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28女子会1

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(何あれ……誘ってるのかしら?)

 私はテーブルに並べられた色とりどりのお菓子たちを見て、そんなことを考えた。

 テーブルの中央に置かれた皿にはマカロン、クッキー、チョコレート、マシュマロ、ドライフルーツなど、様々な甘味が可愛らしく盛り付けられている。

 まるでお菓子の遊園地だ。

 さらに嬉しいことに、別皿で軽く塩味の効いたナッツやポテチまで添えられている。甘い系の後にはしょっぱい系が食べたくなるものだ。

 この夢のような光景は、もはや女子を誘っているとしか思えない。

「こちら『女子会パーフェクトプレート』になります。ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」

 カフェの店員さんが笑顔でそう確認してきた。

 控えめなブラウンのエプロンを付けた、感じのいい犬キメラのお姉さんだ。

 私はそのお姉さんのピョコピョコ動く犬耳に萌えながら笑顔を返した。

「はい、ありがとうございます」

 店員さんは踵を返してキッチンの方へと下がって行った。その後ろ姿のフワフワ尻尾にまた萌え萌えしてしまう。

 犬キメラのお姉さん、イイ。

「わぁ、すごいねコレ」

 この場で一番年上であるカリクローさんが少女のような歓声を上げた。

 私も全く同じ気持ちだ。これでテンションの上がらない女子はいないだろう。

「でも……これ絶対に食べきれませんよね?」

 一番年下のスライム娘、リンちゃんはそう言ったものの、絶対に嬉しいはずだ。皿が置かれた時に目が輝いていたもん。

「残った分はちゃんと包装して持って帰らせてくれるらしいから、気にしないで食べたいだけ食べようよ」

 私はそう言って両手を合わせた。

 文化の違うこの異世界に来てからも、つい食べる前には『いただきます』のポーズを取ってしまう。まぁ食べ物に感謝するのは良いことだろう。

 私たちは三人で恒例の女子会を開いていた。

 ドワーフの魔技師、ドヴェルグさんの依頼をこなした翌々日だ。

 場所はオープンテラスになっている街のカフェで、私の宿の女将さんであるルーさんに勧められて私が提案した。

 ルーさんからは『女子会パーフェクトプレート』なるメニューが最高だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 私たちはそれぞれ思い思いのお菓子に手を付け、それを堪能した。



「ん……このチョコレート、ほろ苦でいい味してるわ。ちょっと大人向けだけど」

 カリクローさんの発言を受け、ドライフルーツに手を伸ばしたリンちゃんが尋ねた。

「カリクローさん、いきなり味が濃いのをいきましたね。次の味が分からなくなりません?」

「いいのよ。食べたい時に食べたいものを食べるのが一番美味しいんだから。リンちゃんも三十年以上食事したら、きっとそう思うわよ」

 適度に力の抜けたカリクローさんの笑顔は、私たちは二十歳そこそこの女子からすれば妙に落ち着いて見えた。

 リンちゃんはちょうど二十歳で、私は一つ上の二十一、カリクローさんだけ三十四で少し離れている。

 しかし明るくフランクで、話題も豊富なカリクローさんに私たちはすぐに年齢の壁を取っ払った。

 ちなみにこの女子会のことをサスケに話したところ、

『……何歳まで女子?』

なんてことを聞いてきたのでチョップを食らわせておいた。女は何歳になっても女子で間違いない。

「それでクウちゃん、結局ワイバーンロードの討伐には行くの?」

 カリクローさんは話題をお菓子が来る前に戻し、そう尋ねてきた。

 つい先ほどまで一昨日の私の仕事の話をしていたのだ。

「うーん……やっぱりケイロンさんとサスケが行くなら、私も行こうかなと思ってるんですけど」

 私の回答を聞いたリンちゃんは、手に持ったドライフルーツを軽く横に振った。

「ケイロンさんはともかく、お兄ちゃんのことなんか気にしなくていいですよ。普通に報酬目的なんでしょ?」

 昨日サスケにそのことを聞いたら、報酬が良いから行くのだと言っていた。

 最近のサスケは素早さがかなり高くなっているので、レースチャンピオンのモノコリさん経由で依頼が来たという話だった。

『なんか師匠も参加するんだって。僕でも出来そうな仕事を回してくれるらしいし、トレーニングにもなるから一緒にどうだって誘われたよ』

 サスケはそんなことを言っていたが、私には疑問が残った。

(それにしたってサスケに話が振られるのはおかしいよね。街の軍もあるんだし。絶対、私を引っ張り出すための策略だ)

 そう思ったが、他人の良い稼ぎ口を止めるのも気が引ける。

 カリクローさんもリンちゃんと同じようにチョコを振りながら笑った。

「うちの人のことも気にしなくていいのよ。子供の好奇心みたいなものなんだから」

 ケイロンさんが遠征隊に同行するのは、ワイバーンロードというめったにお目にかかれない上位龍を見たいという知的好奇心かららしい。

 ケイロンさんらしいといえばケイロンさんらしい。

(でも、それだって一般人のケイロンさんに声がかかるのはおかしいよね。ケイロンさんはちょっと有名人ではあるけど、強さで有名なわけじゃないし)

 そう考えると、やはりヴラド公とフレイさんが悪巧みしたとしか思えない。

 それに引っかかってノコノコ出て行くのは正直なところ腹立たしかった。

 とはいえ、二人は私の大切な友人だ。

 私が同行することで危険が減るなら、そうしてあげたい気持ちはある。

(それに、二人とも私のダンジョン探索に二度もついて来てくれたしね)

 そのことを考えると、やはり放置というのはどうかと思う。

 それに、私の中には別の思いもあった。

「……やっぱり行きます。サスケとケイロンさんのことだけじゃなくて、あんな怪獣いたら安心して暮らせませんし」

 それはそれで私の本音ではあった。

 ワイバーンロードは配下のワイバーンたちを引き連れてヴラド城に攻めてきた。

 しかも配下を囮に使って、自分は敵の長に奇襲を仕掛けるという知能プレーまで駆使していた。

 もしヴラド城が落とされたら、次はここプティアの街かもしれない。

 飛竜の大群に襲われる街を想像すると、やはり何か自分にできることはないだろうかと考えてしまう。

「クウちゃんは真面目でいい子ねぇ。うちの人もだけど、私もクウちゃん大好きよ」

 カリクローさんはそう言って指先に付いたチョコレートをチュッと吸った。

 色っぽい。艶っぽい。人妻ヤバい。

「私もクウさんのそういうところ、大好きですよ」

 リンちゃんもあどけない顔で指先に付いたドライマンゴーの欠片をペロリと舐めた。

 くぅ……こっちも可愛いな。

「二人ともありがとう。ありがとうついでに、今日はプレゼントがありま~す」

「えっ?なになに?」

「何かしら?」

 私はテーブルの上に、ドヴェルグさんからもらった三点一組のブローチを置いた。

 二人はそれを手に取って眺めた。

「わぁ……素敵!」

「ホント素敵だけど……これ魔石よね?高いものなんじゃない?」

「それがタダなんです。一昨日、一緒に仕事をしたドワーフさんからいただいて。『仲の良い女友達と一緒に持っているといい』って言われたから、その二つは二人のです」

 ドヴェルグさんからそう言って渡された以上、私だけが持っておいてはいけないものだ。

 カリクローさんは彫られた女神の姿を撫でながらつぶやいた。

「……運命と時の三女神ね」

「分かりますか?さすがですね」

「年の功かしら」

 カリクローさんはケイロンさんと一緒に学校を運営している。きっと頭はすごく良いのだろう。

「世界樹の根元の海から産まれた言われている三姉妹の女神だわ。私が持っているのが長女のウルドで、過去を司ると言われているわね。次女がクウちゃんの持っているヴェルダンディで現在を、そして三女がリンちゃんの持っているスクルドで、未来を司る女神よ」

 なるほど。運命と時の三女神ってそういうことなのか。

 リンちゃんがそれを聞き、頬を赤くして笑った。

「じゃあカリクローさんが一番上のお姉さんで、クウさんご二番目のお姉さんで、私が末っ子ですね。私、ずっとお姉さんが欲しいって思ってたから嬉しいです」

「アハハ、ずいぶん齢の離れたお姉さんだけどいいかしら?」

「そのくらいの方が甘えられていいですよ」

 兄を絶賛拒絶中のリンちゃんは、お姉さんなら甘えられるらしい。サスケ、男で残念だったね。

「似合いますかね?」

 ブローチを胸に当ててみたリンちゃんの手をカリクローさんが少しずらした。

「可愛いわよ。でもリンちゃんみたいに若い子が胸の真ん中につけるとバッジみたいになっちゃうから、ちょっと肩寄りの方にずらした方がお洒落かも」

「あ、ホントですね」

「それか、着る服によっては首の下辺りの正中線上に付けてもいいかもしれないわね。あとは服じゃなくても、カバンにワンポイントで付けるとか」

「へ~それもいいですね」

 私は二人の会話を聞きながら思った。

(楽しいな……)

 つい一昨日、魔石のモンスターに囲まれて命の危機があったとは思えない。ごく普通の、楽しいひと時だ。

 そこでふと思い出した。

「そういえばこの三つのブローチ、元は一つの魔石から作られてるらしいんですよ。それで何かの拍子に共鳴して、いい効果が出るかもしれないって言ってました」

 それを聞いたリンちゃんが自分のブローチとカリクローさんのブローチをくっつけてみた。

「……接触させても、特に何かあるわけじゃありませんね」

 カリクローさんもブローチを手元で回しながら眺めた。

「別に魔道具として加工されてるわけじゃないのよね?」

「今のところそういう加工はしていないと言われました。後で何かしようと思えばできると言われましたけど」

「そう……何か思いついたらやってみてもいいかもしれないわね。まぁ、それまでは普通にアクセサリーとして使わせてもらいましょう」

 そこで今度はリンちゃんが一つ思い出した。

「そうだ。クウさんが実験で使ったっていう性質付与の指輪は返しちゃったんですか?」

「ううん。実はあれ、すごくいい物だから報酬代わりにもらっておけって言われて。そうすることにしたんだ」

 ヴラド公からそう勧められたのだ。

 価値的にどの程度のものかは分からなかったが、数百年生きたヴラド公が言うのだから本当に良いものなのだろう。

「ホントですか!?アレちょっと憧れだったんです。見せてもらってもいいですか?」

「うん、いいけど……」

 憧れるようなものなのだろうか?見た目はただの指輪だが。

 私はその指輪をカバンから取り出してリンちゃんに手渡した。

「これが性質付与の指輪……知ってました?これに質の高い水の魔石をセットしたら、水中で活動できるんですよ」

「ええ!?それって、水の中で息ができるってこと?」

「そうらしいです。これを使って人魚の街へ旅行に行くのが夢なんですよね」

 そ、それはすごい……確かに夢のような話だ。っていうか、人魚の街なんてあるのか。

 カリクローさんもウンウンとうなずいた。

「私は未経験だけど、そうらしいわね。ただし、かなり良質な魔石じゃないとダメらしいわよ」

 なるほど、きっとものすごい値段するのだろう。

 ただ、それでも私は人魚の街に行ってみたいと思った。

「すごい……実は今の今まで、ちょっとイマチイの魔道具なんじゃないかと思ってました。一昨日の実験では何も起こらなかったから」

「まぁ使いどころは難しいわよね。一つの属性に耐性が付いたら、反対の属性には弱体化しちゃうし。でも私寒いの苦手だから、冬場に氷の属性になりたいわ」

 なるほど。確かにそれは良さそうだ。

 それを聞いたリンちゃんが指輪をはめていた片手を上げた。

「はいはいっ、私クウさん属性になりたいです!!」

 突然の妙な希望に、私もカリクローさんも笑った。

「いや、私属性って……っていうか、さっきも言ったけどカーバンクルをセットしても何も変わらなかったんだよ?」

「それはクウさんが自分に自分の性質を付与しようとした結果ですよね?もしかしたら私には変化があるかもしれませんよ」

 それを聞いたカリクローさんは急に真面目な顔になり、口元に手を当てて考え込んだ。

 熟考中のポーズがケイロンさんそっくりだ。

「……確かにリンちゃんの言う通りかもしれないわね。やってみる価値はあるんじゃないかしら?」

 言われてみればそうかもしれない。私自身には意味がなくても他人なら意味がありそうだ。

「そうですね。やってみましょう。バンクル、出ておいで」

 私はカーバンクルのバンクルを召喚した。

 カフェのテラスに突如としてモンスターが現れたわけだが、ちゃんと使役モンスターの証である蔦状の紋様が入っている。

 これさえ見えれば、街中で使役モンスターを連れていても咎められることはない。

「魔石だけになって」

 私が命じると、白蛇のような部分が消えて本体である魔石だけの状態になった。

 赤い菱形の魔石がフワフワと漂い、リンちゃんの手元まで飛ぶ。

「指輪に魔素を込めたら魔石をセットできるよ」

 リンちゃんは言われた通りにし、バンクルが指輪から少し浮いた状態で固定された。

 私が改めてバンクルへ魔素を込めると、赤い光が強さを増した。

 カリクローさんが興味津々といった風にリンちゃんを見る。

「どう?何か感じる?」

「……何だか体の芯の部分が熱くなったような気がします」

 そう答えたリンちゃんの頬は少し上気しているように見えた。

「ちょっと体を動かしてみたり、スライムローションを出してみたりしたら?」

 リンちゃんはカリクローさんの言う通り、しばらくその場で色々やってみた。

 が、特に何も変わりはなかったようだ。

「……やっぱり変わりない気がしますね」

「じゃあ、今度は私がやってみましょう」

 今度はカリクローさんが同じように指輪をはめ、体を動かしたり魔法を使ってみたりした。

「……私の方もはっきり分かる違いはないわね。リンちゃんも言っていたように、体の芯が熱くなるような感覚はあるけど」

 私はドヴェルグさんに何か報告できるかな、と期待していたが、残念ながら伝えるほどの効果はないようた。

「そうですか……じゃあ、やっぱりカーバンクルじゃダメなのかもしれませんね」

「そうね。もしかしたら指輪の技術的な問題かもしれないし、人から人への性質付与が難しいのかもしれないし……興味深くはあるけど、まぁこれ以上の検証は専門家の人に任せましょう」

 カリクローさんの意見に、リンちゃんもうなずいた。

「そうですね。じゃあまたお菓子食べて、お茶飲んで、たくさんお話しましょう」

 その言葉通り、私たちは指輪のことは忘れて楽しくおしゃべりした。

 お菓子のこと、服のこと、髪のこと、仕事のグチ、昔のこと、将来のこと……

 それは色んな嫌なことを忘れられるような素敵な時間だったが、だいぶ話し込んでから私はふと二人の顔色が気になった。

「二人とも、ずっと顔が赤いけど大丈夫?」

 言われた二人は自分の頬に手を当てて確認した。

 そして確かに熱いと感じたらしい。

「別にだるかったりはしませんから大丈夫だと思いますけど……確かになんだか体が熱いですね」

「私も。風邪とかではない気がするけど……」

 二人とも声の調子は普通だし、咳も鼻水も出ていない。私から見ても風邪っぽくはなかった。

「んー……大丈夫そうだけど、そろそろ帰ろうかしら。もう結構いい時間になっちゃったし」

 私もそろそろお開きの時間かなとは思っていたので、うなずいて応じた。

「そうですね。店員さんに言って残りを包んでもらいましょう。でも……本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。ただ……」

 カリクローさんはそこまで言って口をつぐんだ。なんだろう?気になる。

「ただ、何です?」

「え?いや、そのね……何だか、急にあの人に会いたくなっちゃって……」

 カリクローさんは顔をさらに赤くしてそう答えた。

 あの人というのは、もちろん夫であるケイロンさんのことだろう。

 これを聞いたリンちゃんが黄色い声を上げた。

「キャーッ!!いいなぁ、私もそんなラブラブな相手が欲しいなぁ」

「やだ、恥ずかしいこと言っちゃったわね。忘れて」

「いやいや、忘れられませんよ。旦那様は幸せですねぇ」

 カリクローさんはいっそう顔を赤くしてうつむいた。

 私もラブラブな夫婦を素敵だと思ったが、ついつい二人の情事を想像してこっちの体も熱くしてしまった。

 っていうか、いまだにケンタウロスとヒューマンの夫婦生活がどうなってるかがハッキリ分からない。人に聞くのも恥ずかしいし。

 馬並みはどうなるんだろうか。っていうか、この様子なら今晩カリクローさんは馬並みに責められるのか。

 あらぬ妄想を繰り広げる私へ、リンちゃんが紅潮した笑顔を向けた。

「クウさん、よかったらこの後うちの店で施術を受けていきませんか?ちょっと割引しますから」

「え?いいの?今日お休みなのに……」

「いいんです。何だか私自身がそうしたい気分なので」

 それはありがたい。

 リンちゃんのエステとマッサージは効果抜群で、肌も筋肉も関節もすごく良くなる。しかも最高に気持ちいいのだ。

 私はその申し出をありがたく受けることにした。
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