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29ワイバーンロード討伐戦3
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【ブラウニー ビリーの記録】
(何あれ……誘ってるのかしら?)
アタシは森の中に雄々しく立つワイバーンの姿を見て、そんなことを考えた。
ドラゴンというのは恐ろしい存在ではある一方で、そのほとんどが見栄えのする凛々しい姿をしている。
中でも翼の生えた飛竜であるワイバーンは特にシルエットが良い。
この姿は、もはやファッションデザイナーであるアタシを誘っているとしか思えなかった。
「……って思ったけど、近くで見るとなんだかイマイチね」
アタシは少し残念な気持ちでそうつぶやいた。
その声が聞こえたワイバーンは驚いて周囲を見回す。
そしてアタシのことを視界に収めはしたものの、何も無かったかのようにまた別のところへ視線を移した。
アタシのことを認識できなかったのだ。
(ブラウニーのステルス魔法、ちゃんとワイバーンにも効いてるわね)
私たちブラウニーは相手から隠れる魔法を得意としている。
ブラウニーは目立ちにくい茶色の衣服を好むことが多いのだが、それは『隠れて生き残る』という進化を選択する過程で身につけた、癖のようなものなのかもしれない。
今アタシが使っているのは、自分のことを認識しづらくする魔法だ。
見えなくなるわけではないが、見えてもアタシがいることに気づきにくくなる。
(って言っても、効きにくいモンスターもいるから安心できないけど。でも今の感じだと、ワイバーンは大丈夫そうね)
アタシは改めてワイバーンの姿を下から上まで見直した。
どうしてもイマイチな感じが拭えないが、どこがいけないのだろう?
(悪くないのよ。悪くないんだけど、近くで見るとなんだかこう……野暮ったい感じがするのよね)
遠目で見た時と、少し印象が違う。
私はその理由が表皮だと気がついた。
(皮がなんだかゴツゴツしてて、エレガンテに欠けるんだわ。もっと滑らかな素材に変えられればいいんだけど……さすがにそれは無理でしょうね。服も着ないでしょうし)
ペットに服を着せる文化をアタシは否定しないけども、少なくともワイバーンは嫌がるだろう。
「じゃあ、ポーズで何とかならないかしら?」
アタシはつぶやくと同時に、もう一つの得意魔法を使った。
指先から糸のついた針が現れ、ワイバーンへと向かって飛んでいく。
「お裁縫の時間よ」
糸はワイバーンの翼に刺さり、次に胴体に刺さった。
そしてまた翼に刺さり胴体に刺さりを繰り返して、翼と胴体とが縫い合わされていく。
この裁縫魔法は相手を傷つけたりすることはできないが、縫われた部分の糸は込められた魔素がなくなるまでは切れない。
ほんの短時間の間に、ワイバーンの両翼は胸を抱くような形で胴体に縫い付けられた。
ここまでされればさすがにワイバーンも私に気がつく。
すぐに大顎を開け、こちらに噛みつこうとしてきた。
「あぁ、ダメよ。口はお上品に閉じててちょうだい。それに足もきちんと揃えて」
アタシは素早い針さばきで口と足とを縫い付けた。
「針仕事の早技には自信があるのよ。よく納期にも追われてるんだから」
翼、口、足を縫われたワイバーンはもうまともに動けはしない。
脅威でもなくなったところで、アタシはまたその全身を眺めた。
「うーん……紳士っぽいポーズを模索してやってみたけど、やっぱりイマイチね」
やはりポーズではなんともならなさそうだ。
というか、むしろ悪くなっている。
「やっぱりワイバーンは迫力がないとダメだわ。ドラゴンなんだから野性味あふれるポーズでないと」
そう思い直したところで、別のワイバーンが現れた。
ステルス魔法を使っていても、さすがに同族を攻撃している所が目に入ればしっかりと認識できる。
その個体はワイバーンの最も得意とする空中からの噛みつき攻撃を繰り出そうと、アタシに向かって急降下してきた。
アタシはそれを見て、ピンとくるものがあった。
「……!!それよそれ!!」
アタシはまず木と木を縫い合わせ、糸の網を作った。
ワイバーンはそれに引っかかり、空中で動きを止める。
「やっぱりワイバーンはこうでなくちゃ」
アタシは網にしていた糸を解除し、今度はワイバーンの体と周囲の木々を糸でつないでいく。
翼や手足、口、胴体が次々と糸で引っ張られ、アタシの理想のポーズを作り出すことができた。
「いいわよ、いいシルエットしてる」
アタシは空中で固定されたワイバーンの周りを歩き、その全身を眺め回した。
ワイバーンは空中で羽を広げ、口を開いて襲いかかろうとする姿勢をとっている。
ドラゴンの迫力が感じられる、いいデザインだ。
「いい。いい、けど……やっぱり野暮ったさは抜けないね。まぁいいわ。シルエットは抜群にいいから、単純化したシンボルデザインとして採用しましょう。今度作る服かカバンに組み入れさせてもらうわ。それか、企業やお店のロゴにするのもアリかもしれないわね」
アタシは野暮ったい表皮の映らない、シルエットだけにした意匠のデザインを頭に思い浮かべた。
そして、その醸し出す雰囲気に満足した。
(誰に似合うかしら?)
やはりこのドラゴンの迫力は男性の方が合うかもしれない。
しかし、モンスターと関係のある仕事をしている子なら女の子もアリだと思った。
「……クウちゃん召喚士だし、ドラゴンのデザインはアリアリかもしれないわね。今度何か作ってあげましょう」
クウちゃんはとりわけ美人というわけでもないのに、不思議な魅力を感じさせる子だ。
そういった子の身につけるものを様々想像することは、私のデザイナーとしての感性をこの上もなく歓ばせるのだった。
****************
【ノーム パラケルの記録】
「ふふふ……ふふふふ……ついにこの日がやってきたぞ。マモル君四号の力を世間に知らしめることができる日が……」
私はつい顔がニヤけるのを抑えられなかった。しかしそれも仕方のないこと。
今日は我が子とも言える戦闘用ゴーレム、マモル君四号のデビュー戦なのだ。テンションも上がる。
前型式までのマモル君は自律式の警備用のゴーレムだった。
しかし、私も開発に尽力したこの四号は操作式の純戦闘用だ。
『ゴーレムを人の家族に』
という私の夢からは多少外れてしまうが、それでも普及すればモンスターからの自衛用として多くの人々を守ってくれるだろう。
四号は自分では動いてくれないので、操縦者がマモル君の中に入って直接操作する必要がある。
その代わりに戦闘力は段違いになっているのだ。
「これはゴーレム利用の素晴らしいモデルケースになるはずだ。成功すれば、きっと世間もゴーレムに注目してくれるぞ」
私は自分自身にそう言い聞かせた。
実はこのセリフ、つい先日にも上司に対してほぼ同じものを発している。
しかし、言われた上司の返事はつれないものだった。
『まだ役所の『認証』が降りてないじゃないか。実戦は時期尚早だというのが上の判断だよ』
認証とは、官公庁から出されるゴーレムの安全性認証だ。
動かすのに必須のものではないが、ゴーレムは土木建築や工業利用が多いため、ほとんどの型式がこの認証を取得している。
ただ、今回のゴーレムは危険の多い自律式ではなく操作式だ。それに市販前のプロトタイプによるテストなのだから、そこまで必要だとは思えない。
『認証って……あんなものは飾りです!偉い人にはそれが分からんのですよ!』
そう言って私は上司の背中をゴリ押しに押しまくり、『自分がテストパイロットになって全責任を負う』という条件の下、ワイバーロード討伐戦への参加許可を受けたのだ。
私はマモル君の巨体を見上げた。
身長は三メートル二十五センチある。威風堂々たる姿だ。
足のパネルを操作すると背中のコックピットが開き、操縦席に入れるようになった。
ただし操縦席と言っても中には操縦用の機械はほとんど無い。なぜなら魔法で操作するからだ。
私はマモル君の頭に自分の三角帽を乗せた。
「よし、似合ってるぞ」
ノームの三角帽子は特殊な魔道具になっており、かぶせた対象を操ることのできる魔法を行使できる。
といっても普通の生き物は本人の抵抗があるため、そう簡単には操れない。通常は意識を失わせた状態で使うことが多かった。
ただし、マモル君は意識のないゴーレムだ。
この魔法で動かすにはおあつらえ向きで、ゴーレムの内部構造さえ理解して魔素を込められれば操縦できる。
(だから今はノーム専用みたいになってるけど、そのうち汎用性を高めて……)
できれば市販したいのだから、当然そのつもりで技術開発を急いでいる。
ただし、それにはどうしても資金がかかるのだ。ここらで実績を作っておきたいというのが本音だった。
私は操縦席に入り、コックピットを閉じた。
マモル君に魔素を込めると魔導システムが起動し、目の前のディスプレイに文字列が現れる。
Golem
Unit for
Neoteric
Deft
Arms
Mamoru
この魔導システムが周囲の状況や取るべき操作の提案などを表示してサポートしてくれるのだ。
マモル君には複数のカメラ魔道具が装備されており、サブカメラで背後の状況まで見て取れる。
私は魔素を込める操縦桿を強く握り、自分自身を鼓舞するために声を上げた。
「パラケル、マモル君四号……行きまーす!!」
マモル君が動き出す。
一歩一歩大地を踏みしめ、しっかりと歩いた。
「G制御良好」
本来ならこのサイズの乗り物が歩けば振動やGが物凄いことになる。
しかしコックピットの中は揺れすらほとんど感じないほどの快適さだった。
それを可能にしているのは振動やGを軽減する魔道具で、よく馬の鞍などにも用いられているものだ。
自身に加わる力を感知して、ほぼリアルタイムで搭乗者の全身に同じ方向の念動力をかけることができる。
振動もGもそうだが、慣性の法則によって生じるものだ。静止した自分に対して周囲の動く物が力を加えるから起こるのであって、周囲の物と同時に自分の体が動けば何も感じはしない。
「……!!熱源、九!!」
山中をしばらく進むと、複数体のモンスターが現れた。
「アルミラージ四、キラービー二、オルトロス二、キラーマンティス一……多いな」
モンスターの多い山の中とはいえ、これはちょっと多過ぎる。
やはりワイバーンロードに命じられて、私たちのことを撃退しに来ているのだろう。
プティア側の戦力は山道のある面に集中させているため、敵もこちら側にモンスターを集めているはずだ。
マモル君を認めたモンスターたちは殺気立ち、すぐにこちらに向かってきた。
「来るぞ!!」
アルミラージ二体が全力で駆けてくる。そしてその勢いのまま、鋭利な角をマモル君の足に突き立ててきた。
ガキィン!!
と、硬い音が森に響く。
かなり派手な音はしたものの、マモル君の装甲にはわずかな凹みがニ個作られただけだった。
「そんな攻撃!!」
生身ならともかく、マモル君は全身を特殊合金の装甲で覆われているのだ。一角ウサギの角くらい、どうということはない。
マモル君は両腕を振り上げ、拳を足元のアルミラージへ叩き落とした。
二体とも卵のように潰されて絶命する。
そして体を起こしながら、今度は両拳を頭上へと振り上げた。
空から迫っていた二体のキラービーにぶつけるためだ。
キラービーたちの体はお尻の針ごとへしゃげた。
「四つ!」
マモル君はまたたく間に四体のモンスターを倒した。上々の出だしだ。
しかしまだ敵は五体いる。
残り二体のアルミラージは仲間の角が効かなかったのを見て、足を止めていた。
私はそれに目をつけ、大股で三歩踏み出す。
そしてその三歩目で一体アルミラージを踏みつけ、さらに反対の足でもう一体のアルミラージを蹴飛ばした。
これでアルミラージは全て倒したが、まだモンスターは残っているので息をつく暇はない。今度は双頭犬のオルトロスが飛びかかってくる。
二つの口が左腕に噛み付いてきた。
が、やはり頑丈な装甲はそのくらいでは大した傷にはならない。
マモル君は右腕でオルトロスの首を掴み、軽々と引き剥がした。そして右前方へ向けて掲げるように持ち上げる。
そちらにはキラーマンティスがおり、ちょうど鎌を振り上げてこちらに斬りかかってくるところだった。
キラーマンティスもオルトロスを盾にされたことは分かっただろう。
しかしタイミング的にもう鎌を止めることはできなかった。
オルトロスの胴体はザックリと刻まれてしまう。
「七つ!」
味方を倒してしまい、動揺するキラーマンティスの顔面へ左ストレートをお見舞いする。
その頭部が鈍い音を立てて潰れた。
「八つ!」
最後に残った無傷のオルトロスへ、鎌で斬られた同胞を投げつけた。
オルトロスは横に飛び、嫌そうにそれを避けた。
しかし、避けた先にはマモル君の左足がすでに踏み込んでいる。
それを軸にした大振りの右足が決まり、最後のオルトロスはかなりの勢いで飛ばされていった。
「九つ……」
私は大きな疲労を感じながら、撃墜数のカウントを閉じた。
正直、かなり消耗している。
初めての実戦で、いきなり九体のモンスターを同時に相手にしたのだ。
ただし、消耗と言っても私自身の魔素はそれほど減ってはいない。
マモル君のエネルギーは、その多くが本体に装備された大容量の魔石から供給されているからだ。
と言うか、私の魔素ではこんな重い物まともに動かせはしない。
逆に言えば、非力な私でもこれだけの力を得られるところにゴーレムの素晴らしさがあるのだ。
(マモル君の魔素残量は……七十五パーセントか。やっぱり駆動時間がネックだな)
多数を相手にしたとはいえ、もう四分の一を消費してしまっている。目下の課題はコストと駆動時間だ。
マモル君四号が市販されたら道中の護衛用途で使いたいため、理想を言えば街から街への移動距離分のスタミナが欲しい。
しかし、それにはまだまだ改良や技術革新が必要だ。
私は歩を進めながら今後の改良点について考えた。
「やっぱりこの装甲はオーバースペックなんじゃないかな……アルミラージの角もオルトロスの牙も全然通らなかったし……もっと薄くするか、軽い素材にすれば……そうだ。この際、装甲は使い捨ての安い素材にして、傷付いた部位だけ交換するようにすればコスト的にも……」
歩きながら色々考察していると、マモル君のセンサーが反応した。
また近くに熱源があるようだ。しかも今度は大きい。
「これは……ワイバーン!!」
早くも二回目のエンカウントで本命が来た。
下位種とはいえ、ゴーレムがドラゴンを倒したとなれば世間も注目してくれるだろう。
「見せてもらおうか、ドラゴンのワイバーンの性能とやらを!」
私はワイバーンを前に気合を入れ直した。
データ上でその力を知ってはいるものの、直接対峙するのは初めてだ。
ワイバーンはマモル君を見つけると、すぐに荒い足音を立てて走ってきた。先ほどのモンスターたちもそうだったが、ゴーレムは敵として認識するらしい。
大きな口を開けて噛み付いてくる。
さすがのマモル君もワイバーンの牙をまともに受けたら無事ではいられないだろう。
私は自分に冷静になるよう言い聞かせつつ、十分に引きつけてから思い切り後ろにジャンプした。
「当たらなければどうということはない!」
なんとか避けたマモル君は、地面に足の筋をつけながら止まった。
第一撃を空振ったワイバーンは体を半回転させ、尻尾をぶつけてきた。
その横殴りの一撃を、マモル君は正面から受け止めた。
マモル君シリーズも三号までのパワーと装甲なら耐えられなかっただろうが、四号のフルパワーならワイバーンにも力負けはしない。
「三号とは違うのだよ!三号とは!」
マモル君は尻尾を掴み、思い切り引っ張った。そして力任せに振り回す。
ワイバーンの巨体はそれで吹き飛ぶというようなことはなかったが、それでも地面に倒れて引きずられた。
さしたるダメージはなかったはずだが、ドラゴンたるワイバーンには自分より小さなものに力負けする想定がなかったらしい。
どうやら警戒心を抱いたようで、翼を広げながら助走を始めた。
いったん空に逃れようとしているのだ。
しかし空中に上がられると飛び道具のないマモル君四号としては不利だ。助走するワイバーンの前に素早く回り込む。
が、ワイバーンはマモル君を前にしてもスピードを落とさなかった。それどころか、むしろその前で加速する。
そしてマモル君に足をかけてジャンプした。
「私を踏み台にした!?」
踏み蹴られる形になってバランスを崩しかけたが、何とか体勢を立て直して飛び立とうとするワイバーンへ手を向けた。
そしてその手の指先がワイバーンに向かって伸びていく。
三号にも搭載されていた拘束デバイスだ。
クウさんの協力を得て改善されたシステムは、指先の動きがより洗練されている。
上手くワイバーンに絡みついた。
(でも……大き過ぎるから拘束は無理か)
ワイバーンは指が巻き付いた状態で空へと羽ばたいていく。
マモル君もワイバーンにぶら下がる形で一緒に飛び上がった。
マモル君はかなりの重量があるのだが、それでも高度は上がっていく。私は四苦八苦しながらマモル君を操作し、何とかワイバーンの背中まで這い上がった。
そして這い上がってしまえば、目の前には無防備な首元や背中があるだけだ。
あまりにも急所が攻撃しやすい状況にあるため、むしろワイバーンが少し可愛そうになった。
しかし、同情することはできない。今回の戦いはもはや戦争だ。
「悲しいけどこれ、戦争なのよね」
マモル君は渾身の力を込めて、背骨へと拳を振り下ろした。
鈍い音が響き、おそらく絶命したであろうワイバーンが落下を始める。
「……し、しまった!」
着地のことを完全に失念していた。
やはり冷静に戦っているつもりでも、ドラゴンを相手にテンパっていたのかもしれない。
「落下速度がこんなに速いとは……」
私はつぶやき、ワイバーンや木々がクッションになってくれることを祈りつつ衝撃に備えた。
地面が近づいてくる中、プティア側のどこかの部隊が一体のガーゴイルを前にして逃げ惑っている様子が目に入った。
そして幸か不幸か、マモル君とワイバーンはそのガーゴイルへと向かって落ちていく。
大きな地響きが山にこだまし、私たちは地面にぶつかった。
「いたたた……」
さすがにこれほどの衝撃になるとG制御装置も十分に緩和できない。
操縦席の中であちこちをぶつけた私は、体を固定させるベルトの必要性を強く認識した。
(機体は……大きな問題はなさそうだな。上手くワイバーンが緩衝材になってくれたみたいだ)
そのワイバーンはというと、やはりすでに死んでいるようだった。その上からマモル君を下ろす。
「……やった!!ゴーレムでドラゴンを倒したぞ!!」
私はその金星に感動してガッツポーズを取りかけたが、すぐに神経を再緊張させた。
先ほどどこかの部隊を追い回していたガーゴイルが目に入ったからだ。
(!!……いや、もうやられているのか?)
ありがたいことに、落ちてきたワイバーンが直撃したらしい。
少し離れた所で倒れて動かなくなっていた。
そのガーゴイルは美しい半裸の裸婦像がモンスター化したものだった。
気品ある姿だったが、部隊を一つ後退させるほどの敵だ。見た目の優雅さとは裏腹に、きっと強い個体のだったのだろう。
そのそばには長い槍も落ちていた。
私がその死亡を確認するために一歩近づいた時、その手がゆっくりと動いて槍の柄を握った。
「こいつ……動くぞ!!」
ガーゴイルは素早く身を起こし、起き上がりざまに槍でマモル君の頬を殴打してきた。
衝撃がコックピットにまで伝わってくる。
私が焦っているうちに二発目も来て、今度は反対の頬を殴られた。
「……二度もぶった!親父にもぶたれたことないのに!」
カッとした私は大振りの拳をガーゴイルの綺麗な顔目掛けて放った。
が、その個体はガーゴイルでは考えられないほど速い動きでそれをかわした。
「速い!」
私は驚きつつ、さらに二度、三度拳振るった。
しかし、やはりこの裸婦像のガーゴイルにはかすりもしない。
「ええい!この山のガーゴイルは化け物か!?」
私は少なからぬ敗北感を感じていた。
ゴーレムとガーゴイル。
共に石などを素材にした無機体で、類似の存在といえば類似の存在だ。
しかし残念ながら、向こうの方が性能は圧倒的に上のようだった。
(それでもゴーレム業界の未来を背負った私は負けるわけにはいかない!基本性能が負けているなら負けているで、戦い方はあるはずだ!)
私は眼鏡をクイッと上げながら必死に考えた。
そして即座に基本方針を決定する。
「機体の性能の違いが戦力の決定的差ではないということを教えてやる!」
私は拘束デバイスを作動させ、左手の指を伸ばしてガーゴイルを捕まえようとした。
しかしガーゴイルは素早く指の間を縫い、槍を突き出してくる。その穂先がマモル君の頭を貫いた。
「まだだ!たかがメインカメラをやられただけだ!」
ディスプレイの映像は大半が死んだものの、まだサブカメラでかろうじて周囲の状況は分かる。
私は左手の拘束デバイスの目標を槍へと変え、その柄に絡ませた。これで槍は頭部からそう簡単には抜けないはずだ。
そして槍が抜けずに動きの止まったガーゴイルへ向かって、右の拘束デバイスも起動させた。
槍を引き抜こうと動きを止めてしまったガーゴイルは、今度はよけきれない。
クウさんで練り上げられたマモル君の指は、絶妙な動きでガーゴイルの体中に巻き付いてその動きを封じた。
(勝った!!)
私はそう思ったが、直後に予想だにしない文字列がディスプレイに浮かび上がった。
「……パワーダウンだと!?」
マモル君のエネルギーが底をついたのだ。拘束デバイスが急速に力を失って地に落ちた。
マモル君は搭乗者の魔素だけでも動かせないことはないが、まともに動かすにはかなりの力を要する。
私は完全な敗北を悟った。
(やられる……!!)
死を前にして、色々なことが脳裏をよぎった。
特に『ゴーレムを家族に』という夢が叶えられなかった悔しさは大きい。しかし、もうどうしようもないのだ。
私は目を閉じて、マモル君ごと貫かれる覚悟をした。
「………………」
が、いつまで経っても死の衝撃は感じられない。
ゆっくりと目を開けると、かろうじて生きているディスプレイにはすでにガーゴイルは映ってはいなかった。
「……とどめを刺さずに行ったのか?」
後で記録を見て分かったのだが、裸婦像のガーゴイルはなぜか動かなくなったマモル君を一度抱きしめて、それ以上の攻撃を加えずに去って行ったのだった。
意味が分からなかったが、なんにせよ、どうやら私はまだ生きていられるらしい。
そうでなくては困る。私にはまだやることがあるのだから。
会社に帰って今回のデータを元に、ゴーレムの開発を進めなければならない。
自然と開発チームのメンバーの顔が目の前に浮かんだ。
「まだ私には帰れる所があるんだ……こんな嬉しいことはない……」
私は少なからぬ愛社精神とともに、そうつぶやいた。
しかしこの数日後、社内会議において下された決定は、あまりにも無慈悲なものだった。
『ワイバーンを撃破したことには一定の評価を認める。ただし駆動時間の短さ、汎用性の低さ、コストの高さ、そしてなりより初戦でかなり壊れてしまったことなどを考慮すると、ゴーレム開発の予算は縮小せざるを得ない』
もともと会社が割けるお金には限界がある。特に最近は業績も頭打ちで、簡単に予算は回せない。
今この業界は、そういう時代なのだ。
それが分かっているから私の愛社精神が完全に消えるということはなかったが、それでも多少の熱を奪う程度にはショックな決定だった。
私はその会議が終わってから、隣りにいた後輩にため息混じりに愚痴をこぼした。
「寒い時代だと……思わんか?」
※おまけイラストです※
(何あれ……誘ってるのかしら?)
アタシは森の中に雄々しく立つワイバーンの姿を見て、そんなことを考えた。
ドラゴンというのは恐ろしい存在ではある一方で、そのほとんどが見栄えのする凛々しい姿をしている。
中でも翼の生えた飛竜であるワイバーンは特にシルエットが良い。
この姿は、もはやファッションデザイナーであるアタシを誘っているとしか思えなかった。
「……って思ったけど、近くで見るとなんだかイマイチね」
アタシは少し残念な気持ちでそうつぶやいた。
その声が聞こえたワイバーンは驚いて周囲を見回す。
そしてアタシのことを視界に収めはしたものの、何も無かったかのようにまた別のところへ視線を移した。
アタシのことを認識できなかったのだ。
(ブラウニーのステルス魔法、ちゃんとワイバーンにも効いてるわね)
私たちブラウニーは相手から隠れる魔法を得意としている。
ブラウニーは目立ちにくい茶色の衣服を好むことが多いのだが、それは『隠れて生き残る』という進化を選択する過程で身につけた、癖のようなものなのかもしれない。
今アタシが使っているのは、自分のことを認識しづらくする魔法だ。
見えなくなるわけではないが、見えてもアタシがいることに気づきにくくなる。
(って言っても、効きにくいモンスターもいるから安心できないけど。でも今の感じだと、ワイバーンは大丈夫そうね)
アタシは改めてワイバーンの姿を下から上まで見直した。
どうしてもイマイチな感じが拭えないが、どこがいけないのだろう?
(悪くないのよ。悪くないんだけど、近くで見るとなんだかこう……野暮ったい感じがするのよね)
遠目で見た時と、少し印象が違う。
私はその理由が表皮だと気がついた。
(皮がなんだかゴツゴツしてて、エレガンテに欠けるんだわ。もっと滑らかな素材に変えられればいいんだけど……さすがにそれは無理でしょうね。服も着ないでしょうし)
ペットに服を着せる文化をアタシは否定しないけども、少なくともワイバーンは嫌がるだろう。
「じゃあ、ポーズで何とかならないかしら?」
アタシはつぶやくと同時に、もう一つの得意魔法を使った。
指先から糸のついた針が現れ、ワイバーンへと向かって飛んでいく。
「お裁縫の時間よ」
糸はワイバーンの翼に刺さり、次に胴体に刺さった。
そしてまた翼に刺さり胴体に刺さりを繰り返して、翼と胴体とが縫い合わされていく。
この裁縫魔法は相手を傷つけたりすることはできないが、縫われた部分の糸は込められた魔素がなくなるまでは切れない。
ほんの短時間の間に、ワイバーンの両翼は胸を抱くような形で胴体に縫い付けられた。
ここまでされればさすがにワイバーンも私に気がつく。
すぐに大顎を開け、こちらに噛みつこうとしてきた。
「あぁ、ダメよ。口はお上品に閉じててちょうだい。それに足もきちんと揃えて」
アタシは素早い針さばきで口と足とを縫い付けた。
「針仕事の早技には自信があるのよ。よく納期にも追われてるんだから」
翼、口、足を縫われたワイバーンはもうまともに動けはしない。
脅威でもなくなったところで、アタシはまたその全身を眺めた。
「うーん……紳士っぽいポーズを模索してやってみたけど、やっぱりイマイチね」
やはりポーズではなんともならなさそうだ。
というか、むしろ悪くなっている。
「やっぱりワイバーンは迫力がないとダメだわ。ドラゴンなんだから野性味あふれるポーズでないと」
そう思い直したところで、別のワイバーンが現れた。
ステルス魔法を使っていても、さすがに同族を攻撃している所が目に入ればしっかりと認識できる。
その個体はワイバーンの最も得意とする空中からの噛みつき攻撃を繰り出そうと、アタシに向かって急降下してきた。
アタシはそれを見て、ピンとくるものがあった。
「……!!それよそれ!!」
アタシはまず木と木を縫い合わせ、糸の網を作った。
ワイバーンはそれに引っかかり、空中で動きを止める。
「やっぱりワイバーンはこうでなくちゃ」
アタシは網にしていた糸を解除し、今度はワイバーンの体と周囲の木々を糸でつないでいく。
翼や手足、口、胴体が次々と糸で引っ張られ、アタシの理想のポーズを作り出すことができた。
「いいわよ、いいシルエットしてる」
アタシは空中で固定されたワイバーンの周りを歩き、その全身を眺め回した。
ワイバーンは空中で羽を広げ、口を開いて襲いかかろうとする姿勢をとっている。
ドラゴンの迫力が感じられる、いいデザインだ。
「いい。いい、けど……やっぱり野暮ったさは抜けないね。まぁいいわ。シルエットは抜群にいいから、単純化したシンボルデザインとして採用しましょう。今度作る服かカバンに組み入れさせてもらうわ。それか、企業やお店のロゴにするのもアリかもしれないわね」
アタシは野暮ったい表皮の映らない、シルエットだけにした意匠のデザインを頭に思い浮かべた。
そして、その醸し出す雰囲気に満足した。
(誰に似合うかしら?)
やはりこのドラゴンの迫力は男性の方が合うかもしれない。
しかし、モンスターと関係のある仕事をしている子なら女の子もアリだと思った。
「……クウちゃん召喚士だし、ドラゴンのデザインはアリアリかもしれないわね。今度何か作ってあげましょう」
クウちゃんはとりわけ美人というわけでもないのに、不思議な魅力を感じさせる子だ。
そういった子の身につけるものを様々想像することは、私のデザイナーとしての感性をこの上もなく歓ばせるのだった。
****************
【ノーム パラケルの記録】
「ふふふ……ふふふふ……ついにこの日がやってきたぞ。マモル君四号の力を世間に知らしめることができる日が……」
私はつい顔がニヤけるのを抑えられなかった。しかしそれも仕方のないこと。
今日は我が子とも言える戦闘用ゴーレム、マモル君四号のデビュー戦なのだ。テンションも上がる。
前型式までのマモル君は自律式の警備用のゴーレムだった。
しかし、私も開発に尽力したこの四号は操作式の純戦闘用だ。
『ゴーレムを人の家族に』
という私の夢からは多少外れてしまうが、それでも普及すればモンスターからの自衛用として多くの人々を守ってくれるだろう。
四号は自分では動いてくれないので、操縦者がマモル君の中に入って直接操作する必要がある。
その代わりに戦闘力は段違いになっているのだ。
「これはゴーレム利用の素晴らしいモデルケースになるはずだ。成功すれば、きっと世間もゴーレムに注目してくれるぞ」
私は自分自身にそう言い聞かせた。
実はこのセリフ、つい先日にも上司に対してほぼ同じものを発している。
しかし、言われた上司の返事はつれないものだった。
『まだ役所の『認証』が降りてないじゃないか。実戦は時期尚早だというのが上の判断だよ』
認証とは、官公庁から出されるゴーレムの安全性認証だ。
動かすのに必須のものではないが、ゴーレムは土木建築や工業利用が多いため、ほとんどの型式がこの認証を取得している。
ただ、今回のゴーレムは危険の多い自律式ではなく操作式だ。それに市販前のプロトタイプによるテストなのだから、そこまで必要だとは思えない。
『認証って……あんなものは飾りです!偉い人にはそれが分からんのですよ!』
そう言って私は上司の背中をゴリ押しに押しまくり、『自分がテストパイロットになって全責任を負う』という条件の下、ワイバーロード討伐戦への参加許可を受けたのだ。
私はマモル君の巨体を見上げた。
身長は三メートル二十五センチある。威風堂々たる姿だ。
足のパネルを操作すると背中のコックピットが開き、操縦席に入れるようになった。
ただし操縦席と言っても中には操縦用の機械はほとんど無い。なぜなら魔法で操作するからだ。
私はマモル君の頭に自分の三角帽を乗せた。
「よし、似合ってるぞ」
ノームの三角帽子は特殊な魔道具になっており、かぶせた対象を操ることのできる魔法を行使できる。
といっても普通の生き物は本人の抵抗があるため、そう簡単には操れない。通常は意識を失わせた状態で使うことが多かった。
ただし、マモル君は意識のないゴーレムだ。
この魔法で動かすにはおあつらえ向きで、ゴーレムの内部構造さえ理解して魔素を込められれば操縦できる。
(だから今はノーム専用みたいになってるけど、そのうち汎用性を高めて……)
できれば市販したいのだから、当然そのつもりで技術開発を急いでいる。
ただし、それにはどうしても資金がかかるのだ。ここらで実績を作っておきたいというのが本音だった。
私は操縦席に入り、コックピットを閉じた。
マモル君に魔素を込めると魔導システムが起動し、目の前のディスプレイに文字列が現れる。
Golem
Unit for
Neoteric
Deft
Arms
Mamoru
この魔導システムが周囲の状況や取るべき操作の提案などを表示してサポートしてくれるのだ。
マモル君には複数のカメラ魔道具が装備されており、サブカメラで背後の状況まで見て取れる。
私は魔素を込める操縦桿を強く握り、自分自身を鼓舞するために声を上げた。
「パラケル、マモル君四号……行きまーす!!」
マモル君が動き出す。
一歩一歩大地を踏みしめ、しっかりと歩いた。
「G制御良好」
本来ならこのサイズの乗り物が歩けば振動やGが物凄いことになる。
しかしコックピットの中は揺れすらほとんど感じないほどの快適さだった。
それを可能にしているのは振動やGを軽減する魔道具で、よく馬の鞍などにも用いられているものだ。
自身に加わる力を感知して、ほぼリアルタイムで搭乗者の全身に同じ方向の念動力をかけることができる。
振動もGもそうだが、慣性の法則によって生じるものだ。静止した自分に対して周囲の動く物が力を加えるから起こるのであって、周囲の物と同時に自分の体が動けば何も感じはしない。
「……!!熱源、九!!」
山中をしばらく進むと、複数体のモンスターが現れた。
「アルミラージ四、キラービー二、オルトロス二、キラーマンティス一……多いな」
モンスターの多い山の中とはいえ、これはちょっと多過ぎる。
やはりワイバーンロードに命じられて、私たちのことを撃退しに来ているのだろう。
プティア側の戦力は山道のある面に集中させているため、敵もこちら側にモンスターを集めているはずだ。
マモル君を認めたモンスターたちは殺気立ち、すぐにこちらに向かってきた。
「来るぞ!!」
アルミラージ二体が全力で駆けてくる。そしてその勢いのまま、鋭利な角をマモル君の足に突き立ててきた。
ガキィン!!
と、硬い音が森に響く。
かなり派手な音はしたものの、マモル君の装甲にはわずかな凹みがニ個作られただけだった。
「そんな攻撃!!」
生身ならともかく、マモル君は全身を特殊合金の装甲で覆われているのだ。一角ウサギの角くらい、どうということはない。
マモル君は両腕を振り上げ、拳を足元のアルミラージへ叩き落とした。
二体とも卵のように潰されて絶命する。
そして体を起こしながら、今度は両拳を頭上へと振り上げた。
空から迫っていた二体のキラービーにぶつけるためだ。
キラービーたちの体はお尻の針ごとへしゃげた。
「四つ!」
マモル君はまたたく間に四体のモンスターを倒した。上々の出だしだ。
しかしまだ敵は五体いる。
残り二体のアルミラージは仲間の角が効かなかったのを見て、足を止めていた。
私はそれに目をつけ、大股で三歩踏み出す。
そしてその三歩目で一体アルミラージを踏みつけ、さらに反対の足でもう一体のアルミラージを蹴飛ばした。
これでアルミラージは全て倒したが、まだモンスターは残っているので息をつく暇はない。今度は双頭犬のオルトロスが飛びかかってくる。
二つの口が左腕に噛み付いてきた。
が、やはり頑丈な装甲はそのくらいでは大した傷にはならない。
マモル君は右腕でオルトロスの首を掴み、軽々と引き剥がした。そして右前方へ向けて掲げるように持ち上げる。
そちらにはキラーマンティスがおり、ちょうど鎌を振り上げてこちらに斬りかかってくるところだった。
キラーマンティスもオルトロスを盾にされたことは分かっただろう。
しかしタイミング的にもう鎌を止めることはできなかった。
オルトロスの胴体はザックリと刻まれてしまう。
「七つ!」
味方を倒してしまい、動揺するキラーマンティスの顔面へ左ストレートをお見舞いする。
その頭部が鈍い音を立てて潰れた。
「八つ!」
最後に残った無傷のオルトロスへ、鎌で斬られた同胞を投げつけた。
オルトロスは横に飛び、嫌そうにそれを避けた。
しかし、避けた先にはマモル君の左足がすでに踏み込んでいる。
それを軸にした大振りの右足が決まり、最後のオルトロスはかなりの勢いで飛ばされていった。
「九つ……」
私は大きな疲労を感じながら、撃墜数のカウントを閉じた。
正直、かなり消耗している。
初めての実戦で、いきなり九体のモンスターを同時に相手にしたのだ。
ただし、消耗と言っても私自身の魔素はそれほど減ってはいない。
マモル君のエネルギーは、その多くが本体に装備された大容量の魔石から供給されているからだ。
と言うか、私の魔素ではこんな重い物まともに動かせはしない。
逆に言えば、非力な私でもこれだけの力を得られるところにゴーレムの素晴らしさがあるのだ。
(マモル君の魔素残量は……七十五パーセントか。やっぱり駆動時間がネックだな)
多数を相手にしたとはいえ、もう四分の一を消費してしまっている。目下の課題はコストと駆動時間だ。
マモル君四号が市販されたら道中の護衛用途で使いたいため、理想を言えば街から街への移動距離分のスタミナが欲しい。
しかし、それにはまだまだ改良や技術革新が必要だ。
私は歩を進めながら今後の改良点について考えた。
「やっぱりこの装甲はオーバースペックなんじゃないかな……アルミラージの角もオルトロスの牙も全然通らなかったし……もっと薄くするか、軽い素材にすれば……そうだ。この際、装甲は使い捨ての安い素材にして、傷付いた部位だけ交換するようにすればコスト的にも……」
歩きながら色々考察していると、マモル君のセンサーが反応した。
また近くに熱源があるようだ。しかも今度は大きい。
「これは……ワイバーン!!」
早くも二回目のエンカウントで本命が来た。
下位種とはいえ、ゴーレムがドラゴンを倒したとなれば世間も注目してくれるだろう。
「見せてもらおうか、ドラゴンのワイバーンの性能とやらを!」
私はワイバーンを前に気合を入れ直した。
データ上でその力を知ってはいるものの、直接対峙するのは初めてだ。
ワイバーンはマモル君を見つけると、すぐに荒い足音を立てて走ってきた。先ほどのモンスターたちもそうだったが、ゴーレムは敵として認識するらしい。
大きな口を開けて噛み付いてくる。
さすがのマモル君もワイバーンの牙をまともに受けたら無事ではいられないだろう。
私は自分に冷静になるよう言い聞かせつつ、十分に引きつけてから思い切り後ろにジャンプした。
「当たらなければどうということはない!」
なんとか避けたマモル君は、地面に足の筋をつけながら止まった。
第一撃を空振ったワイバーンは体を半回転させ、尻尾をぶつけてきた。
その横殴りの一撃を、マモル君は正面から受け止めた。
マモル君シリーズも三号までのパワーと装甲なら耐えられなかっただろうが、四号のフルパワーならワイバーンにも力負けはしない。
「三号とは違うのだよ!三号とは!」
マモル君は尻尾を掴み、思い切り引っ張った。そして力任せに振り回す。
ワイバーンの巨体はそれで吹き飛ぶというようなことはなかったが、それでも地面に倒れて引きずられた。
さしたるダメージはなかったはずだが、ドラゴンたるワイバーンには自分より小さなものに力負けする想定がなかったらしい。
どうやら警戒心を抱いたようで、翼を広げながら助走を始めた。
いったん空に逃れようとしているのだ。
しかし空中に上がられると飛び道具のないマモル君四号としては不利だ。助走するワイバーンの前に素早く回り込む。
が、ワイバーンはマモル君を前にしてもスピードを落とさなかった。それどころか、むしろその前で加速する。
そしてマモル君に足をかけてジャンプした。
「私を踏み台にした!?」
踏み蹴られる形になってバランスを崩しかけたが、何とか体勢を立て直して飛び立とうとするワイバーンへ手を向けた。
そしてその手の指先がワイバーンに向かって伸びていく。
三号にも搭載されていた拘束デバイスだ。
クウさんの協力を得て改善されたシステムは、指先の動きがより洗練されている。
上手くワイバーンに絡みついた。
(でも……大き過ぎるから拘束は無理か)
ワイバーンは指が巻き付いた状態で空へと羽ばたいていく。
マモル君もワイバーンにぶら下がる形で一緒に飛び上がった。
マモル君はかなりの重量があるのだが、それでも高度は上がっていく。私は四苦八苦しながらマモル君を操作し、何とかワイバーンの背中まで這い上がった。
そして這い上がってしまえば、目の前には無防備な首元や背中があるだけだ。
あまりにも急所が攻撃しやすい状況にあるため、むしろワイバーンが少し可愛そうになった。
しかし、同情することはできない。今回の戦いはもはや戦争だ。
「悲しいけどこれ、戦争なのよね」
マモル君は渾身の力を込めて、背骨へと拳を振り下ろした。
鈍い音が響き、おそらく絶命したであろうワイバーンが落下を始める。
「……し、しまった!」
着地のことを完全に失念していた。
やはり冷静に戦っているつもりでも、ドラゴンを相手にテンパっていたのかもしれない。
「落下速度がこんなに速いとは……」
私はつぶやき、ワイバーンや木々がクッションになってくれることを祈りつつ衝撃に備えた。
地面が近づいてくる中、プティア側のどこかの部隊が一体のガーゴイルを前にして逃げ惑っている様子が目に入った。
そして幸か不幸か、マモル君とワイバーンはそのガーゴイルへと向かって落ちていく。
大きな地響きが山にこだまし、私たちは地面にぶつかった。
「いたたた……」
さすがにこれほどの衝撃になるとG制御装置も十分に緩和できない。
操縦席の中であちこちをぶつけた私は、体を固定させるベルトの必要性を強く認識した。
(機体は……大きな問題はなさそうだな。上手くワイバーンが緩衝材になってくれたみたいだ)
そのワイバーンはというと、やはりすでに死んでいるようだった。その上からマモル君を下ろす。
「……やった!!ゴーレムでドラゴンを倒したぞ!!」
私はその金星に感動してガッツポーズを取りかけたが、すぐに神経を再緊張させた。
先ほどどこかの部隊を追い回していたガーゴイルが目に入ったからだ。
(!!……いや、もうやられているのか?)
ありがたいことに、落ちてきたワイバーンが直撃したらしい。
少し離れた所で倒れて動かなくなっていた。
そのガーゴイルは美しい半裸の裸婦像がモンスター化したものだった。
気品ある姿だったが、部隊を一つ後退させるほどの敵だ。見た目の優雅さとは裏腹に、きっと強い個体のだったのだろう。
そのそばには長い槍も落ちていた。
私がその死亡を確認するために一歩近づいた時、その手がゆっくりと動いて槍の柄を握った。
「こいつ……動くぞ!!」
ガーゴイルは素早く身を起こし、起き上がりざまに槍でマモル君の頬を殴打してきた。
衝撃がコックピットにまで伝わってくる。
私が焦っているうちに二発目も来て、今度は反対の頬を殴られた。
「……二度もぶった!親父にもぶたれたことないのに!」
カッとした私は大振りの拳をガーゴイルの綺麗な顔目掛けて放った。
が、その個体はガーゴイルでは考えられないほど速い動きでそれをかわした。
「速い!」
私は驚きつつ、さらに二度、三度拳振るった。
しかし、やはりこの裸婦像のガーゴイルにはかすりもしない。
「ええい!この山のガーゴイルは化け物か!?」
私は少なからぬ敗北感を感じていた。
ゴーレムとガーゴイル。
共に石などを素材にした無機体で、類似の存在といえば類似の存在だ。
しかし残念ながら、向こうの方が性能は圧倒的に上のようだった。
(それでもゴーレム業界の未来を背負った私は負けるわけにはいかない!基本性能が負けているなら負けているで、戦い方はあるはずだ!)
私は眼鏡をクイッと上げながら必死に考えた。
そして即座に基本方針を決定する。
「機体の性能の違いが戦力の決定的差ではないということを教えてやる!」
私は拘束デバイスを作動させ、左手の指を伸ばしてガーゴイルを捕まえようとした。
しかしガーゴイルは素早く指の間を縫い、槍を突き出してくる。その穂先がマモル君の頭を貫いた。
「まだだ!たかがメインカメラをやられただけだ!」
ディスプレイの映像は大半が死んだものの、まだサブカメラでかろうじて周囲の状況は分かる。
私は左手の拘束デバイスの目標を槍へと変え、その柄に絡ませた。これで槍は頭部からそう簡単には抜けないはずだ。
そして槍が抜けずに動きの止まったガーゴイルへ向かって、右の拘束デバイスも起動させた。
槍を引き抜こうと動きを止めてしまったガーゴイルは、今度はよけきれない。
クウさんで練り上げられたマモル君の指は、絶妙な動きでガーゴイルの体中に巻き付いてその動きを封じた。
(勝った!!)
私はそう思ったが、直後に予想だにしない文字列がディスプレイに浮かび上がった。
「……パワーダウンだと!?」
マモル君のエネルギーが底をついたのだ。拘束デバイスが急速に力を失って地に落ちた。
マモル君は搭乗者の魔素だけでも動かせないことはないが、まともに動かすにはかなりの力を要する。
私は完全な敗北を悟った。
(やられる……!!)
死を前にして、色々なことが脳裏をよぎった。
特に『ゴーレムを家族に』という夢が叶えられなかった悔しさは大きい。しかし、もうどうしようもないのだ。
私は目を閉じて、マモル君ごと貫かれる覚悟をした。
「………………」
が、いつまで経っても死の衝撃は感じられない。
ゆっくりと目を開けると、かろうじて生きているディスプレイにはすでにガーゴイルは映ってはいなかった。
「……とどめを刺さずに行ったのか?」
後で記録を見て分かったのだが、裸婦像のガーゴイルはなぜか動かなくなったマモル君を一度抱きしめて、それ以上の攻撃を加えずに去って行ったのだった。
意味が分からなかったが、なんにせよ、どうやら私はまだ生きていられるらしい。
そうでなくては困る。私にはまだやることがあるのだから。
会社に帰って今回のデータを元に、ゴーレムの開発を進めなければならない。
自然と開発チームのメンバーの顔が目の前に浮かんだ。
「まだ私には帰れる所があるんだ……こんな嬉しいことはない……」
私は少なからぬ愛社精神とともに、そうつぶやいた。
しかしこの数日後、社内会議において下された決定は、あまりにも無慈悲なものだった。
『ワイバーンを撃破したことには一定の評価を認める。ただし駆動時間の短さ、汎用性の低さ、コストの高さ、そしてなりより初戦でかなり壊れてしまったことなどを考慮すると、ゴーレム開発の予算は縮小せざるを得ない』
もともと会社が割けるお金には限界がある。特に最近は業績も頭打ちで、簡単に予算は回せない。
今この業界は、そういう時代なのだ。
それが分かっているから私の愛社精神が完全に消えるということはなかったが、それでも多少の熱を奪う程度にはショックな決定だった。
私はその会議が終わってから、隣りにいた後輩にため息混じりに愚痴をこぼした。
「寒い時代だと……思わんか?」
※おまけイラストです※
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