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29ワイバーンロード討伐戦6

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【サテュロス パーンの記録】


 僕はこの別働隊にいるべき人間じゃない。だってこの別働隊は少数精鋭で組織されていて、皆それなり以上の戦闘力がある人たちだ。

 しかし、僕は違う。足には多少の自信があるが、主に逃げ足だ。

 それでも僕がこの場にいるのは報酬が目的だった。多くの民間人が金銭やレア素材を求めて参加している。

 といっても、多分僕だけは他の人と期待している報酬が違うはずだ。

 僕はモンスター由来のレア素材にはあまり興味がないし、金銭目的では討伐のような仕事はあまり受けない。

 僕を惹きつけた報酬は、役所からとは別にアステリオスさんからもらえる予定になっているのだ。

「パーン。とっておきの丸秘映像魔石をやるから、今度のワイバーンロード討伐戦に参加しろ」

 映像魔石とは、映像が記録されている魔石のことだ。加工に手間がかかるためあまり出回っていないが、本では得られない体験を得ることができる。

 しかもアステリオスさんが丸秘と言うほどなのだから、かなり期待していいだろう。どんなムフフだろうか?

 あんなムフフだろうか。こんなムフフだろうか。もしかしたらそんなムフフかもしれない。

 そしてアステリオスさんご推薦のムフフは、いつも想像と期待のやや斜め上を行く。これは乗らない手はないと思った。

(でも、ちょっと危なすぎる気が……)

 僕は迫り来るモンスターたちを眺めながら、正直すごく不安を感じていた。

 そもそもの作戦が、こちらの人数に対してかなり多くのモンスターに襲われる可能性が高いものなのだ。

 そして、それが僕の呼ばれた理由でもあるのだが。

「パーン君!笛をお願い!」

 幻術士のカリクローさんが僕の方を振り向いて鋭く指示を出した。

 僕は片目ウインク、片手グッドのポーズでそれに応える。

「任せといて☆カリクローさんみたいな美人にお願いされたらアガっちゃう~♪」

 僕は努めて陽気な声を上げ、自分自身のテンションを上げた。

 そうでなければ音楽に暗い気分に乗ってしまい、魔法のキレが悪くなるのだ。

 僕は横笛に口を当て、音楽を奏でた。それはモンスターにしか分からない特殊な音色で、音に乗せられた魔素が様々な効果を紡ぎ出す。

 いま演奏しているのは睡眠の音曲魔法だ。聞こえる範囲にいるモンスターたちが眠りに落ち、バタバタと倒れていく。

 アステリオスさんが僕に声をかけたのはこれが理由だ。

 つまり僕は広範囲に作用する魔法を使えるので、少数が多数を相手にする今回のような作戦にはうってつけというわけだ。

「すごい!パーン君、えらいわ!」

「ウェ~イ☆」

 僕はカリクローさんに褒められて、本当にテンションが上がった。

 カリクローさんは美人でスタイルが良くて、声が綺麗でしかも人妻だ。

 さらに言うと、笑顔が素敵でお胸も豊満で、お洒落でしかも人妻だ。

(なんか、すごくムフフな感じ……)

 失礼だと思いながら、ついそう思ってしまう。

 仕方ない。自然に感じてしまうことは、仕方がない。

 そのカリクローさんは夫であるケンタウロスのケイロンさんの背に乗り、周囲に素早く目を配っていた。

 そして必要な箇所に幻術で人間の兵士を作り出す。そうやって敵の目を欺いて囲まれるのを避けているのだ。

 その隙にケイロンさんが弓矢でモンスターを倒していく。

(カリクローさん、ここに来るまでかなりキツイ魔法を使い続けてたのに……すごい人だな。僕も頑張らないと)

 あらためてそう思い、また別の曲を吹き始めた。

 僕の魔法は広範囲に効果を及ぼす代わりに、必ずしも効くとは限らない。

 感性に訴えかける魔法だから個体差が大きいのだ。人にもそれぞれ好みの曲があるようなものだろう。

 ただし、ある程度は種族的な傾向が出る。例えば先ほどの睡眠魔法は動物系のモンスターには効きやすく、虫系のモンスターには効きにくい。

 だからアルミラージやオルトロスは多くが眠りについていたが、キラービーやキラーマンティスたちはほとんど起きたままだった。

(あっちの水は甘いぞ~♪)

 僕はそんな気持ちを込めながら笛を吹いた。

 すると、虫系のモンスターは急にフラフラし始める。そしてくるりと向きを変え、山の斜面を下っていった。

 理性を抑え、ある方向へと誘導する音曲魔法だ。もちろん全ての個体に効くわけではないが、それでも数はかなり減らせられた。

(よし、ちゃんと働けてる。これならアステリオスさんも約束通り……)

 そんな事を考えながら笛を吹き続けていると、ふと妙な違和感に襲われた。

(なんだろう?今、視界に入った何かがおかしかったような……)

 目を凝らしてみたが、僕の視界にあるのは眠りこけるモンスターやフラフラと山を下るモンスター、そして魔法にかからなかった個体を射止めるケイロンさんと、それにまたがるカリクローさんだけだ。

(なんだ…………ん?あっ、アレだ!!)

 僕はようやく見つけた。

 ケイロンさんとカリクローさんのそばの木の枝が、ゆっくりと下りてきている。明らかに普通の木ではない。

「トレントだ!!ケイロンさん、カリクローさん!!」

 それは木に擬態できるモンスター、トレントだった。こうやって気づかずに近づいてきた獲物に枝を巻きつけて拘束するのだ。

 僕が声を上げた瞬間、トレントの枝はスピードを上げた。そして馬上のカリクローさんを襲う。

 しかし、僕が声を上げたおかげかカリクローさんは身をよじって枝に掴まれることはなかった。

 ただし、そのかわりに予想もしなかった事態が起こった。

「キャアッ!!」

 カリクローさんは悲鳴を上げた。

 それはそうだろう。トレントの枝は体を空振ったものの、シャツに引っかかってその裾を思い切りめくり上げていた。

 そしてカリクローさんの黒いブラジャーが露出され、僕の目にモロに入ってきた。

(す、すごくセクシーな下着!!それに谷間!!谷間!!人妻の谷間!!)

 僕の頭は瞬時に爆発しそうになった。よもや生きている内にこんなムフフな体験ができようとは。

 しかし、実際にはこんな事を喜んでいる場合ではない。

 トレントの枝はいくつもあり、一本を避けられたとしても即座に追加の数十本が襲いかかってくる。

 そもそもトレントにここまで近づいてしまった時点で、どうやっても逃げるのは無理だったろう。

 実際、ケンタウロスの俊足をもってしても枝をかわせはしなかった。

「ケイロンさん!カリクローさん!」

 二人は枝に絡みつかれ、身動きが取れない状態で吊り上げられた。

「しまった!!」

「ま、マズイわよこれ!!」

 逆さになった二人が苦渋の声を上げる。

 そしてさらに悪いことに、枝がカリクローさんのズボンのウエストに引っかかった。

 その枝はさらに激しく引かれ、ズボンが膝下まで一気に引き下げられる。

 セクシーな下半身の下着があらわになった。

(ガ、ガーターベルト!!人妻の、黒のガーターベルト!!)

 あまりのムフフさに僕はお腹いっぱいになり、アステリオスさんの報酬はもういいかなと思い始めた。

 が、それもこれも無事に帰ってからの話だ。とりあえず今は二人を救わねば。

(で、でも僕には物理的な攻撃力がほぼ無いし……)

 しかも他の戦闘員の人たちとは少し距離があり、すぐには助けてくれそうもない。

 その間に二人は攻撃されるだろう。

(どどど、どうしよう……僕の笛でできること)

 僕は脳みそを高速回転させながら周囲を見回した。そして僅かな可能性にかけ、笛を吹き始める。

 先ほどまでの二曲とは全く異なり、激しいテンポの曲を吹いた。

 聴く者の心を昂ぶらせ、理性を飛ばすほどに興奮させる曲だ。

 すると、今まで寝ていたり、坂を下っていたりしたモンスターたちが急に暴れ始めた。

 暴れると言っても人間を見て襲いかかるというわけではなく、言葉通りその場その場で無茶苦茶に暴れ始めたのだ。

(上手くいってくれ!!)

 僕は祈りつつ、モンスターたちと距離を取った。近くにいるだけで大怪我になってしまう。

 トレントの一番近くにいたモンスターは大型カマキリのモンスター、キラーマンティスだった。

 それが幸いなことに、鎌を振り回してトレントの枝や幹を斬りまくった。

 それはトレントが死ぬほどの攻撃ではなかったものの、ダメージを受けて枝の拘束が緩んだようだ。

 ケイロンさんがぶら下がったまま弓に矢をつがえ、弦を引き絞った。

 そして矢が放たれる。

 魔素の乗った矢はほとんど抵抗なくトレントの体を貫通し、地面に突き刺さった。

 その矢は一撃で急所を貫いたらしい。トレントの枝は力を失い、二人は音を立てて地面に落ちた。

 ケイロンさんは急いで起き上がりながら僕に向かって叫んだ。

「パーン君、しばらくそのままの曲で!近場の敵を倒したらまた睡眠、誘導の曲にしてください!」

 ケンタウロスの賢者は的確な指示を出しつつ、暴れる一方で理性的に襲いかかってこないモンスターたちを射ち始めた。

 その間にカリクローさんは衣服を整えながら、こちらに素敵な笑顔を向けてくれた。

「ありがとう、パーン君のおかげで助かったわ」

 お礼を言われた僕は何も言えず、顔を赤くして小さくうなずいた。

 僕は目の前にムフフがあると、どうしても気が縮こまってしまう。

 やはりチェリーなことが原因なのだろうか?

 しかしこれが原因でチェリーのままになっている気がする。もはや悪循環だ。

 僕の様子を見たカリクローさんが今度は心配してくれた。

「なんだか元気がなくなっちゃったように見えるけど、大丈夫?どこか怪我した?」

 下から上目遣いに僕の顔を覗き込んでくるカリクローさんの胸元に、また谷間がチラ見えした。

 目を逸らそうと下を見ると、今度はふとももがやたらと肉感的に見える。

 もはやカリクローさんのどこを見てもムフフしか感じられなくなってしまった。

(やっぱり僕、一生チェリーのままかも……)

 言葉を出せなくなった僕は、耳まで赤くして小さく首を横に振ることしかできなかった。


****************


【ギルタブルル オブトの記録】


「これが俺の仕事だってことは分かってる。分かってるが……なかなかハードだな」

 俺は目の前のドラゴンをあらためて眺めながら、一人そうつぶやいた。

 愚痴をこぼしたつもりはない。そのハードな仕事に対して充足感を覚える程度には、戦いの中に身を置いてきた。

 親指で頬の傷を撫で、それから鋭い爪の一撃をバックステップでかわす。

 喰らえば簡単に内臓まで裂けることが分かる一撃に、本能が勝手に鳥肌を立てた。

「ハイワイバーンか……普通のワイバーンとはまるで違う生き物だな」

 俺が対峙しているのは、ハイワイバーンというワイバーンの進化形のモンスターだ。

 中位種に属するドラゴンで、ワイバーンロードの手前とも言われている。

 しかしその実力はワイバーンとワイバーンロードの中間ではなく、完全にワイバーンロードよりだ。

 パワー、スピード、タフネス、スキル、そのどれもがワイバーンとは段違いだった。

 そのハイワイバーンは大きく息を吸い、こちらを睨みつけた。

(来る!!)

 俺は全力で地面を蹴り、真横に飛んだ。

 そして次の瞬間、つい先ほどまで俺がいた場所を火柱が通過した。ハイワイバーンが火炎のブレスを吐いたのだ。

 このブレス一つとっても普通のワイバーンには使えないもので、やはり同列には認識できない。

(普通の人間が相手をするのは、まぁ無理だな。俺が別働隊に回されていて良かった)

 俺は別に自画自賛するわけではなく、客観的な判断としてそう思った。

 モンスターには数でどうにかなる奴と、そうでない奴とがいる。

 目の前のハイワイバーンは明らかに後者で、数で押さえようとするのは危険だ。

 束でかかったところで厚い鱗を抜けないから倒せないし、今のような一撃でこちらは大量に兵力を失う。

 だからこちらもそういった強個体に備えて戦闘力の高い者を配置しておかねばならず、それがこの別働隊に俺が選ばれている理由だ。

 つまり俺は強い個体がいれば自動的に回されるという、損といえば損な役回りなのだ。

 が、正直なところ嫌ではない。

「いいぞ、この感じ……嫌いじゃない」

 俺は肌がヒリつくような感覚を覚えたが、それはブレスによる熱さのせいばかりではなかった。

 強敵を前にして、俺の闘争本能が昂ぶっているのだ。

 俺は横飛びから着地するのと同時に、足の鉤爪で地面をしっかりと掴んだ。

 そしてそれを思い切り蹴り、ハイワイバーンへと駆け出す。

 火炎のブレスという大技後の隙を攻めないのはあまりにもったいない。

 俺は一瞬でハイワイバーンとの距離を詰め、そのドテッ腹にサソリの尾の毒針を突き立ててやった。

「っ!?……硬い!!」

 針がハイワイバーンの鱗に弾かれた。

 普通のワイバーンならこんなことはないが、もはや別物なので仕方がないか。

 しかもこの鱗はほぼ全身を覆っている。やはり一筋縄ではいかないようだ。

 俺は上から襲いかかってきた牙をかわしつつ、今までの戦いの経験からいくつかの攻略パターンを頭に思い浮かべた。

 人が難局に直面した時の能力は、結局のところ今までにどれだけの困難を乗り越えてきたかによるところが大きい。

 体で覚えたノウハウこそが、いざという時に役立つのだ。

 俺はすぐそばを通り過ぎたハイワイバーンの頭部に注目した。

 鱗は無理でも、目や口の中なら針が通るだろう。粘膜にまで鱗は張れない。

 そう判断した時には、近くの木に向かって走っていた。

 ハイワイバーンは大きいので、地面からジャンプしたのではキレイに狙った所に攻撃できない可能性がある。

 ギルタブルルの足は鳥の足であるため、幸い鉤爪がついている。木の肌をしっかりと掴み、木を駆け上がった。

 そして十分な高さに到達してから、ハイワイバーンの頭に向かって跳ぶ。

 しかし、ハイワイバーンの反応は早かった。

 すぐに小さく息を吸い、飛んでくる俺に向かって火炎のブレスを吐いてくる。

「……器用だな!!」

 多くのモンスターにとってブレスは必殺技のようなもので、普通はその予備動作が大きい。

 しかしこのハイワイバーンは牽制目的程度の小さいブレスも素早く吐いてみせたのだ。

 俺は空中で体を回転させて、何とか炎をかわした。運良く重心の位置的にかわせたが、喰らっていれば結構なダメージだったろう。

(練り直すか)

 地面に降りた俺は目や口の中を狙うのをいったん中止し、他の手立てを二つ頭に浮かべた。

 一つは全てのドラゴンが持っているという弱点の急所、逆鱗を探す。

 そしてもう一つは何とかして鉤爪で鱗を剥ぎ、そこに毒針を突き刺す。

(逆鱗はそう簡単に見つからんからな……)

 即座にそう判断し、まずは鉤爪で鱗を剥いでみることにする。

 実際に剥げるかどうかは分からないが、こちらの威力にもかなりの自信はあった。

(攻撃されにくい方向から仕掛けるべきだ)

 俺はそう考え、牙や爪、ブレスの届きにくい後ろに向かった。

 真後ろまで行けば尻尾があるので、斜め後ろくらいがベストだろう。

 しかしハイワイバーンはまたすぐに反応し、体を回転させながら尻尾を振り回してきた。

(下がっても当たる!)

 直感的にそれを理解した俺は、むしろハイワイバーンの胴体に肉薄する形で尻尾の直撃を避けた。

 ちょうど尻の下辺りに潜り込むようにしてかわす。

 そして、それを見つけた。ちょっとシワのある、妙に可愛らしい穴を。

(……ん?そういえば、肛門から直腸にかけても粘膜だな)

 鱗にはサソリの尾の毒針が通らない。しかし、粘膜には鱗がない。

(と、いうことは……)

 俺は悩んだ。

 実際には戦闘中だったので、懊悩していた時間は一瞬だったかもしれない。

 しかし、大いに悩みはしたのだ。

「……俺は、俺のなすべき事をなす!!」

 俺の仕事はこの突出して強いモンスターを確実に倒すことだ。仲間のためにもそれをせねばならない。

 俺はサソリの尾を、ハイワイバーンの肛門へと挿入した。ズルリと入った尾の先を、奇妙な感触が包み込む。

 突然肛門に異物を挿入されたハイワイバーンは、何とも言えない微妙な声を上げた。

 それは驚くような、力が抜けるような、それでいてどこか甘ったるいような声だった。

 俺は内部から直腸粘膜に毒針を刺し、思い切り毒を注入した。

 腸には多くの血管が集まっている上、俺の毒には毒魔法が加えてある。

 その効果はすぐに現れて、ハイワイバーンは横向きに倒れて痙攣し始めた。

(……もういいだろう)

 俺はそう判断し、肛門からサソリの尾を引き抜いた。

 そして妙に暖かくて柔らかい感触に包まれていた尾の先を見て、なんとも言いようのない気持ちに包まれた。

「でもまぁ……サソリの毒が効いてくれて良かったよな。もし効かなかったら、蛇の毒を使わないといけなかったし……」

 ギルタブルルの体にはサソリの尾だけではなく、蛇の頭も付いている。

 ただし、その蛇は男が股間からぶら下げているアレなのだ。

 モンスター相手とはいえ、男のシンボルを肛門に挿入するのは気が引ける。

「不幸中の幸い、か……」

 俺はつぶやき、周囲に尾を拭けるものがないか探した。


****************


【ケンタウロス ケイロンの記録】


「……ハイワイバーンも片付けられたみたいだな」

 私は遠くから聞こえてくる物音でそれを察知し、安堵の息を吐いた。

 隣りで妻のカリクローも同じようにしている。

「すごいわね、オブトさん。本来ならあれ一体で勲章ものよ」

「それを言えば、カリクローだってそうだよ。これだけのモンスターを引きつけているんだから」

 カリクローはかなりの広範囲に幻術の兵士を作り出しており、敵を集めていた。

 ここまで来る間にもかなり消耗しているはずなのに、我が妻ながら本当に素晴らしい幻術士だと思う。

「この討伐戦に君を誘うべきか、かなり悩んだが……来てくれて助かった。ありがとう」

 私はあらためて感謝を伝えた。

 身近すぎる妻だからこそ、できるだけそういった気持ちは口にするようにしている。

 カリクローはさすがに疲れた顔をしているものの、それでも気丈に笑いかけてくれた。

 本当に私にはもったいない妻だ。

「まぁ……夫であるあなたが考えた作戦なんだから、妻としては協力しないわけにもいかないわよね。でも今のところ、上手くいってるじゃない」

「そうだね。上手くモンスターたちを引きつけられている。反対側の主戦場と同じように、私たちも囮としての責任を果たせているよ」

 軍では初め、山道のある正面の主戦場を囮にして、こちらの別働隊を本命に攻め上がるという作戦を立てていた。

 しかし、ワイバーンロードの生態研究の文献を読み漁った私はこれに反対した。

 この上位龍は、その程度のことならば『読んでくる』と思ったのだ。

(実際、正面が囮なのは気づかれていた。もし元の作戦通りだったとしたら、仮に別働隊が山頂までたどり着いてもワイバーンロードの周囲は多くのモンスターが固めていただろう)

 そうなれば討伐が困難なものになるのは目に見えていた。だから別働隊を本命と見せかけた囮にすることを提案したのだった。

 長く生きたドラゴンの中には、人間以上の知能を身に着けているものもいる。

 獣に毛が生えた程度のモンスターを相手にしているなどと、夢にも思わない方がいい。

「でも残念だったわね。自分の目でワイバーンロードが見られなくて」

 カリクローは別に残念そうでもなく笑った。

 しかし、私としては本当に残念だ。めったに見られない、生きた上位種のドラゴン。

 本音としては自分の目で見たかった。今でも知的好奇心が騒ぐ。

「まぁ……それはもう仕方ない。作戦の成功が一番大切だからね。無事終わったら、本命部隊の人にどんなだったか聞いてみるよ」

 私は山頂の、さらに上の空に浮かぶ白い雲に目を向けた。

 そして願い込めて、不思議な魅力のある大切な友人の名前をつぶやいた。

「クウさん……無事でいてくださいよ」


※おまけイラストです※






***************


☆元ネタ&雑学コーナー☆

 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。

 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。


〈竜巻とつむじ風〉

 『竜巻』と『台風』の違いは?と言うと、多くの方がなんとなく分かると思います。

 規模が全然違いますし、台風は暖められた海水の上昇気流で発生するから海上でしか生まれません。

 では『竜巻』と『つむじ風(塵旋風じんせんぷう)』の違いはどうでしょう?

 この両者はよく似ていますが、一番の違いは『雲』です。

 竜巻は基本的に積乱雲などの分厚い雲から下へ伸びるような、漏斗状の外見をしています。

 その発生原理には雲が大きく関わっていて、積乱雲が発生するような強い上昇気流が一つのポイントになります。

 一方のつむじ風は晴天時に起こることが多く、雲とは繋がっていません。

 太陽光で暖められた地面からの上昇気流が、たまたま発生した回転気流に重なるなどして起こりします。

 『竜巻』『つむじ風』『台風』はそれぞれ上昇気流の発生源や周囲の状況が違うわけですね。

 ここまで書くと、『あれ?』と思った方もいると思います。

 そう、本編中でハーピーが発生させたのは『竜巻』ではなく、実は『つむじ風』なのです。

 でも『竜巻』って言った方が強そうじゃないですか(笑)

 世のほとんどの作品では風が巻いてたら『竜巻』ということになっていますし、まぁその辺はご勘弁いただければと思います。


〈坐薬〉

 せっかくお尻から薬物を注入する話が出たので(笑)、薬剤師らしい雑学を一つ。

 薬は基本的に『内服薬』と『外用薬』、そして『注射薬』に分けられます。

 内服薬は錠剤やカプセル、外用薬は塗り薬や貼り薬、注射薬はそのままですね。

 では『坐薬』は内服薬に分類されるのか?それとも外用薬に分類されるのか?

 答えは『外用薬』です。

 熱冷ましの坐薬のように、飲み薬と同じく消化管から吸収されて全身に効く薬であっても、坐薬は全て外用薬に分類されます。

 つまり内服薬は経口摂取を基本的な用法とするお薬、ということになりますね。


***************


お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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