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32アラクネ1
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(何あれ……誘ってるのかしら?)
私は胸を締め付けられるような表情を前にして、そんなことを考えた。
人は皆、明るく楽しいものが好きだ。それを感じるために生きているとも言える。
にも関わらず、なぜか憂いというものに強く惹きつけられることも多い。
それは往々にして身勝手な同情だったり保護欲だったりするわけで、特に異性に向ける場合には注意を要することではある。お互いにとって厄介な地雷になる危険性を帯びているのだ。
ただそれが分かっていてなお、憂いを帯びたイケメンの眉根はひどく蠱惑的に感じられた。
一つの芸術であるかのようなその姿は、もはやメスを誘っているとしか思えない。
「あの……大丈夫ですか?」
私はその男性に思わず声をかけてしまった。
問われた男性は虚空に放っていた心を取り戻すのに少し時間がかかった。
私には男性がその心に引かれて、一歩踏み出しそうに見えたのだ。
彼の一歩先には下を見るのも恐ろしいような断崖絶壁しかないというのに。
「……あぁ、大丈夫だよ。こんな所に立ってたから心配させてしまったね」
男性はそう言って笑った。
その笑顔が儚げで、私の胸はキュッと締め付けられた気がした。
私は今、薬草採取の仕事で街から少し離れた高原に来ている。
最近は討伐やらなんやらでモンスターと戦う仕事が多かったが、基本的には危険の少ない仕事を受けたい。だから採取系の仕事をよく選んでいた。
採取の依頼は季節性のものが多く、今日もこの時期にしか咲いていないという高原の花を採りに来ている。
すると、断崖絶壁の前で立ち尽くす儚げな男性がいて、思わず声をかけたのだった。
男性は線の細い白い顔を崖下へと向けた。
「でも……君に声をかけられなかったら飛び降りてしまったかもしれない。そんな気分ではあったんだ」
私はその言葉にまず驚き、そして声をかけてよかったと思った。
ただ、それに続いて一つの疑問が浮かんできた。
「そうですか……でもあなたの場合、ここから落ちて死ねるんですか?」
私はそう言いながら、男性の下半身を見た。
男性も自分の下半身に目を落としてから、首を横に振った。
「いや、死ねないだろうね。蜘蛛だから」
その人の下半身は蜘蛛だった。蜘蛛から人間の上半身が生えたような種族、アラクネだ。
「僕らアラクネは半分蜘蛛だから垂直の壁も歩けるし、落ちそうになったら反射的に糸を出してぶら下がっちゃうね。飛び降りじゃあ、まず死ねないよ」
その男性は先ほどまでとは打って変わった明るい表情でそう言った。
そして軽い調子で手を差し出してくる。
「僕の名前はアラーニェ。織物の職人をしてるんだ」
私はアラーニェさんの手を握りながら、こちらも自己紹介を返した。
「召喚士のクウです。ここには薬草採りの仕事で来ました」
「薬草採りかぁ。そういえばカモミールの花がたくさん咲いてたね。あれも消炎薬や胃薬になるんだっけ?アロマテラピーにも使われるよね。それにしてもこんな所に女の子一人で大丈夫かと思ったけど、召喚士なら安心だ。きっと魔質が良くて強いんでしょ?羨ましいなぁ。あ、スライム連れてるんだ。やっぱり燃費がいいのかな?採取中に警戒させるくらいならスライムが調度いいんだろうね」
突然のマシンガントークに辟易しながら、私は今まで持っていた認識を改めた。
(何だか初印象と違う感じの人みたい……線が細くて、儚げで、放っておけない感じがしたけど、むしろその反対だな)
線の細い系イケメンであることは間違いないが、初対面の人にこの勢いで喋りかけられるのはむしろ図太い方だろう。
(でも、とりあえず危険はなさそうで良かった)
その点に関してはホッとしつつ、夕刻が近づいてきたので早く帰ろうと思った。もう依頼された量は十分集められたはずだ。
私はマシンガントークの弾幕をかいくぐって声を出した。
「いいなぁ召喚士。僕らアラクネもそれなりには戦えるけどこの先の……」
「あ、あの……私そろそろ帰らないと。もうすぐ暗くなりますし、アラーニェさんも気をつけてくださいね」
そう言いながら体を反転させる。おしゃべりの止まらない人には体ごと離れながら別れを告げないと、なかなか逃げられない。
が、アラーニェさんの図太さは予想のさらに上をいっていた。去ろうとする私の肩をグッと掴んできたのだ。
「クウさん、よかったら話を聞いてくれないかな?僕、困ってることがあるんだけどさ……」
出会ったばかりの私にいきなりそんなことを言ってくるアラーニェさんに驚きはしたが、このくらいの人なら自死などという早まったことはしないだろうと安心はできた。
****************
「おいクウ、今日はまた厄介な野郎に絡まれてんな」
アステリオスさんはそう言いながら、私のテーブルにラタトゥイユを置いてくれた。
それから向かいの席に座ったアラーニェさんをジロリと見る。
言われたアラーニェさんは完全に冗談だと思ったらしく、明るい笑い声を上げた。
「ハッハッハ、厄介な野郎って。アステリオスさんは相変わらず面白いなぁ」
「いや、お前の神経ほどじゃねぇよ」
「え?どういうこと?僕の神経って面白い?」
「ああ。面白すぎて、もはや笑えねぇな」
アステリオスさんはうんざりした顔をしてから私の方を向いた。
「クウ。俺は人の交友関係にあれこれ言う気はないけどな、こいつは面倒くさいぞ」
「あははは……」
私にはアステリオスさんの言うことがよく分かった。というか、言われなくてもすでに街までの道中でよく分かっている。
初対面の私に対してすごく一方的に話しかけてくるところまではいい。
人見知りしない、おしゃべり好きな人だと思えば、まぁそんな人もいるだろう。
(でも普通の世間話じゃなくて、いきなりアレコレ相談してくるんだよね。しかもそれを解決するための面倒ごとを頼まれている、と)
少なくとも初対面の相手にすることではない。
「で、どんな面倒ごとを頼まれてるんだ?」
アステリオスさんは私の表情からそれをすぐに読み取ったらしく、そう尋ねてきた。
っていうか、そんなにすぐ分かるほど前科のある人なのか。
「ええと……無報酬でドラゴン退治を」
私の回答を聞いたアステリオスさんはまずあきれ返った顔になり、それからアラーニェさんの頭をワシと掴んだ。
「アラーニェ。前から言ってるが、なにか人に頼みたいことがあるならちゃんと報酬を用意して依頼書を書け。ドラゴン退治なんてモンはタダ働きで出来るような仕事じゃねぇよ」
そう言って頭を大きく揺らす。
アラーニェさんはされるがままに頭を振られながら、全く悪びれた様子もなく答えた。
「だってアステリオスさんのお店、事前にある程度の報酬を用意してないと依頼書を貼らせてくれないでしょ。お金は依頼が達成できたら入るんだから無理だよ」
「そういう場合にはいくらか融通を利かせてやることもあるがな、それは信用できる相手にだけだ。当たり前だろう?そんでお前、自分は信用があると思ってんのか」
アラーニェさんはアステリオスさんに掴まれた頭を縦に振ろうとしたが、ミノタウロスの腕力で無理やり横に振られてしまった。
「っていうかお前、そもそも報酬を支払う気はあるのか?クウは無報酬って言ってじゃねぇか」
「そりゃまぁ、報酬の約束したら払わないといけなくなっちゃうからね」
堂々とそんな事を言ってのけたアラーニェさんに、私はあきれるよりもむしろ清々しさのようなものを覚えた。
厚かましさもここまでくれば一種の才能かもしれない。
「お前な……」
「いや、でも!そのドラゴンさえ何とかなれば本当にお金は入るんだよ。そしたら『金羊毛』が手に入るからさ。金羊毛さえあれば、今度のコンテストで絶対に大賞取る自信があるんだ!」
「……あぁ、金羊毛か」
アステリオスさんはその単語を聞いて、ようやく手を離した。
そして腕を組んで考え込む。
「そりゃまぁ……金羊毛が刈れればそれなりの金にはなるけどよ」
私はその話をアラーニェさんから一度聞いてはいたが、改めてアステリオスさんに尋ねてみた。
「金羊毛って、そんなにすごいものなんですか?」
「そうだな。金羊毛はその名の通り金色に光る羊のモンスター、ゴールデンラムの毛だ。この羊毛はどんな原理か、切り落とした後でも毛自体が金色に発光し続けるっていう珍しい代物でな。服飾品や装飾品、場合によっては照明として使われることもある高級素材だ」
「魔素を込めなくても光り続けるんですか?」
「そうだ。だから重宝される。環境中の魔素を吸ってるんだとも言われるが、よくは分かっていない。特に服飾やってる人間なんかは欲しがるが、ゴールデンラムは『番竜』っていうに中位種のドラゴンに守られてる。なかなか手には入らないな」
そう、私が頼まれているのはその番竜を退けることなのだ。
ゴールデンラムはとある地域の草原に生息しているが、なぜか必ず番竜と一緒にいるという話だった。そして人間が近づくと、その番竜が襲いかかってくる。
私もその話は聞いていたが、番竜が中位種のドラゴンという話は初耳だった。
「中位種って……相当強いですよね?それに何より、ドラゴンはこの間の討伐戦でお腹いっぱいです」
先日のワイバーンロードとの戦いが大変だったので、もうドラゴンはしばらく控えたいというのが正直な気持ちだ。
アステリオスさんもうなずいて同意した。
「そうだな。この間の戦いだとオブトが中位種のハイワイバーンを倒してたが、かなりの強敵だったらしい」
私もその話は聞いている。
というか、作戦が終わった後のオブトさんに直接どんな戦いだったかを聞いたのだ。
(でもオブトさんは微妙な表情をしたまま黙っちゃって、結局答えてくれなかったんだよね……歴戦の猛者であるオブトさんにそんな顔をさせるんだから、よっぽど大変な戦いだったんだろうな)
私はオブトさんの様子から激戦を想像し、背筋を寒くした。
「アラーニェさん、私やっぱり今回のお話は……」
お断りするつもりで口を開いたのだが、アラーニェさんは素早く声をかぶせて遮ってきた。
「お願いだよ!ケチらずちゃんと報酬も出すからさ。その報酬だって、普通に金羊毛が手に入った時の金額よりもずっとたくさん出せるはずなんだ。今度のタペストリーのコンテスト、大賞は賞金だけで百万円だし、大賞の作品はさらに高値で売れるんだから」
アラーニェさんが金羊毛を欲している理由がこれだ。
織物職人であるアラーニェさんは、半月後にプティアの街で行われるタペストリーのコンテストに応募したいらしい。
ただし、それにはどうしても金羊毛が必要という話だった。そうでなければイメージしている作品が作れないらしいのだ。
しかし金羊毛を買おうにも先立つものがない。
(職人さんのこだわりって本当にすごいよね。ドラゴンをなんとかしてでも自分の理想を形にしたいってことだから)
その点に関しては感心するものの、この手の話を鵜呑みにしてはいけない。
「大賞って、取ろうと思って取れるものなんですか?」
百万円も賞金が出るようなコンテストだ。応募者も多いだろうし、簡単ではないだろう。
しかし、私の心配を払拭したのは意外にもアステリオスさんの方だった。
「アラーニェなら本当に取りかねんぞ。実際、過去に何度も入賞はしてるからな」
「えっ、そうなんですか!?」
「あれ見ろ」
アステリオスさんは店の一隅を親指で指した。そこには一枚のタペストリーが掛けられている。
冒険者たちが荒野を進んでいく、雄々しいタペストリーだ。
「あれも入賞作だ」
「……言われてみればすごい迫力のタペストリーですね。アラーニェさん、実はできる職人さんだったんだ」
ちょっと失礼な言い方になってしまったが、アラーニェさんはまるで気にした様子を見せずに胸を張った。
「まぁね~、アステリオスさんも僕の作品を気に入って店に置いてくれてるんだよね」
「ふざけんな。お前が店でたらふく食った後に『財布忘れた』ってのが多いから、質の抵当のつもりで預かってるだけだろうが。しかもお前、その金額分はもう食っちまってるからな。今日はちゃんと金払っていけよ」
アラーニェさんは笑顔を崩さないまま自分のポケットをパンパンと叩いた。
「あ、財布忘れた」
ピキッ、とアステリオスさんの額に青筋が浮かび上がる。そしてその直後、ウエイトレスの牛キメラお姉さんがアラーニェさんの前に分厚いステーキを置いた。
この店で一番高いメニューで、確か金額は一万円を超えるはずだ。
アラーニェさんが私に向かって両手を合わせた。
「クウ、ごめん!今度賞取ったら返すから、ちょっと立て替えといてくれないかな?」
ちょっと待て。それは私が金羊毛の採取を手伝う前提の話になってないか?
そしてなぜかアステリオスさんもアラーニェさんに乗っかってきた。
「よし、そういう事なら俺も番竜の攻略法を一緒に考えてやる。まず番竜はワイバーンと違って飛べないから……」
「ちょ、ちょっと待ってください!なんで私が仕事を受けることが決まってるんですか!?」
私はテーブルを叩きながら抗議したが、アステリオスさんは平然と答えた。
「なんでって、そりゃうちの店に損失を出さないためだ」
そのセリフを受けたアラーニェさんは、いっそう明るい笑顔をこちらに向けてきた。
「だってさ。よろしくね、クウ」
「…………」
(ダメだ。私みたいなタイプはこの手の人たちには勝てない)
厚かましい二人に挟まれた小市民の私は、ものも言えずにただため息をつくことしかできなかった。
****************
「一応糸でくくりつけてるけど、しっかりと掴まっててね」
「は、はいっ」
私はアラーニェさんを後ろからギュッと抱きしめた。
事情があることとはいえ、異性をバックハグするというのは緊張する。
しかもアラーニェさんは性格がちょっとアレとはいえ、線の細い系イケメンだ。
私の心臓は鼓動を速くした。それが背中越しにアラーニェさんにも伝わっているかもしれないと思うと、余計にドキドキしてしまう。
「じゃあ、行くよ」
その言葉の直後、私の心臓はさらに激しく脈打った。
ただし今度は先ほどまでと違い、恐怖による拍動だ。
私たちは今、垂直の壁を歩いて降りている。初めてアラーニェさんと出会った場所にある断崖絶壁だ。
この崖を降りてしばらく行った先にゴールデンラムと番竜が棲む草原があるらしい。だからアラーニェさんは崖の上からその先を眺めていたのだった。
私はアラーニェさんの下半身の蜘蛛部分にまたがり、上半身にしがみついた状態で恐怖に耐えていた。
目の前には何もない空間と、かなり先の地面とが見える。
景色としてはそれだけの物だが、感じる重力と相まった時に本能的な恐怖を感じる辺り、人間の感性はすごいものだと思った。
高さは何十メートルあるだろうか。ちゃんと糸でくくられているとはいえ、落ちれば命はないだろう。
(つ、吊り橋効果って本当にあるかも)
吊り橋効果とは、緊張感と恋愛感情とを誤認してしまう現象のことだ。揺れる吊り橋から受ける緊張で男女の恋愛が進むことがあるらしい。
そんな効果も相まってか、恐怖心が私のドキドキをさらにムラムラハァハァにしてしまう。
「えらく息が荒いけど大丈夫?怖いだろうけど、過呼吸になっちゃわないように気をつけてね。ゆっくり息を吐くようにしたらいいらしいよ」
少々勘違いをしたアラーニェさんが気をつかって声をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
「僕らアラクネにとっては普通の光景なんだけどね。そりゃヒューマンには怖いよねぇ」
そうか、やっぱりアラクネはこの断崖絶壁でも死を感じないのか。
私はふと、アラーニェさんに出会った時のことを思い出した。
「私、アラーニェさんがここから身投げしようとしてると思ったんですよ。うつ病か何かかなって。でも全然そんなことなかったんですね」
「いや、あの時は冗談抜きで本当に死んじゃおうかって気分だったよ」
「えっ!?」
私は驚いた。神経の太すぎるアラーニェさんでもそんな事を思う時があるのか。
私の思考はアラーニェさんにも丸分かりだったらしく、前を向いたまま笑い声を上げた。
「ハハハ、僕みたいな厚かましい人間でも死にたくなることがあるのかって思ったでしょ?」
「いや……その……」
「いいよ、自分でも分かってる。でもね、僕の知り合いの精神科医から言わせたら『うつ病なんて風邪みたいなもんだから、誰だってなりうるんだ』って話だったよ」
「うつ病が風邪ですか……」
「そうだね。実際、風邪とよく似ているところが多いらしいんだ。条件さえ揃えば誰でもなるし、軽く済む時もあれば、肺炎みたいに死んじゃうほど重くなる時あるでしょ?それに何より、風邪もうつ病も早めにお医者さんにかかってきちんとした治療さえ受ければ、ほとんどは軽症で済むんだよ」
「……なるほど。でも心の病気ってある程度は気の持ちようにも思えますし、治療で治るのかなって疑問もありますけど」
「治る治る。うつ病は百パーセント治るよ」
「ええ?百パーセントですか?」
「その精神科医に言わせれば、だけどね。ただね、『治る』の概念だけはうつ病と風邪で違うんだって。風邪の場合、かかる前の状態に戻ることを『治る』って言うけど、うつ病の場合は完全に元通りを目指すのは適切でないことも多いんだって。うつ状態を経て心も成長するし、繰り返すことも多いしね」
「なるほど……でも、絶対に良くはなるんですね」
「うん。うつ病になると、気持ちが塞いだり、モチベーションが上がらなかったり、色々なことを楽しいと思えなくなったりするけど、そういうのはちゃんと適切な治療さえ受ければ必ず改善していくんだ。それは少しずつだったり、ぶり返したりもするけど、それでも少しずつ気も楽になって、モチベーションも保てて、色々なことを楽しんだりできるようになるんだよ。だからね、とにかく無理せず早めに受診して適切な治療を受けることが大切なんだ」
私はここまでの話を聞いて、もしかしたらアラーニェさんはうつ病での治療経験があるのかもしれないと思った。
図太い神経をしているが、もしかしたらうつ病を経たアラーニェさんなりの成長なのかもしれない。
「……じゃあ、アラーニェさんはうつ病なんですか?受診した方がいい感じです?」
「いや、僕の場合は作りたい作品が作れなくてヘコんでただけだよ」
「それならいいですけど。でも病気との線引きなんて素人には難しいでしょうし、辛かったら無理せず受診して下さいね」
「自分が言ったことを反対に言われちゃったね。ありがとう」
アラーニェさんは壁を下りながらクスクスと笑った。
「でも僕みたいな厚かましい人間でも、本当に自死を選ぶような厚かましい事だけはできないなぁ」
「自死が?厚かましいんですか?」
「そうだよ。たくさんの人を悲しませて、面倒をかけて、この世で一番厚かましい行為じゃないか」
「確かに。それだけの厚かましさがあったらアラーニェさんみたいに厚かましく生きなさいって言いたくなりますね」
「ホントそれ」
私たちは一緒に笑い声を上げ、その時ようやく水平な地面へと降り立つことができた。
私は胸を締め付けられるような表情を前にして、そんなことを考えた。
人は皆、明るく楽しいものが好きだ。それを感じるために生きているとも言える。
にも関わらず、なぜか憂いというものに強く惹きつけられることも多い。
それは往々にして身勝手な同情だったり保護欲だったりするわけで、特に異性に向ける場合には注意を要することではある。お互いにとって厄介な地雷になる危険性を帯びているのだ。
ただそれが分かっていてなお、憂いを帯びたイケメンの眉根はひどく蠱惑的に感じられた。
一つの芸術であるかのようなその姿は、もはやメスを誘っているとしか思えない。
「あの……大丈夫ですか?」
私はその男性に思わず声をかけてしまった。
問われた男性は虚空に放っていた心を取り戻すのに少し時間がかかった。
私には男性がその心に引かれて、一歩踏み出しそうに見えたのだ。
彼の一歩先には下を見るのも恐ろしいような断崖絶壁しかないというのに。
「……あぁ、大丈夫だよ。こんな所に立ってたから心配させてしまったね」
男性はそう言って笑った。
その笑顔が儚げで、私の胸はキュッと締め付けられた気がした。
私は今、薬草採取の仕事で街から少し離れた高原に来ている。
最近は討伐やらなんやらでモンスターと戦う仕事が多かったが、基本的には危険の少ない仕事を受けたい。だから採取系の仕事をよく選んでいた。
採取の依頼は季節性のものが多く、今日もこの時期にしか咲いていないという高原の花を採りに来ている。
すると、断崖絶壁の前で立ち尽くす儚げな男性がいて、思わず声をかけたのだった。
男性は線の細い白い顔を崖下へと向けた。
「でも……君に声をかけられなかったら飛び降りてしまったかもしれない。そんな気分ではあったんだ」
私はその言葉にまず驚き、そして声をかけてよかったと思った。
ただ、それに続いて一つの疑問が浮かんできた。
「そうですか……でもあなたの場合、ここから落ちて死ねるんですか?」
私はそう言いながら、男性の下半身を見た。
男性も自分の下半身に目を落としてから、首を横に振った。
「いや、死ねないだろうね。蜘蛛だから」
その人の下半身は蜘蛛だった。蜘蛛から人間の上半身が生えたような種族、アラクネだ。
「僕らアラクネは半分蜘蛛だから垂直の壁も歩けるし、落ちそうになったら反射的に糸を出してぶら下がっちゃうね。飛び降りじゃあ、まず死ねないよ」
その男性は先ほどまでとは打って変わった明るい表情でそう言った。
そして軽い調子で手を差し出してくる。
「僕の名前はアラーニェ。織物の職人をしてるんだ」
私はアラーニェさんの手を握りながら、こちらも自己紹介を返した。
「召喚士のクウです。ここには薬草採りの仕事で来ました」
「薬草採りかぁ。そういえばカモミールの花がたくさん咲いてたね。あれも消炎薬や胃薬になるんだっけ?アロマテラピーにも使われるよね。それにしてもこんな所に女の子一人で大丈夫かと思ったけど、召喚士なら安心だ。きっと魔質が良くて強いんでしょ?羨ましいなぁ。あ、スライム連れてるんだ。やっぱり燃費がいいのかな?採取中に警戒させるくらいならスライムが調度いいんだろうね」
突然のマシンガントークに辟易しながら、私は今まで持っていた認識を改めた。
(何だか初印象と違う感じの人みたい……線が細くて、儚げで、放っておけない感じがしたけど、むしろその反対だな)
線の細い系イケメンであることは間違いないが、初対面の人にこの勢いで喋りかけられるのはむしろ図太い方だろう。
(でも、とりあえず危険はなさそうで良かった)
その点に関してはホッとしつつ、夕刻が近づいてきたので早く帰ろうと思った。もう依頼された量は十分集められたはずだ。
私はマシンガントークの弾幕をかいくぐって声を出した。
「いいなぁ召喚士。僕らアラクネもそれなりには戦えるけどこの先の……」
「あ、あの……私そろそろ帰らないと。もうすぐ暗くなりますし、アラーニェさんも気をつけてくださいね」
そう言いながら体を反転させる。おしゃべりの止まらない人には体ごと離れながら別れを告げないと、なかなか逃げられない。
が、アラーニェさんの図太さは予想のさらに上をいっていた。去ろうとする私の肩をグッと掴んできたのだ。
「クウさん、よかったら話を聞いてくれないかな?僕、困ってることがあるんだけどさ……」
出会ったばかりの私にいきなりそんなことを言ってくるアラーニェさんに驚きはしたが、このくらいの人なら自死などという早まったことはしないだろうと安心はできた。
****************
「おいクウ、今日はまた厄介な野郎に絡まれてんな」
アステリオスさんはそう言いながら、私のテーブルにラタトゥイユを置いてくれた。
それから向かいの席に座ったアラーニェさんをジロリと見る。
言われたアラーニェさんは完全に冗談だと思ったらしく、明るい笑い声を上げた。
「ハッハッハ、厄介な野郎って。アステリオスさんは相変わらず面白いなぁ」
「いや、お前の神経ほどじゃねぇよ」
「え?どういうこと?僕の神経って面白い?」
「ああ。面白すぎて、もはや笑えねぇな」
アステリオスさんはうんざりした顔をしてから私の方を向いた。
「クウ。俺は人の交友関係にあれこれ言う気はないけどな、こいつは面倒くさいぞ」
「あははは……」
私にはアステリオスさんの言うことがよく分かった。というか、言われなくてもすでに街までの道中でよく分かっている。
初対面の私に対してすごく一方的に話しかけてくるところまではいい。
人見知りしない、おしゃべり好きな人だと思えば、まぁそんな人もいるだろう。
(でも普通の世間話じゃなくて、いきなりアレコレ相談してくるんだよね。しかもそれを解決するための面倒ごとを頼まれている、と)
少なくとも初対面の相手にすることではない。
「で、どんな面倒ごとを頼まれてるんだ?」
アステリオスさんは私の表情からそれをすぐに読み取ったらしく、そう尋ねてきた。
っていうか、そんなにすぐ分かるほど前科のある人なのか。
「ええと……無報酬でドラゴン退治を」
私の回答を聞いたアステリオスさんはまずあきれ返った顔になり、それからアラーニェさんの頭をワシと掴んだ。
「アラーニェ。前から言ってるが、なにか人に頼みたいことがあるならちゃんと報酬を用意して依頼書を書け。ドラゴン退治なんてモンはタダ働きで出来るような仕事じゃねぇよ」
そう言って頭を大きく揺らす。
アラーニェさんはされるがままに頭を振られながら、全く悪びれた様子もなく答えた。
「だってアステリオスさんのお店、事前にある程度の報酬を用意してないと依頼書を貼らせてくれないでしょ。お金は依頼が達成できたら入るんだから無理だよ」
「そういう場合にはいくらか融通を利かせてやることもあるがな、それは信用できる相手にだけだ。当たり前だろう?そんでお前、自分は信用があると思ってんのか」
アラーニェさんはアステリオスさんに掴まれた頭を縦に振ろうとしたが、ミノタウロスの腕力で無理やり横に振られてしまった。
「っていうかお前、そもそも報酬を支払う気はあるのか?クウは無報酬って言ってじゃねぇか」
「そりゃまぁ、報酬の約束したら払わないといけなくなっちゃうからね」
堂々とそんな事を言ってのけたアラーニェさんに、私はあきれるよりもむしろ清々しさのようなものを覚えた。
厚かましさもここまでくれば一種の才能かもしれない。
「お前な……」
「いや、でも!そのドラゴンさえ何とかなれば本当にお金は入るんだよ。そしたら『金羊毛』が手に入るからさ。金羊毛さえあれば、今度のコンテストで絶対に大賞取る自信があるんだ!」
「……あぁ、金羊毛か」
アステリオスさんはその単語を聞いて、ようやく手を離した。
そして腕を組んで考え込む。
「そりゃまぁ……金羊毛が刈れればそれなりの金にはなるけどよ」
私はその話をアラーニェさんから一度聞いてはいたが、改めてアステリオスさんに尋ねてみた。
「金羊毛って、そんなにすごいものなんですか?」
「そうだな。金羊毛はその名の通り金色に光る羊のモンスター、ゴールデンラムの毛だ。この羊毛はどんな原理か、切り落とした後でも毛自体が金色に発光し続けるっていう珍しい代物でな。服飾品や装飾品、場合によっては照明として使われることもある高級素材だ」
「魔素を込めなくても光り続けるんですか?」
「そうだ。だから重宝される。環境中の魔素を吸ってるんだとも言われるが、よくは分かっていない。特に服飾やってる人間なんかは欲しがるが、ゴールデンラムは『番竜』っていうに中位種のドラゴンに守られてる。なかなか手には入らないな」
そう、私が頼まれているのはその番竜を退けることなのだ。
ゴールデンラムはとある地域の草原に生息しているが、なぜか必ず番竜と一緒にいるという話だった。そして人間が近づくと、その番竜が襲いかかってくる。
私もその話は聞いていたが、番竜が中位種のドラゴンという話は初耳だった。
「中位種って……相当強いですよね?それに何より、ドラゴンはこの間の討伐戦でお腹いっぱいです」
先日のワイバーンロードとの戦いが大変だったので、もうドラゴンはしばらく控えたいというのが正直な気持ちだ。
アステリオスさんもうなずいて同意した。
「そうだな。この間の戦いだとオブトが中位種のハイワイバーンを倒してたが、かなりの強敵だったらしい」
私もその話は聞いている。
というか、作戦が終わった後のオブトさんに直接どんな戦いだったかを聞いたのだ。
(でもオブトさんは微妙な表情をしたまま黙っちゃって、結局答えてくれなかったんだよね……歴戦の猛者であるオブトさんにそんな顔をさせるんだから、よっぽど大変な戦いだったんだろうな)
私はオブトさんの様子から激戦を想像し、背筋を寒くした。
「アラーニェさん、私やっぱり今回のお話は……」
お断りするつもりで口を開いたのだが、アラーニェさんは素早く声をかぶせて遮ってきた。
「お願いだよ!ケチらずちゃんと報酬も出すからさ。その報酬だって、普通に金羊毛が手に入った時の金額よりもずっとたくさん出せるはずなんだ。今度のタペストリーのコンテスト、大賞は賞金だけで百万円だし、大賞の作品はさらに高値で売れるんだから」
アラーニェさんが金羊毛を欲している理由がこれだ。
織物職人であるアラーニェさんは、半月後にプティアの街で行われるタペストリーのコンテストに応募したいらしい。
ただし、それにはどうしても金羊毛が必要という話だった。そうでなければイメージしている作品が作れないらしいのだ。
しかし金羊毛を買おうにも先立つものがない。
(職人さんのこだわりって本当にすごいよね。ドラゴンをなんとかしてでも自分の理想を形にしたいってことだから)
その点に関しては感心するものの、この手の話を鵜呑みにしてはいけない。
「大賞って、取ろうと思って取れるものなんですか?」
百万円も賞金が出るようなコンテストだ。応募者も多いだろうし、簡単ではないだろう。
しかし、私の心配を払拭したのは意外にもアステリオスさんの方だった。
「アラーニェなら本当に取りかねんぞ。実際、過去に何度も入賞はしてるからな」
「えっ、そうなんですか!?」
「あれ見ろ」
アステリオスさんは店の一隅を親指で指した。そこには一枚のタペストリーが掛けられている。
冒険者たちが荒野を進んでいく、雄々しいタペストリーだ。
「あれも入賞作だ」
「……言われてみればすごい迫力のタペストリーですね。アラーニェさん、実はできる職人さんだったんだ」
ちょっと失礼な言い方になってしまったが、アラーニェさんはまるで気にした様子を見せずに胸を張った。
「まぁね~、アステリオスさんも僕の作品を気に入って店に置いてくれてるんだよね」
「ふざけんな。お前が店でたらふく食った後に『財布忘れた』ってのが多いから、質の抵当のつもりで預かってるだけだろうが。しかもお前、その金額分はもう食っちまってるからな。今日はちゃんと金払っていけよ」
アラーニェさんは笑顔を崩さないまま自分のポケットをパンパンと叩いた。
「あ、財布忘れた」
ピキッ、とアステリオスさんの額に青筋が浮かび上がる。そしてその直後、ウエイトレスの牛キメラお姉さんがアラーニェさんの前に分厚いステーキを置いた。
この店で一番高いメニューで、確か金額は一万円を超えるはずだ。
アラーニェさんが私に向かって両手を合わせた。
「クウ、ごめん!今度賞取ったら返すから、ちょっと立て替えといてくれないかな?」
ちょっと待て。それは私が金羊毛の採取を手伝う前提の話になってないか?
そしてなぜかアステリオスさんもアラーニェさんに乗っかってきた。
「よし、そういう事なら俺も番竜の攻略法を一緒に考えてやる。まず番竜はワイバーンと違って飛べないから……」
「ちょ、ちょっと待ってください!なんで私が仕事を受けることが決まってるんですか!?」
私はテーブルを叩きながら抗議したが、アステリオスさんは平然と答えた。
「なんでって、そりゃうちの店に損失を出さないためだ」
そのセリフを受けたアラーニェさんは、いっそう明るい笑顔をこちらに向けてきた。
「だってさ。よろしくね、クウ」
「…………」
(ダメだ。私みたいなタイプはこの手の人たちには勝てない)
厚かましい二人に挟まれた小市民の私は、ものも言えずにただため息をつくことしかできなかった。
****************
「一応糸でくくりつけてるけど、しっかりと掴まっててね」
「は、はいっ」
私はアラーニェさんを後ろからギュッと抱きしめた。
事情があることとはいえ、異性をバックハグするというのは緊張する。
しかもアラーニェさんは性格がちょっとアレとはいえ、線の細い系イケメンだ。
私の心臓は鼓動を速くした。それが背中越しにアラーニェさんにも伝わっているかもしれないと思うと、余計にドキドキしてしまう。
「じゃあ、行くよ」
その言葉の直後、私の心臓はさらに激しく脈打った。
ただし今度は先ほどまでと違い、恐怖による拍動だ。
私たちは今、垂直の壁を歩いて降りている。初めてアラーニェさんと出会った場所にある断崖絶壁だ。
この崖を降りてしばらく行った先にゴールデンラムと番竜が棲む草原があるらしい。だからアラーニェさんは崖の上からその先を眺めていたのだった。
私はアラーニェさんの下半身の蜘蛛部分にまたがり、上半身にしがみついた状態で恐怖に耐えていた。
目の前には何もない空間と、かなり先の地面とが見える。
景色としてはそれだけの物だが、感じる重力と相まった時に本能的な恐怖を感じる辺り、人間の感性はすごいものだと思った。
高さは何十メートルあるだろうか。ちゃんと糸でくくられているとはいえ、落ちれば命はないだろう。
(つ、吊り橋効果って本当にあるかも)
吊り橋効果とは、緊張感と恋愛感情とを誤認してしまう現象のことだ。揺れる吊り橋から受ける緊張で男女の恋愛が進むことがあるらしい。
そんな効果も相まってか、恐怖心が私のドキドキをさらにムラムラハァハァにしてしまう。
「えらく息が荒いけど大丈夫?怖いだろうけど、過呼吸になっちゃわないように気をつけてね。ゆっくり息を吐くようにしたらいいらしいよ」
少々勘違いをしたアラーニェさんが気をつかって声をかけてくれた。
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
「僕らアラクネにとっては普通の光景なんだけどね。そりゃヒューマンには怖いよねぇ」
そうか、やっぱりアラクネはこの断崖絶壁でも死を感じないのか。
私はふと、アラーニェさんに出会った時のことを思い出した。
「私、アラーニェさんがここから身投げしようとしてると思ったんですよ。うつ病か何かかなって。でも全然そんなことなかったんですね」
「いや、あの時は冗談抜きで本当に死んじゃおうかって気分だったよ」
「えっ!?」
私は驚いた。神経の太すぎるアラーニェさんでもそんな事を思う時があるのか。
私の思考はアラーニェさんにも丸分かりだったらしく、前を向いたまま笑い声を上げた。
「ハハハ、僕みたいな厚かましい人間でも死にたくなることがあるのかって思ったでしょ?」
「いや……その……」
「いいよ、自分でも分かってる。でもね、僕の知り合いの精神科医から言わせたら『うつ病なんて風邪みたいなもんだから、誰だってなりうるんだ』って話だったよ」
「うつ病が風邪ですか……」
「そうだね。実際、風邪とよく似ているところが多いらしいんだ。条件さえ揃えば誰でもなるし、軽く済む時もあれば、肺炎みたいに死んじゃうほど重くなる時あるでしょ?それに何より、風邪もうつ病も早めにお医者さんにかかってきちんとした治療さえ受ければ、ほとんどは軽症で済むんだよ」
「……なるほど。でも心の病気ってある程度は気の持ちようにも思えますし、治療で治るのかなって疑問もありますけど」
「治る治る。うつ病は百パーセント治るよ」
「ええ?百パーセントですか?」
「その精神科医に言わせれば、だけどね。ただね、『治る』の概念だけはうつ病と風邪で違うんだって。風邪の場合、かかる前の状態に戻ることを『治る』って言うけど、うつ病の場合は完全に元通りを目指すのは適切でないことも多いんだって。うつ状態を経て心も成長するし、繰り返すことも多いしね」
「なるほど……でも、絶対に良くはなるんですね」
「うん。うつ病になると、気持ちが塞いだり、モチベーションが上がらなかったり、色々なことを楽しいと思えなくなったりするけど、そういうのはちゃんと適切な治療さえ受ければ必ず改善していくんだ。それは少しずつだったり、ぶり返したりもするけど、それでも少しずつ気も楽になって、モチベーションも保てて、色々なことを楽しんだりできるようになるんだよ。だからね、とにかく無理せず早めに受診して適切な治療を受けることが大切なんだ」
私はここまでの話を聞いて、もしかしたらアラーニェさんはうつ病での治療経験があるのかもしれないと思った。
図太い神経をしているが、もしかしたらうつ病を経たアラーニェさんなりの成長なのかもしれない。
「……じゃあ、アラーニェさんはうつ病なんですか?受診した方がいい感じです?」
「いや、僕の場合は作りたい作品が作れなくてヘコんでただけだよ」
「それならいいですけど。でも病気との線引きなんて素人には難しいでしょうし、辛かったら無理せず受診して下さいね」
「自分が言ったことを反対に言われちゃったね。ありがとう」
アラーニェさんは壁を下りながらクスクスと笑った。
「でも僕みたいな厚かましい人間でも、本当に自死を選ぶような厚かましい事だけはできないなぁ」
「自死が?厚かましいんですか?」
「そうだよ。たくさんの人を悲しませて、面倒をかけて、この世で一番厚かましい行為じゃないか」
「確かに。それだけの厚かましさがあったらアラーニェさんみたいに厚かましく生きなさいって言いたくなりますね」
「ホントそれ」
私たちは一緒に笑い声を上げ、その時ようやく水平な地面へと降り立つことができた。
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