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29ワイバーンロード討伐戦5
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【ヒューマン カリクローの記録】
(何あれ……誘ってるのかしら?)
私は目の前にフワフワ浮いている真綿のような雲を見て、そんなことを考えた。
とても柔らかそうだし、気持ち良さそうだ。
そこへ顔をうずめて枕にすれば、すぐにでも眠りにつけるだろう。
このα波がだだ漏れの安眠フワフワ雲は、絶賛睡魔と戦い中の私を誘っているとしか思えない。
「カリクロー!起きてるか!?」
私は夫の声にハッと目を覚ました。
完全に寝てはいなかったが、あと少しで眠りに落ちてしまうところだったようだ。
「だ、大丈夫」
頭を振って答えながら、魔法に集中し直した。
私は今、夫であるケイロンの背に揺られながら広範囲に魔法をかけ続けている。
私の得意とする幻術魔法の一種だが、少し特殊な魔法だ。
簡単に言うと、この魔法は光を屈折させる魔法の膜を発生させる。
ただその扱いは針の穴を矢で射るほどに繊細で難しい。ただ屈折させるだけではなく、膜に当たった光を真反対まで屈折させて再び放出するよう調整しなければならないからだ。
つまるところ、この魔法の膜にあたった光は見かけ上、膜を透過したのと同じことになる。周りから見れば透明になって見えるわけだ。
非常に便利といえば便利な魔法だが、それを四六時中、地面も含めた全方位に向けてやらなければならないのはかなり神経がすり減る作業だった。
単純な魔素の消耗も眠くはなるが、この魔法はそれに加えて過度の集中を強いられる。
疲弊した私の精神は猛烈な睡魔に襲われていた。
「集中、集中……」
夫が声をかけてきたということは、どこかに光の歪みが生じていたのだろう。
私は魔素の補充薬を飲み、自分の顔を叩いた。
「大変だと思うが、予定の時間まであと少しだ。カリクローの幻術が今回の作戦の要だからね。それまで頑張ってくれ」
優しい夫は背中に乗った私をそう励ましてくれた。
私は眠気を覚ますためにも、夫との会話を続けることにした。
「向こうの主戦場は上手くやってるかしら?モンスターの数が多いはずだから大変でしょうね」
主戦場、というのは唯一の山道がある方の斜面のことで、フレイさんが率いる主力部隊が戦っている。
そしていま私たちが登っている獣道は、その反対側の斜面だった。
「そうだね。だが、あくまで囮なのだから無理はしていないはずだ。派手に仕掛けることはあっても、危なくなったらすぐに引く手筈になっているから」
そう、最大の戦力を持ったフレイさんたちは、実は囮なのだ。
ワイバーロードは山一つのモンスターほぼ全てを動かせる。
しかもかなり頭が良いので、こちらの戦力の分散具合を見て必要な箇所に必要な量のモンスター集めてくるはずだ。
それを突破してワイバーロードまでたどり着くのは相当な大仕事になるだろう。そして何より、犠牲も多くなるはずだ。
(モンスターが戦術的な視点まで持っているんだからすごいわよね)
そこには人間としてほとほと感心してしまうが、犠牲のことを考えると感心してばかりもいられない。
そこで私の夫、ケンタウロスの賢者とフレイさんが話し合って一計を案じ、囮を使う作戦を実行することにしたのだった。
まず山道のある正面から派手に攻めて見せて、そこにモンスターが集まったところで別ルートからワイバーロードに奇襲をかける。
戦術的な視点すら持っているワイバーンロードの頭脳を逆手に取ろうというのだ。
ただし、いくら山の反対側で派手に暴れてくれているからといって、全モンスターを向かわせはしないだろう。
奇襲部隊が普通に登ったのでは残ったモンスターにバレて、すぐにワイバーンの知るところになるはずだ。
そこで私が別働隊の全体に姿を見えなくする幻術をかけて、隠密で行軍しているのだった。
私が神経をすり減らして頑張っているかいもあり、今のところモンスターには見つかっていなかった。
しかし、それにしても眠い。
「あなたの背中が快適だから眠くなるんじゃないかしら?」
私はもちろん冗談でそう言ったのだが、真面目な夫は真剣に答えてくれた。
「鞍の振動緩和を切ろうか?悪路だから、それはそれで辛いかもしれないが」
私は思わず苦笑した。
男はどうしてこうなのだろう?女がただ軽い相槌を期待して話したことに、具体的な解決案を提示してくる。
私は夫のこういう真面目なところも好きだが、たまには苦笑の一つも出てしまう。
「このままでいいわよ。それに、そろそろ時間でしょう?戦闘が始まって振動とG緩和が切れてたら、私落馬で死んじゃうかもしれないわ」
「私もそれは勘弁だな」
夫はそう言い、胸のポケットから懐中時計を取り出した。
そしてうなずく。
「予定の時間になったようだ。そろそろカリクローの幻術を解いて、しっかりと動けるようにしよう」
私の魔法に入っている間はあまり大きな動きが取れない。
というのも、周囲の光は中に届かず真反対から出るため、魔法の内側から見た外側は真っ暗だからだ。
ちなみに外からの光が入ってこないので小さな灯火を持って行軍しているが、その光は魔法の内側へ反射するようになっている。
ほんの僅かな範囲しか視界がなくても山を登ってこられているのは、クウちゃんの使役する八咫烏が導いてくれているからだ。
うちの校庭で捕まえた八咫烏が、今は夫の肩に乗ってクチバシで進むべき道を示してくれていた。
夫は周囲の人たちに魔法を解く旨を伝え、それが別働隊全員に伝わっていく。
この魔法では音は遮れないため、みんな小声で話していた。
だが、それももう終わりだ。全員に連絡が行った旨の返事が帰ってきた。
そして夫が私を振り返る。
私は一つうなずいて、それから幻術魔法を解いた。
私たちを囲っていた黒い膜が晴れ、周囲に木々や青空が現れる。
それと同時に、全員が緊張に身を固くした。なぜなら木々の合間合間に、結構な数のモンスターが見て取れたからだ。
(……多い!!)
私は心の中だけで叫んだ。
明らかにモンスターが多すぎる。
もしワイバーンロードが囮になっている山の反対側だけにモンスターを集中させているならば、こちら側にこれほど多くのモンスターはいないはずだ。
つまり、ワイバーンロードは囮が囮であるということに気がついているのだ。だからこちら側にもモンスターをまいて、警戒させている。
「……ワイバーンロードって、本当に頭の良いモンスターね。うちの学校で教鞭を取ってくれないかしら?」
私は軽口を叩いたものの、内心は舌を巻く気持ちだった。
そしてすぐに一体のオルトロスが私たちに気づき、仲間たちに向けて高い遠吠えを上げた。
****************
【ハーピー ハルの記録】
「よっしゃ!気合入れていくか!」
オルトロスが遠吠えを上げた直後、俺は右手の拳を左手の平にぶつけて音を鳴らした。
それから羽根を広げ、空高く飛び上がる。
風が心地いい。空もよく晴れている。のんびり飛ぶには悪くない日だった。
だが、今日ばかりはのんびりなんてしていられない。俺の働き一つが仲間の生死を分ける可能性もあるからだ。
「来やがったな」
オルトロスの遠吠えに反応したワイバーンたちがあちこちから飛び上がり、こちらへと向かってくる。
別働隊の人数はそう多くはない。ワイバーンの群れに囲まれたらさすがに危険だった。
俺はその場で小さく旋回し、全体を見回した。そして最も近いワイバーンに向かって羽ばたく。
飛竜とも呼ばれるワイバーンは、ドラゴンの中でも特に空での活動に特化したモンスターだ。だから当然飛ぶのは下手ではない。
下手ではないのだが、俺たちハーピーから見たら『下手ではない』レベル止まりだ。
「素人じゃねぇけどよ、玄人って呼ばれるには飛行時間が足んねぇんじゃねぇか?」
飛ぶことを仕事にしている俺はそう感じながら、ワイバーンへ向けて風魔法を放った。
突風を塊にしたような魔法で、並のモンスターなら当たれば吹き飛ぶ。
ただし、ワイバーンの重い体なら直撃しても大したダメージにはならないだろう。
だが、それでいいのだ。
風魔法はワイバーンの体ではなく、翼の下辺りをかすめた。
そしてその直後、ワイバーンは空中で大きくバランスを崩した。
「ほらな、風魔法の精度が甘いからそういうことになるんだよ」
ワイバーンも俺たちハーピーもそうだが、翼だけでは空を飛ぶことなどできない。飛ぶには体が重すぎるからだ。
それでも空へ舞い上がれているのは魔法で風を発生させて翼に当てているからで、それがなければ良くて滑空する程度の力しか持ち合わせていない。
俺たちハーピーの多くは風魔法が得意なのだが、ワイバーンはやはり『下手ではない』程度だった。
(多分、肉体の方が強ぇから風魔法の精度を上げる必要がねぇんだろうな)
俺はそうだろうと考えていた。
実際、普通のワイバーンは飛行に風魔法を使用しているものの、攻撃には滅多に用いないと聞く。
今も翼周りの気流を急激に崩されると、簡単に平衡を失った。
「オラオラ!!そんな飛び方じゃ格好の的だぜ!!」
俺は魔法で真空波を発生させた。カマイタチがワイバーンに襲いかかる。
体勢を崩したワイバーンは避けようがない。翼をズタズタに切り裂かれた。
飛行能力の大部分を失ったワイバーンは、傷ついた翼であがきながら落下していく。
「よっしゃ!これですぐに集りゃしねぇだろ」
俺に与えられた仕事はこういうことだった。
翼をやられたワイバーンはそれで死ぬわけではないが、少なくとも別働隊の所に来るのはかなり遅らせられる。
今回の作戦では敵が短時間で殺到するのを避けるのが最も重要だと言われていた。
「それが仲間を守るために一番大切ってこった。じゃあ、気合入れねぇわけにはいかねぇよな!!」
俺は大きく羽根を打ち、次のワイバーンへと向かった。
どのワイバーン相手でも、基本的な戦法は同じだ。翼周りの気流を乱してやり、バランスを崩したところにカマイタチを食らわせる。
それを二度、三度、四度と繰り返して、次々にワイバーンを落としていった。
しかしそれが五度目になった時、少し困った事態になった。
一体でも強いワイバーンが、三体並んで飛んできたからだ。これだけの数を同時に相手にできるだろうか。
「……やらなきゃ仲間がやられる。やるっきゃねぇんだよ!!」
俺は気合を入れ直し、ワイバーンたちへと突っ込んだ。
まずは右端の一体に突風を当ててバランスを崩させる。
定石通りにそこを真空波で攻めようとしたが、その時には残りの二体が俺に食らいつこうとしていた。
俺は真空波を放つのを諦め、大きく羽ばたくのと同時に、もう二体に向けて突風を放った。
それで二体の牙はかわせたものの、次の瞬間には体勢を整え直したもう一体が俺を襲ってくる。
また風魔法でその一体のバランスを崩させたが、やはり仕留める前に残りの二体が襲いかかって来た。
こうなると防戦一方だ。
俺は大きく旋回しながら三体のワイバーンから逃げた。するとその間に他のワイバーンも集まってきて、四体、五体、六体と増えていく。
最終的には十体のワイバーンを引き連れて、大きく円を描きながら飛び回った。
俺は首だけで背後を振り返り、後ろについてくるワイバーンたちを眺めた。
「おお、こりゃいい眺めだな!ワイバーンが俺の舎弟になったみたいだぜ!」
傍目には絶体絶命なのだろうが、ドラゴンを従えて飛んでいるようで、やたらと愉快な気分になる。
笑い声を上げ、大きく円を描きながら何度も回った。
そしていい加減疲れたと感じるほどに回りまくった上で、俺はスピードを上げて円の中心へと急降下した。
そして地面すれすれまで降りてから、上空に向かって思い切り風を起こした。俺の出せる最大出力の突風だ。
瞬間的に強い上昇気流が発生する。
ワイバーンたちはそれで空へと押し上げられ、俺は危険な舎弟たちと距離を取ることができた。
が、それだけでは終わらない。少しの間をおいて、俺が突風を放ったところを中心に大規模な竜巻が発生した。
「覚えときな。風が回転してるところに上昇気流が重なると、竜巻が起こるんだぜ」
俺は竜巻から急いで離れながら舎弟たちに教えてやった。ただし奴らは竜巻でもみくちゃにされているので、多分聞こえはしなかっただろうが。
俺はワイバーン十体を利用して大きな回転気流を作り上げた上で、そこに風魔法の上昇気流を重ねたのだ。
竜巻は風魔法でも起こせるが、ワイバーンたちを翻弄できるほどの竜巻は簡単には作れない。
「それと、竜巻は中心に近いほど風が速いから気をつけろよ」
聞こえないと分かっていながら教えてやりつつ、俺はさらに離れた。
そしてほど良い距離を保ちながら、竜巻から弾き出されたワイバーンを一体一体仕留めていく。
我ながら策が上手くハマったものだと思った。
以前はどんなことも気合だけで何とかなると思っていたものだが、それだけじゃどうにもならない事もあるということをガルーダとクウから学んだ。
「でもまぁ……最後の最後に一番必要なのは、気合だけどな!!」
そう叫びながら、また気合の入ったカマイタチをワイバーンに食らわせてやった。
****************
【スキアポデス モノコリの記録】
「師匠、競争しようよ。どっちが多くのモンスターを倒せるか、勝負だ」
サスケ君が私にそう提案してきた。
彼はクウ君が紹介してくれたスライムの青年で、共に速さを極めんとする同志だ。
ただ、この業界では私に一日の長があるため、こちらが教え諭すことが多い。
気づけば彼は私のことを『師匠』と呼ぶようになっていた。
「君は走れるようになってから勝負事が好きになったな。いいだろう」
私の返事にサスケ君は好戦的な笑みを浮かべた。
そしてその横で、イエロースライムのイエロー君も同じような雰囲気を醸し出しながらプルプルと震える。
私たち三人は別働隊としてワイバーンロードの山を裏側から攻めている。ただし、人数が少ないため敵が一度に集中してしまうと危ない。
そこで私たちはスピードを駆使して走り回り、敵を撹乱することを依頼されていた。
空中はハーピーの青年が担当してくれており、地上は私たちだ。
ハル君といったか、彼も気合いの入ったいい青年で、スピードもかなりのものだった。しかし、やはり私は地を走るスピードに魅せられている。
私はサスケ君の提案を受け入れたが、こちらからも一つ提案することにした。
「勝負はいいが、ルールを少し変えよう。我々はケイロンさんたちのいる場所を中心に、半径二百メートルほどの円周上を繰り返し走る。作戦終了までに何周回れるかを競おう。そしてモンスターを一体倒すごとに、二十分の一周を加算する」
つまり、スピード勝負とモンスター討伐勝負とのミックスだ。速く走り、なおかつたくさん倒した方が勝つ。
「この方が我々の好みだろう?それに討伐作戦上もプラスだ」
速く走れば多くのモンスターを撹乱できるし、多く倒せば敵の集中を防げる。
サスケ君は好戦的な笑みをいっそう深めてうなずいた。
「いいね、さすが師匠だ。やっぱり分かってる」
プルプルと震えるイエロー君もサスケ君に同意のようだ。
我々三人は中毒者だ。スピード中毒者だ。
速さが絡むと、急に楽しくなってしまう。
「でも、さすがに普通には『音速の左足』に勝てる気がしないよ。ちょっとはハンデくれるんでしょ?」
『音速の左足』というのはレースの連覇者である私につけられた二つ名だ。
誰が言い始めたものかは知らないが、嫌いではない。
「ああ、元よりそのつもりだ。君とイエロー君は二人一チームでいい。それならばモンスターを倒しやすくなるから速く回れるだろう」
イエロー君は私たちと本人の希望で、クウ君が貸し出してくれている。
しかしクウ君の方も大変だから、あまり多くの魔素は割けないということだった。このくらいのハンデでちょうどいいように思える。
イエロー君は体を変形させてサスケ君の方に伸ばし、サスケ君も手を伸ばしてハイタッチした。
「OK。それでいいよ」
「よし。では君たちは時計回りに走り、私は反時計回りに走ろう。この辺りの地形は頭に入っているね?」
「大丈夫。しっかり予習したから」
「最後の確認だが、モンスターを完全に仕留め切る必要はない。しばらくの間、まともに戦えないようにすればそれでいいということを忘れずに」
「了解だよ。無理はしないし、撹乱が目的だってちゃんと理解してる」
「よし、では……On your marks」
「Set……」
「「Go!!」」
スピードに魅せられた中毒者たちは、弾かれたように真反対の方向へと走り出した。
半径二百メートルの円周はおよそ一・二キロ。作戦終了の時間は定かでないが、あまり飛ばしすぎるとバテてしまうだろう。
私はペース配分を考えながら足に込める魔素を調節した。
我々スキアポデスは片足だけの種族だが、この片足はだけあれば何だってできる。
「……いるな。やはり結構な数だ」
私の進行方向にモンスターたちが見えてきた。
キラービー三体、キラーマンティス二体が揃ってケイロンさんたちのいる場所へと向かっている。
「やはり正面の攻撃が囮だと気づいていたか……ワイバーンロードとは恐ろしいモンスターだ」
私はつぶやきつつ地を蹴った。そしてジャンプ一つでキラービーたちに一瞬で迫る。
キラービーはこんな速度で接近されるとは思わなかったらしい。
全く反応できず、スピードの乗った蹴りが一体を弾き飛ばした。
「遅い!!」
私はさらに空中で体を横回転させ、残り二体を蹴り飛ばした。
キラービーたちは木に激突して動かなくなる。
「まだまだ!!」
私はそのまま着地せず、今度は体を縦回転させた。
回転した踵が落ちる先にはキラーマンティスの頭がある。
頭は潰れ、首は折れ、キラーマンティスは絶命した。
残った一体のキラーマンティスは、ジャンプ一回で全ての仲間がやられるとは思っていなかったようだ。明らかに動揺している。
私はほとんど無防備になっている胴に向け、鋭い蹴りを放った。
そのキラーマンティスも先ほどのキラービーたちと同様に、木にぶつかって動かなくなった。
「戦いは速さだ。ボサッとしていたら、こうやってすぐに全滅するぞ」
私は死骸にそう言い残し、すぐにまた走り始めた。
(サスケ君とイエロー君は大丈夫だろうか)
少し心配にはなったが、おそらく大丈夫だろう。
イエロー君の魔素は抑えられているとはいえ、いざとなれば念話でクウ君に危機を知らせて魔素を増やしてもらえるはずだ。
以前に見たイエロー君の最大出力は信じがたいほどのものだった。
それを思い出しつつ、目につくモンスターを蹴り飛ばしながら私は走り続けた。
ちょうど半周程度を走ったところで、木々の向こうにサスケ君とイエロー君が見えた。
(何体倒した?)
私はそう問うつもりで口を開きかけたが、すぐに閉じた。サスケ君とイエロー君の後ろからワイバーンが追いかけて来ていたからだ。
「師匠!!厄介なのがいたよ!!」
確かに厄介だ。サスケ君の攻撃力ではワイバーンは倒しきれないだろう。
ハル君が空から牽制してくれているとはいえ、全てのワイバーンを止めることなどできない。
それに、今追いかけて来ている個体のようにワイバーンはそれなりに走れもする。
だが、我々に比べれば遅い。
逃げ続ければやられることはないし、撹乱が目的の我々は倒す必要もない。
サスケ君とイエロー君が無理して倒そうとせず、逃げているのは正解だろう。
(しかし……私たちの競争の邪魔にはなるな)
私はそのことを不快に思った。
私は競争の邪魔をされるのが大嫌いだ。ちょっとしたイレギュラーならば勝負が盛り上がって良いこともあるが、これは少々やりすぎだ。
多少気分を害した私は、ちょっと本気を出すことにした。
「サスケ君、イエロー君、少し横によけておきなさい!!」
そう警告しつつ、足に込める魔素を増やす。すると私の体は急加速し、景色が変わって見えた。
空気の抵抗が大きくなり、まるで水の中を走っているような感覚を覚える。
しかし、ここを超えればさらなる世界が広がっているのだ。
私はサスケ君とイエロー君があけた道の真ん中をトップスピードで走り抜け、そして水平方向にジャンプした。
その瞬間、何かが爆発したような大音が周囲に轟いた。それとともに、強い衝撃波が発生する。
物体が音速を超えるときに生じる衝撃波、ソニックブームだ。
私の体は音波の壁を超えていた。
音速を超えた私は足裏をワイバーンに向けつつ、その胴体の真ん中に突っ込んだ。
超音速のドロップキックだ。
さすがのドラゴンもこの攻撃を食らっては生きていられない。体に私をめり込ませ、泡を吹いて絶命した。
私はワイバーンから体を抜き、サスケ君とイエロー君を振り返った。
「よし、では勝負の続きと行こうか。私は今のも含めて十八体倒したぞ。君たちは何体だね?」
目を丸くしたサスケ君は質問には答えず、代わりに別のつぶやきを漏らした。
「師匠……『音速の左足』じゃなくて、『超音速の左足』じゃん」
※おまけイラストです※
(何あれ……誘ってるのかしら?)
私は目の前にフワフワ浮いている真綿のような雲を見て、そんなことを考えた。
とても柔らかそうだし、気持ち良さそうだ。
そこへ顔をうずめて枕にすれば、すぐにでも眠りにつけるだろう。
このα波がだだ漏れの安眠フワフワ雲は、絶賛睡魔と戦い中の私を誘っているとしか思えない。
「カリクロー!起きてるか!?」
私は夫の声にハッと目を覚ました。
完全に寝てはいなかったが、あと少しで眠りに落ちてしまうところだったようだ。
「だ、大丈夫」
頭を振って答えながら、魔法に集中し直した。
私は今、夫であるケイロンの背に揺られながら広範囲に魔法をかけ続けている。
私の得意とする幻術魔法の一種だが、少し特殊な魔法だ。
簡単に言うと、この魔法は光を屈折させる魔法の膜を発生させる。
ただその扱いは針の穴を矢で射るほどに繊細で難しい。ただ屈折させるだけではなく、膜に当たった光を真反対まで屈折させて再び放出するよう調整しなければならないからだ。
つまるところ、この魔法の膜にあたった光は見かけ上、膜を透過したのと同じことになる。周りから見れば透明になって見えるわけだ。
非常に便利といえば便利な魔法だが、それを四六時中、地面も含めた全方位に向けてやらなければならないのはかなり神経がすり減る作業だった。
単純な魔素の消耗も眠くはなるが、この魔法はそれに加えて過度の集中を強いられる。
疲弊した私の精神は猛烈な睡魔に襲われていた。
「集中、集中……」
夫が声をかけてきたということは、どこかに光の歪みが生じていたのだろう。
私は魔素の補充薬を飲み、自分の顔を叩いた。
「大変だと思うが、予定の時間まであと少しだ。カリクローの幻術が今回の作戦の要だからね。それまで頑張ってくれ」
優しい夫は背中に乗った私をそう励ましてくれた。
私は眠気を覚ますためにも、夫との会話を続けることにした。
「向こうの主戦場は上手くやってるかしら?モンスターの数が多いはずだから大変でしょうね」
主戦場、というのは唯一の山道がある方の斜面のことで、フレイさんが率いる主力部隊が戦っている。
そしていま私たちが登っている獣道は、その反対側の斜面だった。
「そうだね。だが、あくまで囮なのだから無理はしていないはずだ。派手に仕掛けることはあっても、危なくなったらすぐに引く手筈になっているから」
そう、最大の戦力を持ったフレイさんたちは、実は囮なのだ。
ワイバーロードは山一つのモンスターほぼ全てを動かせる。
しかもかなり頭が良いので、こちらの戦力の分散具合を見て必要な箇所に必要な量のモンスター集めてくるはずだ。
それを突破してワイバーロードまでたどり着くのは相当な大仕事になるだろう。そして何より、犠牲も多くなるはずだ。
(モンスターが戦術的な視点まで持っているんだからすごいわよね)
そこには人間としてほとほと感心してしまうが、犠牲のことを考えると感心してばかりもいられない。
そこで私の夫、ケンタウロスの賢者とフレイさんが話し合って一計を案じ、囮を使う作戦を実行することにしたのだった。
まず山道のある正面から派手に攻めて見せて、そこにモンスターが集まったところで別ルートからワイバーロードに奇襲をかける。
戦術的な視点すら持っているワイバーンロードの頭脳を逆手に取ろうというのだ。
ただし、いくら山の反対側で派手に暴れてくれているからといって、全モンスターを向かわせはしないだろう。
奇襲部隊が普通に登ったのでは残ったモンスターにバレて、すぐにワイバーンの知るところになるはずだ。
そこで私が別働隊の全体に姿を見えなくする幻術をかけて、隠密で行軍しているのだった。
私が神経をすり減らして頑張っているかいもあり、今のところモンスターには見つかっていなかった。
しかし、それにしても眠い。
「あなたの背中が快適だから眠くなるんじゃないかしら?」
私はもちろん冗談でそう言ったのだが、真面目な夫は真剣に答えてくれた。
「鞍の振動緩和を切ろうか?悪路だから、それはそれで辛いかもしれないが」
私は思わず苦笑した。
男はどうしてこうなのだろう?女がただ軽い相槌を期待して話したことに、具体的な解決案を提示してくる。
私は夫のこういう真面目なところも好きだが、たまには苦笑の一つも出てしまう。
「このままでいいわよ。それに、そろそろ時間でしょう?戦闘が始まって振動とG緩和が切れてたら、私落馬で死んじゃうかもしれないわ」
「私もそれは勘弁だな」
夫はそう言い、胸のポケットから懐中時計を取り出した。
そしてうなずく。
「予定の時間になったようだ。そろそろカリクローの幻術を解いて、しっかりと動けるようにしよう」
私の魔法に入っている間はあまり大きな動きが取れない。
というのも、周囲の光は中に届かず真反対から出るため、魔法の内側から見た外側は真っ暗だからだ。
ちなみに外からの光が入ってこないので小さな灯火を持って行軍しているが、その光は魔法の内側へ反射するようになっている。
ほんの僅かな範囲しか視界がなくても山を登ってこられているのは、クウちゃんの使役する八咫烏が導いてくれているからだ。
うちの校庭で捕まえた八咫烏が、今は夫の肩に乗ってクチバシで進むべき道を示してくれていた。
夫は周囲の人たちに魔法を解く旨を伝え、それが別働隊全員に伝わっていく。
この魔法では音は遮れないため、みんな小声で話していた。
だが、それももう終わりだ。全員に連絡が行った旨の返事が帰ってきた。
そして夫が私を振り返る。
私は一つうなずいて、それから幻術魔法を解いた。
私たちを囲っていた黒い膜が晴れ、周囲に木々や青空が現れる。
それと同時に、全員が緊張に身を固くした。なぜなら木々の合間合間に、結構な数のモンスターが見て取れたからだ。
(……多い!!)
私は心の中だけで叫んだ。
明らかにモンスターが多すぎる。
もしワイバーンロードが囮になっている山の反対側だけにモンスターを集中させているならば、こちら側にこれほど多くのモンスターはいないはずだ。
つまり、ワイバーンロードは囮が囮であるということに気がついているのだ。だからこちら側にもモンスターをまいて、警戒させている。
「……ワイバーンロードって、本当に頭の良いモンスターね。うちの学校で教鞭を取ってくれないかしら?」
私は軽口を叩いたものの、内心は舌を巻く気持ちだった。
そしてすぐに一体のオルトロスが私たちに気づき、仲間たちに向けて高い遠吠えを上げた。
****************
【ハーピー ハルの記録】
「よっしゃ!気合入れていくか!」
オルトロスが遠吠えを上げた直後、俺は右手の拳を左手の平にぶつけて音を鳴らした。
それから羽根を広げ、空高く飛び上がる。
風が心地いい。空もよく晴れている。のんびり飛ぶには悪くない日だった。
だが、今日ばかりはのんびりなんてしていられない。俺の働き一つが仲間の生死を分ける可能性もあるからだ。
「来やがったな」
オルトロスの遠吠えに反応したワイバーンたちがあちこちから飛び上がり、こちらへと向かってくる。
別働隊の人数はそう多くはない。ワイバーンの群れに囲まれたらさすがに危険だった。
俺はその場で小さく旋回し、全体を見回した。そして最も近いワイバーンに向かって羽ばたく。
飛竜とも呼ばれるワイバーンは、ドラゴンの中でも特に空での活動に特化したモンスターだ。だから当然飛ぶのは下手ではない。
下手ではないのだが、俺たちハーピーから見たら『下手ではない』レベル止まりだ。
「素人じゃねぇけどよ、玄人って呼ばれるには飛行時間が足んねぇんじゃねぇか?」
飛ぶことを仕事にしている俺はそう感じながら、ワイバーンへ向けて風魔法を放った。
突風を塊にしたような魔法で、並のモンスターなら当たれば吹き飛ぶ。
ただし、ワイバーンの重い体なら直撃しても大したダメージにはならないだろう。
だが、それでいいのだ。
風魔法はワイバーンの体ではなく、翼の下辺りをかすめた。
そしてその直後、ワイバーンは空中で大きくバランスを崩した。
「ほらな、風魔法の精度が甘いからそういうことになるんだよ」
ワイバーンも俺たちハーピーもそうだが、翼だけでは空を飛ぶことなどできない。飛ぶには体が重すぎるからだ。
それでも空へ舞い上がれているのは魔法で風を発生させて翼に当てているからで、それがなければ良くて滑空する程度の力しか持ち合わせていない。
俺たちハーピーの多くは風魔法が得意なのだが、ワイバーンはやはり『下手ではない』程度だった。
(多分、肉体の方が強ぇから風魔法の精度を上げる必要がねぇんだろうな)
俺はそうだろうと考えていた。
実際、普通のワイバーンは飛行に風魔法を使用しているものの、攻撃には滅多に用いないと聞く。
今も翼周りの気流を急激に崩されると、簡単に平衡を失った。
「オラオラ!!そんな飛び方じゃ格好の的だぜ!!」
俺は魔法で真空波を発生させた。カマイタチがワイバーンに襲いかかる。
体勢を崩したワイバーンは避けようがない。翼をズタズタに切り裂かれた。
飛行能力の大部分を失ったワイバーンは、傷ついた翼であがきながら落下していく。
「よっしゃ!これですぐに集りゃしねぇだろ」
俺に与えられた仕事はこういうことだった。
翼をやられたワイバーンはそれで死ぬわけではないが、少なくとも別働隊の所に来るのはかなり遅らせられる。
今回の作戦では敵が短時間で殺到するのを避けるのが最も重要だと言われていた。
「それが仲間を守るために一番大切ってこった。じゃあ、気合入れねぇわけにはいかねぇよな!!」
俺は大きく羽根を打ち、次のワイバーンへと向かった。
どのワイバーン相手でも、基本的な戦法は同じだ。翼周りの気流を乱してやり、バランスを崩したところにカマイタチを食らわせる。
それを二度、三度、四度と繰り返して、次々にワイバーンを落としていった。
しかしそれが五度目になった時、少し困った事態になった。
一体でも強いワイバーンが、三体並んで飛んできたからだ。これだけの数を同時に相手にできるだろうか。
「……やらなきゃ仲間がやられる。やるっきゃねぇんだよ!!」
俺は気合を入れ直し、ワイバーンたちへと突っ込んだ。
まずは右端の一体に突風を当ててバランスを崩させる。
定石通りにそこを真空波で攻めようとしたが、その時には残りの二体が俺に食らいつこうとしていた。
俺は真空波を放つのを諦め、大きく羽ばたくのと同時に、もう二体に向けて突風を放った。
それで二体の牙はかわせたものの、次の瞬間には体勢を整え直したもう一体が俺を襲ってくる。
また風魔法でその一体のバランスを崩させたが、やはり仕留める前に残りの二体が襲いかかって来た。
こうなると防戦一方だ。
俺は大きく旋回しながら三体のワイバーンから逃げた。するとその間に他のワイバーンも集まってきて、四体、五体、六体と増えていく。
最終的には十体のワイバーンを引き連れて、大きく円を描きながら飛び回った。
俺は首だけで背後を振り返り、後ろについてくるワイバーンたちを眺めた。
「おお、こりゃいい眺めだな!ワイバーンが俺の舎弟になったみたいだぜ!」
傍目には絶体絶命なのだろうが、ドラゴンを従えて飛んでいるようで、やたらと愉快な気分になる。
笑い声を上げ、大きく円を描きながら何度も回った。
そしていい加減疲れたと感じるほどに回りまくった上で、俺はスピードを上げて円の中心へと急降下した。
そして地面すれすれまで降りてから、上空に向かって思い切り風を起こした。俺の出せる最大出力の突風だ。
瞬間的に強い上昇気流が発生する。
ワイバーンたちはそれで空へと押し上げられ、俺は危険な舎弟たちと距離を取ることができた。
が、それだけでは終わらない。少しの間をおいて、俺が突風を放ったところを中心に大規模な竜巻が発生した。
「覚えときな。風が回転してるところに上昇気流が重なると、竜巻が起こるんだぜ」
俺は竜巻から急いで離れながら舎弟たちに教えてやった。ただし奴らは竜巻でもみくちゃにされているので、多分聞こえはしなかっただろうが。
俺はワイバーン十体を利用して大きな回転気流を作り上げた上で、そこに風魔法の上昇気流を重ねたのだ。
竜巻は風魔法でも起こせるが、ワイバーンたちを翻弄できるほどの竜巻は簡単には作れない。
「それと、竜巻は中心に近いほど風が速いから気をつけろよ」
聞こえないと分かっていながら教えてやりつつ、俺はさらに離れた。
そしてほど良い距離を保ちながら、竜巻から弾き出されたワイバーンを一体一体仕留めていく。
我ながら策が上手くハマったものだと思った。
以前はどんなことも気合だけで何とかなると思っていたものだが、それだけじゃどうにもならない事もあるということをガルーダとクウから学んだ。
「でもまぁ……最後の最後に一番必要なのは、気合だけどな!!」
そう叫びながら、また気合の入ったカマイタチをワイバーンに食らわせてやった。
****************
【スキアポデス モノコリの記録】
「師匠、競争しようよ。どっちが多くのモンスターを倒せるか、勝負だ」
サスケ君が私にそう提案してきた。
彼はクウ君が紹介してくれたスライムの青年で、共に速さを極めんとする同志だ。
ただ、この業界では私に一日の長があるため、こちらが教え諭すことが多い。
気づけば彼は私のことを『師匠』と呼ぶようになっていた。
「君は走れるようになってから勝負事が好きになったな。いいだろう」
私の返事にサスケ君は好戦的な笑みを浮かべた。
そしてその横で、イエロースライムのイエロー君も同じような雰囲気を醸し出しながらプルプルと震える。
私たち三人は別働隊としてワイバーンロードの山を裏側から攻めている。ただし、人数が少ないため敵が一度に集中してしまうと危ない。
そこで私たちはスピードを駆使して走り回り、敵を撹乱することを依頼されていた。
空中はハーピーの青年が担当してくれており、地上は私たちだ。
ハル君といったか、彼も気合いの入ったいい青年で、スピードもかなりのものだった。しかし、やはり私は地を走るスピードに魅せられている。
私はサスケ君の提案を受け入れたが、こちらからも一つ提案することにした。
「勝負はいいが、ルールを少し変えよう。我々はケイロンさんたちのいる場所を中心に、半径二百メートルほどの円周上を繰り返し走る。作戦終了までに何周回れるかを競おう。そしてモンスターを一体倒すごとに、二十分の一周を加算する」
つまり、スピード勝負とモンスター討伐勝負とのミックスだ。速く走り、なおかつたくさん倒した方が勝つ。
「この方が我々の好みだろう?それに討伐作戦上もプラスだ」
速く走れば多くのモンスターを撹乱できるし、多く倒せば敵の集中を防げる。
サスケ君は好戦的な笑みをいっそう深めてうなずいた。
「いいね、さすが師匠だ。やっぱり分かってる」
プルプルと震えるイエロー君もサスケ君に同意のようだ。
我々三人は中毒者だ。スピード中毒者だ。
速さが絡むと、急に楽しくなってしまう。
「でも、さすがに普通には『音速の左足』に勝てる気がしないよ。ちょっとはハンデくれるんでしょ?」
『音速の左足』というのはレースの連覇者である私につけられた二つ名だ。
誰が言い始めたものかは知らないが、嫌いではない。
「ああ、元よりそのつもりだ。君とイエロー君は二人一チームでいい。それならばモンスターを倒しやすくなるから速く回れるだろう」
イエロー君は私たちと本人の希望で、クウ君が貸し出してくれている。
しかしクウ君の方も大変だから、あまり多くの魔素は割けないということだった。このくらいのハンデでちょうどいいように思える。
イエロー君は体を変形させてサスケ君の方に伸ばし、サスケ君も手を伸ばしてハイタッチした。
「OK。それでいいよ」
「よし。では君たちは時計回りに走り、私は反時計回りに走ろう。この辺りの地形は頭に入っているね?」
「大丈夫。しっかり予習したから」
「最後の確認だが、モンスターを完全に仕留め切る必要はない。しばらくの間、まともに戦えないようにすればそれでいいということを忘れずに」
「了解だよ。無理はしないし、撹乱が目的だってちゃんと理解してる」
「よし、では……On your marks」
「Set……」
「「Go!!」」
スピードに魅せられた中毒者たちは、弾かれたように真反対の方向へと走り出した。
半径二百メートルの円周はおよそ一・二キロ。作戦終了の時間は定かでないが、あまり飛ばしすぎるとバテてしまうだろう。
私はペース配分を考えながら足に込める魔素を調節した。
我々スキアポデスは片足だけの種族だが、この片足はだけあれば何だってできる。
「……いるな。やはり結構な数だ」
私の進行方向にモンスターたちが見えてきた。
キラービー三体、キラーマンティス二体が揃ってケイロンさんたちのいる場所へと向かっている。
「やはり正面の攻撃が囮だと気づいていたか……ワイバーンロードとは恐ろしいモンスターだ」
私はつぶやきつつ地を蹴った。そしてジャンプ一つでキラービーたちに一瞬で迫る。
キラービーはこんな速度で接近されるとは思わなかったらしい。
全く反応できず、スピードの乗った蹴りが一体を弾き飛ばした。
「遅い!!」
私はさらに空中で体を横回転させ、残り二体を蹴り飛ばした。
キラービーたちは木に激突して動かなくなる。
「まだまだ!!」
私はそのまま着地せず、今度は体を縦回転させた。
回転した踵が落ちる先にはキラーマンティスの頭がある。
頭は潰れ、首は折れ、キラーマンティスは絶命した。
残った一体のキラーマンティスは、ジャンプ一回で全ての仲間がやられるとは思っていなかったようだ。明らかに動揺している。
私はほとんど無防備になっている胴に向け、鋭い蹴りを放った。
そのキラーマンティスも先ほどのキラービーたちと同様に、木にぶつかって動かなくなった。
「戦いは速さだ。ボサッとしていたら、こうやってすぐに全滅するぞ」
私は死骸にそう言い残し、すぐにまた走り始めた。
(サスケ君とイエロー君は大丈夫だろうか)
少し心配にはなったが、おそらく大丈夫だろう。
イエロー君の魔素は抑えられているとはいえ、いざとなれば念話でクウ君に危機を知らせて魔素を増やしてもらえるはずだ。
以前に見たイエロー君の最大出力は信じがたいほどのものだった。
それを思い出しつつ、目につくモンスターを蹴り飛ばしながら私は走り続けた。
ちょうど半周程度を走ったところで、木々の向こうにサスケ君とイエロー君が見えた。
(何体倒した?)
私はそう問うつもりで口を開きかけたが、すぐに閉じた。サスケ君とイエロー君の後ろからワイバーンが追いかけて来ていたからだ。
「師匠!!厄介なのがいたよ!!」
確かに厄介だ。サスケ君の攻撃力ではワイバーンは倒しきれないだろう。
ハル君が空から牽制してくれているとはいえ、全てのワイバーンを止めることなどできない。
それに、今追いかけて来ている個体のようにワイバーンはそれなりに走れもする。
だが、我々に比べれば遅い。
逃げ続ければやられることはないし、撹乱が目的の我々は倒す必要もない。
サスケ君とイエロー君が無理して倒そうとせず、逃げているのは正解だろう。
(しかし……私たちの競争の邪魔にはなるな)
私はそのことを不快に思った。
私は競争の邪魔をされるのが大嫌いだ。ちょっとしたイレギュラーならば勝負が盛り上がって良いこともあるが、これは少々やりすぎだ。
多少気分を害した私は、ちょっと本気を出すことにした。
「サスケ君、イエロー君、少し横によけておきなさい!!」
そう警告しつつ、足に込める魔素を増やす。すると私の体は急加速し、景色が変わって見えた。
空気の抵抗が大きくなり、まるで水の中を走っているような感覚を覚える。
しかし、ここを超えればさらなる世界が広がっているのだ。
私はサスケ君とイエロー君があけた道の真ん中をトップスピードで走り抜け、そして水平方向にジャンプした。
その瞬間、何かが爆発したような大音が周囲に轟いた。それとともに、強い衝撃波が発生する。
物体が音速を超えるときに生じる衝撃波、ソニックブームだ。
私の体は音波の壁を超えていた。
音速を超えた私は足裏をワイバーンに向けつつ、その胴体の真ん中に突っ込んだ。
超音速のドロップキックだ。
さすがのドラゴンもこの攻撃を食らっては生きていられない。体に私をめり込ませ、泡を吹いて絶命した。
私はワイバーンから体を抜き、サスケ君とイエロー君を振り返った。
「よし、では勝負の続きと行こうか。私は今のも含めて十八体倒したぞ。君たちは何体だね?」
目を丸くしたサスケ君は質問には答えず、代わりに別のつぶやきを漏らした。
「師匠……『音速の左足』じゃなくて、『超音速の左足』じゃん」
※おまけイラストです※
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