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31デュラハン2
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「喧嘩が始まりそうなんだ」
エレオさんの言葉に、私はコテリと首を傾げた。
「え?喧嘩?」
「うん……まぁ、とりあえず行ってみよう。ここからは徒歩で隠れながら進んだ方が良さそうだ」
そう言ってエレオさんは白馬から降りた。
そして私に手を貸して降りるのを助けてくれる。
ナルシーだが、女性に優しい騎士様なのは確かだ。
私は身を低くして先を行くエレオさんの後を追った。
それからしばらく進んでいくと、急に大きな物音がしてきた。
「あちゃあ……始まっちゃったか」
エレオさんは小声でつぶやきながら茂みの陰に入った。
私も同じようにして、そっとその先を覗く。
私たちの視界にまず入ってきたのは、期待していた通りの凛々しい一本角と白く美しい毛並みだった。
ユニコーンだ。
しかし、それだけではない。そのユニコーンと角をぶつけ合っている、二本角で漆黒の毛並みをした馬も目に入った。
「バイコーン……」
そうつぶやいたエレオさんの声は苦々しげだった。
二本角の黒い馬モンスター、バイコーン。こちらの方も私にとっては初見のモンスターだ。
「バイコーンって、どんなモンスターなんですか?」
「ユニコーンとよく似てるといえば似てるモンスターだね。獰猛なところとか、馬らしく足が速いところとか。でもユニコーンの角には解毒作用がある一方、バイコーンの角は毒になると言われてる。それにユニコーンは処女が好きだけど、逆にバイコーンは淫乱な娘が好きなんだ」
「い、淫乱……」
「そうだよ。そんなだから性格的には真反対なのかもしれないね。やっぱり気が合わないのかな?今もああやって、群れの縄張り争いで喧嘩してるんだと思う」
言われてよく見ると、数十体のユニコーンとバイコーンが二体の戦いを遠目に眺めていた。
おそらく群れのトップ同士が縄張りをかけて戦っているのを、固唾を飲んで見守っているという状況なのだろう。
二体は震えながら角を押し合っていたが、バイコーンの方がユニコーンの角を下から弾き上げた。
そして上を向いた首めがけて、二本の角で突きかかる。
これで勝負は決まった。少なくとも、傍目にはそう思えるほどの鋭い突きだった。
が、ユニコーンは信じがたいほどの脚力で地を蹴り、それを避けた。斜め前に跳び、さらに素早く向きを変えて今度はユニコーンが突きかかる。
バイコーンは攻撃の勢いを殺さずそのまま駆け、角をかわした。そして背後から迫るユニコーン目掛けて後ろ足の蹴りを繰り出す。
ユニコーンは首を反らしてそれをかわし、いったん足を止めた。
バイコーンも仕切り直しと思ったようで、軽い嘶きを上げてユニコーンに向き直った。
凄まじいまでのハイレベルな戦いだ。群れのトップともなると、相当な強さということだろう。
ただ、戦い自体はすごいものでも今の私たちにとっては迷惑でしかない。
当然エレオさんも同じことを感じているようだ。
「タイミングが悪いな。はぐれる個体が出るのを待って仕留めたかったのに……」
私たちの狙いは群れから離れてしまった個体だった。肉食獣もよくそうやって狩りをする。
しかしこんな風に観戦に集中していたら、群れから距離のある個体など出ないだろう。
「仕方ない。二体の戦いが決着するまで待とうか。そしたらまた移動を始めるだろうから、そこで離れた個体を……」
エレオさんがそこまで言ったところで、また激しい音が森中に響き渡った。
ユニコーンとバイコーンが角をぶつけたのだ。
角は突き刺されるのが一番怖いだろうが、横殴りにされるのもかなり効きそうだった。それに振る方が攻撃範囲も広いから厄介だ。
二体は見ていて怖くなるほどの打ち合いをしながら、お互いにとって有利な立ち位置を求めて移動する。
そして同時に大きくジャンプし、茂みのそばへと降り立った。
私たちが隠れている茂みのそばへと。
「マズイ!下がるんだ!」
エレオさんが私を押しながら素早く立ち上がった。
直後にユニコーンとバイコーンの角が襲いかかってくる。
さすがにこの距離まで近づけば私たちに気づかないはずがない。モンスターたちは人間二人にターゲットを切り替えていた。
エレオさんは私を守るように立ちはだかり、腰の剣を抜いて迎撃した。
剣を華麗に舞わせて角の連撃を捌いていく。
それは役者さんが身につけているとは思えないような、熟練した動きだった。
流れるような剣技に、私は思わず感嘆の声を上げた。
「エレオさん……強い!」
「ありがとう!強いほうがカッコいいから頑張って鍛えたんだ!」
状況が状況なのだが、私の頬は苦笑で引きってしまった。
カッコいいからここまで鍛えるって。本当に子供をすごくしたみたいな人だな。
(でも考えてみたら、子供っぽい願望って人の原動力としてはすごく強いものかも。それに間違いなく心が望んでることだし、叶えば嬉しいし)
エレオさんは美しく剣を振りながら言葉を足してきた。
「それにさ、女の子を守れたほうがカッコいいでしょ!?」
世の中は男女平等がどうとか色々言っているが、イケメン騎士様にそう言われて嫌な女子はまずいないだろう。
私も思わずときめいた。
(エレオさん、やっぱりすごい人ではあるんだろうな。子供っぽいのもなんだか可愛い気もするし)
それに願望は子供っぽければ子供っぽいほど、不思議とキラキラして感じられるものだ。
大人としての生活を守りながらなら、そういったものを追う人生は悪くなさそうに思える。
私はそんなことを感じながらレッド、ブルー、イエローのスライム三匹衆を召喚した。
しかし、三匹にアタックさせるにはエレオさんとユニコーン、バイコーンの距離が近いように感じられる。
「タイミングを見てうちの子たちに攻撃させます!合図してから下がってください!」
「了解だよ!じゃあその前にちょっと撹乱!」
エレオさんは自分の首を飛ばし、ユニコーンとバイコーンの間に向かわせた。
突然切り離された頭部に二体は驚き、その体を一瞬硬直させた。
(上手い!)
私はそう思ったものの、それは二体の次の行動ですぐに否定されることになる。
どうやらユニコーンもバイコーンもかなり頭の良いモンスターのようで、すぐに首が飛んだことを受け入れた。
しかも、先ほどまで敵同士だった二体が急に連携を取り出したのだ。
バイコーンが二本の角でエレオさんの行く先を遮る。そして動きの鈍ったところをユニコーンの角が下から殴り上げてきた。
エレオさんはそれをかわそうとしたが、わずかにかすってしまった。
その小さな衝撃で脳震盪を起こしてしまったらしく、綺麗な顔が白目を向いて落ちていった。そして地面の上をゴロゴロと転がる。
頭が意識を失ってしまったので、体の方も当然力が抜けて倒れた。
「エレオさん!」
私は叫びつつ、スライムたちにアタックの準備を命じた。三体に意識を集中して魔素を込める。
が、私は違和感を感じてすぐには攻撃をしなかった。
エレオさんを無力化したユニコーンとバイコーンから、急に殺気が感じられなくなったのだ。
(な、何……?何だろう、これ……?何ていうか、むしろ好意のようなものを感じるんだけど)
実際、二体はすぐにでも私に突きかかれる距離にいるにも関わらず、じっとこちらを見ているだけだった。
そしてゆっくりと歩み寄ってくる。
(……そうか、私がユニコーンの好きな清らかな乙女だからだ。でも……バイコーンは何で?)
私にはその理由が全く分からなかった。
エレオさんが『バイコーンは淫乱な娘が好きなんだ』と言っていたのは覚えているが、バイコーンが私に好意を寄せる理由がさっぱり分からない。
(なぜだろう?私は完全な清純派女子なのに……)
必死に現実から目を背けようとする私へ、ユニコーンとバイコーンは少しずつ近づいてくる。
しかしもうすぐ手が届くというところまで来て、急に二体はビクリと体を震わせた。
そして一歩後退る。
「え?どうしたの?」
いぶかしむ私に対し、二体はものすごく挙動不審な態度を見せた。
私に一歩近づいたと思ったら、また一歩下がる。そして頭を強く振り、足や尻尾をばたつかせる。
か弱気な嘶き声は、恐怖の入り混じった混乱を感じさせた。
(もしかして……私の存在がユニコーンとバイコーンにとって未知のもので、だから混乱してるのかな?)
私は間違いなく清らかな乙女だが、同時にこの世界に来てから得てしまった発情体質を併せ持っている。
相反する二つの性質が二体を混乱させているのかもしれない。
しかし、私にとってそれは受け入れ難いことだった。
私は清純派女子なのであるからして、淫乱などという暗黒面には絶対に勝たなければならないのだ。
私はできうる限りの清らかな表情を作り、ユニコーンへ微笑みかけた。
そしてゆっくりと歩み寄る。
「怖がらなくていいよ。ほら?私はあなたの大好きな清らかな乙女なんだから……」
そう語りかけながら、優しく手を伸ばす。
ユニコーンはその手を見て、明らかにギョッとした。そしてブルブルと震えながら、私を恐怖の瞳で見つめてくる。
私はその様子に少なからぬショックを受けたが、こうなってはこちらももはや意地だ。
清純派女子として、何が何でも好きになってもらおうと思った。
「ほ~ら、ヨシヨシしてあげるよ?私のヨシヨシはうちの子たちに大好評なんだから……」
そう言って、ユニコーンの角を撫でてやった。
それでユニコーンの心は和み、私の膝枕でお休み……という未来を思い描いていたのだが、現実はまるで違ったものになった。
私に角を撫でられたユニコーンは恐怖と混乱とが極地に達したらしく、失神して倒れてしまった。
ブクブクと泡を吹き、完全に意識を失っている。
「ちょっと……それは失礼すぎない?」
不満を口にした私の横で、バイコーンの角が揺れた。
どうやらバイコーンも同じように怖がっているらしく、可愛そうなほど震えている。
「いや、あなたは離れていいんだよ?私はあなたの好きなやつじゃないから」
そう言ってバイコーンの角を押す。
すると先ほどユニコーンがそうなったように、バイコーンも精神が耐えきれなくなったようでその場に倒れ込んでしまった。
同じように泡を吹いて失神している。
私は非常に複雑な思いで二体を見下ろした。
それから私たちの様子を遠目に見ていたユニコーンの群れへ目を向ける。
すると、私の視線を受けたユニコーンたちは一斉に後退った。
次にバイコーンの群れの方を見ると、やはり同じように後退られた。
私はアレか。魔王か何かか。
さっきも聖女のようなスマイルでユニコーンに触れたつもりだったのに、向こうからしたら邪悪な笑みを浮かべる魔王にでも触れられた気分だったのかもしれない。
心に大きな傷を受けつつ、物悲しい感情をにじませた声で呪文を唱えた。
「……セルウス・リートゥス」
青く光った私の指は、なんの抵抗もなく二体の体に沈んでいった。そして蔦状の紋様が浮かび上がる。
ムクリと起き上がった二体に対して、私は名前をつける前に一つ確認をした。
「あなたたち、もし私のそばにいることが苦しいならうちの子になる必要はないよ。断るならこのまま逃がしてあげる」
隷属魔法は成立したものの、先ほどの反応をされながらそばにいられるのも辛い。
エレオさんには申し訳ないが、二体の意思を尊重しようと思った。
しかし、念話で帰ってきた二体の回答は意外にも『もう怖くない』というものだった。
(え?なになに?……隷属魔法を通して私の魔素を受けたから、世の中には『こういうもの』もあるってよく分かった。だからもう怖くない、ってことか……)
二体からの念話で、そういった趣旨の返事が伝わってきた。
言われてみれば、確かによく分からないものには恐怖を感じるものだが、その存在を認知して受け入れてしまえば急に怖くなくなる。
つまりは、そういうことだろう。
「よかった。じゃあ二人とも今日からうちの子だね。名前は……ユニコとバイコだ!よろしくね、ユニコ、バイコ」
私は二体の角を撫でてやった。
今度は先ほどとは違って嫌がられず、むしろ喜んでくれているのが伝わってきた。
「でも……あなたたちが認知できた『こういうもの』って、どんなもの?」
私はふとそれが気になって聞いてみた。
それは私の魔素から感じ取れる、私の本質のようなものなのだと思う。
その質問に、ユニコとバイコは明確に答えてくれた。
使役モンスターとの念話はあくまで抽象的なものであり、きちんとした言葉が伝わってくるものではない。
しかし二体の返してきた回答は、無慈悲なまでにハッキリと私の中で一つの単語を結んでしまった。
それに私がショックを受けているところへ、エレオが起き上がってきた。
ようやく意識が戻ったようだ。
「んんん……あれ?もしかして、もう隷属完了しちゃったのかな?すごいね、クウさんは凄腕の召喚士だ……」
「違う!!」
私は大声で否定の言葉を口にした。
驚いたエレオさんは目を丸くして戸惑いの言葉をあげる。
「えっ……な、何が?」
聞かれた私は答えなかった。
もちろん先ほどの叫びはエレオの言葉を否定したものではない。
だがそれを説明する余裕がないほど、私の心はユニコとバイコから伝えられた単語で埋め尽くされていた。
しかし、その単語は口に出すのが少々はばかられるものだ。
だから私は心の中だけで、また否定の叫び声を上げた。
(違う……私は『処女ビッチ』じゃない!!)
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈デュラハン〉
デュラハンはアイルランドやスコットランドの民間伝承に登場する首無し、または首を抱えた妖精です。
アンデッド騎士のようなイメージが強いデュラハンですが、一応妖精にカテゴライズされるみたいですね。
その容姿の通り縁起の悪い存在で、デュラハンが訪れた家にはもれなく死もセットで訪れるそうです。
首が切れているのはあくまで外見上の問題で、その本質的な役割は『死の予告者』というわけです。
しかもその演出がすごくて、『家人にタライいっぱいの血を浴びせかける』という最悪な嫌がらせで予告するのだとか。
めっちゃ迷惑。
ちなみに『エレオ』の名前はアーサー王伝説に登場する『エレオーレス』という人物からいただきました。
エレオーレスは決闘で首を斬られた後にその首を抱えて悠然と去った騎士なのですが、こっちは別にデュラハンというではなくただの魔法使いです。
〈ユニコーンとバイコーン〉
ユニコーンは一本角、バイコーンは二本角の馬で、古くから様々な地域で語り継がれている幻想生物です。
もしかしたらバイコーンの方は初めて聞いたという方もいるかもしれません。
実際、ユニコーンが存在するからバイコーンが出来たのだろうと思われるほど色々真反対です。
ユニコーンは白くて純潔の象徴、バイコーンは黒くて不純の象徴であるとされます。
角の効能も作中で触れたとおり、解毒と毒化で対照的です。
ただ双方とも非常に獰猛な生物であるという点は共通しており、なんとなく清らかなイメージを持たれるユニコーンですらモンスターに近い位置づけなんですね。
この性格のせいでノアの方舟からも漏れてしまい、現代にはユニコーンが生き残っていない、という話まであります。
そういうこともあってか、ユニコーンはキリスト教において『七つの大罪』とされる不徳の一つ、『憤怒』の象徴とされることもあるそうです。
ちょっと悪魔的な扱いなんですね。
まぁそもそも処女好きなんて時点でロクでもない生物な気はします(笑)
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
エレオさんの言葉に、私はコテリと首を傾げた。
「え?喧嘩?」
「うん……まぁ、とりあえず行ってみよう。ここからは徒歩で隠れながら進んだ方が良さそうだ」
そう言ってエレオさんは白馬から降りた。
そして私に手を貸して降りるのを助けてくれる。
ナルシーだが、女性に優しい騎士様なのは確かだ。
私は身を低くして先を行くエレオさんの後を追った。
それからしばらく進んでいくと、急に大きな物音がしてきた。
「あちゃあ……始まっちゃったか」
エレオさんは小声でつぶやきながら茂みの陰に入った。
私も同じようにして、そっとその先を覗く。
私たちの視界にまず入ってきたのは、期待していた通りの凛々しい一本角と白く美しい毛並みだった。
ユニコーンだ。
しかし、それだけではない。そのユニコーンと角をぶつけ合っている、二本角で漆黒の毛並みをした馬も目に入った。
「バイコーン……」
そうつぶやいたエレオさんの声は苦々しげだった。
二本角の黒い馬モンスター、バイコーン。こちらの方も私にとっては初見のモンスターだ。
「バイコーンって、どんなモンスターなんですか?」
「ユニコーンとよく似てるといえば似てるモンスターだね。獰猛なところとか、馬らしく足が速いところとか。でもユニコーンの角には解毒作用がある一方、バイコーンの角は毒になると言われてる。それにユニコーンは処女が好きだけど、逆にバイコーンは淫乱な娘が好きなんだ」
「い、淫乱……」
「そうだよ。そんなだから性格的には真反対なのかもしれないね。やっぱり気が合わないのかな?今もああやって、群れの縄張り争いで喧嘩してるんだと思う」
言われてよく見ると、数十体のユニコーンとバイコーンが二体の戦いを遠目に眺めていた。
おそらく群れのトップ同士が縄張りをかけて戦っているのを、固唾を飲んで見守っているという状況なのだろう。
二体は震えながら角を押し合っていたが、バイコーンの方がユニコーンの角を下から弾き上げた。
そして上を向いた首めがけて、二本の角で突きかかる。
これで勝負は決まった。少なくとも、傍目にはそう思えるほどの鋭い突きだった。
が、ユニコーンは信じがたいほどの脚力で地を蹴り、それを避けた。斜め前に跳び、さらに素早く向きを変えて今度はユニコーンが突きかかる。
バイコーンは攻撃の勢いを殺さずそのまま駆け、角をかわした。そして背後から迫るユニコーン目掛けて後ろ足の蹴りを繰り出す。
ユニコーンは首を反らしてそれをかわし、いったん足を止めた。
バイコーンも仕切り直しと思ったようで、軽い嘶きを上げてユニコーンに向き直った。
凄まじいまでのハイレベルな戦いだ。群れのトップともなると、相当な強さということだろう。
ただ、戦い自体はすごいものでも今の私たちにとっては迷惑でしかない。
当然エレオさんも同じことを感じているようだ。
「タイミングが悪いな。はぐれる個体が出るのを待って仕留めたかったのに……」
私たちの狙いは群れから離れてしまった個体だった。肉食獣もよくそうやって狩りをする。
しかしこんな風に観戦に集中していたら、群れから距離のある個体など出ないだろう。
「仕方ない。二体の戦いが決着するまで待とうか。そしたらまた移動を始めるだろうから、そこで離れた個体を……」
エレオさんがそこまで言ったところで、また激しい音が森中に響き渡った。
ユニコーンとバイコーンが角をぶつけたのだ。
角は突き刺されるのが一番怖いだろうが、横殴りにされるのもかなり効きそうだった。それに振る方が攻撃範囲も広いから厄介だ。
二体は見ていて怖くなるほどの打ち合いをしながら、お互いにとって有利な立ち位置を求めて移動する。
そして同時に大きくジャンプし、茂みのそばへと降り立った。
私たちが隠れている茂みのそばへと。
「マズイ!下がるんだ!」
エレオさんが私を押しながら素早く立ち上がった。
直後にユニコーンとバイコーンの角が襲いかかってくる。
さすがにこの距離まで近づけば私たちに気づかないはずがない。モンスターたちは人間二人にターゲットを切り替えていた。
エレオさんは私を守るように立ちはだかり、腰の剣を抜いて迎撃した。
剣を華麗に舞わせて角の連撃を捌いていく。
それは役者さんが身につけているとは思えないような、熟練した動きだった。
流れるような剣技に、私は思わず感嘆の声を上げた。
「エレオさん……強い!」
「ありがとう!強いほうがカッコいいから頑張って鍛えたんだ!」
状況が状況なのだが、私の頬は苦笑で引きってしまった。
カッコいいからここまで鍛えるって。本当に子供をすごくしたみたいな人だな。
(でも考えてみたら、子供っぽい願望って人の原動力としてはすごく強いものかも。それに間違いなく心が望んでることだし、叶えば嬉しいし)
エレオさんは美しく剣を振りながら言葉を足してきた。
「それにさ、女の子を守れたほうがカッコいいでしょ!?」
世の中は男女平等がどうとか色々言っているが、イケメン騎士様にそう言われて嫌な女子はまずいないだろう。
私も思わずときめいた。
(エレオさん、やっぱりすごい人ではあるんだろうな。子供っぽいのもなんだか可愛い気もするし)
それに願望は子供っぽければ子供っぽいほど、不思議とキラキラして感じられるものだ。
大人としての生活を守りながらなら、そういったものを追う人生は悪くなさそうに思える。
私はそんなことを感じながらレッド、ブルー、イエローのスライム三匹衆を召喚した。
しかし、三匹にアタックさせるにはエレオさんとユニコーン、バイコーンの距離が近いように感じられる。
「タイミングを見てうちの子たちに攻撃させます!合図してから下がってください!」
「了解だよ!じゃあその前にちょっと撹乱!」
エレオさんは自分の首を飛ばし、ユニコーンとバイコーンの間に向かわせた。
突然切り離された頭部に二体は驚き、その体を一瞬硬直させた。
(上手い!)
私はそう思ったものの、それは二体の次の行動ですぐに否定されることになる。
どうやらユニコーンもバイコーンもかなり頭の良いモンスターのようで、すぐに首が飛んだことを受け入れた。
しかも、先ほどまで敵同士だった二体が急に連携を取り出したのだ。
バイコーンが二本の角でエレオさんの行く先を遮る。そして動きの鈍ったところをユニコーンの角が下から殴り上げてきた。
エレオさんはそれをかわそうとしたが、わずかにかすってしまった。
その小さな衝撃で脳震盪を起こしてしまったらしく、綺麗な顔が白目を向いて落ちていった。そして地面の上をゴロゴロと転がる。
頭が意識を失ってしまったので、体の方も当然力が抜けて倒れた。
「エレオさん!」
私は叫びつつ、スライムたちにアタックの準備を命じた。三体に意識を集中して魔素を込める。
が、私は違和感を感じてすぐには攻撃をしなかった。
エレオさんを無力化したユニコーンとバイコーンから、急に殺気が感じられなくなったのだ。
(な、何……?何だろう、これ……?何ていうか、むしろ好意のようなものを感じるんだけど)
実際、二体はすぐにでも私に突きかかれる距離にいるにも関わらず、じっとこちらを見ているだけだった。
そしてゆっくりと歩み寄ってくる。
(……そうか、私がユニコーンの好きな清らかな乙女だからだ。でも……バイコーンは何で?)
私にはその理由が全く分からなかった。
エレオさんが『バイコーンは淫乱な娘が好きなんだ』と言っていたのは覚えているが、バイコーンが私に好意を寄せる理由がさっぱり分からない。
(なぜだろう?私は完全な清純派女子なのに……)
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しかしもうすぐ手が届くというところまで来て、急に二体はビクリと体を震わせた。
そして一歩後退る。
「え?どうしたの?」
いぶかしむ私に対し、二体はものすごく挙動不審な態度を見せた。
私に一歩近づいたと思ったら、また一歩下がる。そして頭を強く振り、足や尻尾をばたつかせる。
か弱気な嘶き声は、恐怖の入り混じった混乱を感じさせた。
(もしかして……私の存在がユニコーンとバイコーンにとって未知のもので、だから混乱してるのかな?)
私は間違いなく清らかな乙女だが、同時にこの世界に来てから得てしまった発情体質を併せ持っている。
相反する二つの性質が二体を混乱させているのかもしれない。
しかし、私にとってそれは受け入れ難いことだった。
私は清純派女子なのであるからして、淫乱などという暗黒面には絶対に勝たなければならないのだ。
私はできうる限りの清らかな表情を作り、ユニコーンへ微笑みかけた。
そしてゆっくりと歩み寄る。
「怖がらなくていいよ。ほら?私はあなたの大好きな清らかな乙女なんだから……」
そう語りかけながら、優しく手を伸ばす。
ユニコーンはその手を見て、明らかにギョッとした。そしてブルブルと震えながら、私を恐怖の瞳で見つめてくる。
私はその様子に少なからぬショックを受けたが、こうなってはこちらももはや意地だ。
清純派女子として、何が何でも好きになってもらおうと思った。
「ほ~ら、ヨシヨシしてあげるよ?私のヨシヨシはうちの子たちに大好評なんだから……」
そう言って、ユニコーンの角を撫でてやった。
それでユニコーンの心は和み、私の膝枕でお休み……という未来を思い描いていたのだが、現実はまるで違ったものになった。
私に角を撫でられたユニコーンは恐怖と混乱とが極地に達したらしく、失神して倒れてしまった。
ブクブクと泡を吹き、完全に意識を失っている。
「ちょっと……それは失礼すぎない?」
不満を口にした私の横で、バイコーンの角が揺れた。
どうやらバイコーンも同じように怖がっているらしく、可愛そうなほど震えている。
「いや、あなたは離れていいんだよ?私はあなたの好きなやつじゃないから」
そう言ってバイコーンの角を押す。
すると先ほどユニコーンがそうなったように、バイコーンも精神が耐えきれなくなったようでその場に倒れ込んでしまった。
同じように泡を吹いて失神している。
私は非常に複雑な思いで二体を見下ろした。
それから私たちの様子を遠目に見ていたユニコーンの群れへ目を向ける。
すると、私の視線を受けたユニコーンたちは一斉に後退った。
次にバイコーンの群れの方を見ると、やはり同じように後退られた。
私はアレか。魔王か何かか。
さっきも聖女のようなスマイルでユニコーンに触れたつもりだったのに、向こうからしたら邪悪な笑みを浮かべる魔王にでも触れられた気分だったのかもしれない。
心に大きな傷を受けつつ、物悲しい感情をにじませた声で呪文を唱えた。
「……セルウス・リートゥス」
青く光った私の指は、なんの抵抗もなく二体の体に沈んでいった。そして蔦状の紋様が浮かび上がる。
ムクリと起き上がった二体に対して、私は名前をつける前に一つ確認をした。
「あなたたち、もし私のそばにいることが苦しいならうちの子になる必要はないよ。断るならこのまま逃がしてあげる」
隷属魔法は成立したものの、先ほどの反応をされながらそばにいられるのも辛い。
エレオさんには申し訳ないが、二体の意思を尊重しようと思った。
しかし、念話で帰ってきた二体の回答は意外にも『もう怖くない』というものだった。
(え?なになに?……隷属魔法を通して私の魔素を受けたから、世の中には『こういうもの』もあるってよく分かった。だからもう怖くない、ってことか……)
二体からの念話で、そういった趣旨の返事が伝わってきた。
言われてみれば、確かによく分からないものには恐怖を感じるものだが、その存在を認知して受け入れてしまえば急に怖くなくなる。
つまりは、そういうことだろう。
「よかった。じゃあ二人とも今日からうちの子だね。名前は……ユニコとバイコだ!よろしくね、ユニコ、バイコ」
私は二体の角を撫でてやった。
今度は先ほどとは違って嫌がられず、むしろ喜んでくれているのが伝わってきた。
「でも……あなたたちが認知できた『こういうもの』って、どんなもの?」
私はふとそれが気になって聞いてみた。
それは私の魔素から感じ取れる、私の本質のようなものなのだと思う。
その質問に、ユニコとバイコは明確に答えてくれた。
使役モンスターとの念話はあくまで抽象的なものであり、きちんとした言葉が伝わってくるものではない。
しかし二体の返してきた回答は、無慈悲なまでにハッキリと私の中で一つの単語を結んでしまった。
それに私がショックを受けているところへ、エレオが起き上がってきた。
ようやく意識が戻ったようだ。
「んんん……あれ?もしかして、もう隷属完了しちゃったのかな?すごいね、クウさんは凄腕の召喚士だ……」
「違う!!」
私は大声で否定の言葉を口にした。
驚いたエレオさんは目を丸くして戸惑いの言葉をあげる。
「えっ……な、何が?」
聞かれた私は答えなかった。
もちろん先ほどの叫びはエレオの言葉を否定したものではない。
だがそれを説明する余裕がないほど、私の心はユニコとバイコから伝えられた単語で埋め尽くされていた。
しかし、その単語は口に出すのが少々はばかられるものだ。
だから私は心の中だけで、また否定の叫び声を上げた。
(違う……私は『処女ビッチ』じゃない!!)
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☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈デュラハン〉
デュラハンはアイルランドやスコットランドの民間伝承に登場する首無し、または首を抱えた妖精です。
アンデッド騎士のようなイメージが強いデュラハンですが、一応妖精にカテゴライズされるみたいですね。
その容姿の通り縁起の悪い存在で、デュラハンが訪れた家にはもれなく死もセットで訪れるそうです。
首が切れているのはあくまで外見上の問題で、その本質的な役割は『死の予告者』というわけです。
しかもその演出がすごくて、『家人にタライいっぱいの血を浴びせかける』という最悪な嫌がらせで予告するのだとか。
めっちゃ迷惑。
ちなみに『エレオ』の名前はアーサー王伝説に登場する『エレオーレス』という人物からいただきました。
エレオーレスは決闘で首を斬られた後にその首を抱えて悠然と去った騎士なのですが、こっちは別にデュラハンというではなくただの魔法使いです。
〈ユニコーンとバイコーン〉
ユニコーンは一本角、バイコーンは二本角の馬で、古くから様々な地域で語り継がれている幻想生物です。
もしかしたらバイコーンの方は初めて聞いたという方もいるかもしれません。
実際、ユニコーンが存在するからバイコーンが出来たのだろうと思われるほど色々真反対です。
ユニコーンは白くて純潔の象徴、バイコーンは黒くて不純の象徴であるとされます。
角の効能も作中で触れたとおり、解毒と毒化で対照的です。
ただ双方とも非常に獰猛な生物であるという点は共通しており、なんとなく清らかなイメージを持たれるユニコーンですらモンスターに近い位置づけなんですね。
この性格のせいでノアの方舟からも漏れてしまい、現代にはユニコーンが生き残っていない、という話まであります。
そういうこともあってか、ユニコーンはキリスト教において『七つの大罪』とされる不徳の一つ、『憤怒』の象徴とされることもあるそうです。
ちょっと悪魔的な扱いなんですね。
まぁそもそも処女好きなんて時点でロクでもない生物な気はします(笑)
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お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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