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24大木のダンジョン4

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「……金色のリンゴ?」

 穴の外には大きなリンゴがぶら下がっており、それが金色に光り輝いている。

「とりあえず出てみましょうか」

 私たちが穴の外に出ると、突風が吹いてきた。

 それは思わずバランスを崩すほどの強い風だったが、そんな風が吹いてきたことに全員がすぐに納得した。

 私たちは大木の頂上付近にいたのだ。

 頭上や周囲は枝に囲まれているが、その隙間から青い空が覗いている。

 足元はちょっとした広場のように平たくなっていて、その縁から見える下の方には私たちが通ってきた森の木々が小さく見えた。

 さっきまではダンジョンの地下にいたはずなのに、穴の外はむしろダンジョンの頂上だったのだ。

「え?なんで?」

 私の疑問にケイロンさんが答えてくれた。

「ダンジョンの中は次元が歪んでいますから、こういったことも当然ありうるでしょう。ですが……完全に盲点でしたね。これまでの探索者は、ここへ来ようと思ってとにかく上へ上へと登ってきたはずです」

 なるほど。

 それを思うと気の毒な気もする。五十階まで上がれば太ももは乳酸だらけになっただろう。

「でも……このリンゴをどうしたらいいんですかね?」

 私はあらためて金色に光り輝くリンゴを見上げた。

 それは確かにリンゴの形をしてはいるのだが、ものすごい大きさだった。

 リンゴがぶら下がっている茎の部分だけで直径三メートルはありそうだ。リンゴ自体は……何メートルあるだろうか?

(デカすぎ……)

 私たちは心の中で全く同じことを考えていた。

 ケンタウロスの賢者もこのリンゴをどうしたらいいかは分からなかったが、とりあえずごく普通に考えられる提案をしてくれた。

「そうですね……正解は分かりませんが、まずは切り落としてみましょうか。リンゴなので『食べる』ということも考えられますが、ちょっと勇気の要ることですし」

 確かにまずやるべきはそれだろう。

 シバさんとキジトラさんがジャンプしてリンゴの上に乗った。

「では、斬るでござるよ」

「少し離れておくのである」

 二人は私たちが下がったのを確認し、同時に剣を振った。

 が、リンゴをぶら下げた茎は斬れず、二人の剣は素通りした。

 まるでホログラムを斬っているかのようだった。

「……え?その茎って幻なんですか?」

 シバさんとキジトラさんは私の認識を否定した。

「いや、幻ではござらん。手応えはあったでござる」

「この茎が斬った端から再生したのである」

 私は耳を疑った。斬撃を入れた剣と同じ速度で再生したということか。

 巨大ヤテベオの再生もすごかったが、その比ではない。

「ちょっと試してみるでござる」

 シバさんが全身を緑色に光らせ、開放状態になった。そして私にはほとんど視認できない速度で斬撃の雨を降らせる。

 それを続けていると、茎は少しだけ、ほんの少しだけ斬れたように見えた。しかし、それもシバさんの手が止まるとすぐに元に戻った。

「……ふう、これだけやってこの程度しか斬れないとなると、斬り落とすのはかなりの労力が必要でござるよ」

「無理そうですか?」

 私の問いにシバさんは首を横に振った。

「決して無理ではないでござる。ただ……我々は召喚状態ゆえ問題ござらんが、クウ殿の魔素がもつかどうか」

 そうか。先ほどもちょびっとは斬れたのだから、時間さえかければできない事ではなさそうに思える。

 要は私の体力次第だ。

「じゃあ体力勝負を挑んでみましょうか。ちょっと待ってくださいね」

 私は魔素補充薬をグビグビと飲んだ。

 もうお腹はタプタプだが、満タンにしておかないと斬り落とすのは難しいだろう。

「……ケプッ。よし、もう大丈夫です。二人とも始めてもらっていいですよ」

「では、やるでござる」

「ケイロン殿とサスケ殿もできる範囲で攻撃を加えてくれると助かるのである」

 キジトラさんの言葉に遠距離組はうなずいて武器を構えた。

 そして開放状態なった二人がいっせいに斬りかかる。

 相変わらず凄まじい速度の斬撃だったが、それでもやはり少しずつしか斬れない。

 ケイロンさんの弓とサスケのスリングショットが加わっても、切れ目が広がる速度は目に見えては変わらなかった。

 私はというと、引き続き魔素補充薬を飲み続けていた。シバさんとキジトラさんが本気で斬りかかっているので、魔素消費が半端ない。

 飲む端から消費されていく、というよりも、飲んで補充される速度よりも消費速度の方がよほど早かった。

(このままじゃまずいな……)

 私の魔素はどんどん枯渇していき、強い疲労感を感じてきた。

 そしてめっちゃムラムラしてくる。

(さすがにこの状況でセルフケアはできないし……)

 この世界に来て発情体質を得てしまった私にはそういった魔素の回復手段もあるが、この大木の上には隠れられそうな場所はない。

 とりあえず魔素が切れるまで頑張ってみようと思った。

 四人の攻撃のおかげで、茎は少しずつ斬れていっている。本当に茎が斬れるのが先か、私の魔素が切れるのが先かという勝負だった。

 そして長い時間の戦いの果てに、ようやく終わりが見えてきた。

(あとちょっと!!)

 茎はもうかなり細くなっていた。

 私も相当キツかったのだが、手を握りしめて魔素を送り続ける。

 相変わらず魔素補充薬は飲み続けているが、それでも三人の召喚維持が難しくなってきた。

 そしてついにケイロンさん、シバさん、キジトラさんの姿が薄くなり、向こうが透けて見えるほどになってしまった。

 召喚が解除されるのだ。

(間に合うか!?)

 全員が焦燥に駆られながら攻撃を加えた。

 そして召喚された三人の消える間際、ケイロンさんの放った一矢がついにリンゴの茎を完全に切断した。

「「やった!!」」

 全員の歓喜の声が重なった直後に召喚は解除され、サスケ以外の三人は消えてしまった。

 しかし、私たちは勝ったのだ。

 金色の巨大リンゴは重力に引かれて落ち、私たちの立っている大木の枝にぶつかった。

 その瞬間、リンゴは聞いたことのないような高い音を立てて弾け、たくさんの小さな金色の粒となった。

 そしてその粒が広がるのに合わせ、なぜか真っ暗な空間が広がっていく。まるで世界が黒く塗りつぶされいるようだった。

 ただしその黒の中には砂をまいたような金の粒が輝いており、夜空が広がっていくようでとても幻想的だ。

 その美しい空間に飲み込まれ、私とサスケは夜空の中に二人だけ浮いているような状態になった。

 そして金の粒たちはなぜか、私とサスケに向かって集まってくる。

「え?え?え?」

「な、なに?」

 私は何が何やら分からず、戸惑うばかりだった。隣りでサスケも似たような顔をしている。

 金色の粒たちは私たちの体に音もなく入ってきた。

 別に痛くもなんともない。ただ不思議な暖かさだけが体の芯に残った。

 それからふっと、視界の隅に新たな明るさが灯ったことに私は気づいた。

 目を向けると、金色の蝶がひらひらと飛んている。

「わぁ、綺麗!」

 私はほとんど無意識に、その蝶へと向かって手を伸ばした。



 すると蝶は私の方へクルリと向きを変え、手の上に乗った……と思ったら、そのまま溶けるように私の手のひらに吸い込まれてしまった。

「え?え?え?え?」

 私は再び戸惑いの声を上げたが、そうしている内に夜空のようだった真っ暗な空間は跡形もなく消えていた。

 まるで幻にでも包まれていたかのような感覚だ。

「……?一体何だったんだろう?」

「さぁ……」

 私の疑問に対し、サスケもそれ以外の返答はできない。

 本当に、何が何だかさっぱり分からなかった。

 リンゴの放つ光からは強い魔素を感じられていたが、別に魔素が回復した感じもない。

 相変わらずケイロンさんたちを召喚できないほどの枯渇状態だ。本音ではその場に倒れ込みたいほど疲弊している。

 別に何かの力が入って強くなった感じもないし、逆に害がある感じもしない。

 本当にどんな意味があったのか、全く分からなかった。

 ただし変化がなかったのは私たちの体だけであり、その周囲には大きな変化が起こっていた。

 大木のダンジョン全体が揺れ始めたのだ。

「あ……これ、前と同じだよね?ダンジョンの攻略が完了した時のやつ」

 私はこの揺れにデジャヴを感じていた。そしてそれはサスケも同じだ。

「多分そうだろうね。リンゴを落とすのが攻略条件だったってことで間違いないと思う」

 条件が満たされ、攻略が完了したダンジョンは消えてしまう。そして中にいる人は強制的に外に転移させられるのだ。

 しかし、私はそこでふと思った。

「ここって……ダンジョンの中っていう認識でいいのかな?」

 一応ダンジョンを通っては来たものの、考えてもみれば大木の上にちょこんと立っている状況だ。

 私の疑問にサスケの表情が凍りついた。

「い、一応中に戻っておこうか」

 サスケが魔素の枯渇で弱っている私の手を引いてくれた。が、少し遅かったようだ。

 大木のダンジョンは忽然と消えてなくなり、私たちは空中に放り出された。

「キャアァア!!」

 急に無くなった足場と浮遊感に、私は悲鳴を上げた。

 地上までの高さはゆうに百メートル以上ありそうだ。落ちれば当然死ぬだろう。

 ガルーダのガルを喚べれば一番良かったのだが、もうそんな魔素は残っていない。

 スライムたちならかろうじて喚べるかもしれないが、あの子たちが空を飛べるはずもない。

 魔素補充薬を飲むことができれば回復できるが、確か百メートルの自由落下にかかる時間は四、五秒だと高校の時に習った記憶がある。

 風や空気抵抗で多少は違うだろうが、それも間に合うとは思えない。

 絶望を感じている私の頭をサスケがぐっと引き寄せ、その胸に抱いた。

「クッションに……」

 短い一言だったが、それだけでサスケの意図は十分に分かった。自分をクッションにして私の落下ダメージを減らそうとしてくれているのだ。

 もちろんそれくらいで何とかなるような高さではないし、サスケもそんなこと分かっているだろう。

 しかし最後の最後まで、自分を盾にしてまで、私を守ろうとしてくれているのだ。

 私はその事に胸の奥が熱くなり、絶対にこの人を守りたいと強く思った。

(私にできること……少ない魔素でできること……)

 私はごく短時間で頭を高速回転させ、考えた。そして一つのことを思いついた。

「目を閉じて!!」

 私はそう叫びながら自分の腰回りに意識を集中した。そこには一つの魔道具がある。

 ブラウニーのビリーさんからもらったTバックだ。

「え?」

 サスケが疑問の声を上げるのと同時に、私のTバックは急速にレースを増殖させた。

 レースはどんどん広がってスカートをめくり上げ、蝶の羽根のような形になって落下の空気抵抗をその身に受けた。

 このTバックは魔素を込めると布地を増殖させ、美しいレースを伸ばすことができる魔道具だ。しかもそれに必要な魔素はごく少量だし、ある程度動かしたりもできる。

 Tバックは瞬時に強い空気抵抗を受けたため、私の体に上方向のGがかかった。

 それによってサスケの胸に私の頭が抱かれていたのが、反対にサスケの顔が私の胸に埋もれる形になった。

 ちょっと恥ずかしいが、正直ありがたい。こんな姿は人に見られたくなかった。

 もし見られれば、私は『Tバックで空を飛ぶ女』の称号を得ることになってしまうだろう。だから目を閉じるように伝えたのだった。

「……え?どうなってるの?飛んでる?」

 サスケが私の胸でフガフガしながら尋ねてきた。

 私の体は魔素の枯渇でかなりの発情状態になっているためそれだけでもかなりゾクゾクしたのだが、今はそれどころじゃない。

「いいからそのままでいて!地上に降りてもしばらく目を閉じててよ!」

 私はそう厳命しつつ、レースの操作に意識を集中した。

 今は蝶の羽根のような形にしているのだが、それが正解なのかはよく分からない。多分、先ほど金色の蝶を見たことでそのイメージに引っ張られたのだろう。

(しっかり飛ぶ必要はないんだから……死なない程度に速度を落とせれば……)

 そう意識して四苦八苦しながらレースを動かしたが、この試みは思いの外上手くいっていた。

 何とかバランスを取りながらゆっくりと降りることができている。

 ただし、Tバックはものすごく食い込んでくる。ただでさえ食い込むようにできているような下着なのに、こんな風に使えばそうなるのは当然だった。

 私は胸のサスケと股間のTバックにハァハァしつつも、どうにかこうにか宙を飛びきって地に足を下ろすことができた。

 ほっと胸を撫で下ろしながらサスケを放し、振り返って今降りてきた空を見上げた。

(奇跡だ……本当に危なかった)

 私がシュルシュルとレースを戻している後ろから、サスケの声がかかった。

「す、すごいの履いてるね……」

 肩越しに首だけ振り返ると、地面に腰を下ろしたサスケが私のお尻を凝視している。

 レースはまだかなり長いので、スカートは完全にめくれ上がっていた。

「……目を閉じててって言ったじゃん!!」

 私はレースを振り回してサスケにぶつけ、サスケは二・三メートルの距離を飛んだ。

 こうして私は『Tバックで空を飛ぶ女』の称号を得るとともに、意外にもTバックが武器になるということを学んだ。


***************


☆元ネタ&雑学コーナー☆

 ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。

 本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。


〈ヤ・テ・ベオ〉

 ヤ・テ・ベオは中央アメリカや南アメリカに生息するとされた、伝承上の食人植物です。

 描かれる姿は様々なので、どんなふうに人を襲うのか、食べるのか、明確な定形像はないそうです。

 ただ全体的に『太くて短い幹を持ち、長い蔦で人を襲う』とされていることが多いらしいので、だいたい作中のモンスターっぽい感じかもしれません。

 ただ当然ながら、快楽を与え……的な下りは完全オリジナルです。

 仮に南米を旅行中にそれっぽい植物を見ても近づかないようにしましょう。


〈黄金のリンゴ〉

 不思議なことに、『黄金のリンゴ』は様々な神話や民話に登場しています。

 ネットで検索すると一覧になっているサイトがあるので、興味のある方は見てみてください。

 要は、昔からリンゴは身近で皆が大好きな食べ物だったということでしょう。

 それらの話の中でも筆者が特に好きなのは、ギリシア神話の『不和の林檎』の下りです。

 とある神様の結婚式が開かれたのですが、不和と争いの女神エリスは招待されませんでした。

 そこで結婚式に『最も美しい女神へ』と書いた黄金のリンゴを投げ入れたのです。

 それを見た三柱の上級女神(最高神の妻ヘーラー、知と戦いの女神アテーナー、愛と美の女神アプロディーテー)が、

『これは私のものよね?だって私が一番美しい女神なんだから』

と言って喧嘩を始めてしまいました。

 ああ女神様。

 この争いは結局、トロイアという国の王子に審判を委ねられました。

『ねぇねぇそこの君、誰が一番美しいと思う?』

 そこで公平な勝負があればただのミス・ユニバースで終わりだったのですが、どうしても勝ちたい三女神はこの王子に賄賂を提示します。

『私に勝たせてくれたらコレ上げるわよ』

 ヘーラーが『君主の座』、アテーナーが『どんな戦でも勝てる力』、そしてアプロディーテーが『絶世の美女ヘレネー』。

 皆さんなら何を選ぶでしょうか?

 若い王子は美女ヘレネーを選びました。

 しかしこのヘレネー、なんと他国のお妃様だったのです。

 当然ながら、妻をさらわれて怒ったその国の王様が返せと言ってきました。

 しかし王子は断固拒否。

 結果、神々まで両派に分かれて争う『トロイア戦争』が勃発してしまいます。

 リンゴ一つで大戦争を引き起こしたのも凄いですし、そこに至るまでの様々な欲望にも考えさせられますね。

 神話の多くは人の欲望をデフォルメして神々に投影しているように感じられますが、そこから多くのことを学べるのも神話の魅力だと思います。


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お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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