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20スライム娘1
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(何あれ……誘ってるのかしら?)
私はヌルヌルとしたローションで撫でられる背中を見て、そんなことを考えた。
と言っても、現実に目の前で撫でられているわけではない。街角で見かけた立て看板にそんな様子が描いてあったのだ。
ローションのヌルヌルは、はっきり言ってかなりヤバい。
サスケのスライムローションによって幾度となく昇天させられた私が言うのだから間違いない。経験者は語る。
そんないやらしい行為を描いた看板は、もはやメスを誘っているとしか思えない。
「美容エステにご興味ありますか?」
立て看板を凝視する私の背中へ女性の声がかけられた。
振り返ると、スライムの女の子が後ろに立っている。
その子は笑顔でもう一度私に尋ねてきた。
「美容エステ、よかったらいかがですか?今なら予約も入ってませんからすぐできますよ」
(あ、そう……美容エステだったのね)
そりゃそうだ。こんな街中に堂々といやらしい絵が飾ってあるわけがない。
「えっと……そうですね……でも……」
私はちょっとまごついてしまった。
本心としてはエステを受けてみたいという気持ちはある。
だが私は産まれてこの方、エステというものを受けたことがない。
もう二十一歳なのだからエステくらい経験していても良さそうなものだが、不思議と今まで機会がなかったのだ。
私は正直にそれを言った。
「実はエステって受けたことなくて。初めてはちょっと勇気がいるっていうか……」
別に怖いものではないと分かっていても、どんな事でも第一歩目は踏み出しづらいものだ。
スライムの女の子は笑みをより深くしてさらに勧誘してきた。
「何事も経験ですよ。じゃあ、お姉さんの初体験を祝って今なら初回半額に……」
と、そこまで言ったところで女の子の営業スマイルが固まった。なぜかそのまま動かなくなる。
不思議に思った私は彼女の顔をマジマジと見返した。
「どうかしました……って、あれ?もしかして、どこかで会ったことあります?」
私はその女の子に不思議なデジャヴを感じた。
どこかで見たことあるような顔だ。しかし、私にはスライムの女の子の知人はいない。
その女の子も我に返ってから否定した。
「あ、いえ……多分初めてなんじゃないかと思うんですけど」
「そうですよね。ごめんなさい、私の勘違いです」
もしかしたらアステリオスさんのお店やネウロイさんのお店など、私がよくいるような場所ですれ違ったのかもしれない。
とはいえ、そんなものは会ったことがある内には入らないだろう。
女の子は私の胸元をじっと見つめながら何か思案しているようだったが、またとびきりの営業スマイルを見せてきた。
「……初回無料でいいので、よかったらエステを受けていきませんか?」
「えっ、無料?」
「はい。多分、興味はあるけどいまいち踏ん切りがつかないって感じですよね?こうやってお会いしたのも何かの縁ですし、初回無料で背中を押させて下さい」
すごくありがたい申し出だ。
私は喜んで一歩踏み出してみることにした。
「じゃあお願いしてみようかな」
「ありがとうございます。私、このエステサロンを経営しているリンっていいます。よろしくお願いします」
リンちゃんの笑顔はとても可愛らしいのだが、やはり見れば見るほどデジャヴだった。
****************
「う~極楽~……」
私は背中のエステを受けながら悦楽のうめき声を上げた。
背中の肌と筋肉がこれ以上ないほどの力加減で押し撫でられる。ここは極楽浄土だ。
私のオヤジっぽいうめき声にリンちゃんが笑った。
「喜んでいただけて良かったです。顔のパックも肌に合わないことはありませんか?」
私はすでに顔の施術もしてもらっており、今はローションの染み込んだパックを付けている。
「大丈夫だよ~。なんかじんわり温かいけど」
リンちゃんは人懐っこい性格で、私はすぐに気を許して言葉づかいもざっくばらんになってしまった。
「私のローション、血流を良くする効果があるんです。温かく感じるのはそのせいですね」
スライムの人たちは皆、何かしらの効果があるスライムローションを分泌する。リンちゃんはそれが血流増加ということだろう。
「すごい。エステティシャンには最適だ」
「他にも角質除去、新陳代謝促進、メラニン分解の効果もありますよ」
「え?そんなに?それはもう、エステをやるために産まれてきたようなものだねぇ」
すごく多芸だ。
友人であるサスケのスライムローションは回復と中和の効果があったが、人によって効果の数も異なるということか。
「しかも施術もすごく気持ちいいし……気持ち良すぎて寝ちゃいそう」
「いいですよ、寝てしまって。途中で体勢を変えさせてもらったりはしますけど」
ずっとウトウトしている私はその言葉に甘えさせてもらうことにした。
最近ずっと働き詰めだったので、体がだいぶ疲れている。今日は本当に良いリフレッシュになりそうだ。
私は雲の上にふわふわと浮くような心持ちで眠りについた。
言われていた通り、途中で仰向けにされたり腕を上げられたりしたのは何となく感じたが、ほぼ覚醒しないまま施術が進んでいった。
本当に天国にいるみたいだ。
しばらくして、私はリンちゃんに肩を叩かれて目を覚ました。
「……ん?終わった?」
私はそう尋ねながら体を起こそうとしたが、なぜか起き上がれない。
腕がエステ台に引っ張られるのだ。
「え?あれ?」
足を動かそうとしたが、足首も同じように引っ張られてやはり動かせない。
私は何とか首を回して自分の体を確認し、そこでようやく状況を理解した。
私は両手両足をエステ台に括り付けられて、完全に拘束されていた。
「……え?これって、どういうこと?」
混乱する私をリンちゃんが無表情に見下ろしていた。
「ちょっと聞きたいことがあって、動けなくさせてもらいました。コレのことなんですけど……」
女の子は手に下げたネックレスを私の顔の前に出した。
サスケから借りている魔道具のネックレスだ。体の強度を上げる効果があり、サスケのお母さんの形見だということだった。
「それは……友達に借りてて……」
私がそこまで言った時、リンちゃんの手が私のお脇腹をぬるりと撫でた。
その瞬間、脇腹から体中に電気が走ったような鋭い快感が私を襲った。
「ひゃあっ」
私は大きな声を上げた。声を抑えられないほどの快感だった。
リンちゃんは私の反応を見てニヤリと笑った。初めに見た営業スマイルとは違い、なんだか悪そうな笑顔だ。
「嘘はつかない方がいいですよ?実は私のローション、感覚強化の効果もあるんです。エステ中はその効果は消してましたけど、今はマックスで発現させてます。クウさんの神経は今すごく敏感になってますから、こうやって撫でられるだけで気が狂いそうになるはずです」
ツツツ、とリンちゃんの手がお腹から胸へと向かう。その言葉通り、気が狂いそうなほどの快感が走った。
「ああぁあっ」
「すごいでしょ?気持ちいいかも知れないけど、これずっとやったら本当に狂い死にしちゃいますよ?正直に言った方がいいですって」
「いや、だから本当に友達から……やぁああっ」
今度は太ももを撫でられる。確かに狂い死にしそうなほどの快楽だった。
「なかなか強情ですね……これはちょっと立場を分かってもらう必要がありますねぇ」
女の子はそう言って、私の体のあちこちを弄り始めた。
危険なほどの快感が全身に襲いかかる。
「あぁっ!やぁっ!はぁっ!うぅんっ!」
悶絶する私を見下ろしながら、リンちゃんは頬を紅潮させていった。
私の痴態を見て興奮が伝わったのかもしれないが、もしかしたらこういう癖なのかもしれない。
「どうですか!?ちゃんと話す気になりました!?」
「あぁぁっ!いや、だから本当に……やぁんっ!」
「本当に強情な人!このネックレスはね、簡単に他人に貸せるようなものじゃないんですよ!大切なお母さんの形見なんですから!」
何だって?お母さんの形見?
私はそこでようやくリンちゃんにデジャヴを感じた理由に気がついた。
似ているのだ。サスケの顔に。
(この子、サスケの妹さんだ!!)
ならば、きちんと事情を説明すれば分かってもらえるはずだ。
私はそれを言おうと口を開いたが、出て来たのは恥ずかしい嬌声だった。
「はぁぁんんっ!!」
「きっと盗んだんでしょう!?それとも盗品が売られるような怪しいお店で買ったんですか!?正直に言いなさい!!」
いやいやいや、正直に言おうとしてるのをあなたが止めてるんですよ。ちょっと手を止めてくれませんかね?
っていうか、リンちゃんもなんだか楽しんでない?
顔赤くなってるし、息も荒いし。絶対興奮してるよね?
「あぁっ!あぁっ!あぁぁっ!」
リンちゃんのスライムローションで強化された感覚のおかげで、何を言おうとしても嬌声に遮られてしまう。
そしてどんどん昂ぶっていく私の体は、徐々に限界に近づいていった。
(せめてサスケの名前だけでも出せれば……)
そう思った私は、サスケの名前を叫びながら昇天を迎えた。
「サ、サスケェ……っ!!」
「え?」
兄の名前を聞いたリンちゃんは、ようやくその手を止めてくれた。
「え?……本当にお兄ちゃんのお友達?」
「だから……ずっと……そう言ってるじゃん……」
私は乱れた吐息の合間に、ようやく文句を口にできた。
****************
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
事情を聞いたリンちゃんは平謝りに謝ってくれた。
私が危険な仕事をしていることと、それにも関わらず体を魔素で強化することもできないことを説明すると、ちゃんと理解してくれた。
「お母さんのネックレスを見たら、つい頭に血が上っちゃって……」
それを聞くと、私としてもこれ以上は文句が言えない。
リンちゃんは家出中にお母さんが死んでしまったのだ。きっと色んな思いを抱えていることだろう。
「まぁ、分かってくれたんならもういいよ」
「あと、クウさんが私の好みだったからつい……」
「だからもういいよ……ってちょっと!それはよくない!」
いきなり何を言い出すんだこの子は。
そういえば、私の体をいじり倒す時のリンちゃんはやたらと楽しそうだった。もしや……
「冗談ですよ、冗談」
リンちゃんはそう言って笑ったが、あの時の顔はマジだったと思う。
私は色々と思うところはあったが、それ以上は突っ込まないことにした。
「……それでこのネックレスだけど、元々サスケがリンちゃんに渡すために持ってた物なんだよね。今ここで渡していいのかな?それともちゃんとサスケに渡してもらった方がいい?」
これはちょっと微妙な問題だった。
ただの物なら今渡せばいいだけだが、お母さんの形見なのだ。
他人の私が渡していいものではない気もする。
リンちゃんは渋い顔になった。
「……お兄ちゃんに会いたくない」
そういえば、私はリンちゃんが家出をした理由を聞いていない。
ご家庭の事情に首を突っ込むのも良くないかと思ってサスケには尋ねなかったのだ。
しかし、今はこんな状況だ。私は尋ねてみることにした。
「何で会いたくないのか、聞いてもいい?嫌なら言わなくていいけど」
「別に嫌じゃないし、大した理由でもないですよ。実は私、今みたいにエステサロンを開くのが夢だったんです。でもお父さんとお兄ちゃんは反対で……」
「そっか、それで家出したんだ」
「そうなんです。唯一お母さんだけが私の背中を押してくれて、開店資金を用意して、この街の知り合いまで紹介してくれました」
「理解のあるお母さんだね。でもサスケとお父さんはなんでそんなに反対したんだろ?家出しないといけないほどだったんでしょ?」
それが私には不思議だった。
リンちゃんの出すスライムローションはエステサロンをやるにはこれ以上ないほど最適な効果を持っている。
血流促進、角質除去、新陳代謝促進、メラニン分解……そんな能力があれば、むしろエステサロンをやらせない方が不思議だ。
リンちゃんはため息をついた。
「お兄ちゃんからの手紙で知ったんですけど、実はその時にはもうお母さんの病気が分かっていたんだそうです。私の悲しい顔を見たくないっていうお母さんの意向で、私にだけは秘密にしてて」
なるほど。不幸な行き違いだが、ありそうな話だとも思った。
誰が悪いとかじゃなくて、リンちゃんもサスケも可愛そうだ。
「思い返すと、確かにお父さんもお兄ちゃんも『ダメ』じゃなくて、『もう少し待て』って言ってたんですよね。でも私にとってはそのもう少しが分からないから、このまま家にいたんじゃ一生夢を叶えられないんだって思いました。だから家を出て……でもその間にお母さんが死んじゃって……」
リンちゃんの声は消え入りそうで、今にも泣き声に変わりそうだった。
私は膝の上で握られたリンちゃんの手をギュッと握った。
「リンちゃん、お母さんが亡くなる時にいなかったのは悲しいことかもしれないけど、それでもお母さんは幸せだったんじゃないかな?だってリンちゃん、こんな立派なお店を持って夢を叶えてるじゃない」
リンちゃんはうなずいて、その拍子に涙が二粒こぼれた。
「……ありがとうございます。お兄ちゃんの手紙にもそんな事が書いてありました。『母さんは自分が死ぬことなんて知らない、いつも通りのリンでいて欲しかったんだ。だから、自分の病気がなければリンは何をしていたか?何に挑戦して、どんな喜びを得られていたか?それを考えてリンの開業を応援したんだと思う。だから母さんの死に目に会えなかった事を後悔することはない。母さんはリンが夢を叶えていると思うと、とても幸せだって言ってた』って」
なにそれ泣ける。サスケ、素敵なことを書くなぁ。
「私もそう思うし、やっぱりいいお兄ちゃんじゃない。なんで会いたくないの?」
リンちゃんは涙を拭いながら口を少し尖らせた。
「だって、やっぱりお母さんの病気を秘密にしてたのは腹が立ちます。いくらお母さんの意向でも」
「あぁ、まぁ確かにね。難しい問題だけど」
こういった事は原則として本人の意向が最優先されるべきではあるだろうが、どうやったら一番幸せな結果になるかと言うと、それはケースバイケースだ。
リンちゃんのように、家族は納得できないという場合も多々あるだろう。
「それに多分……私はお母さんの病気に気づけなかった自分に対する苛立ちを、お兄ちゃんにぶつけて消化しようとしてるんだと思います。お兄ちゃんに腹を立てていれば、自分への苛立ちも紛れますから」
また随分と正直な子だな。
それに頭のいい子だ。ここまでしっかり自分の心を分析できる人はそういない。
私はこの言葉を聞いて安心した。ここまで分かっているなら、意地っ張りもそう長くは続かないだろう。
「う~ん……じゃあとりあえず、ネックレスはいったん私が持って帰ってサスケに返すよ。それでサスケが私から渡すように言えばそうするし、サスケ自身が渡したいってことならサスケがリンちゃんを見つけるまで待とう」
それが一番間違いがないだろう。
リンちゃんは私に頭を下げた。
「それでお願いします。でも……それじゃクウさんは、お兄ちゃんに私の居場所を教えないんですか?」
「だってリンちゃん、まだ会いたくないんでしょ?それにさ、必死に探させてるんだと思ったら、それがちょっとしたウサ晴らしにもなるよ」
私はリンちゃんへニヤリと笑ってみせた。リンちゃんはそれをキョトンと見返してから、なぜか頬を赤くした。
「やっぱりクウさん……私好みです」
私はヌルヌルとしたローションで撫でられる背中を見て、そんなことを考えた。
と言っても、現実に目の前で撫でられているわけではない。街角で見かけた立て看板にそんな様子が描いてあったのだ。
ローションのヌルヌルは、はっきり言ってかなりヤバい。
サスケのスライムローションによって幾度となく昇天させられた私が言うのだから間違いない。経験者は語る。
そんないやらしい行為を描いた看板は、もはやメスを誘っているとしか思えない。
「美容エステにご興味ありますか?」
立て看板を凝視する私の背中へ女性の声がかけられた。
振り返ると、スライムの女の子が後ろに立っている。
その子は笑顔でもう一度私に尋ねてきた。
「美容エステ、よかったらいかがですか?今なら予約も入ってませんからすぐできますよ」
(あ、そう……美容エステだったのね)
そりゃそうだ。こんな街中に堂々といやらしい絵が飾ってあるわけがない。
「えっと……そうですね……でも……」
私はちょっとまごついてしまった。
本心としてはエステを受けてみたいという気持ちはある。
だが私は産まれてこの方、エステというものを受けたことがない。
もう二十一歳なのだからエステくらい経験していても良さそうなものだが、不思議と今まで機会がなかったのだ。
私は正直にそれを言った。
「実はエステって受けたことなくて。初めてはちょっと勇気がいるっていうか……」
別に怖いものではないと分かっていても、どんな事でも第一歩目は踏み出しづらいものだ。
スライムの女の子は笑みをより深くしてさらに勧誘してきた。
「何事も経験ですよ。じゃあ、お姉さんの初体験を祝って今なら初回半額に……」
と、そこまで言ったところで女の子の営業スマイルが固まった。なぜかそのまま動かなくなる。
不思議に思った私は彼女の顔をマジマジと見返した。
「どうかしました……って、あれ?もしかして、どこかで会ったことあります?」
私はその女の子に不思議なデジャヴを感じた。
どこかで見たことあるような顔だ。しかし、私にはスライムの女の子の知人はいない。
その女の子も我に返ってから否定した。
「あ、いえ……多分初めてなんじゃないかと思うんですけど」
「そうですよね。ごめんなさい、私の勘違いです」
もしかしたらアステリオスさんのお店やネウロイさんのお店など、私がよくいるような場所ですれ違ったのかもしれない。
とはいえ、そんなものは会ったことがある内には入らないだろう。
女の子は私の胸元をじっと見つめながら何か思案しているようだったが、またとびきりの営業スマイルを見せてきた。
「……初回無料でいいので、よかったらエステを受けていきませんか?」
「えっ、無料?」
「はい。多分、興味はあるけどいまいち踏ん切りがつかないって感じですよね?こうやってお会いしたのも何かの縁ですし、初回無料で背中を押させて下さい」
すごくありがたい申し出だ。
私は喜んで一歩踏み出してみることにした。
「じゃあお願いしてみようかな」
「ありがとうございます。私、このエステサロンを経営しているリンっていいます。よろしくお願いします」
リンちゃんの笑顔はとても可愛らしいのだが、やはり見れば見るほどデジャヴだった。
****************
「う~極楽~……」
私は背中のエステを受けながら悦楽のうめき声を上げた。
背中の肌と筋肉がこれ以上ないほどの力加減で押し撫でられる。ここは極楽浄土だ。
私のオヤジっぽいうめき声にリンちゃんが笑った。
「喜んでいただけて良かったです。顔のパックも肌に合わないことはありませんか?」
私はすでに顔の施術もしてもらっており、今はローションの染み込んだパックを付けている。
「大丈夫だよ~。なんかじんわり温かいけど」
リンちゃんは人懐っこい性格で、私はすぐに気を許して言葉づかいもざっくばらんになってしまった。
「私のローション、血流を良くする効果があるんです。温かく感じるのはそのせいですね」
スライムの人たちは皆、何かしらの効果があるスライムローションを分泌する。リンちゃんはそれが血流増加ということだろう。
「すごい。エステティシャンには最適だ」
「他にも角質除去、新陳代謝促進、メラニン分解の効果もありますよ」
「え?そんなに?それはもう、エステをやるために産まれてきたようなものだねぇ」
すごく多芸だ。
友人であるサスケのスライムローションは回復と中和の効果があったが、人によって効果の数も異なるということか。
「しかも施術もすごく気持ちいいし……気持ち良すぎて寝ちゃいそう」
「いいですよ、寝てしまって。途中で体勢を変えさせてもらったりはしますけど」
ずっとウトウトしている私はその言葉に甘えさせてもらうことにした。
最近ずっと働き詰めだったので、体がだいぶ疲れている。今日は本当に良いリフレッシュになりそうだ。
私は雲の上にふわふわと浮くような心持ちで眠りについた。
言われていた通り、途中で仰向けにされたり腕を上げられたりしたのは何となく感じたが、ほぼ覚醒しないまま施術が進んでいった。
本当に天国にいるみたいだ。
しばらくして、私はリンちゃんに肩を叩かれて目を覚ました。
「……ん?終わった?」
私はそう尋ねながら体を起こそうとしたが、なぜか起き上がれない。
腕がエステ台に引っ張られるのだ。
「え?あれ?」
足を動かそうとしたが、足首も同じように引っ張られてやはり動かせない。
私は何とか首を回して自分の体を確認し、そこでようやく状況を理解した。
私は両手両足をエステ台に括り付けられて、完全に拘束されていた。
「……え?これって、どういうこと?」
混乱する私をリンちゃんが無表情に見下ろしていた。
「ちょっと聞きたいことがあって、動けなくさせてもらいました。コレのことなんですけど……」
女の子は手に下げたネックレスを私の顔の前に出した。
サスケから借りている魔道具のネックレスだ。体の強度を上げる効果があり、サスケのお母さんの形見だということだった。
「それは……友達に借りてて……」
私がそこまで言った時、リンちゃんの手が私のお脇腹をぬるりと撫でた。
その瞬間、脇腹から体中に電気が走ったような鋭い快感が私を襲った。
「ひゃあっ」
私は大きな声を上げた。声を抑えられないほどの快感だった。
リンちゃんは私の反応を見てニヤリと笑った。初めに見た営業スマイルとは違い、なんだか悪そうな笑顔だ。
「嘘はつかない方がいいですよ?実は私のローション、感覚強化の効果もあるんです。エステ中はその効果は消してましたけど、今はマックスで発現させてます。クウさんの神経は今すごく敏感になってますから、こうやって撫でられるだけで気が狂いそうになるはずです」
ツツツ、とリンちゃんの手がお腹から胸へと向かう。その言葉通り、気が狂いそうなほどの快感が走った。
「ああぁあっ」
「すごいでしょ?気持ちいいかも知れないけど、これずっとやったら本当に狂い死にしちゃいますよ?正直に言った方がいいですって」
「いや、だから本当に友達から……やぁああっ」
今度は太ももを撫でられる。確かに狂い死にしそうなほどの快楽だった。
「なかなか強情ですね……これはちょっと立場を分かってもらう必要がありますねぇ」
女の子はそう言って、私の体のあちこちを弄り始めた。
危険なほどの快感が全身に襲いかかる。
「あぁっ!やぁっ!はぁっ!うぅんっ!」
悶絶する私を見下ろしながら、リンちゃんは頬を紅潮させていった。
私の痴態を見て興奮が伝わったのかもしれないが、もしかしたらこういう癖なのかもしれない。
「どうですか!?ちゃんと話す気になりました!?」
「あぁぁっ!いや、だから本当に……やぁんっ!」
「本当に強情な人!このネックレスはね、簡単に他人に貸せるようなものじゃないんですよ!大切なお母さんの形見なんですから!」
何だって?お母さんの形見?
私はそこでようやくリンちゃんにデジャヴを感じた理由に気がついた。
似ているのだ。サスケの顔に。
(この子、サスケの妹さんだ!!)
ならば、きちんと事情を説明すれば分かってもらえるはずだ。
私はそれを言おうと口を開いたが、出て来たのは恥ずかしい嬌声だった。
「はぁぁんんっ!!」
「きっと盗んだんでしょう!?それとも盗品が売られるような怪しいお店で買ったんですか!?正直に言いなさい!!」
いやいやいや、正直に言おうとしてるのをあなたが止めてるんですよ。ちょっと手を止めてくれませんかね?
っていうか、リンちゃんもなんだか楽しんでない?
顔赤くなってるし、息も荒いし。絶対興奮してるよね?
「あぁっ!あぁっ!あぁぁっ!」
リンちゃんのスライムローションで強化された感覚のおかげで、何を言おうとしても嬌声に遮られてしまう。
そしてどんどん昂ぶっていく私の体は、徐々に限界に近づいていった。
(せめてサスケの名前だけでも出せれば……)
そう思った私は、サスケの名前を叫びながら昇天を迎えた。
「サ、サスケェ……っ!!」
「え?」
兄の名前を聞いたリンちゃんは、ようやくその手を止めてくれた。
「え?……本当にお兄ちゃんのお友達?」
「だから……ずっと……そう言ってるじゃん……」
私は乱れた吐息の合間に、ようやく文句を口にできた。
****************
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
事情を聞いたリンちゃんは平謝りに謝ってくれた。
私が危険な仕事をしていることと、それにも関わらず体を魔素で強化することもできないことを説明すると、ちゃんと理解してくれた。
「お母さんのネックレスを見たら、つい頭に血が上っちゃって……」
それを聞くと、私としてもこれ以上は文句が言えない。
リンちゃんは家出中にお母さんが死んでしまったのだ。きっと色んな思いを抱えていることだろう。
「まぁ、分かってくれたんならもういいよ」
「あと、クウさんが私の好みだったからつい……」
「だからもういいよ……ってちょっと!それはよくない!」
いきなり何を言い出すんだこの子は。
そういえば、私の体をいじり倒す時のリンちゃんはやたらと楽しそうだった。もしや……
「冗談ですよ、冗談」
リンちゃんはそう言って笑ったが、あの時の顔はマジだったと思う。
私は色々と思うところはあったが、それ以上は突っ込まないことにした。
「……それでこのネックレスだけど、元々サスケがリンちゃんに渡すために持ってた物なんだよね。今ここで渡していいのかな?それともちゃんとサスケに渡してもらった方がいい?」
これはちょっと微妙な問題だった。
ただの物なら今渡せばいいだけだが、お母さんの形見なのだ。
他人の私が渡していいものではない気もする。
リンちゃんは渋い顔になった。
「……お兄ちゃんに会いたくない」
そういえば、私はリンちゃんが家出をした理由を聞いていない。
ご家庭の事情に首を突っ込むのも良くないかと思ってサスケには尋ねなかったのだ。
しかし、今はこんな状況だ。私は尋ねてみることにした。
「何で会いたくないのか、聞いてもいい?嫌なら言わなくていいけど」
「別に嫌じゃないし、大した理由でもないですよ。実は私、今みたいにエステサロンを開くのが夢だったんです。でもお父さんとお兄ちゃんは反対で……」
「そっか、それで家出したんだ」
「そうなんです。唯一お母さんだけが私の背中を押してくれて、開店資金を用意して、この街の知り合いまで紹介してくれました」
「理解のあるお母さんだね。でもサスケとお父さんはなんでそんなに反対したんだろ?家出しないといけないほどだったんでしょ?」
それが私には不思議だった。
リンちゃんの出すスライムローションはエステサロンをやるにはこれ以上ないほど最適な効果を持っている。
血流促進、角質除去、新陳代謝促進、メラニン分解……そんな能力があれば、むしろエステサロンをやらせない方が不思議だ。
リンちゃんはため息をついた。
「お兄ちゃんからの手紙で知ったんですけど、実はその時にはもうお母さんの病気が分かっていたんだそうです。私の悲しい顔を見たくないっていうお母さんの意向で、私にだけは秘密にしてて」
なるほど。不幸な行き違いだが、ありそうな話だとも思った。
誰が悪いとかじゃなくて、リンちゃんもサスケも可愛そうだ。
「思い返すと、確かにお父さんもお兄ちゃんも『ダメ』じゃなくて、『もう少し待て』って言ってたんですよね。でも私にとってはそのもう少しが分からないから、このまま家にいたんじゃ一生夢を叶えられないんだって思いました。だから家を出て……でもその間にお母さんが死んじゃって……」
リンちゃんの声は消え入りそうで、今にも泣き声に変わりそうだった。
私は膝の上で握られたリンちゃんの手をギュッと握った。
「リンちゃん、お母さんが亡くなる時にいなかったのは悲しいことかもしれないけど、それでもお母さんは幸せだったんじゃないかな?だってリンちゃん、こんな立派なお店を持って夢を叶えてるじゃない」
リンちゃんはうなずいて、その拍子に涙が二粒こぼれた。
「……ありがとうございます。お兄ちゃんの手紙にもそんな事が書いてありました。『母さんは自分が死ぬことなんて知らない、いつも通りのリンでいて欲しかったんだ。だから、自分の病気がなければリンは何をしていたか?何に挑戦して、どんな喜びを得られていたか?それを考えてリンの開業を応援したんだと思う。だから母さんの死に目に会えなかった事を後悔することはない。母さんはリンが夢を叶えていると思うと、とても幸せだって言ってた』って」
なにそれ泣ける。サスケ、素敵なことを書くなぁ。
「私もそう思うし、やっぱりいいお兄ちゃんじゃない。なんで会いたくないの?」
リンちゃんは涙を拭いながら口を少し尖らせた。
「だって、やっぱりお母さんの病気を秘密にしてたのは腹が立ちます。いくらお母さんの意向でも」
「あぁ、まぁ確かにね。難しい問題だけど」
こういった事は原則として本人の意向が最優先されるべきではあるだろうが、どうやったら一番幸せな結果になるかと言うと、それはケースバイケースだ。
リンちゃんのように、家族は納得できないという場合も多々あるだろう。
「それに多分……私はお母さんの病気に気づけなかった自分に対する苛立ちを、お兄ちゃんにぶつけて消化しようとしてるんだと思います。お兄ちゃんに腹を立てていれば、自分への苛立ちも紛れますから」
また随分と正直な子だな。
それに頭のいい子だ。ここまでしっかり自分の心を分析できる人はそういない。
私はこの言葉を聞いて安心した。ここまで分かっているなら、意地っ張りもそう長くは続かないだろう。
「う~ん……じゃあとりあえず、ネックレスはいったん私が持って帰ってサスケに返すよ。それでサスケが私から渡すように言えばそうするし、サスケ自身が渡したいってことならサスケがリンちゃんを見つけるまで待とう」
それが一番間違いがないだろう。
リンちゃんは私に頭を下げた。
「それでお願いします。でも……それじゃクウさんは、お兄ちゃんに私の居場所を教えないんですか?」
「だってリンちゃん、まだ会いたくないんでしょ?それにさ、必死に探させてるんだと思ったら、それがちょっとしたウサ晴らしにもなるよ」
私はリンちゃんへニヤリと笑ってみせた。リンちゃんはそれをキョトンと見返してから、なぜか頬を赤くした。
「やっぱりクウさん……私好みです」
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