上 下
57 / 68

27ドワーフ1

しおりを挟む
(何あれ……誘ってるのかしら?)

 私はその雄々しく茂ったヒゲを見て、そんなことを考えた。

 太く縮れた毛が顔の下半分を覆っている。その先は胸まで伸びていた。

 ヒゲに好感を持つかどうかは人に
よってかなり意見の分かれるところだろうが、私はいいと思う。男らしいし、まさに男性ホルモンの塊といった感じだ。

 思わず『アッチの方も過ごそう』などと妄想させてしまう立派なヒゲは、もはやメスを誘っているとしか思えない。

「召喚士のクウってのはお前さんで合っとるかな?」

 その男性はヒゲに埋もれた口をもぞもぞと動かし、そう尋ねてきた。

 ずんぐりむっくりの小さな種族で、正面から見るとかなりの面積をヒゲが占めている。

 私がネウロイさんの宿の食堂で昼食をとっている時のことだ。

 入り口から入ってきたその人は、席にも座らず私の所へまっすぐ歩いて来た。

「はい、そうですけど」

「ふむ。すぐに見つかってよかったわい。ワシはドワーフのドヴェルグという者じゃ。魔技師をしておる」

(魔技師って……多分だけど魔道具の技師さんのことだよね)

 私はよく分からないなりにそう検討をつけた。

 おそらく魔素を使ったあらゆる便利グッズを作ったり、整備したりしてくれるのだろう。

 ドヴェルグさんは小さな体をペコリと曲げて挨拶をした。

 ちょっと可愛い。ヒゲ萌えとのギャップもあって、すこぶる良い。

 私も頭を下げ返す。

「はじめまして。お仕事の依頼か何かですか?」

「そうじゃ。お前さんにちょっと頼みたい仕事があってな」

「分かりました。よかったらお昼、一緒にどうです?ここ美味しいですよ」

 私はまだ食べ始めたばかりだったこともあり、テーブルの向かいを勧めた。

「そうさせてもらおう。食事中に来てすまなんだ」

 ドヴェルグさんは食堂の隅から背の高い椅子を持って来て腰掛けた。

 この異世界には様々なサイズの種族がいるので、どの食堂にも高さの違った椅子が複数置いてある。

 多様性とかそれに対する気づかいとか、つまりはこういう事かと感心させられることが多かった。ちょっとした備えで多くの人の不便さが減るものだ。

 小柄なドヴェルグさんは椅子に座り、テーブルに対してちょうど良い高さに落ち着いた。そこへこの宿の女将さんであるウェアウルフのルーさんがやってきた。

「いらっしゃいませ。何になさいますか?」

「なんぞお勧めのものがあればそれを。ワシは好き嫌いはないでな」

「お酒は召し上がられます?」

 問われたドヴェルグさんはチラリと私の方を見た。

 私はその意図にすぐに気付いて手の平を差し出した。

「あ、お気になさらず。どうぞ飲んでください」

「すまんな。ワシらドワーフの持病じゃとでも思ってくれ」

 そう言って笑うドヴェルグさんに合わせ、ヒゲも愉快そうにユサユサと揺れた。

 それを見ているとこちらまで愉快な気持ちになり、思わず笑顔になってしまう。

 ドワーフという種族は割と目にすることが多いのだが、食堂で見かけると十中八九お酒を飲んでいる。よほど酒好きな種族らしい。

 ただしアルコールに強い体質なのか、ひどく乱れたところは一度も見たことがなかった。

 仕事の話をするのに飲むのはどうかと思う人もいるだろうが、ことドワーフに関してはあまり心配要らなさそうに思える。

 ドヴェルグさんは出されたエールをいかにも美味しそうにあおり、ウインナーをいい音を立ててかじった。CMに出られそうな飲みっぷり、食べっぷりだ。

「ふぅ……いや、良い店じゃ。お前さんがここに泊まっていてくれたおかげで良い縁に巡り会えた。ワシとお前さんもそうでありたい」

「そうですね。それで、依頼したいお仕事ってどんなものですか?きっと召喚士が必要なものなんですよね?」

「ああ、これなんじゃが……」

 ドヴェルグさんはカバンから小さな指輪を取り出し、テーブルの上に置いた。

 パッと見は何の変哲もない銀色の指輪だったが、よくよく見ると二点不思議なところがある。

 一つは宝石をはめるのであるろう箇所に何も付いていない事、そしてもう一つは指輪の全面にビッシリと複雑な紋様が彫られていることだ。

 紋様はあまりに細かすぎて、じっくり見ないとただの陰影にしか見えなかった。

「なんだか……すごそうな指輪ですね」

 私は価値も分からず、思ったままを口にした。

「もちろんただの指輪ではない。ワシが作った魔道具じゃ。魔石を取り付けて魔素を込めると、その性質を持ち主に付与できる」

「性質を付与……ごめんなさい。私その辺りのことが全然分からなくて」

 具体的にどうなるのかがイマイチよく分からない。

「ふむ……お前さん、本当に記憶喪失なんじゃな。アステリオスから聞いてはおったが」

 ああ、アステリオスさんからの紹介だったのか。

 おそらく『手頃な召喚士はいないか?』とか相談されたアステリオスさんが私のことを話してくれたのだろう。

 実際には記憶喪失ではなく異世界から来ただけなのだが、この世界の常識的な知識がないという点では同じようなものだ。

「すいません、知らないことが多くて説明が大変かもしれませんけど……」

「いや、むしろ大変なのはお前さんじゃろう。魔道具のことで分からないことがあったら、遠慮なくワシに聞くといい」

 恐縮する私へ、ドヴェルグさんは人の好い笑顔を向けてくれた。

 人に安心感を与える素敵な笑顔だ。思わず好きになってしまう。

「ありがとうございます」

 頭を下げる私にドヴェルグさんは例を挙げて教えてくれた。

「例えば火山に近い所で採れた魔石は火の性質を持つことが多い。それをこの指輪にそれを取り付ければ、高温を伴う攻撃のダメージを軽減できる」

「すごい!便利ですね」

「ただし、低温に対しては逆にマイナス耐性になる。ダメージは増加するな」

「なるほど……使いどころを考えなきゃいけないってことですか」

「その通りじゃ。それで、ここからがお前さんに依頼したい仕事なんじゃが……」

 ドヴェルグさんはいったん言葉を切り、エールをあおってから先を続けた。

「ワシはカーバンクルをこの指輪に取り付ける実験をしてみたいんじゃよ」

「カーバンクル?」

 私にとってはこれも初耳の単語だった。少なくとも、今までお目にかかったことはない。

「カーバンクルは魔石が命を得て動き出したモンスターじゃ。本体が魔石であるため決まった形はなく、様々な姿をしておる」

「魔石……つまり、そのカーバンクルを召喚状態で指輪にセットしてみたい、ということですか?」

「理解が早くて助かるわい。その通りじゃ。カーバンクルは隷属させれば魔石のみの状態にもできるが、それを使えばどうなるか見てみたいわけじゃな」

 仕事の概要は分かった。

 が、私の使役モンスターの中にカーバンクルはいない。

「まずはそのカーバンクルを隷属させないといけないと思うんですけど、すぐに見つかるものでしょうか?」

「それなら心配要らん。ワシの寝床におるぞ」

「……え?寝床?」

「おう、お前さんにはまずワシの寝床に来てもらおう。急げは今晩には着く」

(そ、そんな……いきなりベッドに誘われるだなんて……しかも今晩……)

 私はドヴェルグさんのたくましい腕やヒゲ、太い指を見てピンク色の妄想を繰り広げ、思わず吐息を熱くしてしまった。

(やっぱりアッチの方もすごそう……)




****************


「す、すごい……」

 私は興奮して無意識にそうつぶやいていた。

 それはドワーフのすごさを見て出た言葉だが、残念ながら見ているのは下の方ではない。手の指先だ。

「ホッホッホ、そうじゃろう。他種族からは、よくこの太い指で繊細な作業ができるものだと呆れられるわい」

 私の横を歩くドヴェルグさんが嬉しそうにヒゲを揺らした。

 私たちの視線の先では、ドワーフたちが宝飾品に彫り物をしていた。

 その太い指先が小さく動くたび、美しい月桂樹の葉が一枚ずつ現れる。まるで熟練の手品でも見ているかのようだった。

 私は今、ドヴェルグさんの寝床兼仕事場にお邪魔している。

 寝床兼仕事場といっても、要は地下深くの坑道の中だ。

 なんでもかなりの数のドワーフがこういった地下で暮らしているらしい。地下坑道はかなり広く掘られており、地図を見せてもらうと小さな村くらいの規模があった。

 当然太陽の光は入らないが、壁や天井には一定間隔で光る魔石が埋め込まれているので視界には困らない程度の明るさがある。

 坑道では鉱石が取れるわけだが、それを加工する工房も坑道内に作ってあった。

 さらにそこに居住空間も併設すれば、これ以上ないほど効率的な仕事環境ができるというわけだ。

(個人的には仕事とプライベートは分けた方がいい気がするけど……)

 私はそう思ったが、種族的な考え方の違いもあるだろう。特にドワーフという種族は仕事好きな人が多いようだ。

「本当に素敵です。置いてあるアクセサリーも、どれも魅力的ですし」

 工房内には見事な出来栄えの宝飾品が所狭しと並べてあった。

 仕事好きだからかもしれないが、私の言葉に工房のドワーフさんたちはみんな顔をほころばせた。ヒゲの奥の笑顔が可愛らしい。

「ありがとよ。ほらお前ら、今日はこんなべっぴんのお嬢さんがやって来てんだ。精を出して働けよ」

 同僚の肩を叩いて励ますドヴェルグさんの後ろで、また別の声が上がった。

「今日はここの経営者である公爵も来ているのだがな」

 部屋の全員がそちらに目を向けると、白い肌をした男性が端正な片頬を上げていた。

 その口元から覗く白い歯は、犬歯だけがやたらと大きい。

「まぁ、若い娘の方が職人のやる気も出るというものか」

 苦笑混じりにそう言った男性はヴァンパイアの始祖、ヴラド公爵だ。私たちと一緒にドワーフの地下坑道へ来ていた。

 ヴラド公は公爵なので結構偉いはずなのだが、ドヴェルグさんはその背中をフランクに叩いた。

「そりゃ仕方ないわい。公爵様もそこの可愛らしいイヤリングなんかが似合うようなら、ワシらもモチベーションが上がるんじゃが」

 そのセリフに他のドワーフたちも遠慮なく笑い声を上げた。

「言ったな。クウよ、どれでも好きなのを持っていってやれ」

「え?いや、でも……」

「遠慮することはない。こやつらは女を喜ばせるために働いているそうだからな。それに、ここは私の城の下だ。地下はドワーフたちに任せている以上できるだけ干渉はしないが、私の領地であるのだから一品くらいはいいだろう」

 そう、ドヴェルグさんたちの寝床兼仕事場は、なんとヴラド公爵城の地下だったのだ。

 私はドヴェルグさんの馬車から降りて、その既視感にびっくりした。

 どうやらそういった背景もあったから、アステリオスさんは多少縁のある私を紹介したらしい。

(そういえば、この城の地下は魔素の集まる地脈が走ってるって言ってたな。それで魔石が採れるんだとか、それを狙ったモンスターがよく襲ってくるんだとか聞いたような気が……)

 以前、それが原因で巨大な飛竜、ワイバーンロードが襲って来たことがあったのだ。

 辛くも撃退したが、あのモンスターはもはや完全に怪獣だ。ヴラド公とガルーダでも仕留め切れはしなかった。

(考えてもみると、城の地下が坑道になってるのは当たり前だよね。魔石を採るには掘らないといけないんだから)

 それでドワーフの一団に採掘、加工などが委託されているということだった。

「えっと……どうしようかな」

 私は作業台に転がったアクセサリーの数々を見て、少し困ってしまった。

 ドワーフさんたちの顔から察するに、どうやら本当にもらっていいみたいだ。

 しかしあまりに数が多すぎるし、どれもあまりに素敵過ぎて逆に選べない。

 迷う私にドヴェルグさんが尋ねてきた。

「お前さん、恋人はおるのか?」

「……いえ、残念ながら」

 本当に残念ながら、私は年齢=彼氏いない歴の人だ。

 この異世界に来て唯一目の前のヴラド公から求婚されたが、それを受け入れるにはいったん死んでヴァンパイアになる覚悟が要る。

「じゃあ仲のいい女友達はおるか?」

「あ、はい。それなら二人います」

 私はケイロンさんの奥さんであるカリクローさんと、サスケの妹であるリンちゃんを思い浮かべた。

 この二人とは結構仲良しで、実はよく三人で集まって女子会を開催している。

 お茶とお菓子を囲みながらくっちゃべるだけなのだが、これがすこぶる楽しい。

 異世界なんてところへ飛ばされてモンスターと戦いながら、つい殺伐としてしまう心をこの二人が癒やしてくれる。

 気づけばかけがえのない友人になっていた。

「お前さんと合わせて三人か。なら、このブローチはどうじゃ?ちょうど三点一組じゃぞ」

 ドヴェルグさんは銀白色のブローチを私の前に並べてくれた。全てに女性の姿が彫られている。

「わぁ……お洒落ですけど、なんだか神々しい感じもしますね」

「そりゃそうじゃろう。彫られておるのは運命と時の女神たちじゃからな。ウルド、ヴェルダンディ、スクルドの三姉妹じゃ」

 私もなんとなく聞いたことがある名前だ。三姉妹の女神様だったのか。

「つい先日、串団子みたいに三つ子になってる魔石が掘り出されてな。珍しいからワシが三姉妹の女神を彫ってみたんじゃ。元は一つの魔石じゃから、何かのきっかけで共鳴して良い効果をもたらすこともある。友人同士で持っておるといい」

「ありがとうございます。一点じゃなくて三点になっちゃいますけど」

「構わんよ。その分、働いてくれたらいい」

「頑張ります」

 気合を入れてうなずく私の肩に、ヴラド公の手が置かれた。

「カーバンクルが出るのは坑道のかなり下層だが、最近その辺りに妙な魔素を感じることがある。気をつけることだ」

「はい」

「もし危なくなれば私を召喚すればいいぞ。大抵のことはそれで何とかなるはずだ」

「……最悪の場合だけにします」

「遠慮せず気軽に喚べ。私は今日、城で事務仕事の予定しかないからな。いつでも歓迎だ」

 ヴラド公はそう言って笑ったが、召喚には代償を伴う契約になっている。

 一度目は血を吸われ、二度目は唇を奪われる。三度目は操を奪われ、四度目は死ぬまで血を吸われてヴァンパイアの眷属にされてしまう。

(気軽に喚べるわけないじゃん)

 私は改めてそのことを意識しつつ、坑道の奥へと歩き始めたドヴェルグさんの後を追った。


****************


「本当に深い坑道ですね。もうかなり下りた気がしますけど……」

 私は長い階段を下りながら、先を行くドヴェルグさんの背中に声をかけた。

 ドヴェルグさんは柄の長い戦斧を肩に担いで階段を下りていく。かなり重そうな武器だが、先ほど片手で軽々と持ち上げていた。

「確かにもう地上から百メートルは下っておるじゃろうな」

「百メートルもですか!?……でも、まぁそうか。この坑道はもう何百年も掘り進めてるんだから、広くもなりますよね」

 ヴラド公がまだヒューマンだった頃から魔石は採れていたという話なので、相当な年月採掘されているはずだ。

 しかしドヴェルグさんは首を横に振った。

「確かに何百年も掘られてはおるが、ほとんど広げられてはおらんぞ」

「え?」

 私は意味が分からず首を傾げた。どういうことだろう?掘ってはいるが、広げられてはいない?

「十分掘りきった坑道は土魔法でいったん埋めるんじゃよ。そしてまた百年も経てばそこに新たな魔石ができておる。魔素の流れる地脈が集まっておるおかげじゃな」

「資源が枯渇しないってことですか?すごいですね……」

 私は元いた世界のことを思い出していた。そこでは地下資源は有限あり、いつか無くなると言われている。

 それが再生可能だなんて、夢のような話だ。

 ドヴェルグさんは壁を拳でコツコツと叩いた。

「確かにここの地脈はすごいが、だからこそ管理する者に素質が求められる。いったん掘った鉱脈は百年使えないんじゃから、その辺りを考慮した百年単位の持続可能な生産計画が必要じゃ。目先の利益を追うような輩には経営できん。それに、一度立てた計画も需給のバランスなどを見ながら調整せねばならんしな」

「なんだが……地下資源っていうか、林業みたいですね」

「なるほど。確かに石炭や金属資源よりも林業に近いかもしれんな。ただやはり地下資源でもあって、ごくまれに魔素の地脈が変わって魔石が採れなくなることもある。そういった事態への想定と対処も必要じゃ」

 そんなこともあるのか。

 そういえば元の世界でも、炭鉱で栄えていた街が今では廃墟になっているという話を聞いたことがあった。

 ただ聞く分には『時代だな』とか『そんなこともあるのか』くらいにしか思わないが、それを糧にして生きている人、家族を養っている人もたくさんいるわけだ。

 資源が枯渇した後の生活をちゃんと考えておいてあげなければ、社会問題に発展してしまうだろう。

「幸いここを経営するヴラド公はその辺りの事にとても理解があってな。無茶な掘り進め方はしないし、魔石の需給にも常に気を配っておられる。それに、魔石が出なくなった場合のワシらの身の振り方も常時複数案が用意されておるらしい。ワシらは経営者には恵まれておるよ」

「へぇ……ヴラド公って意外とちゃんとしてるんですね。ちょっと見直しました」

 私の言い様に、ドヴェルグさんは声を上げて笑った。

「ホッホッホ!見直した、か。お前さん、公爵様をどんな人だと思っとるんじゃ?」

「うーん……隙あらば私をヴァンパイアのお妾さんにしようとしてる人、ですかね?」

「なるほどな。まぁ、それはそれで幸せな人生じゃとは思うが」

「いったん人生は終わりますけどね」

 私たちがそんな話をしている間に階段は終わり、その先にはかなり広い空間が広がっていた。テニスコート四、五枚分はありそうだ。

 ドヴェルグさんは肩に担いでいた戦斧を下ろし、石突を地面に刺した。

「着いたぞ。ここは特に魔素の濃い部屋で、質の良い魔石が多く採れるんじゃ。しかしその代わりにモンスターが発生しやすい。カーバンクルもよく出るんじゃが……」

 私たちは部屋を見回したが、照明用の光る魔石がいくつかあるだけで他には何も見当たらない。

「今は何もおらんようじゃな。しばらくしたら出てくるかもしれん。待とう」

「分かりました。一応、使役モンスターを出しておきますね」

 私はスライム三匹衆のレッド、ブルー、イエローを召喚した。

 が、すぐにドヴェルグさんから物言いがつく。

「ここではスライムはやめておいた方がいい」

「え?そうなんですか?」

「スライムじゃと、おそらく強い体当たりによる攻撃が主になるじゃろう。しかし壁や天井にぶつかれば坑道自体が崩れてしまう可能性がある。生き埋めになるぞ」

 私は落盤で埋もれる自分を想像してゾッとした。

 坑道もダンジョンと同じようなものだろうと思っていたが、認識を改めなければならないらしい。

「な、なるほど……」

 私はドヴェルグさんの戦斧を見て、ドラゴンハンズのカクさんを召喚した。

 この子なら斧と同じように坑道へ被害を与えずに攻撃できると思ったのだ。

「ふむ……ハンズか。それなら大丈夫じゃろう」

 ドヴェルグさんのOKも出た。

 あとはカーバンクルが出てくるまで待つだけだ。

 私たちは部屋の真ん中あたりまで来て、背中合わせに立った。それぞれ部屋の半分ずつに目を向けて、変化を見逃さないようにするためだ。

「……カーバンクルって、待ってたら出てくるものですか?」

「カーバンクルが出るとは限らんが、小一時間くらい待っておったら普通はモンスターの一匹くらい出てくるな。ゴースト系のモンスターが多いが」

「ゴースト系……って、幽霊のようなものですか?今まで遭遇したことがないんですけど」

「そうじゃな。まぁ要するに幽霊じゃ」

「……すごく出会いたくないです」

「そんな怖いもんじゃない。物理攻撃がやや効きにくい以外は普通のモンスターとさして変わらんよ。カーバンクルも魔石部分以外はゴーストのようなものじゃしな」

 そうなのか。

 とはいえ、やっぱり幽霊を相手にするのはちょっと恐ろしい。私の体は恐怖のせいかブルっと震えた。

 こわごわと部屋のあちこちに目を配ったが、今のところ変わったところはない。

(…………ん?)

 いや、よくよく目を凝らすと壁や天井、床が所々光っているように見えた。

 照明の魔石とはまた違った雰囲気の光のような気がする。

「もしかして、あちこちで光ってるように見えるのが魔石ですか?」

「ふむ……お前さんには分かるかね。鉱石の状態ではドワーフでも慣れないとすぐに視認できるものではないんじゃが、お前さんには才能があるらしい」

「そうなんですか?ちょっと光ってるような感じがしますし、その光もだんだん強くなってますし……」

「何?強く?」

 ドヴェルグさんは目を細めて近くの魔石を凝視した。

「確かに強くなってきとるな……というか……これは……異常な速さじゃが……」

 ドヴェルグさんがつぶやいている間にも光はどんどん強くなっていった。部屋中の壁や床、天井が点々と明るくなる。

 そしてそれらの光は次々と臨界を迎えたようで、あちこちでカメラのフラッシュが焚かれた時のような光が弾けた。

 普通の光とはちょっと違うものだったが、それでも軽く目の眩むような思いがする。

 そして気づけば部屋中のあちこちに、赤く光った魔石が浮いていた。

「……カ、カーバンクルが大発生しおった!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お願い縛っていじめて!

鬼龍院美沙子
恋愛
未亡人になって還暦も過ぎた私に再び女の幸せを愛情を嫉妬を目覚めさせてくれる独身男性がいる。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

私を狙う男

鬼龍院美沙子
恋愛
私はもうすぐ65になる老人だ。この私を欲しがる男が告白してきた。

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】

清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。 そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。 「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」 こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。 けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。 「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」 夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。 「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」 彼女には、まったく通用しなかった。 「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」 「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」 「い、いや。そうではなく……」 呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。 ──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ! と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。 ※他サイトにも掲載中。

抱かれたいの?

鬼龍院美沙子
恋愛
還暦過ぎた男と女。 それぞれの人生がある中弁護士 上田に友人山下を紹介してくれと依頼が三件くる。 分別がある女達が本気で最後の華を咲かせる。

淫夢王 サキュバスを統べる者

白鷺雨月
大衆娯楽
Fランク大学をどうにか卒業した夢野修作は日々上司から叱責をうけ、神経をすり減らしていた。そんな日々を送る彼の夢の中にサキュバスの梨々花があらわれる。 梨々花は修作にサキュバスを統べる王「淫夢王」にならないかと告げる。

ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています

柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。 領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。 しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。 幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。 「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」 「お、畏れ多いので結構です!」 「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」 「もっと重い提案がきた?!」 果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。 さくっとお読みいただけますと嬉しいです。

処理中です...