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21ノーム1
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(何あれ……誘ってるのかしら?)
私は陽の光を反射してキラリと光る眼鏡を見て、そんなことを考えた。
その眼鏡のブリッジ、左右のレンズをつなぐ細いフレームを彼の中指がクイッと押し上げる。
セクシーだ。世の中にこれ以上セクシーな指の動きがあるだろうか。
知的なレンズの奥に透けて見える綺麗な瞳、そしてそれを外した時に受けるであろうギャップへの期待、そういったことを考えると、眼鏡男子というものはメスを誘っているとしか思えない。
「ノームのパラケルです。本日は弊社の鑑定データ測定にご協力いただけるとのことで、ありがとうございます」
「あっ、はい。召喚士のクウです。よろしくお願いします」
眼鏡男子のパラケルさんは私の見惚れていた指を下ろし、それをこちらへ差し出して握手を求めてきた。
私も慌てて握り返す。
パラケルさんは先ほども言っていた通り、ノームという種族だ。
小柄で優しい顔つきをしており、不思議なことにみんなとんがり帽子をかぶっている。
たまに見かける種族だが、可愛らしいとんがり帽子が目を引くのですぐにノームだと分かる。
「評議長直々のご推薦とうかがっています。クウさんは優秀な召喚士なんですね」
「いや、私なんてまだ駆け出しですよ。ちょっと珍しいモンスターを使役してるだけで……」
「それでもガルーダを使役してるなんてすごいですよ。そもそも召喚士自体が少ないのに、さらにレアモンスターとなるとめったにある話ではありません。データ提供、弊社としては大変助かります」
私が今日こうしてパラケルさんに会っているのは、評議長のフレイさんからガルーダのデータを取らせて欲しいという依頼があったからだ。
何でも鑑定杖のデータをより正確なものにするためらしい。
それで鑑定杖の有名メーカーへとお邪魔しているというわけだ。
大企業への訪問ということで、今日の私はビジネススーツっぽい格好をしている。白ブラウスに黒のタイトスカート、そしてタイツだ。
(フレイさんの眼鏡姿もやばかったな……)
私は全く無関係にそんなことを思い出していた。
フレイさんに呼び出されて役所に行くと、執務中で資料とにらめっこしていたフレイさんが眼鏡をかけていたのだ。
エルフという種族は私たちヒューマンの感覚で言うと、みんな超イケメンだ。特にフレイさんは存在自体が耽美的とすら言える。
そんなフレイさんのサプライズ眼鏡を見て、私の眼鏡熱が燃え上がってしまった。
パラケルさんはその魅力的な眼鏡を再びクイッと押し上げてから背後の建物を指さした。
「この敷地全てが弊社『Hゴーレム』のものになりますが、研究棟はあちらの建物です。向かって右側は営業事務所、左側は製造工場、その奥が物流倉庫になっています」
パラケルさんはそう説明してくれたが、わざわざ紹介するだけの広さがこの会社にはある。
どうやらHゴーレム社というのは超大企業らしい。
ここの敷地は街にほぼ隣接した形で存在しているが、あくまで街を囲む防壁の外だ。
しかし、会社の周囲には街を囲む防壁と遜色ない規模の壁が張り巡らされていた。
「大きな会社なんですね、Hゴーレム社って。私、ゴーレムってほとんど見たことないからよく知らなくて申し訳ありませんけど……」
ゴーレムは土などで出来た動く人形だ。魔素を込めることであらかじめプログラムされた動きをさせることができるらしい。
ただ、少なくとも街中ではめったに見かけることのないものだった。
パラケルさんはうんうんとうなすぎ、研究棟への道すがら教えてくれた。
「今のところゴーレムは工業用か土木建築用がほとんどですからね。お仕事で関わる人以外は馴染みがないでしょう。ただし、私はいつかゴーレムに家事や介護などをさせられるようにしたいと思っています。そして、究極的にはゴーレムが人の家族になるのです!!」
動く人形を家族に。それはすごい夢だ。
元の世界で言うところのロボット、アンドロイドのようなものだろう。
しかしそんな夢のある話も、この世界に来て発情体質になってしまった私にとってはちょっとアレな妄想の種になってしまう。
(何でも言うことを聞くイケメンゴーレムを相手にアレやコレや……ソレやコレや……っていうか、『Hゴーレム社』って社名はどうなの?誘ってるのかしら?)
そんなことを考える私とは対照的に、パラケルさんは情熱たっぷりに拳を握った。
「その夢が叶ってこそ我が社の掲げる三つの『H』、High quality, High performance, Helpfulが成し遂げられるのです!!」
あ、Hゴーレム社のHってそういう事だったのね……
いや、分かってましたよ?清純派女子ですし、断じて変なことは考えてません。
いったんは熱くなったパラケルさんだったが、すぐにクールダウンして肩を落とした。
「……といっても、実際にはまだまだ技術的な問題点が多くてずっと先の話になりそうですが。現に、弊社の売上もそのほとんどはゴーレムによるものではなく、鑑定杖によるものなんです。今日クウさんに来ていただいたのもその一環ですしね」
この話は今日のお仕事を紹介してくれたフレイさんからも聞いていた。
Hゴーレム社は元々ゴーレム製造で興された会社ではあるものの、ゴーレム自体はそれほど多くの需要があるわけではない。
それで本業の片手間に鑑定杖の製造を始めたらしいのだが、この評判がすこぶる良かった。
売れに売れて、今ではHゴーレム社といえば鑑定杖メーカーという認識になっているほど正副が入れ替わってしまったという話だった。
「でも、鑑定杖に関しては本当にすごい会社だってフレイさんが言ってました。とても正確な鑑定結果が出るって。私、鑑定杖は必ず完璧なデータが出るんだと思ってたんですけど、実は結構あやふやなものなんですね」
「そうですね。鑑定杖の基本的な機能は『対象の魔素を感知』して、それを『蓄積されたデータと比較』し、『最も近いものを表示』する、というものです。様々な干渉で魔素の感知が歪むこともありますし、蓄積データが不正確なこともあります。メーカーとして申し訳ないのですが、鑑定するたびに結果が違うということはよくありますし、データをアップデートしたら結果が変わったというクレームもよくあります」
なかなか難しい話だが、鑑定杖の仕組みを聞くとそういった不具合は仕方ないことのような気がする。
っていうか、元の世界でも似たようなことはよくあった。
ソフトウェアのアップデートをしたら挙動が変わるのってよくあることだし。
(そういえば、前にケイロンさんが『魔素は情報とエネルギーの塊』だって言ってたな……つまり、プログラムの入ったコンピューターと、それに従って現実を動かすための機械やら電気やらが全部セットになってるのが魔素ってことになるのか)
そう考えると魔素はすごく便利なものだ。
そしてそれを上手に行使できるのが魔法ということになるのだろう。
(まぁ、理屈が分かっても相変わらず召喚魔法以外はさっぱりだけど)
もう少し色々と勉強した方がいいだろうかと考えている内に、私たちは研究棟の入り口に着いた。
「社外秘だらけの建物ですので警備が厳重です。必ずこのゲストプレートを身に着けておいてください」
パラケルさんは名刺サイズの紐付きプレートを手渡してきた。
私はそれを首から下げる。
「これって着けてないとどうなるんですか?」
私の質問にパラケルさんの眼鏡がキラリと光った。
「それはですね、最新式の警備ゴーレ……」
「クウ!?クウじゃねぇか!こんなところで会うなんて奇遇だべなぁ!」
やけに聞き覚えのある大声がパラケルさんの言葉を遮った。
私がそちらを振り向くと、単眼・単角・巨体のサイクロプス、ブロンテスさんがニコニコしながら研究棟から出てくるところだった。
「ブロンテスさん!ホント意外なところで会いましたね。ビックリしました」
ブロンテスさんは鍛冶職人なのでゴーレムや鑑定杖のメーカーとはあまり関係がなさそうな気がする。
こんな所で会うとは思わなかった。
「私は使役モンスターのデータ提供で来たんですけど、ブロンテスさんはどうされたんですか?」
ブロンテスさんは顔の真ん中にある目を細めて優しい笑顔を作った。
「オラは鑑定杖と組み合わせて使う盾の開発で来たんだべ」
「鑑定杖と組み合わせて使う……盾?」
鑑定杖と盾というのはまた随分とジャンルの違うもののような気がする。どういうものだろうか。
「やっぱり皆、初めはそんな顔するな。ここの研究員さんもそうだったべ」
私の反応を見たブロンテスさんはどこか満足そうだった。
物作りをする人は、他人があっというような発想を喜ぶものなのかもしれない。
「ほら、以前にクウが言ってたじゃねぇか。鑑定杖って全然使えねぇってよ」
その言葉を聞いた私は片頬が引きつった。
(ちょっと!今はやめてください!私の鑑定杖はこのHゴーレム社のものなんですよ!それが使えないって……)
案の定、隣りのパラケルさんが微妙な顔をして横目にこちらを見ている。なんか申し訳ない。
(でも……正直なところ、本当に使いづらいんだよね)
それが私の本音ではあった。
戦闘中に鑑定杖を使って相手の能力が調べられれば、危険を回避したり弱点を突いたりして有利に戦うことができるはずだ。
それは私も分かる。
分かるのだが、現実問題としてモンスターが襲いかかってきているのに落ち着いて鑑定情報など見ていられない。
しかも鑑定杖は距離が離れれば離れるほど精度が下がる。
私の所持しているものは遠距離向けの特別仕様にも関わらず、仕様上の鑑定可能距離がなんと一メートル以内だ。
モンスター相手に一メートル以内って、いくらメーカー推奨の使用条件だとしても現実的ではない。
(まぁ実際にはもっと離れていてもある程度の鑑定結果は出るけど……それでも私みたいに防御力の低い人間には難しいんだよね)
そんなこんなで、結局使っているのは素材採取のお仕事の時くらいだった。
私とパラケルさんの間には微妙な空気が流れたが、ブロンテスさんはそれに気づいた様子もなく上機嫌にカバンから何かを取り出した。
「これだこれ。この穴っぽこに鑑定杖をハメるんだべ」
ブロンテスさんの手には、取っ手の付いた金属製の扇子のようなものが握られていた。
その端にちょうど鑑定杖の太さに合う穴がついている。
(穴に棒をハメるなんて……)
私は無意味にドキドキしながら言われた通りに鑑定杖をハメてみた。
「えっと……こうですか?」
鑑定杖がハマった瞬間、扇子のような部分がシャラリと回りながら広がって、鑑定杖を中心にしたお椀状の形になった。
パラボラアンテナのような形状だ。
「わっ、すごい!!」
「すごいのはこっからだべ。それに魔素を込めてみな」
言われた通りに魔素を込めると、パラボラを中心にして淡く光る丸い壁のようなものが現れた。壁はほぼ透明で、向こうが透けて見える。
「え?もしかしてこれが盾になるってことですか?」
「そうだべ。結局クウに純粋な金属製の盾は無理だと思ってよ、魔素に頼った盾を作ってみたんだ。まぁ、金属の部分もかなりの自信作だから魔素が切れてもある程度の盾にはなるけどよ、それだけじゃちょっと小さいべ?」
パラボラの部分は広がった状態で直径が私の前腕くらいだ。おかげで私でも扱いに困らないほど軽いのだが、確かに盾としては小さ過ぎる。
「しかも、だ。それなら盾を構えたまま鑑定ができるべ。それならクウにも使いやすいんじゃないかと思ってよ」
「ブロンテスさんすごいです!!これ、すごく便利な装備ですよ」
なるほど、確かにこれなら私でも落ち着いて鑑定結果を見られそうだ。
私は純粋に感動していたが、その横でパラケルさんが眼鏡を手をやりつつ首を傾げていた。
「しかし……魔素の壁を発生させてしまうと、それが鑑定杖による魔素感知にも干渉して精度が落ちると思うのですが」
「へっへっへ、やっぱりみんなそう思うべな?」
ブロンテスさんは待っていましたとばかりに得意顔になった。
「ミソはこのパラボラ形状だべ。パラボラには反射したものを一点に集めるっていう便利な性質がある。そんで、この盾の表面には魔素を反射しやすいメッキを施したんだべ。だから多少の干渉があっても、パラボラの効果でむしろ精度は上がるんだべな」
「ほう!!それはまた画期的な発想ですね!!」
パラケルさんは眼鏡をクイクイ上げながら盾を舐めるように見た。
研究開発者として、非常にそそられる発明なようだ。
褒められたブロンテスさんの顔もまんざらではない。
「ありがとうな。今日はその辺の事をテストしに来たんだべ。結果は上々だったから、この試作品をこのままクウにやるべ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんだべ。元々クウのために作ったんだからな。おかげで良いもんができた」
「ホントありがたいです」
つい先日、体の強度を上げる魔道具のネックレスをリンちゃんに返したばかりで正直不安だったのだ。防御用の装備は非常に助かる。
(ブロンテスさん本当にいい人だな。何かお礼しなくちゃ……)
何がいいだろう?私はブロンテスさんの顔を見て、ふと思いつくことがあった。
「あの、ブロンテスさんって目はいいんですか?っていうか、サイクロプスって眼鏡とかしたりします?」
私は単眼の眼鏡を想像してそんなことを聞いてみた。
単眼眼鏡、いいかもしれない。新しい。
しかしブロンテスさんは首を横に振った。
「サイクロプスは目が一個だからほとんどの奴は目がいいし、やたら丈夫なんだべ。眼鏡してるのは見ねぇな。まぁ、オラみたいな仕事してたら防護眼鏡が必要な時はあるけどな」
防護眼鏡!!そういうのもあるのか。
(考えたら、眼鏡って色んな種類とかデザインがあるから無限の可能性があるんだよね。つまり、眼鏡一つでセルフケアのネタも無限……)
私はフレイさんやパラケルさん、ブロンテスさんの色々な眼鏡姿を想像してドキドキした。
そしてこれ以降、私は会う人が眼鏡をしていると無意識にそのデザインをチェックするようになってしまった。
私は陽の光を反射してキラリと光る眼鏡を見て、そんなことを考えた。
その眼鏡のブリッジ、左右のレンズをつなぐ細いフレームを彼の中指がクイッと押し上げる。
セクシーだ。世の中にこれ以上セクシーな指の動きがあるだろうか。
知的なレンズの奥に透けて見える綺麗な瞳、そしてそれを外した時に受けるであろうギャップへの期待、そういったことを考えると、眼鏡男子というものはメスを誘っているとしか思えない。
「ノームのパラケルです。本日は弊社の鑑定データ測定にご協力いただけるとのことで、ありがとうございます」
「あっ、はい。召喚士のクウです。よろしくお願いします」
眼鏡男子のパラケルさんは私の見惚れていた指を下ろし、それをこちらへ差し出して握手を求めてきた。
私も慌てて握り返す。
パラケルさんは先ほども言っていた通り、ノームという種族だ。
小柄で優しい顔つきをしており、不思議なことにみんなとんがり帽子をかぶっている。
たまに見かける種族だが、可愛らしいとんがり帽子が目を引くのですぐにノームだと分かる。
「評議長直々のご推薦とうかがっています。クウさんは優秀な召喚士なんですね」
「いや、私なんてまだ駆け出しですよ。ちょっと珍しいモンスターを使役してるだけで……」
「それでもガルーダを使役してるなんてすごいですよ。そもそも召喚士自体が少ないのに、さらにレアモンスターとなるとめったにある話ではありません。データ提供、弊社としては大変助かります」
私が今日こうしてパラケルさんに会っているのは、評議長のフレイさんからガルーダのデータを取らせて欲しいという依頼があったからだ。
何でも鑑定杖のデータをより正確なものにするためらしい。
それで鑑定杖の有名メーカーへとお邪魔しているというわけだ。
大企業への訪問ということで、今日の私はビジネススーツっぽい格好をしている。白ブラウスに黒のタイトスカート、そしてタイツだ。
(フレイさんの眼鏡姿もやばかったな……)
私は全く無関係にそんなことを思い出していた。
フレイさんに呼び出されて役所に行くと、執務中で資料とにらめっこしていたフレイさんが眼鏡をかけていたのだ。
エルフという種族は私たちヒューマンの感覚で言うと、みんな超イケメンだ。特にフレイさんは存在自体が耽美的とすら言える。
そんなフレイさんのサプライズ眼鏡を見て、私の眼鏡熱が燃え上がってしまった。
パラケルさんはその魅力的な眼鏡を再びクイッと押し上げてから背後の建物を指さした。
「この敷地全てが弊社『Hゴーレム』のものになりますが、研究棟はあちらの建物です。向かって右側は営業事務所、左側は製造工場、その奥が物流倉庫になっています」
パラケルさんはそう説明してくれたが、わざわざ紹介するだけの広さがこの会社にはある。
どうやらHゴーレム社というのは超大企業らしい。
ここの敷地は街にほぼ隣接した形で存在しているが、あくまで街を囲む防壁の外だ。
しかし、会社の周囲には街を囲む防壁と遜色ない規模の壁が張り巡らされていた。
「大きな会社なんですね、Hゴーレム社って。私、ゴーレムってほとんど見たことないからよく知らなくて申し訳ありませんけど……」
ゴーレムは土などで出来た動く人形だ。魔素を込めることであらかじめプログラムされた動きをさせることができるらしい。
ただ、少なくとも街中ではめったに見かけることのないものだった。
パラケルさんはうんうんとうなすぎ、研究棟への道すがら教えてくれた。
「今のところゴーレムは工業用か土木建築用がほとんどですからね。お仕事で関わる人以外は馴染みがないでしょう。ただし、私はいつかゴーレムに家事や介護などをさせられるようにしたいと思っています。そして、究極的にはゴーレムが人の家族になるのです!!」
動く人形を家族に。それはすごい夢だ。
元の世界で言うところのロボット、アンドロイドのようなものだろう。
しかしそんな夢のある話も、この世界に来て発情体質になってしまった私にとってはちょっとアレな妄想の種になってしまう。
(何でも言うことを聞くイケメンゴーレムを相手にアレやコレや……ソレやコレや……っていうか、『Hゴーレム社』って社名はどうなの?誘ってるのかしら?)
そんなことを考える私とは対照的に、パラケルさんは情熱たっぷりに拳を握った。
「その夢が叶ってこそ我が社の掲げる三つの『H』、High quality, High performance, Helpfulが成し遂げられるのです!!」
あ、Hゴーレム社のHってそういう事だったのね……
いや、分かってましたよ?清純派女子ですし、断じて変なことは考えてません。
いったんは熱くなったパラケルさんだったが、すぐにクールダウンして肩を落とした。
「……といっても、実際にはまだまだ技術的な問題点が多くてずっと先の話になりそうですが。現に、弊社の売上もそのほとんどはゴーレムによるものではなく、鑑定杖によるものなんです。今日クウさんに来ていただいたのもその一環ですしね」
この話は今日のお仕事を紹介してくれたフレイさんからも聞いていた。
Hゴーレム社は元々ゴーレム製造で興された会社ではあるものの、ゴーレム自体はそれほど多くの需要があるわけではない。
それで本業の片手間に鑑定杖の製造を始めたらしいのだが、この評判がすこぶる良かった。
売れに売れて、今ではHゴーレム社といえば鑑定杖メーカーという認識になっているほど正副が入れ替わってしまったという話だった。
「でも、鑑定杖に関しては本当にすごい会社だってフレイさんが言ってました。とても正確な鑑定結果が出るって。私、鑑定杖は必ず完璧なデータが出るんだと思ってたんですけど、実は結構あやふやなものなんですね」
「そうですね。鑑定杖の基本的な機能は『対象の魔素を感知』して、それを『蓄積されたデータと比較』し、『最も近いものを表示』する、というものです。様々な干渉で魔素の感知が歪むこともありますし、蓄積データが不正確なこともあります。メーカーとして申し訳ないのですが、鑑定するたびに結果が違うということはよくありますし、データをアップデートしたら結果が変わったというクレームもよくあります」
なかなか難しい話だが、鑑定杖の仕組みを聞くとそういった不具合は仕方ないことのような気がする。
っていうか、元の世界でも似たようなことはよくあった。
ソフトウェアのアップデートをしたら挙動が変わるのってよくあることだし。
(そういえば、前にケイロンさんが『魔素は情報とエネルギーの塊』だって言ってたな……つまり、プログラムの入ったコンピューターと、それに従って現実を動かすための機械やら電気やらが全部セットになってるのが魔素ってことになるのか)
そう考えると魔素はすごく便利なものだ。
そしてそれを上手に行使できるのが魔法ということになるのだろう。
(まぁ、理屈が分かっても相変わらず召喚魔法以外はさっぱりだけど)
もう少し色々と勉強した方がいいだろうかと考えている内に、私たちは研究棟の入り口に着いた。
「社外秘だらけの建物ですので警備が厳重です。必ずこのゲストプレートを身に着けておいてください」
パラケルさんは名刺サイズの紐付きプレートを手渡してきた。
私はそれを首から下げる。
「これって着けてないとどうなるんですか?」
私の質問にパラケルさんの眼鏡がキラリと光った。
「それはですね、最新式の警備ゴーレ……」
「クウ!?クウじゃねぇか!こんなところで会うなんて奇遇だべなぁ!」
やけに聞き覚えのある大声がパラケルさんの言葉を遮った。
私がそちらを振り向くと、単眼・単角・巨体のサイクロプス、ブロンテスさんがニコニコしながら研究棟から出てくるところだった。
「ブロンテスさん!ホント意外なところで会いましたね。ビックリしました」
ブロンテスさんは鍛冶職人なのでゴーレムや鑑定杖のメーカーとはあまり関係がなさそうな気がする。
こんな所で会うとは思わなかった。
「私は使役モンスターのデータ提供で来たんですけど、ブロンテスさんはどうされたんですか?」
ブロンテスさんは顔の真ん中にある目を細めて優しい笑顔を作った。
「オラは鑑定杖と組み合わせて使う盾の開発で来たんだべ」
「鑑定杖と組み合わせて使う……盾?」
鑑定杖と盾というのはまた随分とジャンルの違うもののような気がする。どういうものだろうか。
「やっぱり皆、初めはそんな顔するな。ここの研究員さんもそうだったべ」
私の反応を見たブロンテスさんはどこか満足そうだった。
物作りをする人は、他人があっというような発想を喜ぶものなのかもしれない。
「ほら、以前にクウが言ってたじゃねぇか。鑑定杖って全然使えねぇってよ」
その言葉を聞いた私は片頬が引きつった。
(ちょっと!今はやめてください!私の鑑定杖はこのHゴーレム社のものなんですよ!それが使えないって……)
案の定、隣りのパラケルさんが微妙な顔をして横目にこちらを見ている。なんか申し訳ない。
(でも……正直なところ、本当に使いづらいんだよね)
それが私の本音ではあった。
戦闘中に鑑定杖を使って相手の能力が調べられれば、危険を回避したり弱点を突いたりして有利に戦うことができるはずだ。
それは私も分かる。
分かるのだが、現実問題としてモンスターが襲いかかってきているのに落ち着いて鑑定情報など見ていられない。
しかも鑑定杖は距離が離れれば離れるほど精度が下がる。
私の所持しているものは遠距離向けの特別仕様にも関わらず、仕様上の鑑定可能距離がなんと一メートル以内だ。
モンスター相手に一メートル以内って、いくらメーカー推奨の使用条件だとしても現実的ではない。
(まぁ実際にはもっと離れていてもある程度の鑑定結果は出るけど……それでも私みたいに防御力の低い人間には難しいんだよね)
そんなこんなで、結局使っているのは素材採取のお仕事の時くらいだった。
私とパラケルさんの間には微妙な空気が流れたが、ブロンテスさんはそれに気づいた様子もなく上機嫌にカバンから何かを取り出した。
「これだこれ。この穴っぽこに鑑定杖をハメるんだべ」
ブロンテスさんの手には、取っ手の付いた金属製の扇子のようなものが握られていた。
その端にちょうど鑑定杖の太さに合う穴がついている。
(穴に棒をハメるなんて……)
私は無意味にドキドキしながら言われた通りに鑑定杖をハメてみた。
「えっと……こうですか?」
鑑定杖がハマった瞬間、扇子のような部分がシャラリと回りながら広がって、鑑定杖を中心にしたお椀状の形になった。
パラボラアンテナのような形状だ。
「わっ、すごい!!」
「すごいのはこっからだべ。それに魔素を込めてみな」
言われた通りに魔素を込めると、パラボラを中心にして淡く光る丸い壁のようなものが現れた。壁はほぼ透明で、向こうが透けて見える。
「え?もしかしてこれが盾になるってことですか?」
「そうだべ。結局クウに純粋な金属製の盾は無理だと思ってよ、魔素に頼った盾を作ってみたんだ。まぁ、金属の部分もかなりの自信作だから魔素が切れてもある程度の盾にはなるけどよ、それだけじゃちょっと小さいべ?」
パラボラの部分は広がった状態で直径が私の前腕くらいだ。おかげで私でも扱いに困らないほど軽いのだが、確かに盾としては小さ過ぎる。
「しかも、だ。それなら盾を構えたまま鑑定ができるべ。それならクウにも使いやすいんじゃないかと思ってよ」
「ブロンテスさんすごいです!!これ、すごく便利な装備ですよ」
なるほど、確かにこれなら私でも落ち着いて鑑定結果を見られそうだ。
私は純粋に感動していたが、その横でパラケルさんが眼鏡を手をやりつつ首を傾げていた。
「しかし……魔素の壁を発生させてしまうと、それが鑑定杖による魔素感知にも干渉して精度が落ちると思うのですが」
「へっへっへ、やっぱりみんなそう思うべな?」
ブロンテスさんは待っていましたとばかりに得意顔になった。
「ミソはこのパラボラ形状だべ。パラボラには反射したものを一点に集めるっていう便利な性質がある。そんで、この盾の表面には魔素を反射しやすいメッキを施したんだべ。だから多少の干渉があっても、パラボラの効果でむしろ精度は上がるんだべな」
「ほう!!それはまた画期的な発想ですね!!」
パラケルさんは眼鏡をクイクイ上げながら盾を舐めるように見た。
研究開発者として、非常にそそられる発明なようだ。
褒められたブロンテスさんの顔もまんざらではない。
「ありがとうな。今日はその辺の事をテストしに来たんだべ。結果は上々だったから、この試作品をこのままクウにやるべ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろんだべ。元々クウのために作ったんだからな。おかげで良いもんができた」
「ホントありがたいです」
つい先日、体の強度を上げる魔道具のネックレスをリンちゃんに返したばかりで正直不安だったのだ。防御用の装備は非常に助かる。
(ブロンテスさん本当にいい人だな。何かお礼しなくちゃ……)
何がいいだろう?私はブロンテスさんの顔を見て、ふと思いつくことがあった。
「あの、ブロンテスさんって目はいいんですか?っていうか、サイクロプスって眼鏡とかしたりします?」
私は単眼の眼鏡を想像してそんなことを聞いてみた。
単眼眼鏡、いいかもしれない。新しい。
しかしブロンテスさんは首を横に振った。
「サイクロプスは目が一個だからほとんどの奴は目がいいし、やたら丈夫なんだべ。眼鏡してるのは見ねぇな。まぁ、オラみたいな仕事してたら防護眼鏡が必要な時はあるけどな」
防護眼鏡!!そういうのもあるのか。
(考えたら、眼鏡って色んな種類とかデザインがあるから無限の可能性があるんだよね。つまり、眼鏡一つでセルフケアのネタも無限……)
私はフレイさんやパラケルさん、ブロンテスさんの色々な眼鏡姿を想像してドキドキした。
そしてこれ以降、私は会う人が眼鏡をしていると無意識にそのデザインをチェックするようになってしまった。
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