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22マミー1
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(何あれ……誘ってるのかしら?)
私はそのボディラインがくっきりと分かる装いを見て、そんなことを考えた。
人間とは不思議なもので、裸が直接見えるよりも少し隠された方が劣情をそそられることがある。その良い例が目の前に立っていた。
その男性は服と言えるようなものは何も身に着けていないが、代わりに全身に包帯を巻いている。
包帯は皮膚にピタリと巻かれているため、体の形が丸分かりだった。なんと股間の盛り上がりまでよく分かる。
包帯が巻かれることで皮膚は隠れているものの、むしろいやらしさは増しているのだ。
その全身包帯の装いは、もはやメスを誘っているとしか思えなかった。
「召喚士のクウさん、ですよね?八咫烏を使役しているというのは本当でしょうか?」
その男性は包帯から覗く口元からやけに綺麗な声を出し、私にそう尋ねてきた。
場所はアステリオスさんのお店だ。
私は仕事の依頼書を眺めていたのだが、ふと全身包帯の男性が目に入ってそのボディラインに見惚れていた。
「え?あ、はい。います、八咫烏」
私は男性の股間へと下げていた視線を慌てて上げて、うなずきながら答えた。
(しまった、凝視してたのがバレたかな?)
私はそれを心配したが、男性は気にした様子もなく安堵の笑みを見せた。
「よかった。あの……もしよかったら僕の依頼を受けてもらえませんか?あそこに貼ってあるやつです」
私は指さされた依頼書を流し読みした。
「西の砂漠で『誓いの石』探し……キノイ」
「申し遅れました、僕の名前はキノイといいます。見ての通り、マミーです」
キノイさんは腕から伸びる包帯の端をゆらゆらと揺らしながら自己紹介してくれた。
揺らしたと言っても、腕を動かして包帯を揺らしたわけではない。包帯がひとりでに動いて揺れたのだ。
(この包帯、体みたいに動かせるんだ)
私はマミーという種族をよく知らなかったが、そういうことなのだろう。
マミーは全身を包帯で覆った種族で、それ以外の服を着ていないことが多い。
その代わりに包帯をちょっと着崩してゆるく巻いていたり、体の一部を露出させたりしているのを見たことがある。そういうのがお洒落なのだろう。
目の前のキノイさんは顔の下半分と目の周りを露出していた。
顔の全部が見えるわけではないが、結構なイケメンのようだ。
(全部が見えないから、むしろ余計にカッコよく見えるのかもしれないけど)
そういう事はよくある事のような気がする。
そういえば女性のマミーもちょっと肌が出ているだけですごくセクシーに見えた。
(まぁ……全身包帯でボディラインが出てるから、そもそもの格好がすごくセクシーなんだけどね)
そんな包帯とセットの種族なので、きっと包帯を体の一部のように使えるのだろう。
そういえば先日お世話になったゴーレム大好き、ノームのパラケルさんもとんがり帽子の魔法を使っていた。
「えっと、西の砂漠ってどういう所ですか?それに、誓いの石って……」
「お、キノイじゃねぇか。ついにプロポーズだな」
私たちが話しているところへミノタウロスのアステリオスさんが現れた。
私はアステリオスさんが口にした素敵な言葉を繰り返した。
「え?プロポーズ?」
「ああ。誓いの石ってのはプロポーズの時に渡すのが定番だからな。といっても、そうそう手に入るもんじゃないから実際に渡せるのはそれなりの金持ちか、危険を冒して西の砂漠に入ったやつだけだがな」
その言葉を聞いたキノイさんは頭をかきながら苦笑した。
「残念ながら僕は後者ですね。だからクウさんにお手伝いをお願いしたくて……」
「私にっていうことは、危険の種類が少し特殊ってことですか?」
わざわざ指名してくるということは、ただ強いモンスターがいるとかではないだろう。
なにか召喚士が必要な事情があるということだ。
アステリオスさんがそれについて説明してくれた。
「西の砂漠の危険は大きく二つある。一つは砂漠特有の気象条件で、もう一つは非常に迷いやすいということだ」
キノイさんがうなずいて言葉をつないだ。
「砂漠の暑さや日差しは僕の包帯があればなんとかなります。でも迷うのはどうしようもありません。西の砂漠はちょっと風が吹くだけで地形が変わりますし、目印になるものもほとんどありませんから」
「なるほど、それで八咫烏を」
八咫烏は一度覚えた人や場所を忘れず、どこにいてもそこへ導いてくれる便利なモンスターだ。
確かに目印になるものがない砂漠でも、帰り道が分からなくなることはないだろう。
「依頼書を出した後、クウさんが八咫烏を使役していると聞いて探していたんです」
「そうですか……砂漠……」
私は横目にちらっとアステリオスさんを見た。
西の砂漠の危険度を自分では評価しかねたので、意見を聞きたかったのだ。
アステリオスさんはゴツい外見とは裏腹に、飲食店の主らしい細やかな気配りができる。
この時も私の気持ちにすぐ気づいて助言をくれた。
「マミーと八咫烏の組み合わせなら砂漠の環境もそれほど危険じゃないだろうな。それにキノイは戦闘力も十分ある。無理しなければヤバいような仕事じゃないだろう」
「じゃあ、やってみま……」
「ただし!砂漠には危険なモンスターも結構いるから、そういった連中に出会ったら無理せず逃げることだ。それに、砂漠を無事探索できたとしても誓いの石はかなりのレアだからな。見つかるとは限らないし、無理して粘らないようにしないと駄目だ」
その警告に、キノイさんはしっかりと首を縦に振って見せた。
「お約束します。絶対に無理はしません」
****************
「それで、ムナイさんはとても料理上手なんです。そら豆のスープなんか絶品で」
「ははは……素敵な彼女さんですね」
私は砂漠の砂を踏みしめながら、延々とキノイさんのノロケ話を聞いていた。
キノイさんの彼女はムナイさんといって、さすがプロポーズ直前というだけあってラブラブなようだ。
断っておくが、私は人のノロケ話を聞くのは嫌いではない。
むしろ幸せな人の話を聞いているとこちらも幸せな気持ちになるし、悪口を聞いているよりも百億倍気持ちいい。
皆がこうなら世界中が幸せなのにとよく思うのだ。
(でも、こう延々とノロケ話ばっかり聞かされたんじゃなぁ……この砂漠と同じくらい延々と続いてる)
私は見渡す限りの全てが砂の世界を、うんざりした気持ちで眺めた。
もうずっと同じところを歩いている気がする。
実際には肩に乗った八咫烏のヤタが念話で今の位置を教えてくれるので、そういったことは避けられているはずだが。
「ヤタ、暑くない?」
私はあまりに続くノロケ話から逃れたい気持ちもあり、ヤタに話しかけた。
ヤタはカァと返事を返す。全く快適とのことだ。
「そっか。キノイさんの包帯のおかげだね」
八咫烏は本来、真っ黒の三本足カラスだ。
しかし、今は体の半分ほどが白い。キノイさんの包帯が巻かれているからだ。
「ほんとすごいですよね、マミーの包帯」
「よく他種族から羨ましがられます。マミーの包帯に包まれていたら、その中は適温、滴湿度、適日射が保たれますからね。春夏秋冬、年中快適です」
そう、なぜマミーが包帯一丁でほとんど服を着ないのか疑問だったのだが、これが理由なのだ。
マミーの包帯は特殊な魔道具のようなもので、その中の温度・湿度・日射などが常に快適な状況に保たれる。
だから夏だろうと冬だろうと、それこそ砂漠だろうと包帯を巻いてさえいれば、暑さも寒さも日差しの痛みすらも感じないのだ。
しかも、露出している部分があってもある程度なら魔素の壁でカバーしてくれる。
ヤタも翼には包帯を巻いていないが、それで十分快適なようだった。
「ただ……やっぱり包帯だけっていうのは、ヒューマンには恥ずかしいですけど」
私は少しうつむき、声を小さくしてそうつぶやいた。
私の今の服装は、キノイさんと同じく包帯一丁だった。
しかも胸や腰回りなど、大切な部分以外はかなり露出している。包帯の特殊効果で快適とはいえ、相当恥ずかしい格好だ。
もちろん初めから包帯一丁で砂漠に来たわけではない。昨日まではちゃんと普通の服の上に包帯を巻いていた。
キノイさんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「すいません、私がもっと早くシーフモンキーに気がついていれば……」
「いえ、キノイさんは悪くありませんよ。女の子が水浴び中だったんですから、むしろ離れてたキノイさんは真面目な男性です」
私は昨日、砂漠のオアシスで休憩中に水浴びをしていた。
マミーの包帯は快適ではあったが、それでもかなりの距離を歩いたのだから汗はかく。
気持ち良くオアシスに浸かっていたところ、シーモンキーに脱いでいた服を盗まれたのだった。
街まで新しい服を用意しに戻ってもよかったのだが、往復すると大幅な時間ロスになる。
悩んだ結果、マミーよろしく包帯だけを身に着けて探索することにした。
「僕はオアシスにシーモンキーが住み着いているという話をあらかじめ聞いていたんです。それを伝えてなかったんですから、やっぱり僕のミスです」
キノイさんは改めて謝ってきたが、気づかなかった私にも責任はある。
あまり気を使わせるのも申し訳ないので、私は話を別のところへ持っていった。
「でもマミーの包帯って本当に便利ですよね。この包帯が売れたらいいのに」
「そうですね。そしたら僕たちマミーはみんな大金持ちです。誓いの石だって砂漠まで探しに来なくても、お金を払って簡単に買えるかもしれません。でもマミーの包帯は魔素が切れると消えてしまいますから」
私もそれがとても残念だったし、この事で今の私の格好がより際どいものになっている。
マミーから切り離された包帯は半日も保たずに消えてしまうのだ。
特に砂漠では消耗が激しいらしく、二・三時間ごとに新たな包帯を巻かないといけない。
私にもともと巻いてあった包帯はもっと長くて露出も少なかったのだが、時間が経つにつれて段々と短くなってしまった。
(私……今かなりいやらしい格好だよね。キノイさんは彼女一筋だから変な目で見たりはしないけど……)
私は自分の体を見下ろして、自分自身でドキドキしてしまった。
恥ずかしいけど、それがまた妙に体を昂ぶらせる。変な沼にハマってしまいそうで怖かった。
(いやいやいや!今は仕事中だから!発情してる場合じゃないから!)
「ほ、包帯がだいぶ短くなってきましたし、そろそろ新しいものをいただけますか?」
「ああ、そうですね。了解です」
キノイさんはにこやかに笑って包帯を伸ばし、切り離して渡してくれた。そして自然な動作で背を向ける。
巻き直し中の私はあれやこれや出てしまっているのだが、紳士なキノイさんは当然振り向いたりなどしない。
(それでもこっちはドキドキするけどね!)
私は気を紛らわせるためにもまた別のことを口にした。
「そ、それにしても、こうやって砂漠を快適に探検できるとは思いませんでした。すごく素敵な景色ではありますよね」
「ええ、絶景ですよね。ただ……いい加減、飽きてきたというのが正直な所ですが」
ただひたすらに砂が続く光景はある種の神秘性すら感じるが、キノイさんの言う通りでもある。
砂ばかり眺めている状態がすでに丸三日以上も続いているのだ。
ちなみに夜はキノイさんの包帯を伸ばしてテントのようにして寝た。
砂漠の夜は寒いが包帯テントの中は快適だし、ちゃんと二張り作ってくれたからプライベートも保たれていた。
「今日一日で見つからなかったら諦めましょう……」
キノイさんの声は明らかに残念そうだったが、仕方がない。
そうしなければ水と食料が保たないのだ。
「分かりました。とにかく木を探せばいいんですよね」
「ええ。赤い木という話です。普通、砂漠にそんな木はありませんから見間違いはしないでしょう」
『誓いの石』は石という名称にはなっているが、実際には石ではないらしい。
樹液が固まったものだということだった。
(つまりは、琥珀みたいなものってことだよね)
琥珀は古代の樹液が固まって化石化したものだが、似たようなものだろう。
ただ、この砂漠にはオアシスを除いてまともな木など一本も生えてはいない。
というか、そもそも木が生きられそうな環境とは思えない。
(でも、きっとどこかにあるんだよね。赤い木、赤い木、赤い木……ん?アレ、赤いぞ)
私は遠くに赤いものを見たように思い、心臓を強く拍動させた。
が、瞬きしてからよく目を凝らしてみて、すぐにがっかりした。
確かに赤いが、丸いのだ。木ではないようだった。
「あー……」
「どうしました?」
「いや……赤いものを見つけたんですけど、赤くて丸い岩みたいです」
キノイさんも私が指さした方へ目を向けた。
その時風が吹いてきて、その赤いものがコロコロと転がった。
キノイさんはそれを見て首を傾げた。
「……いくら丸くても、あのサイズの岩が風くらいで転がるかな?」
そう疑問を口にしてから、ハッと目を見開く。
「タンブルウィードだ!!」
私はそのボディラインがくっきりと分かる装いを見て、そんなことを考えた。
人間とは不思議なもので、裸が直接見えるよりも少し隠された方が劣情をそそられることがある。その良い例が目の前に立っていた。
その男性は服と言えるようなものは何も身に着けていないが、代わりに全身に包帯を巻いている。
包帯は皮膚にピタリと巻かれているため、体の形が丸分かりだった。なんと股間の盛り上がりまでよく分かる。
包帯が巻かれることで皮膚は隠れているものの、むしろいやらしさは増しているのだ。
その全身包帯の装いは、もはやメスを誘っているとしか思えなかった。
「召喚士のクウさん、ですよね?八咫烏を使役しているというのは本当でしょうか?」
その男性は包帯から覗く口元からやけに綺麗な声を出し、私にそう尋ねてきた。
場所はアステリオスさんのお店だ。
私は仕事の依頼書を眺めていたのだが、ふと全身包帯の男性が目に入ってそのボディラインに見惚れていた。
「え?あ、はい。います、八咫烏」
私は男性の股間へと下げていた視線を慌てて上げて、うなずきながら答えた。
(しまった、凝視してたのがバレたかな?)
私はそれを心配したが、男性は気にした様子もなく安堵の笑みを見せた。
「よかった。あの……もしよかったら僕の依頼を受けてもらえませんか?あそこに貼ってあるやつです」
私は指さされた依頼書を流し読みした。
「西の砂漠で『誓いの石』探し……キノイ」
「申し遅れました、僕の名前はキノイといいます。見ての通り、マミーです」
キノイさんは腕から伸びる包帯の端をゆらゆらと揺らしながら自己紹介してくれた。
揺らしたと言っても、腕を動かして包帯を揺らしたわけではない。包帯がひとりでに動いて揺れたのだ。
(この包帯、体みたいに動かせるんだ)
私はマミーという種族をよく知らなかったが、そういうことなのだろう。
マミーは全身を包帯で覆った種族で、それ以外の服を着ていないことが多い。
その代わりに包帯をちょっと着崩してゆるく巻いていたり、体の一部を露出させたりしているのを見たことがある。そういうのがお洒落なのだろう。
目の前のキノイさんは顔の下半分と目の周りを露出していた。
顔の全部が見えるわけではないが、結構なイケメンのようだ。
(全部が見えないから、むしろ余計にカッコよく見えるのかもしれないけど)
そういう事はよくある事のような気がする。
そういえば女性のマミーもちょっと肌が出ているだけですごくセクシーに見えた。
(まぁ……全身包帯でボディラインが出てるから、そもそもの格好がすごくセクシーなんだけどね)
そんな包帯とセットの種族なので、きっと包帯を体の一部のように使えるのだろう。
そういえば先日お世話になったゴーレム大好き、ノームのパラケルさんもとんがり帽子の魔法を使っていた。
「えっと、西の砂漠ってどういう所ですか?それに、誓いの石って……」
「お、キノイじゃねぇか。ついにプロポーズだな」
私たちが話しているところへミノタウロスのアステリオスさんが現れた。
私はアステリオスさんが口にした素敵な言葉を繰り返した。
「え?プロポーズ?」
「ああ。誓いの石ってのはプロポーズの時に渡すのが定番だからな。といっても、そうそう手に入るもんじゃないから実際に渡せるのはそれなりの金持ちか、危険を冒して西の砂漠に入ったやつだけだがな」
その言葉を聞いたキノイさんは頭をかきながら苦笑した。
「残念ながら僕は後者ですね。だからクウさんにお手伝いをお願いしたくて……」
「私にっていうことは、危険の種類が少し特殊ってことですか?」
わざわざ指名してくるということは、ただ強いモンスターがいるとかではないだろう。
なにか召喚士が必要な事情があるということだ。
アステリオスさんがそれについて説明してくれた。
「西の砂漠の危険は大きく二つある。一つは砂漠特有の気象条件で、もう一つは非常に迷いやすいということだ」
キノイさんがうなずいて言葉をつないだ。
「砂漠の暑さや日差しは僕の包帯があればなんとかなります。でも迷うのはどうしようもありません。西の砂漠はちょっと風が吹くだけで地形が変わりますし、目印になるものもほとんどありませんから」
「なるほど、それで八咫烏を」
八咫烏は一度覚えた人や場所を忘れず、どこにいてもそこへ導いてくれる便利なモンスターだ。
確かに目印になるものがない砂漠でも、帰り道が分からなくなることはないだろう。
「依頼書を出した後、クウさんが八咫烏を使役していると聞いて探していたんです」
「そうですか……砂漠……」
私は横目にちらっとアステリオスさんを見た。
西の砂漠の危険度を自分では評価しかねたので、意見を聞きたかったのだ。
アステリオスさんはゴツい外見とは裏腹に、飲食店の主らしい細やかな気配りができる。
この時も私の気持ちにすぐ気づいて助言をくれた。
「マミーと八咫烏の組み合わせなら砂漠の環境もそれほど危険じゃないだろうな。それにキノイは戦闘力も十分ある。無理しなければヤバいような仕事じゃないだろう」
「じゃあ、やってみま……」
「ただし!砂漠には危険なモンスターも結構いるから、そういった連中に出会ったら無理せず逃げることだ。それに、砂漠を無事探索できたとしても誓いの石はかなりのレアだからな。見つかるとは限らないし、無理して粘らないようにしないと駄目だ」
その警告に、キノイさんはしっかりと首を縦に振って見せた。
「お約束します。絶対に無理はしません」
****************
「それで、ムナイさんはとても料理上手なんです。そら豆のスープなんか絶品で」
「ははは……素敵な彼女さんですね」
私は砂漠の砂を踏みしめながら、延々とキノイさんのノロケ話を聞いていた。
キノイさんの彼女はムナイさんといって、さすがプロポーズ直前というだけあってラブラブなようだ。
断っておくが、私は人のノロケ話を聞くのは嫌いではない。
むしろ幸せな人の話を聞いているとこちらも幸せな気持ちになるし、悪口を聞いているよりも百億倍気持ちいい。
皆がこうなら世界中が幸せなのにとよく思うのだ。
(でも、こう延々とノロケ話ばっかり聞かされたんじゃなぁ……この砂漠と同じくらい延々と続いてる)
私は見渡す限りの全てが砂の世界を、うんざりした気持ちで眺めた。
もうずっと同じところを歩いている気がする。
実際には肩に乗った八咫烏のヤタが念話で今の位置を教えてくれるので、そういったことは避けられているはずだが。
「ヤタ、暑くない?」
私はあまりに続くノロケ話から逃れたい気持ちもあり、ヤタに話しかけた。
ヤタはカァと返事を返す。全く快適とのことだ。
「そっか。キノイさんの包帯のおかげだね」
八咫烏は本来、真っ黒の三本足カラスだ。
しかし、今は体の半分ほどが白い。キノイさんの包帯が巻かれているからだ。
「ほんとすごいですよね、マミーの包帯」
「よく他種族から羨ましがられます。マミーの包帯に包まれていたら、その中は適温、滴湿度、適日射が保たれますからね。春夏秋冬、年中快適です」
そう、なぜマミーが包帯一丁でほとんど服を着ないのか疑問だったのだが、これが理由なのだ。
マミーの包帯は特殊な魔道具のようなもので、その中の温度・湿度・日射などが常に快適な状況に保たれる。
だから夏だろうと冬だろうと、それこそ砂漠だろうと包帯を巻いてさえいれば、暑さも寒さも日差しの痛みすらも感じないのだ。
しかも、露出している部分があってもある程度なら魔素の壁でカバーしてくれる。
ヤタも翼には包帯を巻いていないが、それで十分快適なようだった。
「ただ……やっぱり包帯だけっていうのは、ヒューマンには恥ずかしいですけど」
私は少しうつむき、声を小さくしてそうつぶやいた。
私の今の服装は、キノイさんと同じく包帯一丁だった。
しかも胸や腰回りなど、大切な部分以外はかなり露出している。包帯の特殊効果で快適とはいえ、相当恥ずかしい格好だ。
もちろん初めから包帯一丁で砂漠に来たわけではない。昨日まではちゃんと普通の服の上に包帯を巻いていた。
キノイさんが申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「すいません、私がもっと早くシーフモンキーに気がついていれば……」
「いえ、キノイさんは悪くありませんよ。女の子が水浴び中だったんですから、むしろ離れてたキノイさんは真面目な男性です」
私は昨日、砂漠のオアシスで休憩中に水浴びをしていた。
マミーの包帯は快適ではあったが、それでもかなりの距離を歩いたのだから汗はかく。
気持ち良くオアシスに浸かっていたところ、シーモンキーに脱いでいた服を盗まれたのだった。
街まで新しい服を用意しに戻ってもよかったのだが、往復すると大幅な時間ロスになる。
悩んだ結果、マミーよろしく包帯だけを身に着けて探索することにした。
「僕はオアシスにシーモンキーが住み着いているという話をあらかじめ聞いていたんです。それを伝えてなかったんですから、やっぱり僕のミスです」
キノイさんは改めて謝ってきたが、気づかなかった私にも責任はある。
あまり気を使わせるのも申し訳ないので、私は話を別のところへ持っていった。
「でもマミーの包帯って本当に便利ですよね。この包帯が売れたらいいのに」
「そうですね。そしたら僕たちマミーはみんな大金持ちです。誓いの石だって砂漠まで探しに来なくても、お金を払って簡単に買えるかもしれません。でもマミーの包帯は魔素が切れると消えてしまいますから」
私もそれがとても残念だったし、この事で今の私の格好がより際どいものになっている。
マミーから切り離された包帯は半日も保たずに消えてしまうのだ。
特に砂漠では消耗が激しいらしく、二・三時間ごとに新たな包帯を巻かないといけない。
私にもともと巻いてあった包帯はもっと長くて露出も少なかったのだが、時間が経つにつれて段々と短くなってしまった。
(私……今かなりいやらしい格好だよね。キノイさんは彼女一筋だから変な目で見たりはしないけど……)
私は自分の体を見下ろして、自分自身でドキドキしてしまった。
恥ずかしいけど、それがまた妙に体を昂ぶらせる。変な沼にハマってしまいそうで怖かった。
(いやいやいや!今は仕事中だから!発情してる場合じゃないから!)
「ほ、包帯がだいぶ短くなってきましたし、そろそろ新しいものをいただけますか?」
「ああ、そうですね。了解です」
キノイさんはにこやかに笑って包帯を伸ばし、切り離して渡してくれた。そして自然な動作で背を向ける。
巻き直し中の私はあれやこれや出てしまっているのだが、紳士なキノイさんは当然振り向いたりなどしない。
(それでもこっちはドキドキするけどね!)
私は気を紛らわせるためにもまた別のことを口にした。
「そ、それにしても、こうやって砂漠を快適に探検できるとは思いませんでした。すごく素敵な景色ではありますよね」
「ええ、絶景ですよね。ただ……いい加減、飽きてきたというのが正直な所ですが」
ただひたすらに砂が続く光景はある種の神秘性すら感じるが、キノイさんの言う通りでもある。
砂ばかり眺めている状態がすでに丸三日以上も続いているのだ。
ちなみに夜はキノイさんの包帯を伸ばしてテントのようにして寝た。
砂漠の夜は寒いが包帯テントの中は快適だし、ちゃんと二張り作ってくれたからプライベートも保たれていた。
「今日一日で見つからなかったら諦めましょう……」
キノイさんの声は明らかに残念そうだったが、仕方がない。
そうしなければ水と食料が保たないのだ。
「分かりました。とにかく木を探せばいいんですよね」
「ええ。赤い木という話です。普通、砂漠にそんな木はありませんから見間違いはしないでしょう」
『誓いの石』は石という名称にはなっているが、実際には石ではないらしい。
樹液が固まったものだということだった。
(つまりは、琥珀みたいなものってことだよね)
琥珀は古代の樹液が固まって化石化したものだが、似たようなものだろう。
ただ、この砂漠にはオアシスを除いてまともな木など一本も生えてはいない。
というか、そもそも木が生きられそうな環境とは思えない。
(でも、きっとどこかにあるんだよね。赤い木、赤い木、赤い木……ん?アレ、赤いぞ)
私は遠くに赤いものを見たように思い、心臓を強く拍動させた。
が、瞬きしてからよく目を凝らしてみて、すぐにがっかりした。
確かに赤いが、丸いのだ。木ではないようだった。
「あー……」
「どうしました?」
「いや……赤いものを見つけたんですけど、赤くて丸い岩みたいです」
キノイさんも私が指さした方へ目を向けた。
その時風が吹いてきて、その赤いものがコロコロと転がった。
キノイさんはそれを見て首を傾げた。
「……いくら丸くても、あのサイズの岩が風くらいで転がるかな?」
そう疑問を口にしてから、ハッと目を見開く。
「タンブルウィードだ!!」
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