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25ギルタブルル2
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「……いたぞ」
オブトさんの視線の先では森の木々が途絶えており、少し開けた場所になっていた。
そこは赤い花が絨毯のように広がっていて、三十体くらいの紅孔雀が群れている。
どうやらこちらにはまだ気づいていないようだ。
「聞いていた情報よりは多いが……見たところ黒孔雀はいないようだ」
「どうしますか?」
「いないならいないで紅孔雀だけでも叩いておこう。黒孔雀が助けに来るなら仕留めるし、そうでなければ何体か逃して追跡する。その先に黒孔雀がいるはずだ」
「分かりましたけど、数が多いから私も戦いますよ。ハンズなら催眠にかかって状況を悪化させることもありませんよね?」
「……そうだな。結局はその方がクウの危険も少なそうだ。じゃあ、ドラゴンハンズには攻撃を命じてくれ。スライムハンズは催眠に警戒しつつ、クウが攻撃されないように敵を牽制させるんだ」
「了解です。っていうか、震えてませんね?」
不思議なことに、先ほどたった三体の紅孔雀に震えていたオブトさんが、今は全くの正常に見えた。
「駆け出しの頃の気持ちとその対処法を思い出したんだよ」
「じゃあ今、例の女の人のことを考えてるんですか?」
「さぁな」
オブトさんは苦笑混じりにごまかして、身を低くした。
それから木々の隙間を縫い、少しずつ紅孔雀に近づいて行く。
私もその背中を真似しながら追ったが、オブトさんはさすがに動きが手慣れている。
距離を詰めているだけなのだが、やはりプロだと感じられた。
私の動きではもう気づかれると思った頃、オブトさんが片手を上げて足を止めた。私もそれに従って動きを止める。
オブトさんは一呼吸置いてから、手を振り下ろした。突撃のゴーサインだ。
オブトさんが紅孔雀に向かって走り出す。私もカクさんを突っ込ませた。
二人は弾丸のような速度で紅孔雀たちに襲いかかった。
不意を突かれたモンスターたちはなすすべもない。
オブトさんは高く跳び、左右の足で二体の頭をそれぞれ掴んだ。そして次の瞬間、それらは卵のように握り潰された。
それと同時に、尾の毒針は別の紅孔雀に刺さっている。そちらもすぐに力を失ってその場に倒れた。
オブトさんの早技は、先ほど震えていた時よりも数段鋭さを増したように見える。
しかし、うちのカクさんも負けてはいない。突っ込んだ勢いそのままに爪を大振りにし、一度に二体を切り裂いた。
そのまま流れるように他の一体の首を掴み、キュッと締め上げる。
ぐっとりとしたその紅孔雀の上をオブトさんの尾が疾走り、近くにいた一体がまた即死する。
二人は次々と紅孔雀を倒していった。
私も物陰から姿を出し、盾を構えた。
死闘の場に積極的に入って行くつもりはなかったが、離れた所に一人いるのが目に入れば注意が分散するはずだ。オブトさんでも囲まれれば危ないだろう。
私に気づいた紅孔雀がこちらに向かって羽根を広げた。
美しい模様の羽根が展開されるのと同時に、意識が襲われたような感覚を覚える。
これが催眠魔法なのだろう。
(……っ!!気を強く持つ、気を強く持つ!!)
私はアステリオスが言っていたこと心の中で繰り返した。
紅孔雀の催眠魔法は来ると分かっていれば気を強く持つだけで防げるという話だった。
確かに多少クラっとする感じはあったが、意識を備えさせればすぐにその感覚は消えた。
(これならイケる!!)
催眠魔法は効かないし、オブトさんもカクさんも紅孔雀たちを圧倒している。気づけばもう二十体近く倒していた。
私が勝利を確信したその時、オブトさんの体が急に痙攣した。
そして動きを止めて固まってしまう。
「……え?オブトさん!!」
私の呼びかけにも全く反応しない。
(金縛り!?でも、黒孔雀はどこにもいないのに……)
私が防げた紅孔雀の催眠をオブトさんが防げないとは思えない。
ならば黒孔雀がいそうなものだったが、黒い個体はどこにも見えなかった。
「カクさん、オブトさんを守って!!スケさん、オブトさんを起こして!!」
私はすぐに二体に命じた。
近くにいるカクさんにオブトさんを起こさせた方が当然早いのだが、まだ周囲には紅孔雀が十体ほどはいる。
それらが動きを止めたオブトさんに突きかかっていた。
カクさんはオブトさんの周囲を飛び回り、なんとか紅孔雀たちの攻撃を捌いた。
そこへスケさんが到着する頃、紅孔雀の中の一体が私に向かって羽根を広げた。
私は先ほど簡単に催眠を防げた油断もあり、それを直視してしまった。
そして次の瞬間、自分の意識が霞がかっていくのを感じた。
(……え?……なんで?……あれ?……黒い?)
私はまとまらなくなった思考の中で、それに気がついた。
私に向かって羽根を広げている紅孔雀の体は、よくよく見ると所々が黒いのだ。
いや、むしろ地が黒で、それを赤く染めているようだった。
(花で……染めて……)
恐らくはそういう事なのだろう。
黒孔雀は足元にたくさん咲いている花で体を赤く染め、紅孔雀の中に混じっていたのだ。
アステリオスさんが、紅孔雀は黒孔雀になると催眠魔法と知能が強化されると言っていた。
確かにすごい知恵だし、こんなのがモンスターの軍団を率いて街を襲ってきたらと思うと恐ろしくて仕方ない。
(でも……オブトさんは……)
私は催眠魔法にかかってしまったようだが、それと時を同じくしてオブトさんはサスケの平手打ちをくらっていた。
そして無事に目を覚ます。
「……くっ、そんな所にいたのか!いま仕留めてやる!」
オブトさんは足元を見ながら黒孔雀へと間合いを詰め、尾の毒針でその体を刺した。
が、黒孔雀は倒れない。
紅孔雀たちなら針が刺さればすぐに倒れるほどの毒が、黒孔雀にはほとんど効果がないようだった。
「……くそっ、やはり毒への耐性ができてしまっているか」
オブトさんは苦々しげにつぶやいた。
この個体はすでに一度オブトさんのサソリ毒を受けており、それに耐えたことで黒孔雀へと変異したのだ。
考えてみれば、耐性ができていてもおかしくはない。
オブトさんはバックステップで素早く後ろに下がった。
それまでオブトさんがいた所へ黒孔雀のクチバシが襲いかかる。紅孔雀とは比べ物にならない速度だ。
オブトさんはさらに下がって私のいる方へと移動した。いったん距離を置いてから仕切り直そうというのだろう。
しかし、オブトさんは気づいていなかった。私が催眠にかかっていることに。
「ぐはぁっ!?」
オブトさんは予想外の方向からの衝撃に声を上げた。
私が後ろからタックルしてオブトさんを押し倒したのだ。
「クウ!?しまった、混乱状態になったか!!」
オブトさんは馬乗りになった私へすぐに平手打ちをくらわせようとした。
しかし、周囲はすでに紅孔雀だらけだ。いっせいにオブトさんに襲いかかる。
オブトさんはその攻撃を捌くために尾と両腕を振り回さなければならず、私への対処ができなかった。
そしてそれはスケさん、カクさんも同様だ。
紅孔雀は私にも攻撃を繰り出しているので、それを防ぐので手一杯になった。私に平手打ちする余裕がない。
そして催眠にかかった私は、オブトさんのがら空きの体に手を伸ばした。
オブトさんはその瞬間、お腹を攻撃されるのを予想して腹筋を固めた。それと同時に魔素を込めて強度を上げる。
が、予想外なことに痛みも衝撃も感じず、なぜかカチャカチャと金属が鳴る音だけが聞こえてきた。
「……?な、なぜベルトを外してるんだ!?」
そう。催眠にかかった私はオブトさんを攻撃せず、腰のベルトを外しにかかっていた。
オブトさんは私にかけられた催眠が味方を攻撃することのある『混乱』だと思ったようだが、実は違う。
正解は『理性消失』だったのだ。
そして理性を失った私が思った今やりたいことは、ただ一つだけだった。
(見たい!!男性のアレがヘビって実際にはどんななのか、見てみたい!!)
私はギルタブルルのアレがヘビだと聞いて以来、心の中でずっとそう思っていたのだ。
もちろん理性でそれを我慢していたわけだが、そのタガが外れて実力行使に出たのだった。
「なぜだ!?なぜズボンを脱がそうとする!?」
オブトさんは片手でズボンを押さえながら叫んだが、もちろん私は答えられる状態にない。
興奮に呼吸を荒くし、一心不乱にそれを引っ張った。
つい先日までの私なら片手でもオブトさんに力負けしただろうが、今は魔素による身体強化を多少なりと使えるようになっている。
私は力を込めて、ズボンを下着ごと引き下ろした。
(見える!!)
私の胸は高鳴ったが、それが視界に入る前に私の首は強制的に上を向かされた。
何かにアゴを下からはたき上げられたのだ。
不意打ちのアッパーカットをくらった私は後ろに倒れ、オブトさんから落ちた。
そしてその隙にオブトさんはズボンを上げてしまった。
(あぁ……残念……)
私はまずそう思ったが、幸いなことにアッパーカットの刺激によって私の催眠は完全に解けてくれていた。
急いで起き上がり、紅孔雀たちの包囲から逃れようとする。
スケさん、カクさんの援護もあって私はそれに成功したが、オブトさんの方はそう上手くいかなかった。
なぜなら紅孔雀よりも数段強い黒孔雀が襲いかかってきたからだ。
「く、くそ……!!」
黒孔雀はオブトさんへのしかかるようにしてクチバシを突き刺そうとしている。
オブトさんは倒れたまま足の鉤爪で黒孔雀を押し上げ、なんとか防いでいた。
尾の毒針は黒孔雀に刺さっているが、やはり効果は薄いようだ。
「オブトさん!!」
私が他の使役モンスターを出そうとするのと、黒孔雀が体を大きく後ろに反らせるのがほぼ同時だったろう。
黒孔雀は勢いをつけ直し、より強力な一撃をお見舞いしようとしているのだ。
(間に合わない!!)
さすがのオブトさんもこの一撃は防げそうになかった。
黒孔雀の鋭いクチバシがオブトの顔に振り下ろされる。
私は凄惨な光景を覚悟したが、しかし意外なことに一滴の血も流れはしなかった。
黒孔雀のクチバシはオブトさんの顔をわずかに逸れて地面に付き刺さっている。
そして、そのままピクリとも動かなくなった。
ぐったりと力を失った黒孔雀をオブトさんの足が蹴り飛ばす。その足の隙間から、何かに細長いものがズボンの中に入っていったように見えた。
どうやら黒孔雀は絶命したようだ。
「オブトさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ!黒孔雀がいなければ後は容易い!殲滅するぞ!」
ホッとした私は、ずっと言ってみたかったセリフを口にした。
「スケさん、カクさん、やっておしまいなさい!!」
決まった。やはりお約束は押さえておくべきだ。
そしてその後の展開も、お約束だらけの時代劇さながらだった。
残った紅孔雀たちをスケさん、カクさん、そしてオブトさんがバッタバッタとなぎ倒していく。
全てを一掃するのにさほどの時間はかからなかった。
オブトさんは最後の一体から尾針を抜き、大きく息を吐いた。
「ふぅぅ……討伐完了だ」
「お疲れ様でした。でも結局は毒が効いたんですね。良かった」
「あぁ、お前が教えてくれたおかげだ」
え?私が何を教えたのだろう?
全く心当たりのない私は頭に大きな疑問符を作った。
オブトさんはそんな私を気にした様子もなく、仕事をやり遂げた後の爽やかな笑顔を向けてくれた。
「この黒孔雀はサソリの毒には耐性がついていても、ヘビの毒には耐性がないからな。ズボンを脱がしてそれを教えようとしてくれたんだろう?『理性消失』の催眠を受けて取った行動は色々聞くが、仲間に敵の倒し方を教えようとしたってのは初めてだ」
えー?
な、なんだか盛大な勘違いをしていらっしゃる。
っていうか、黒孔雀は股間のヘビさんで倒したんだ。そういえばなんか細長いのが見えた気もする。
「それに、ズボンが下りたおかげで両手が使えなくてもヘビでクウの目を覚まさせることができたしな。結果的に一石二鳥だった」
……ん?ということは、私のアゴにアッパーカットをくらわしたのはヘビさん?
でもオブトさんのヘビさんは、ヘビではあっても一応男性のアレなわけで……
「しかし初めは驚いたぞ。まるで男を押し倒して下半身をモロ出しにしようとするヤバイ女みたいだった。まぁその意図に気づけたおかげで今の命があるんだがな。お前は命の恩人だ」
「いや……そんな……ハハハ……」
まさにヤバい女だった私としては、曖昧な笑いを返すことしかできなかった。
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈ギルタブルル〉
メソポタミア神話に登場する半人半獣の怪物です。
原初の女神とされるティアマトによって産み出されました。
人間の体に鳥の下半身、尻尾はサソリで男性器がヘビという姿で描かれます。
中には翼が生えているケースもあるんだとか。
その体は血ではなく毒で満たされているというから、恐ろしい存在ではあります。
……が、正直なところ気になるのはやはり股間のヘビ部分ですよね。
排泄や性などのアレコレはどうなるのか?
筆者が調べた限りではその事に関する言及は見つかりませんでした。
ホントどうなってるんでしょうね(笑)
〈紅孔雀と黒孔雀〉
麻雀のローカルルールとして存在する役の名前です。
ちなみに両方とも役満扱いなので、縁起のいいモンスターかもしれませんね。
〈サソリ〉
筆者が小さい頃に観たテレビ番組で、インドのお屋敷の庭に散らばったサソリをホウキとチリトリで集めてポイッと捨てるシーンがありました。
それを見て、
『インドはなんて恐ろしいところなんだろう……絶対に行きたくない』
とか思ってましたが、なんのことはありません。
サソリの中でも人が死ぬような毒を持ってる種類はほんの数パーセントなんですね。
刺されてもほとんどの場合は冷やして抗ヒスタミン薬やステロイドを塗布すれば済むそうです。
蜂刺されとほぼ同じ処置。
ただそれでもヤバいやつはやっぱりいて、中東やヨーロッパに生息する『オブトサソリ』は世界一強い毒を持つと言われています。
そこからオブトの名前を拝借しました。
別名『デスストーカー』とも呼ばれるこのサソリは気性が荒く、素早くて攻撃性も高いので本当に危険なんだそうです。
と言っても、実はこのオブトサソリですら刺されても、健康な人だとなかなか死なないらしいんですね。
まぁ刺されたら『蜂の百倍痛い』なんて言われますから絶対に刺されたくないですが、多くの人が持つ『サソリは死の象徴』的なイメージはちょっと行き過ぎなようです。
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
オブトさんの視線の先では森の木々が途絶えており、少し開けた場所になっていた。
そこは赤い花が絨毯のように広がっていて、三十体くらいの紅孔雀が群れている。
どうやらこちらにはまだ気づいていないようだ。
「聞いていた情報よりは多いが……見たところ黒孔雀はいないようだ」
「どうしますか?」
「いないならいないで紅孔雀だけでも叩いておこう。黒孔雀が助けに来るなら仕留めるし、そうでなければ何体か逃して追跡する。その先に黒孔雀がいるはずだ」
「分かりましたけど、数が多いから私も戦いますよ。ハンズなら催眠にかかって状況を悪化させることもありませんよね?」
「……そうだな。結局はその方がクウの危険も少なそうだ。じゃあ、ドラゴンハンズには攻撃を命じてくれ。スライムハンズは催眠に警戒しつつ、クウが攻撃されないように敵を牽制させるんだ」
「了解です。っていうか、震えてませんね?」
不思議なことに、先ほどたった三体の紅孔雀に震えていたオブトさんが、今は全くの正常に見えた。
「駆け出しの頃の気持ちとその対処法を思い出したんだよ」
「じゃあ今、例の女の人のことを考えてるんですか?」
「さぁな」
オブトさんは苦笑混じりにごまかして、身を低くした。
それから木々の隙間を縫い、少しずつ紅孔雀に近づいて行く。
私もその背中を真似しながら追ったが、オブトさんはさすがに動きが手慣れている。
距離を詰めているだけなのだが、やはりプロだと感じられた。
私の動きではもう気づかれると思った頃、オブトさんが片手を上げて足を止めた。私もそれに従って動きを止める。
オブトさんは一呼吸置いてから、手を振り下ろした。突撃のゴーサインだ。
オブトさんが紅孔雀に向かって走り出す。私もカクさんを突っ込ませた。
二人は弾丸のような速度で紅孔雀たちに襲いかかった。
不意を突かれたモンスターたちはなすすべもない。
オブトさんは高く跳び、左右の足で二体の頭をそれぞれ掴んだ。そして次の瞬間、それらは卵のように握り潰された。
それと同時に、尾の毒針は別の紅孔雀に刺さっている。そちらもすぐに力を失ってその場に倒れた。
オブトさんの早技は、先ほど震えていた時よりも数段鋭さを増したように見える。
しかし、うちのカクさんも負けてはいない。突っ込んだ勢いそのままに爪を大振りにし、一度に二体を切り裂いた。
そのまま流れるように他の一体の首を掴み、キュッと締め上げる。
ぐっとりとしたその紅孔雀の上をオブトさんの尾が疾走り、近くにいた一体がまた即死する。
二人は次々と紅孔雀を倒していった。
私も物陰から姿を出し、盾を構えた。
死闘の場に積極的に入って行くつもりはなかったが、離れた所に一人いるのが目に入れば注意が分散するはずだ。オブトさんでも囲まれれば危ないだろう。
私に気づいた紅孔雀がこちらに向かって羽根を広げた。
美しい模様の羽根が展開されるのと同時に、意識が襲われたような感覚を覚える。
これが催眠魔法なのだろう。
(……っ!!気を強く持つ、気を強く持つ!!)
私はアステリオスが言っていたこと心の中で繰り返した。
紅孔雀の催眠魔法は来ると分かっていれば気を強く持つだけで防げるという話だった。
確かに多少クラっとする感じはあったが、意識を備えさせればすぐにその感覚は消えた。
(これならイケる!!)
催眠魔法は効かないし、オブトさんもカクさんも紅孔雀たちを圧倒している。気づけばもう二十体近く倒していた。
私が勝利を確信したその時、オブトさんの体が急に痙攣した。
そして動きを止めて固まってしまう。
「……え?オブトさん!!」
私の呼びかけにも全く反応しない。
(金縛り!?でも、黒孔雀はどこにもいないのに……)
私が防げた紅孔雀の催眠をオブトさんが防げないとは思えない。
ならば黒孔雀がいそうなものだったが、黒い個体はどこにも見えなかった。
「カクさん、オブトさんを守って!!スケさん、オブトさんを起こして!!」
私はすぐに二体に命じた。
近くにいるカクさんにオブトさんを起こさせた方が当然早いのだが、まだ周囲には紅孔雀が十体ほどはいる。
それらが動きを止めたオブトさんに突きかかっていた。
カクさんはオブトさんの周囲を飛び回り、なんとか紅孔雀たちの攻撃を捌いた。
そこへスケさんが到着する頃、紅孔雀の中の一体が私に向かって羽根を広げた。
私は先ほど簡単に催眠を防げた油断もあり、それを直視してしまった。
そして次の瞬間、自分の意識が霞がかっていくのを感じた。
(……え?……なんで?……あれ?……黒い?)
私はまとまらなくなった思考の中で、それに気がついた。
私に向かって羽根を広げている紅孔雀の体は、よくよく見ると所々が黒いのだ。
いや、むしろ地が黒で、それを赤く染めているようだった。
(花で……染めて……)
恐らくはそういう事なのだろう。
黒孔雀は足元にたくさん咲いている花で体を赤く染め、紅孔雀の中に混じっていたのだ。
アステリオスさんが、紅孔雀は黒孔雀になると催眠魔法と知能が強化されると言っていた。
確かにすごい知恵だし、こんなのがモンスターの軍団を率いて街を襲ってきたらと思うと恐ろしくて仕方ない。
(でも……オブトさんは……)
私は催眠魔法にかかってしまったようだが、それと時を同じくしてオブトさんはサスケの平手打ちをくらっていた。
そして無事に目を覚ます。
「……くっ、そんな所にいたのか!いま仕留めてやる!」
オブトさんは足元を見ながら黒孔雀へと間合いを詰め、尾の毒針でその体を刺した。
が、黒孔雀は倒れない。
紅孔雀たちなら針が刺さればすぐに倒れるほどの毒が、黒孔雀にはほとんど効果がないようだった。
「……くそっ、やはり毒への耐性ができてしまっているか」
オブトさんは苦々しげにつぶやいた。
この個体はすでに一度オブトさんのサソリ毒を受けており、それに耐えたことで黒孔雀へと変異したのだ。
考えてみれば、耐性ができていてもおかしくはない。
オブトさんはバックステップで素早く後ろに下がった。
それまでオブトさんがいた所へ黒孔雀のクチバシが襲いかかる。紅孔雀とは比べ物にならない速度だ。
オブトさんはさらに下がって私のいる方へと移動した。いったん距離を置いてから仕切り直そうというのだろう。
しかし、オブトさんは気づいていなかった。私が催眠にかかっていることに。
「ぐはぁっ!?」
オブトさんは予想外の方向からの衝撃に声を上げた。
私が後ろからタックルしてオブトさんを押し倒したのだ。
「クウ!?しまった、混乱状態になったか!!」
オブトさんは馬乗りになった私へすぐに平手打ちをくらわせようとした。
しかし、周囲はすでに紅孔雀だらけだ。いっせいにオブトさんに襲いかかる。
オブトさんはその攻撃を捌くために尾と両腕を振り回さなければならず、私への対処ができなかった。
そしてそれはスケさん、カクさんも同様だ。
紅孔雀は私にも攻撃を繰り出しているので、それを防ぐので手一杯になった。私に平手打ちする余裕がない。
そして催眠にかかった私は、オブトさんのがら空きの体に手を伸ばした。
オブトさんはその瞬間、お腹を攻撃されるのを予想して腹筋を固めた。それと同時に魔素を込めて強度を上げる。
が、予想外なことに痛みも衝撃も感じず、なぜかカチャカチャと金属が鳴る音だけが聞こえてきた。
「……?な、なぜベルトを外してるんだ!?」
そう。催眠にかかった私はオブトさんを攻撃せず、腰のベルトを外しにかかっていた。
オブトさんは私にかけられた催眠が味方を攻撃することのある『混乱』だと思ったようだが、実は違う。
正解は『理性消失』だったのだ。
そして理性を失った私が思った今やりたいことは、ただ一つだけだった。
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もちろん理性でそれを我慢していたわけだが、そのタガが外れて実力行使に出たのだった。
「なぜだ!?なぜズボンを脱がそうとする!?」
オブトさんは片手でズボンを押さえながら叫んだが、もちろん私は答えられる状態にない。
興奮に呼吸を荒くし、一心不乱にそれを引っ張った。
つい先日までの私なら片手でもオブトさんに力負けしただろうが、今は魔素による身体強化を多少なりと使えるようになっている。
私は力を込めて、ズボンを下着ごと引き下ろした。
(見える!!)
私の胸は高鳴ったが、それが視界に入る前に私の首は強制的に上を向かされた。
何かにアゴを下からはたき上げられたのだ。
不意打ちのアッパーカットをくらった私は後ろに倒れ、オブトさんから落ちた。
そしてその隙にオブトさんはズボンを上げてしまった。
(あぁ……残念……)
私はまずそう思ったが、幸いなことにアッパーカットの刺激によって私の催眠は完全に解けてくれていた。
急いで起き上がり、紅孔雀たちの包囲から逃れようとする。
スケさん、カクさんの援護もあって私はそれに成功したが、オブトさんの方はそう上手くいかなかった。
なぜなら紅孔雀よりも数段強い黒孔雀が襲いかかってきたからだ。
「く、くそ……!!」
黒孔雀はオブトさんへのしかかるようにしてクチバシを突き刺そうとしている。
オブトさんは倒れたまま足の鉤爪で黒孔雀を押し上げ、なんとか防いでいた。
尾の毒針は黒孔雀に刺さっているが、やはり効果は薄いようだ。
「オブトさん!!」
私が他の使役モンスターを出そうとするのと、黒孔雀が体を大きく後ろに反らせるのがほぼ同時だったろう。
黒孔雀は勢いをつけ直し、より強力な一撃をお見舞いしようとしているのだ。
(間に合わない!!)
さすがのオブトさんもこの一撃は防げそうになかった。
黒孔雀の鋭いクチバシがオブトの顔に振り下ろされる。
私は凄惨な光景を覚悟したが、しかし意外なことに一滴の血も流れはしなかった。
黒孔雀のクチバシはオブトさんの顔をわずかに逸れて地面に付き刺さっている。
そして、そのままピクリとも動かなくなった。
ぐったりと力を失った黒孔雀をオブトさんの足が蹴り飛ばす。その足の隙間から、何かに細長いものがズボンの中に入っていったように見えた。
どうやら黒孔雀は絶命したようだ。
「オブトさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ!黒孔雀がいなければ後は容易い!殲滅するぞ!」
ホッとした私は、ずっと言ってみたかったセリフを口にした。
「スケさん、カクさん、やっておしまいなさい!!」
決まった。やはりお約束は押さえておくべきだ。
そしてその後の展開も、お約束だらけの時代劇さながらだった。
残った紅孔雀たちをスケさん、カクさん、そしてオブトさんがバッタバッタとなぎ倒していく。
全てを一掃するのにさほどの時間はかからなかった。
オブトさんは最後の一体から尾針を抜き、大きく息を吐いた。
「ふぅぅ……討伐完了だ」
「お疲れ様でした。でも結局は毒が効いたんですね。良かった」
「あぁ、お前が教えてくれたおかげだ」
え?私が何を教えたのだろう?
全く心当たりのない私は頭に大きな疑問符を作った。
オブトさんはそんな私を気にした様子もなく、仕事をやり遂げた後の爽やかな笑顔を向けてくれた。
「この黒孔雀はサソリの毒には耐性がついていても、ヘビの毒には耐性がないからな。ズボンを脱がしてそれを教えようとしてくれたんだろう?『理性消失』の催眠を受けて取った行動は色々聞くが、仲間に敵の倒し方を教えようとしたってのは初めてだ」
えー?
な、なんだか盛大な勘違いをしていらっしゃる。
っていうか、黒孔雀は股間のヘビさんで倒したんだ。そういえばなんか細長いのが見えた気もする。
「それに、ズボンが下りたおかげで両手が使えなくてもヘビでクウの目を覚まさせることができたしな。結果的に一石二鳥だった」
……ん?ということは、私のアゴにアッパーカットをくらわしたのはヘビさん?
でもオブトさんのヘビさんは、ヘビではあっても一応男性のアレなわけで……
「しかし初めは驚いたぞ。まるで男を押し倒して下半身をモロ出しにしようとするヤバイ女みたいだった。まぁその意図に気づけたおかげで今の命があるんだがな。お前は命の恩人だ」
「いや……そんな……ハハハ……」
まさにヤバい女だった私としては、曖昧な笑いを返すことしかできなかった。
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☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈ギルタブルル〉
メソポタミア神話に登場する半人半獣の怪物です。
原初の女神とされるティアマトによって産み出されました。
人間の体に鳥の下半身、尻尾はサソリで男性器がヘビという姿で描かれます。
中には翼が生えているケースもあるんだとか。
その体は血ではなく毒で満たされているというから、恐ろしい存在ではあります。
……が、正直なところ気になるのはやはり股間のヘビ部分ですよね。
排泄や性などのアレコレはどうなるのか?
筆者が調べた限りではその事に関する言及は見つかりませんでした。
ホントどうなってるんでしょうね(笑)
〈紅孔雀と黒孔雀〉
麻雀のローカルルールとして存在する役の名前です。
ちなみに両方とも役満扱いなので、縁起のいいモンスターかもしれませんね。
〈サソリ〉
筆者が小さい頃に観たテレビ番組で、インドのお屋敷の庭に散らばったサソリをホウキとチリトリで集めてポイッと捨てるシーンがありました。
それを見て、
『インドはなんて恐ろしいところなんだろう……絶対に行きたくない』
とか思ってましたが、なんのことはありません。
サソリの中でも人が死ぬような毒を持ってる種類はほんの数パーセントなんですね。
刺されてもほとんどの場合は冷やして抗ヒスタミン薬やステロイドを塗布すれば済むそうです。
蜂刺されとほぼ同じ処置。
ただそれでもヤバいやつはやっぱりいて、中東やヨーロッパに生息する『オブトサソリ』は世界一強い毒を持つと言われています。
そこからオブトの名前を拝借しました。
別名『デスストーカー』とも呼ばれるこのサソリは気性が荒く、素早くて攻撃性も高いので本当に危険なんだそうです。
と言っても、実はこのオブトサソリですら刺されても、健康な人だとなかなか死なないらしいんですね。
まぁ刺されたら『蜂の百倍痛い』なんて言われますから絶対に刺されたくないですが、多くの人が持つ『サソリは死の象徴』的なイメージはちょっと行き過ぎなようです。
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お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
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