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24大木のダンジョン3

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(何あれ……誘ってるのかしら?)

 私はウネウネと蠢く触手を見て、そんなことを考えた。

 それがどんな快楽をもたらすかはすでに知っている。つい先ほど経験済みだ。

 しかも目の前にいるのはその時とは比べ物にならないくらい大きな個体であり、当然より多くの触手を持っているだろう。

 それに、もしかしたら催淫手技のランクも上かもしれない。

 人を拘束し、快楽を与えながら魔素を吸うヤテベオというモンスターは、その存在自体がメスを誘っているとしか思えない。

 っていうか、本当にオスもメスも誘ってるのだ。

「クウ!下がって!」

 サスケの鋭い叫びが耳に入ったものの、どれだけ急いで逃げても間に合わないだろう。

 私はヤテベオの幹に触れるほど近づいているのだ。

「キャアァアッ!!」

 伸びてきた触手によって、私は一瞬で捕らえられた。

 そして粘液まみれのウネウネはすぐに体中を這い回ってくる。

 強烈な快感が体中を襲った。あまりに多くの箇所を同時に責められているため、どこかどうなっているのかさっぱり分からない。

 ただそれでも、もの凄まじく気持ちいいということだけは分かった。

(でも……魔素を吸い取られる感じも強い!!)

 私は襲い来る快楽の波の中、脳の芯の部分では危機感を感じていた。

 これは本気でマズイやつだ。このままだとすぐに魔素が空になって何もできなくなる。

 サスケとケイロンさんは全速力で下がり、とりあえず距離を取ろうとしている。

 モンスターの性質上、私はすぐに殺されはしないのでその判断は間違っていないだろう。

 しかし私の魔素が枯渇してしまえばケイロンさんは消えてしまうし、サスケだけでこのモンスターを何とかするのは難しい。

(仕方ない……切り札を使おう)

 私はそう決心し、快感を振りほどくように触手たちを睨みつけた。

 そして巻きついていた触手をぐっと握り込みながら、両手の親指と中指とで輪を作る。

 その輪に魔素を込め、念じた。



 するとその数瞬後には、私を責め立てていた触手は一本残らず切断されていた。

 それはほんの瞬きほどの間のことであり、目を凝らして見ていてもその早業はほとんど理解できなかっただろう。

 触手の束が床に落ちる音とともに、二人の男性の声がダンジョンに響き渡った。

「クウ殿、怪我はないでござるか!?」

「いきなり大ピンチで吾輩ビックリしたのである!」

 クーシーのシバさんと、ケットシーのキジトラさんだ。

 私は即座に二人を召喚したのだった。

 二人は見た目こそ可愛らしい柴犬と雉トラ猫だが、実は凄腕の剣士だ。

 またたく間に私を拘束していた触手を斬り落とし、さらに追加で襲ってくる触手を薙ぎ払ってくれた。

 二人にはあらかじめ今日の予定を空けておいてもらうようお願いしている。こうやっていざという時に召喚して助けてもらうためだ。

 ケイロンさんのように初めから召喚して同行してもらうことも考えたのだが、二人は強い分だけ魔素の燃費が悪い。

 せめて地図のある五十階を超えてから喚び出すつもりだった。

「怪我はありません!このモンスターから距離を取りたいので触手を防いでください!」

「承知!」

「了解なのである!」

 襲いかかってる触手は相当な数だったが、二人の斬撃は見事にそれをさばいてくれる。

 私たちの通った床には大量の触手が落ち、ビチビチとのたうち回っていた。

「あ、危なかった……」

 ようやく触手が届かない距離まで逃げることができ、私は安堵の息を吐いた。

 巨大ヤテベオはそのサイズに見合った長さに触手を伸ばせるらしい。二、三百メートル離れたところでようやく追撃が止まった。

 サスケとケイロンさんも足が早いので無事に逃れている。

「あそこから動いてはこないね」

「おそらくですが、あの後ろの穴を守っているのではないでしょうか。光から強い魔素を感じますし、穴の先に何か重要なものがあると思うべきです」

 確かにあの光は普通ではないように感じる。

 穴の向こうがダンジョン攻略につながる何かだと考えるのが妥当だろう。

「あのウネウネを出す木を倒せばいいのでござるか?」

 シバさんがごく単純化した目的を口にした。要はそういうことだ。

 ケイロンさんもうなずいて肯定した。

「そうですが、あのサイズです。簡単ではないでしょう」

 キジトラさんが頬のヒゲを引っ張りながら唸った。

「うーん……もしアレが普通の木なら、吾輩とシバ殿で攻めれば触手を払いながらでも斬れそうなのであるが……」

 どう思う?という風にシバさんに目を向ける。

「そうでござるな。とりあえず拙者たちで攻めてみるのはどうであろう?無理そうならすぐ引くでござる」

 二人は一時勘違いから仲が悪かったが、誤解が解けてからはそんなこともない。

 たまに喧嘩はしているものの、よく似た境遇の二人なので基本的には仲良しだ。

「拙者がクウ殿の一番の家臣であることを証明するでござる」

 シバさんの余計な一言に、キジトラさんのこめかみがピクリと痙攣した。

「……吾輩こそが最高の家来であることを見せるのである」

 そのセリフに、今度はシバさんが反応する。

「……キジトラ殿、戦闘中は拙者の間合いに入らぬよう注意するでござるよ」

「シバ殿こそ、吾輩の剣の届く範囲からは外れておいた方がいいのである」

 私はため息をついた。

 もう一度言うが、二人は基本的に仲良しだ。しかし、たまになこんな喧嘩を始めてしまうことがあった。

 二人とも召喚中限定で私を主にするという約束になっているので、配下としてどちらが優秀かで揉めるのだ。

「ちょっとちょっと!やめてくださいよ!喧嘩なら戦いが終わってからにしてください!」

 私は二人の間に入りながら喧嘩を止めた。それからヤテベオの方をビシッと指す。

「イライラがあったらモンスターにぶつける!いいですね!?」

 二人は睨み合っていた瞳をモンスターに向け、剣を構えた。

 サスケがこの様子を見て可笑しそうに目を細めた。

「モテるご主人様は大変だねぇ」

 私は言葉では答えず、ため息だけを返した。

 そして気合の声を上げる。

「それじゃ二人とも……お願いします!!」

 私の言葉でシバさんとキジトラさんの体が光を発し始めた。

 シバさんは緑色、キジトラさんは赤色だ。

 クーシーとケットシー特有の技、力の開放だ。この状態になると二人の能力は跳ね上がる。

 ただし魔素の消費が大きいため、私への負担も大きい。強い疲労感を感じた私はすぐに魔素補充薬をがぶ飲みした。

 これだから二人の召喚は切り札にしていたのだ。

 二人は弾けるような音を立てて床を蹴り、ものすごい速さでヤテベオに迫った。

 しかしヤテベオもただ待っているだけではない。すぐに触手を伸ばして二人を捕らえようとする。

 ただしいくら本数が多いとはいえ、触手程度では開放状態の二人を止めることはできなかった。

 二人の間合いに入った触手は瞬時に細切れにされ、ボタボタと床に落ちていく。

 二人はほんの短時間でヤテベオの幹まで来て、鋭い斬撃を食らわせた。

「やった!!」

 私は歓声を上げた。

 幹は大きいので一撃で完全に斬れるわけではないが、何度も繰り返し斬れば倒せそうに思えた。

 が、ケイロンさんが疑問の声を上げる。

「……ん?あれは……すぐに回復してますよ!!」

 その言葉の通り、ヤテベオの体は斬る端から回復していった。ありえない速度だし、先ほど一階で倒した普通サイズのヤテベオたちはこんな事なかった。

 ケイロンさんが弓を引き絞りながら二人に向かって声を上げた。

「シバさん、キジトラさん!作戦を練り直しましょう!いったん戻って来てください!援護します!」

 そう言ってサスケとともにヤテベオの触手を撃ち、二人が戻ってくるのを助けた。

「ちょっと異常な回復速度です。もしかしたらあの後ろの光が関係しているのかもしれませんね」

 私もケイロンさんと同じことを感じていた。

 やはりあの光は普通ではない。

 帰ってきたシバさんとキジトラさんは触手を何百本と斬った剣をヒュッと振り、それから鞘に収めた。

「回復の速度が早すぎるでござる。あれでは倒しきれぬ」

「一撃であの幹を折れるほどの攻撃でないと、倒すのは難しそうなのである」

(一撃であの巨大な幹を折れる攻撃……)

 私はスライム三匹衆の中で一番パワーのあるレッドを前に出した。

「レッド、あなたの最大出力ならどうにかならないかな?」

 レッドはぷるんと体を震わした。やってみる、ということらしい。

(ただの木ならあの大きさでも一撃で折れるだろうけど……)

 私はまたグビグビと魔素補充薬を飲んでからレッドに声をかけた。

「よし、じゃあ行っておいで!!」

 レッドはまたぷるんと震えて返事をし、それからヤテベオへと向かって行った。

 途中、触手に捕まりそうになるまでは普通に進ませて、もう無理だなと思うあたりからアタックを命じた。

 レッドは全身を高温にして周囲に蜃気楼を発生させ、体を一度深く沈み込ませた。

 そしてその反動を利用して、ヤテベオへと激しく跳ねた。

 床が爆発するような音がして、レッドは一発の弾丸になる。その勢いを見て、私たちは無意識に真っ二つに折れるヤテベオを想像した。

 しかし、ヤテベオもただそれを迎えるだけではない。瞬時に触手を交差させ、何枚もの壁を作ったのだ。

 レッドはそれを突き破りながら進んだが、一枚壊すごとに勢いは削がれていく。

 それでもヤテベオへは結構な速度でぶつかったのだが、やはり致命傷には程遠かった。

 私は即座にレッドの召喚を解除し、格納筒へと戻した。そして再び召喚する。

「レッド、お疲れさま。ちょっと無理だったね」

 私はそう声をかけて労った。

(レッドでもダメか。他の方法を考えないと……え?なに?)

 私が次の一手を考えている所に、レッドからの念話が届いた。

 それはちょっとたじろいでしまうほどの強い気持ちだった。

「……もう一回チャレンジしたいの?」

 レッドはどうやらそう言っているようだ。ヤテベオを抜けなかったのが悔しいらしい。

 スライム三匹衆の中でもレッドの性格は心の熱い熱血漢だ。なんとしても目の前に立ちはだかる壁をぶち破りたいのだろう。

 レッドは熱い眼差しを私に向けている。その目はまるで燃えているようだった。

「レッド……すごくやる気だね。まるで目に火が点いてるみたいだよ」

「いや、それホントに火が点いてるよ?」

 え?

 サスケのツッコミではじめて気がついたが、本当に目の部分が燃えている。

 例えではない。炎がメラメラと燃えていた。

「えっと……あなた、そんなことできたっけ?」

 レッドスライムはどの個体も温度上昇のスライムローションを使えるため、みんな高温攻撃を使うという話は聞いている。

 しかし、炎を身にまとうという話は聞いていなかった。

 サスケはレッドの目をまじまじと見た。

「これは……火炎のローションだね」

「火炎のローション?」

「そう。僕たちスライム族の中にも温度上昇のスライムローションを使える奴はいるんだけどさ、それを鍛えまくったら火炎のローションに進化するらしいんだ。でも自分自身にかなり強力な高温耐性ができるまで温度上昇を使いまくらないと進化しないから、めったにお目にかかれないけど」

 それはつまり、うちのレッドが成長したということだろうか。やはりうちの子はできる子だ。

「すごいねレッド!目以外も燃やせる?」

 レッドは私の質問に応えて、体をボッと燃やした。

 これはカッコいい。全身に炎をまとったレッドを見て私は興奮した。

「すごいすごい!!これならあのヤテベオも倒せるんじゃない!?」

 ケイロンさんも私の言うことにうなずいてくれた。

「確かにヤテベオは高温が弱点のモンスターです。ダメージは大きくなるでしょうね」

 え?そうなの?

 上の階で鑑定杖を使ったけど見落としていた。『高温耐性-B』とかあったのかもしれない。

 『催淫手技』というのがあまりにパワーワードで、それしか目に入ってこなかった。

「しかし、あの触手の壁は厄介です。あれをどうにかしないと、ほとんどの攻撃はまともに入らないでしょうね」

「それなら、吾輩たちが触手を何とかするのである」

「左様、レッド殿はがら空きになった幹に思い切り火の玉をぶつけてやればいいでござるよ」

 キジトラさんとシバさんがそう申し出てくれた。

 うちの子は幸せ者だ。皆でレッドが壁を乗り越える助けをしてくれる。

「レッド、じゃあもう一回チャレンジしてみようか」

 レッドは炎をよりいっそう燃え上がらせて返事をした。やる気満々だ。

「では我輩たちが先行するのである」

「レッド殿、遅れるなよ」

 キジトラさんとシバさんがそう言って走り出し、レッドがその後についていった。

 ケイロンさんも弓を構える。

「サスケくん、私たちも触手を撃って援護しましょう」

「了解」

 サスケもスリングショットを構えた。

 私はとにかく魔素消費が大きいため、また魔素補充薬をあおった。

 キジトラさんとシバさんが触手の射程に入ると、また大量のウネウネが襲いかかってきた。

 ただし、やはり開放状態の二人の敵ではない。一瞬で斬り伏せられる。

 そうして二人と一匹が胴体である幹の前まで来ると、ヤテベオは触手で分厚い壁を作った。

 しかし、今回は四人がかりでそれを破るのだ。

 キジトラさんとシバさんが斬り裂き、ケイロンさんとサスケが撃ち落とす。

 私たちの総攻撃を食らった触手の壁は崩れ、幹の部分が露出した。

(今だ!!)

 私はレッドへ魔素を思い切り込めた。そして新技でのアタックを命じる。

「レッド、メッラメラにしちゃいなさい!!」

 レッドは全身を赤く燃やし、炎の玉となってヤテベオへとぶつかった。

 その様子はあたかも隕石が激突したかのようだ。

 実際、隕石が落ちたほどの威力があったのではないだろうか。

 ダンジョンの上階にまで響きそうなほどの轟音が鳴り響き、ヤテベオの幹は一撃でへし折られた。

 そして折れた上の部分が倒れて床に落ち、また派手な音が上がった。

「やった!!頑張ったね、レッド!!」

 私はレッドの快挙を喜んで駆け寄った。レッドも嬉しそうに跳ね回っている。

 ケイロンさんたちも皆ホッとした表情をしていた。

「やりましたね。間違いなくこのダンジョンのボス級モンスターでしょう」

 これで穴は通れるようになったが、それでも下半分ほどは折れたヤテベオに塞がれている。

「通るのに邪魔だからどけちゃいますね」

 私は格納筒に魔素を込め、ヤテベオの死骸を吸い込んだ。こうなるとやっぱり結構便利な魔道具に思える。

 穴の向こうがしっかり見えると、その先の光の正体がはっきりと分かった。

「……金色のリンゴ?」
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