邪の動きが見えていた。

 防御に専念するつもりの景だったが、これなら攻撃にも転じられそうだと思える。

 ただ、先ほど麻黄刀が当たった時には源一郎が苦しんでいた。

(どうする?もしかしたら麻黄刀がたまたま駄目だっただけかもしれないけど……)

 迷ったが、ちょうどここだというタイミングがあったので思い切って踏み込んだ。そして葛根刀を細かく振る。

 切っ先が源一郎の肩口を斬りつけた。

「ううぅ……!」

 やはり源一郎はうめき声を上げ、先ほどと同様に額からは汗が流れた。そして病邪の傷が塞がっていく。

 見たところ麻黄刀の時ほどは苦しんでいないし、汗のかき方もひどくはない。

 しかしこの病邪には葛根刀も適切ではないように感じられた。

(麻黄刀ほど合わないわけじゃないみたいだけど、やっぱり瑤姫が帰ってくるまで攻撃は避けた方が……)

 そう考えていると、玄関が開く音に続いて声が聞こえてきた。

 腹が立つほどのんびりした声だ。

「ちょっと景~?なんか外まですごい音が響いてるんだけど……って、うわっ!家の中が廃墟じゃない!一体何ごと!?」
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