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17ブラウニー1
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(何あれ……誘ってるのかしら?)
私はまるで生きているかのように動く針と糸を見て、そんなことを考えた。
その針をつまんでいるのは驚くほど器用な指先だ。
針先が布地に沈んでは現れ、また沈む。その繰り返しとともに、指先もまたリズミカルに動いた。
縫い目は時に整然として美しく、時に遊び心を見せて崩される。器用だ。本当に器用な指先だ。
もしこの器用な指に体のあちこちを責められたなら……そんな想像をしてしまうと、ただの針仕事もメスを誘っているとしか思えない。
「見惚れるほと見事でしょう?ブラウニーの縫製技術は」
私はカドゥケウスさんにそう声をかけられ、我に返った。
確かに見惚れてはいたが、理由はちょっと違う。
だが私はあくまで清純派女子なのだ。器用な指先にあれやこれやされる妄想をしていたなどと、口が裂けても言えはしない。
「ほ……本当にすごいですよね。ブラウニーの人はよく見かけてたんですけど、こんなに器用な種族だってことは知りませんでした」
「ブラウニーの針仕事には定評がありますが、中でもこの工房は特に素晴らしい職人が集まっています。うちの店も、服と靴はかなりの割合をこの工房から仕入れているんですよ」
スネークピープルであるカドゥケウスさんは蛇の顔をほころばせた。
相変わらず仏のように優しい笑顔だ。
カドゥケウスさんは服飾店を経営しており、今日は懇意にしているこの工房へ私を連れてきてくれた。
その理由は、私がとあるモンスターを使役するようになったことをカドゥケウスさんに話したからだ。
「あらぁ、カドゥちゃん来てたのね。その子がハイランド・アルミラージのエルダーを捕まえた子?」
私たちに気づいたブラウニーの一人がニコニコしながら歩み寄ってきた。
ブラウニーは小さな種族で、身長は一メートルちょっとしかないだろうか。種族名の通り、全員が茶色の髪と瞳をしている。
「ビリーさん、お邪魔しています。おっしゃる通りこちらのクウさんがエルダー・ハイランド・アルミラージを使役している召喚士です」
ビリーさんと呼ばれたブラウニーは茶色のオシャレあごヒゲを生やしていた。
外見はどう見ても男性だったが、喋り方は女性のそれだ。どうやらオネェ系らしい。
「クウです。よろしくお願いします」
「アタシはビリー、このアトリエのリーダーをしてるわ。クウちゃんね、なかなか可愛い子じゃない」
ビリーさんは片手を差し出して握手を求めてきた。
私がそれを握ろうとした瞬間、手のひらから体へとゾクリした快感がさかのぼった。
「ひゃんっ」
私は高い声を出しながら、慌てて手を引っ込めた。どうやら手のひらをくすぐられたらしい。
「うふふ……ごめんなさいね。アタシ、可愛い子を見るとついイタズラしちゃいたくなるの」
ビリーさんは子供のように笑ってそう言った。
その妙技から、私は工房に入ってすぐ感じたことが間違いではなかったと確信した。
(やっぱりすごく手先が器用で、とんでもないテクニシャンだ……)
きっと針仕事以外も色々お上手なのだろう。
私はそれを想像してハァハァしかけたが、ビリーさんの声ですぐに現実へと引き戻された。
「じゃあ早速だけど、エルダーを出してくれる?」
「あっ、はい。分かりました」
エルダー、というのは私の使役モンスターであるハイランド・アルミラージのモフーのことだ。
ハイランド・アルミラージは強くなると毛や角を魔素で伸縮させられるようになるが、そうなった個体はエルダー・ハイランド・アルミラージと呼ばれているらしい。
名前が長いので、工房や服飾店では単に『エルダー』と呼ぶ。
「モフー、出ておいで」
私が格納筒をポンポンと叩くとモフーが出て来た。
相変わらず良いモフモフ感だ。
「まぁ~ご主人様に似てあなたも可愛い子ねぇ。ちょっと失礼」
ビリーさんがモフーの毛を撫で回した。
「……これはかなり上等な毛ね。本当にうちで刈らせてもらっていいのかしら?」
「はい、お願いします。高地から降りてきて、ちょっと暑いみたいですし」
私がこの工房に来たのは、モフーの毛を刈ってもらい、素材として買い取ってもらうためだ。
ハイランド・アルミラージの毛は丈夫で、多くの属性魔法を防ぐため高級素材として扱われている。
それがさらにエルダーになると、なんと魔素をこめるだけで布地が大きくなったり、破れた服が修復されたりするらしいのだ。
つい先日服がボロボロになって大勢の前で半裸になった私としては、喉から手が出るほどに欲しい機能だ。
ただしそこまでの物を作ろうとすると複雑な工程や追加素材が必要らしく、費用がとんでもないことになるらしい。
加工費だけで軽く百万円は超えると言われたので、自分用にするのは諦めて売ることにした。
(魔素で伸ばした毛を刈って売る、っていうのが出来たら無限に儲かるんじゃないかと思っちゃったんだけど……さすがにそんなうまい話はないんだよね)
モフーの毛は魔素を込めれば伸ばせるが、伸ばした毛は切り取ると元の長さに戻ってしまう。
やはり自然に伸びた分しか売れないのだ。
「それじゃ、今の季節にちょうどいいくらいの長さにしてあげるわね。モフーちゃん、こっちおいで」
ビリーさんに促され、モフーは腰ほどの高さの台に乗った。
「クウちゃん、毛の強度を下げるために魔素はカットして。まぁ、アタシのハサミなら大抵のものは切れるけど」
私は言われた通りにした。
それでもハイランド・アルミラージの毛は結構な強さのはずだが、ビリーさんのハサミは魔素で強化されているのだろう。
本人の言う通り、普通の毛と同じようにスイスイと切れた。
私はその手並みを眺めながら、また感心した。
モフーはあれよあれよという間にサッパリしていく。切る前よりずっとイケメンだ。
「すごい、ビリーさんはトリミングもされるんですね」
「ううん、めったにしないわよ。アタシのお仕事は基本お裁縫だから」
「え!?でもこんなに上手なのに……」
「ハサミは使い慣れてるし、色んなものをオシャレでステキにするのがアタシのお仕事だもの」
私は工房の中を見回した。
ビリーさんの言う通り、あちこちに置かれている服はどれもオシャレでステキだった。
作りかけの部品ですら、思わず心が動くような雰囲気を醸し出している。
私は隣りでトリミングを見るカドゥケウスさんにお礼を言った。
「こんなステキな工房を紹介してくれてありがとうございます」
「礼にはおよびませんよ。この毛で作られた商品はうちの店に卸していただけることになっていますから。なかなか手に入らないものですし、きっとすぐに買い手が付きます。こちらにとっても良いビジネスなんですよ」
柔らかな笑顔で正直にそう言ったカドゥケウスさんに、ビリーさんも同意した。
「カドゥちゃんの言う通りよ。それに私のアトリエだと安くもないけど高くもない、完全に正当な値段でしか買い取らないわよ?最高値で売りたいなら、急ぎで素材を探してるような所を探して回った方がいいかもしれないわ」
ビリーさんの言うようなやり方も決して悪いことではないと思うが、私はそれでもここで使ってもらいたいと思った。
「いいんです。少しですけどここの工房を見て、モフーの毛を一番オシャレでステキにしてくれるのはビリーさんだと思いました」
ビリーさんはハサミを動かし続けながら笑った。
「まぁ~この子は嬉しいこと言ってくれるじゃない。よし、クウちゃんいい子だから余った端切れで何か作ってあげるわよ」
「えっ、ホントですか!?」
それはありがたい。普通に買ったら超高級品だ。
「ええ、アナタに最高に似合うものを用意してあげる。でも、一つ条件を付けさせてもらおうかしら」
「条件……どんな条件ですか?」
「私たちブラウニーは、とにかくミルクが好きなのよ。世界一ミルクを愛する種族だわ。だから、アトリエのスタッフたちに最高のミルクを差し入れてもらうのが条件、ってことにしましょう」
私は最高のミルクと言われ、心当たりを一つ思い浮かべた。
が、思い浮かべるのと同時にそれは却下されるだろうとも思った。
「アステリオスさんのお店で出されてるミランダさんのミルク……じゃダメなんですよね?」
「あ~、確かにあそこのミルクは美味しいけど、みんな飲み慣れちゃってるからねぇ」
そう、ブラウニーの人たちはアステリオスさんのお店の常連なのだ。
私がビリーさんに会うのは今日が初めてだが、実は工房内のスタッフの何人かはなんとなく見覚えがある。きっとお店でご一緒したのだろう。
それだけブラウニーがミルク好きで、ミランダさんのミルクが魅力的だということだ。
ただし、今回それは使えない。
「じゃあ……どこかに美味しいミルクがないか探してみます」
「お願いね、期待してるわよ」
****************
「……というわけなんですが、アステリオスさんは最高のミルクと言われて心当たりはありませんか?ミランダさんの以外で」
誰に聞いたらいいか分からない私は、とりあえずアステリオスさんのお店に来て尋ねてみた。
やはり乳のことなら牛だろう。
ミノタウロスや牛のキメラがたくさんいるこちらの店なら何か情報が得られそうな気がする。
アステリオスさんはカウンターに肘をつきながら考えてくれた。
「最高のミルクねぇ……ミランダのより上等なやつって言ったら、一つくらいしか思いつかねぇな」
「ありますか!?どこで手に入ります!?」
さすがはアステリオスさんだ。伊達に半分牛はやってない。
喜んだ私は身を乗り出して聞いたが、アステリオスは軽く手を横に振ってみせた。
「いや、今は季節的にちょっと無理なやつだ。参考にはならんぞ」
「季節?ミルクに季節が関係あるんですか?」
少なくとも元の世界では牛乳は年がら年中飲めていたので、私は少し驚いて聞き返した。
「まぁ普通の牛乳でも冬が一番脂肪分が多くてコクがあったりはするんだが……今回はそういうことじゃない。俺が思いついたのは『アウズンブラ』っていう牛のモンスターのミルクだ」
「モンスターのミルク、ですか……」
牛乳と季節の件も掘り下げて聞きたくはなったが、モンスターのミルクというのはまたインパクトのある話だ。
そんなもの飲めるのだろうか。
「ミルクに限らず、食べられるモンスターってのは結構いるんだぞ?アウズンブラのミルクは美味いだけでなく、滋養強壮にもなる高級品だ。美食家はもちろんのこと、病人なんかに贈ると喜ばれるから需要も多い」
「じゃあ人気で手に入れるのは難しいってことですか?」
「多少値は張るが手に入らないほどじゃないな。ただし、アウズンブラは春のほんの一時期にしかミルクを出さないんだよ。理由は『塩の氷』と呼ばれる特殊な魔素を含んだ岩塩が、その時期にしか現れないからだ。アウズンブラは『塩の氷』を舐めると大量のミルクを出す」
「岩塩を舐めるとミルクを出す牛……」
「ざっくり言うと、そういうモンスターだな。今はその塩の氷の時期じゃないから市場に出回ってない。普通に手に入れるのは無理だ」
「でも……それじゃその塩の氷っていう岩塩があればミルクは採れるってことですか?」
「それは可能だ。実際、そうやって採取した季節外れのミルクが高値で取引されることもないわけじゃない。ただな、飲食やってる俺でもめったに見ねぇぞ?」
アステリオスさんがそう言うのなら、この時期は買おうと思って買えるものではないのだろう。
なら自分で絞るしかない。
「塩の氷も手に入らないんですか?」
「お前、自分で採るつもりか?」
「出来れば、ですけど」
「まぁ無理な話じゃなかろうが……塩の氷は食用の岩塩としても珍味だ。うちには今は無いが、飲食店を回れば置いてある所もあるかもな」
「飲食店……」
****************
「……というわけなんですが、ネウロイさんの所には塩の氷ってありませんか?」
私は飲食店、と言われたのでとりあえず自分の泊まっている宿屋の主人であるネウロイさんに尋ねてみた。
宿屋の一階は食堂になっており、結構繁盛している。
「いやぁ、うちにも無いですね。確かに珍味ですが、塩の氷はそれほどメジャーな調味料ではないので。しかも入手が困難だと聞きますから、そうそう置いてある店はないと思いますよ」
狼男のウェアウルフであるネウロイさんはワイルドな容姿をしているが、中身はとても親切で世話好きな人だ。
いつも宿泊者の私をあれこれと気遣ってくれる。
今も力になれず、申し訳なさそうに狼の頭をかいていた。
「そうですか……じゃあ、飲食店を回っても無理かな」
私が諦めかけている所に、ネウロイさんの奥さんであるルーさんがアドバイスをしてくれた。
「飲食店よりも、鉱夫とか狩人とか山に詳しい人に聞いてみたらいいかもしれないわよ?ごくまれに山で採取できるって聞いたことがあるから」
「山に詳しい人……」
****************
「……というわけなんですが、ブロンテスさん心当たりありませんか?」
私は鍛冶職人のサイクロプス、ブロンテスさんに尋ねてみた。
何の連絡もなく突然仕事中の鍛冶場を訪れたのだが、ブロンテスさんは嫌な顔一つしない。
気は優しくて力持ちを地でいく良い人だ。
「塩の氷かぁ……確かにたま~に山で見かけることはあるな。でもいま手元にはねぇなぁ」
「そうですか……」
「すまねぇな。代わりといっちゃなんだが、またクウに向いてそうなのを一つ作ってみたんだべ。ちょっと持ってみてくれ」
ブロンテスさんは鍛冶場の奥から盾を持ってきた。それを私に手渡す。
「……すごい!前のよりもだいぶ軽いですね」
「そうだべ?クウでも装備できるように、軽さにこだわったんだ」
ブロンテスさんは以前にお仕事をさせてもらってから、私のための装備を作ってくれている。
ただ、どうしても金属製の装備になるので重いのだ。
一般女子の身体能力しか持っていない私では到底装備できなかった。
「今回はハニカム構造を試してみたんだべ。軽く強くて衝撃をよく吸収する。魔素の形状記憶合金になってて、潰れても魔素加えりゃ元に戻るしな」
盾には確かに所々、蜂の巣のような構造が見て取れた。
もしかしたらこれは結構な発明なのかもしれない。
「どうだ?持てそうか?」
「……ごめんなさい、やっぱり私には重いです」
ブロンテスさんには申し訳ないが、軽いとは言ってもやはり金属製の盾だ。
私が持ち歩くのは厳しいと思った。
「そうかぁ、やっぱりかぁ」
やっぱり、ということはブロンテスさんもある程度予想していたのだろう。
職人として優秀な人なので、その辺りの感覚は鋭いはずだ。
「せっかく作ってくれたのに、本当に申し訳ないんですけど……やっぱり私に金属製の防具は無理なんじゃないでしょうか?」
「でもクウがモンスターと戦うと思うと心配でなぁ。やっぱり身を守るもんを作ってやりたいんだべ。それに色々作ってるのは本当に気にしなくていいぞ。オラの勉強になるし、これまでの試作品も良い値で売れてんだ。これだっていいもんができたから、すぐ売れんべ」
ブロンテスさんは一つだけの大きな目を細めた。裏表のない、素敵な笑顔だ。
私はブロンテスさんのご厚意に改めて頭を下げた。
「ありがとうございます。それであの……塩の氷ですけど、どなたか持ってる人を知りませんか?山関係の知り合いとか」
ブロンテスさんは鍛冶だけでなく、自分で山に入って鉱石も採る。その関係で当たれる人がいないかを私は期待した。
「いやぁ、そんな簡単にはねぇからなぁ。それに売るほどの量も採れねぇし、見つけたら大抵はアカデミーの研究室に寄付してやるんだべ」
「アカデミー……」
なるほど、確かに研究施設ならそういったものは常時持っていそうだ。
それに幸い、アカデミーには一つ伝手がある。
「ありがとうございます。ところでブロンテスさん、せっかく頑張って作っていただいたので、よかったらお礼にまたマッサージでもしますよ?」
「お?ホントだべか?ありがてぇ。クウのマッサージはよく効くからなぁ」
私はマッサージということで、またブロンテスさんのたくましい筋肉をたっぷりと堪能した。
****************
「……というわけなんですが、ダナオスさん心当たりありませんか?」
私はアカデミーの研究員であるドライアドのダナオスさんに尋ねてみた。
なんのアポもなく訪れたが、アカデミーは開放的な施設で特に許可などもなく普通に入ることができた。
研究室の場所もそこらの学生に聞いたらすぐに教えてくれた。ありがたいのだが、セキュリティ上の問題を感じないでもない。
「塩の氷ですか?それなら畜産科の研究室でいくつかは持っているはずですよ」
「えっ!?ホントですか!?」
やった!ついに見つけた!
私はすぐに分けてもらえるようお願いしようと思ったが、その前にふとダナオスさんの顔色が気になって別のことを聞いていた。
「……ダナオスさん、すごく疲れてません?」
ダナオスさんは青白い顔をして、目の下に大きなクマもできている。
ドライアドは半人半植物なので頭から蔦が生えているが、その蔦もくったりとしていて元気がない。
研究室も散らかり放題で、本やら資料やら実験道具やらがいつ雪崩を起こしてもおかしくない状態になっていた。
「そうですね……最近、ちょっと研究が上手くいってなくて」
「え?でも月待ち草は電気で安定栽培ができるようになったんじゃないですか?」
月待ち草は婦人科系の病気に効く薬草で、ちょっとした偶然から電気で安定栽培できそうだということが分かった。
その時には私とイエローも徹夜で実験に協力したものだ。
「お陰様で大規模な栽培を開始できそうなんですが……なぜ月待ち草が電気で成長するのかという原理が分からないんです」
「はぁ、原理……でもそれってそんなに重要ですか?」
素人の私からすれば、原理が分かっていなくてちゃんと栽培さえできれば問題ない気がする。
そうでもないのだろうか。
「原理は重要ですよ。何かしらトラブルがあった時にはその原理を基に原因や対処を考えられますし、原理が分かっているものの方が投資を受けやすくなります。お金を出す側も安心できますから。だからビジネスとしての展開を考えると、原理が解明されていないということは、やはり一つのリスクなんです」
なるほど。そういうものか。
そこで私の頭には大きなキノコが思い浮かんだ。
「……そういえばマイコニドの知人が、『月待ち草が電気で成長するのはキノコの影響かもしれない』って言ってましたけど」
ヴラド公爵家の執事である半人半キノコのマイコニド、ピノさんがそんなことを言っていた。
私がピノさんの頭のキノコを電気で治している時にふと漏らした言葉を聞いて、後でそういう話をしていたのだ。
「え?キノコ?」
「よく分かりませんけど二百年以上生きてるマイコニドの人なんで、キノコ知識はスゴそうでしたよ」
「それは興味深い話ですね……よかったらその人を紹介していただけませんか?」
ダナオスさんはごく軽い調子でそう言ったが、ヴラド公爵城は普通に歩いて丸一日はかかる。
ちょっと遠い。手紙とかでゆっくりじゃダメだろうか。
「えっと……早い方がいいですか?」
「大量栽培の開始予定日がもうすぐなので、結果を急ぎたいんです……そうだ!じゃあその人をすぐに紹介してくれたら、僕の方もすぐに畜産科に掛け合ってみます」
むう、条件を出して交渉してきた。
っていうか、前も徹夜で実験に付き合ってあげたじゃないか。
そう思うと正直ちょっぴりイラッとしたが、ダナオスさんのクマが本気で心配だったので引き受けることにした。
「……分かりました。じゃあ早めに行ってきます」
「やった!!ありがとうございます!!」
ダナオスさんは喜びのあまり、椅子から勢いよく立ち上がった。
そしてその肩が積み上げられた本に当たり、雪崩を起こしてしまう。
「あっ!しまった!」
雪崩は周囲の物を巻き込み、ダナオスさんへ向かって一斉に落ちてきた。
ダナオスさんは必死に頭の蔦を振り回して雪崩抑えようとしたが、空回るばかりだ。
気づけばダナオスさんは本や実験道具たちと一緒に床に転がっていた。
なぜか体中を蔦に縛られて。
「……あうぅ……ほどいてください……」
「……なんでそうなるんですか?」
私は呆れ返ってそう聞いたが、本人にも分かるはずはない。
ただ一つ分かるのは、このドジっ子は天才かもしれないということだ。
前もそうだったが、蔦はなぜかSM風のいやらしい縛り方になって体に食い込んでいる。
私はそれを見下ろして、背筋がゾクリとするのを感じた。以前に自分が縛られた時のことを思い出して、妙な妄想を抱いてしまったのだ。
とはいえ妄想に身を浸してこの状況を放置もできない。ほどくために、とりあえず手近な蔦を掴んで引いた。
するとその蔦は股間に繋がっていたらしく、ダナオスさんが体を痙攣させて少し高い声を上げる。
「あうっ」
その情けない声色に、先程の妄想とは真反対のゾクゾクを感じた。
そしてそのゾクゾクに背を押され、さらに強く股間に繋がる蔦を引く。
「はうぅっ」
(楽しい)
口角が自然と上がってしまうのを自覚した。
それから私はあっちを食い込ませ、こっちを食い込ませしながら、ゆっくりゆっくり蔦をほどいてあげた。
私はまるで生きているかのように動く針と糸を見て、そんなことを考えた。
その針をつまんでいるのは驚くほど器用な指先だ。
針先が布地に沈んでは現れ、また沈む。その繰り返しとともに、指先もまたリズミカルに動いた。
縫い目は時に整然として美しく、時に遊び心を見せて崩される。器用だ。本当に器用な指先だ。
もしこの器用な指に体のあちこちを責められたなら……そんな想像をしてしまうと、ただの針仕事もメスを誘っているとしか思えない。
「見惚れるほと見事でしょう?ブラウニーの縫製技術は」
私はカドゥケウスさんにそう声をかけられ、我に返った。
確かに見惚れてはいたが、理由はちょっと違う。
だが私はあくまで清純派女子なのだ。器用な指先にあれやこれやされる妄想をしていたなどと、口が裂けても言えはしない。
「ほ……本当にすごいですよね。ブラウニーの人はよく見かけてたんですけど、こんなに器用な種族だってことは知りませんでした」
「ブラウニーの針仕事には定評がありますが、中でもこの工房は特に素晴らしい職人が集まっています。うちの店も、服と靴はかなりの割合をこの工房から仕入れているんですよ」
スネークピープルであるカドゥケウスさんは蛇の顔をほころばせた。
相変わらず仏のように優しい笑顔だ。
カドゥケウスさんは服飾店を経営しており、今日は懇意にしているこの工房へ私を連れてきてくれた。
その理由は、私がとあるモンスターを使役するようになったことをカドゥケウスさんに話したからだ。
「あらぁ、カドゥちゃん来てたのね。その子がハイランド・アルミラージのエルダーを捕まえた子?」
私たちに気づいたブラウニーの一人がニコニコしながら歩み寄ってきた。
ブラウニーは小さな種族で、身長は一メートルちょっとしかないだろうか。種族名の通り、全員が茶色の髪と瞳をしている。
「ビリーさん、お邪魔しています。おっしゃる通りこちらのクウさんがエルダー・ハイランド・アルミラージを使役している召喚士です」
ビリーさんと呼ばれたブラウニーは茶色のオシャレあごヒゲを生やしていた。
外見はどう見ても男性だったが、喋り方は女性のそれだ。どうやらオネェ系らしい。
「クウです。よろしくお願いします」
「アタシはビリー、このアトリエのリーダーをしてるわ。クウちゃんね、なかなか可愛い子じゃない」
ビリーさんは片手を差し出して握手を求めてきた。
私がそれを握ろうとした瞬間、手のひらから体へとゾクリした快感がさかのぼった。
「ひゃんっ」
私は高い声を出しながら、慌てて手を引っ込めた。どうやら手のひらをくすぐられたらしい。
「うふふ……ごめんなさいね。アタシ、可愛い子を見るとついイタズラしちゃいたくなるの」
ビリーさんは子供のように笑ってそう言った。
その妙技から、私は工房に入ってすぐ感じたことが間違いではなかったと確信した。
(やっぱりすごく手先が器用で、とんでもないテクニシャンだ……)
きっと針仕事以外も色々お上手なのだろう。
私はそれを想像してハァハァしかけたが、ビリーさんの声ですぐに現実へと引き戻された。
「じゃあ早速だけど、エルダーを出してくれる?」
「あっ、はい。分かりました」
エルダー、というのは私の使役モンスターであるハイランド・アルミラージのモフーのことだ。
ハイランド・アルミラージは強くなると毛や角を魔素で伸縮させられるようになるが、そうなった個体はエルダー・ハイランド・アルミラージと呼ばれているらしい。
名前が長いので、工房や服飾店では単に『エルダー』と呼ぶ。
「モフー、出ておいで」
私が格納筒をポンポンと叩くとモフーが出て来た。
相変わらず良いモフモフ感だ。
「まぁ~ご主人様に似てあなたも可愛い子ねぇ。ちょっと失礼」
ビリーさんがモフーの毛を撫で回した。
「……これはかなり上等な毛ね。本当にうちで刈らせてもらっていいのかしら?」
「はい、お願いします。高地から降りてきて、ちょっと暑いみたいですし」
私がこの工房に来たのは、モフーの毛を刈ってもらい、素材として買い取ってもらうためだ。
ハイランド・アルミラージの毛は丈夫で、多くの属性魔法を防ぐため高級素材として扱われている。
それがさらにエルダーになると、なんと魔素をこめるだけで布地が大きくなったり、破れた服が修復されたりするらしいのだ。
つい先日服がボロボロになって大勢の前で半裸になった私としては、喉から手が出るほどに欲しい機能だ。
ただしそこまでの物を作ろうとすると複雑な工程や追加素材が必要らしく、費用がとんでもないことになるらしい。
加工費だけで軽く百万円は超えると言われたので、自分用にするのは諦めて売ることにした。
(魔素で伸ばした毛を刈って売る、っていうのが出来たら無限に儲かるんじゃないかと思っちゃったんだけど……さすがにそんなうまい話はないんだよね)
モフーの毛は魔素を込めれば伸ばせるが、伸ばした毛は切り取ると元の長さに戻ってしまう。
やはり自然に伸びた分しか売れないのだ。
「それじゃ、今の季節にちょうどいいくらいの長さにしてあげるわね。モフーちゃん、こっちおいで」
ビリーさんに促され、モフーは腰ほどの高さの台に乗った。
「クウちゃん、毛の強度を下げるために魔素はカットして。まぁ、アタシのハサミなら大抵のものは切れるけど」
私は言われた通りにした。
それでもハイランド・アルミラージの毛は結構な強さのはずだが、ビリーさんのハサミは魔素で強化されているのだろう。
本人の言う通り、普通の毛と同じようにスイスイと切れた。
私はその手並みを眺めながら、また感心した。
モフーはあれよあれよという間にサッパリしていく。切る前よりずっとイケメンだ。
「すごい、ビリーさんはトリミングもされるんですね」
「ううん、めったにしないわよ。アタシのお仕事は基本お裁縫だから」
「え!?でもこんなに上手なのに……」
「ハサミは使い慣れてるし、色んなものをオシャレでステキにするのがアタシのお仕事だもの」
私は工房の中を見回した。
ビリーさんの言う通り、あちこちに置かれている服はどれもオシャレでステキだった。
作りかけの部品ですら、思わず心が動くような雰囲気を醸し出している。
私は隣りでトリミングを見るカドゥケウスさんにお礼を言った。
「こんなステキな工房を紹介してくれてありがとうございます」
「礼にはおよびませんよ。この毛で作られた商品はうちの店に卸していただけることになっていますから。なかなか手に入らないものですし、きっとすぐに買い手が付きます。こちらにとっても良いビジネスなんですよ」
柔らかな笑顔で正直にそう言ったカドゥケウスさんに、ビリーさんも同意した。
「カドゥちゃんの言う通りよ。それに私のアトリエだと安くもないけど高くもない、完全に正当な値段でしか買い取らないわよ?最高値で売りたいなら、急ぎで素材を探してるような所を探して回った方がいいかもしれないわ」
ビリーさんの言うようなやり方も決して悪いことではないと思うが、私はそれでもここで使ってもらいたいと思った。
「いいんです。少しですけどここの工房を見て、モフーの毛を一番オシャレでステキにしてくれるのはビリーさんだと思いました」
ビリーさんはハサミを動かし続けながら笑った。
「まぁ~この子は嬉しいこと言ってくれるじゃない。よし、クウちゃんいい子だから余った端切れで何か作ってあげるわよ」
「えっ、ホントですか!?」
それはありがたい。普通に買ったら超高級品だ。
「ええ、アナタに最高に似合うものを用意してあげる。でも、一つ条件を付けさせてもらおうかしら」
「条件……どんな条件ですか?」
「私たちブラウニーは、とにかくミルクが好きなのよ。世界一ミルクを愛する種族だわ。だから、アトリエのスタッフたちに最高のミルクを差し入れてもらうのが条件、ってことにしましょう」
私は最高のミルクと言われ、心当たりを一つ思い浮かべた。
が、思い浮かべるのと同時にそれは却下されるだろうとも思った。
「アステリオスさんのお店で出されてるミランダさんのミルク……じゃダメなんですよね?」
「あ~、確かにあそこのミルクは美味しいけど、みんな飲み慣れちゃってるからねぇ」
そう、ブラウニーの人たちはアステリオスさんのお店の常連なのだ。
私がビリーさんに会うのは今日が初めてだが、実は工房内のスタッフの何人かはなんとなく見覚えがある。きっとお店でご一緒したのだろう。
それだけブラウニーがミルク好きで、ミランダさんのミルクが魅力的だということだ。
ただし、今回それは使えない。
「じゃあ……どこかに美味しいミルクがないか探してみます」
「お願いね、期待してるわよ」
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「……というわけなんですが、アステリオスさんは最高のミルクと言われて心当たりはありませんか?ミランダさんの以外で」
誰に聞いたらいいか分からない私は、とりあえずアステリオスさんのお店に来て尋ねてみた。
やはり乳のことなら牛だろう。
ミノタウロスや牛のキメラがたくさんいるこちらの店なら何か情報が得られそうな気がする。
アステリオスさんはカウンターに肘をつきながら考えてくれた。
「最高のミルクねぇ……ミランダのより上等なやつって言ったら、一つくらいしか思いつかねぇな」
「ありますか!?どこで手に入ります!?」
さすがはアステリオスさんだ。伊達に半分牛はやってない。
喜んだ私は身を乗り出して聞いたが、アステリオスは軽く手を横に振ってみせた。
「いや、今は季節的にちょっと無理なやつだ。参考にはならんぞ」
「季節?ミルクに季節が関係あるんですか?」
少なくとも元の世界では牛乳は年がら年中飲めていたので、私は少し驚いて聞き返した。
「まぁ普通の牛乳でも冬が一番脂肪分が多くてコクがあったりはするんだが……今回はそういうことじゃない。俺が思いついたのは『アウズンブラ』っていう牛のモンスターのミルクだ」
「モンスターのミルク、ですか……」
牛乳と季節の件も掘り下げて聞きたくはなったが、モンスターのミルクというのはまたインパクトのある話だ。
そんなもの飲めるのだろうか。
「ミルクに限らず、食べられるモンスターってのは結構いるんだぞ?アウズンブラのミルクは美味いだけでなく、滋養強壮にもなる高級品だ。美食家はもちろんのこと、病人なんかに贈ると喜ばれるから需要も多い」
「じゃあ人気で手に入れるのは難しいってことですか?」
「多少値は張るが手に入らないほどじゃないな。ただし、アウズンブラは春のほんの一時期にしかミルクを出さないんだよ。理由は『塩の氷』と呼ばれる特殊な魔素を含んだ岩塩が、その時期にしか現れないからだ。アウズンブラは『塩の氷』を舐めると大量のミルクを出す」
「岩塩を舐めるとミルクを出す牛……」
「ざっくり言うと、そういうモンスターだな。今はその塩の氷の時期じゃないから市場に出回ってない。普通に手に入れるのは無理だ」
「でも……それじゃその塩の氷っていう岩塩があればミルクは採れるってことですか?」
「それは可能だ。実際、そうやって採取した季節外れのミルクが高値で取引されることもないわけじゃない。ただな、飲食やってる俺でもめったに見ねぇぞ?」
アステリオスさんがそう言うのなら、この時期は買おうと思って買えるものではないのだろう。
なら自分で絞るしかない。
「塩の氷も手に入らないんですか?」
「お前、自分で採るつもりか?」
「出来れば、ですけど」
「まぁ無理な話じゃなかろうが……塩の氷は食用の岩塩としても珍味だ。うちには今は無いが、飲食店を回れば置いてある所もあるかもな」
「飲食店……」
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「……というわけなんですが、ネウロイさんの所には塩の氷ってありませんか?」
私は飲食店、と言われたのでとりあえず自分の泊まっている宿屋の主人であるネウロイさんに尋ねてみた。
宿屋の一階は食堂になっており、結構繁盛している。
「いやぁ、うちにも無いですね。確かに珍味ですが、塩の氷はそれほどメジャーな調味料ではないので。しかも入手が困難だと聞きますから、そうそう置いてある店はないと思いますよ」
狼男のウェアウルフであるネウロイさんはワイルドな容姿をしているが、中身はとても親切で世話好きな人だ。
いつも宿泊者の私をあれこれと気遣ってくれる。
今も力になれず、申し訳なさそうに狼の頭をかいていた。
「そうですか……じゃあ、飲食店を回っても無理かな」
私が諦めかけている所に、ネウロイさんの奥さんであるルーさんがアドバイスをしてくれた。
「飲食店よりも、鉱夫とか狩人とか山に詳しい人に聞いてみたらいいかもしれないわよ?ごくまれに山で採取できるって聞いたことがあるから」
「山に詳しい人……」
****************
「……というわけなんですが、ブロンテスさん心当たりありませんか?」
私は鍛冶職人のサイクロプス、ブロンテスさんに尋ねてみた。
何の連絡もなく突然仕事中の鍛冶場を訪れたのだが、ブロンテスさんは嫌な顔一つしない。
気は優しくて力持ちを地でいく良い人だ。
「塩の氷かぁ……確かにたま~に山で見かけることはあるな。でもいま手元にはねぇなぁ」
「そうですか……」
「すまねぇな。代わりといっちゃなんだが、またクウに向いてそうなのを一つ作ってみたんだべ。ちょっと持ってみてくれ」
ブロンテスさんは鍛冶場の奥から盾を持ってきた。それを私に手渡す。
「……すごい!前のよりもだいぶ軽いですね」
「そうだべ?クウでも装備できるように、軽さにこだわったんだ」
ブロンテスさんは以前にお仕事をさせてもらってから、私のための装備を作ってくれている。
ただ、どうしても金属製の装備になるので重いのだ。
一般女子の身体能力しか持っていない私では到底装備できなかった。
「今回はハニカム構造を試してみたんだべ。軽く強くて衝撃をよく吸収する。魔素の形状記憶合金になってて、潰れても魔素加えりゃ元に戻るしな」
盾には確かに所々、蜂の巣のような構造が見て取れた。
もしかしたらこれは結構な発明なのかもしれない。
「どうだ?持てそうか?」
「……ごめんなさい、やっぱり私には重いです」
ブロンテスさんには申し訳ないが、軽いとは言ってもやはり金属製の盾だ。
私が持ち歩くのは厳しいと思った。
「そうかぁ、やっぱりかぁ」
やっぱり、ということはブロンテスさんもある程度予想していたのだろう。
職人として優秀な人なので、その辺りの感覚は鋭いはずだ。
「せっかく作ってくれたのに、本当に申し訳ないんですけど……やっぱり私に金属製の防具は無理なんじゃないでしょうか?」
「でもクウがモンスターと戦うと思うと心配でなぁ。やっぱり身を守るもんを作ってやりたいんだべ。それに色々作ってるのは本当に気にしなくていいぞ。オラの勉強になるし、これまでの試作品も良い値で売れてんだ。これだっていいもんができたから、すぐ売れんべ」
ブロンテスさんは一つだけの大きな目を細めた。裏表のない、素敵な笑顔だ。
私はブロンテスさんのご厚意に改めて頭を下げた。
「ありがとうございます。それであの……塩の氷ですけど、どなたか持ってる人を知りませんか?山関係の知り合いとか」
ブロンテスさんは鍛冶だけでなく、自分で山に入って鉱石も採る。その関係で当たれる人がいないかを私は期待した。
「いやぁ、そんな簡単にはねぇからなぁ。それに売るほどの量も採れねぇし、見つけたら大抵はアカデミーの研究室に寄付してやるんだべ」
「アカデミー……」
なるほど、確かに研究施設ならそういったものは常時持っていそうだ。
それに幸い、アカデミーには一つ伝手がある。
「ありがとうございます。ところでブロンテスさん、せっかく頑張って作っていただいたので、よかったらお礼にまたマッサージでもしますよ?」
「お?ホントだべか?ありがてぇ。クウのマッサージはよく効くからなぁ」
私はマッサージということで、またブロンテスさんのたくましい筋肉をたっぷりと堪能した。
****************
「……というわけなんですが、ダナオスさん心当たりありませんか?」
私はアカデミーの研究員であるドライアドのダナオスさんに尋ねてみた。
なんのアポもなく訪れたが、アカデミーは開放的な施設で特に許可などもなく普通に入ることができた。
研究室の場所もそこらの学生に聞いたらすぐに教えてくれた。ありがたいのだが、セキュリティ上の問題を感じないでもない。
「塩の氷ですか?それなら畜産科の研究室でいくつかは持っているはずですよ」
「えっ!?ホントですか!?」
やった!ついに見つけた!
私はすぐに分けてもらえるようお願いしようと思ったが、その前にふとダナオスさんの顔色が気になって別のことを聞いていた。
「……ダナオスさん、すごく疲れてません?」
ダナオスさんは青白い顔をして、目の下に大きなクマもできている。
ドライアドは半人半植物なので頭から蔦が生えているが、その蔦もくったりとしていて元気がない。
研究室も散らかり放題で、本やら資料やら実験道具やらがいつ雪崩を起こしてもおかしくない状態になっていた。
「そうですね……最近、ちょっと研究が上手くいってなくて」
「え?でも月待ち草は電気で安定栽培ができるようになったんじゃないですか?」
月待ち草は婦人科系の病気に効く薬草で、ちょっとした偶然から電気で安定栽培できそうだということが分かった。
その時には私とイエローも徹夜で実験に協力したものだ。
「お陰様で大規模な栽培を開始できそうなんですが……なぜ月待ち草が電気で成長するのかという原理が分からないんです」
「はぁ、原理……でもそれってそんなに重要ですか?」
素人の私からすれば、原理が分かっていなくてちゃんと栽培さえできれば問題ない気がする。
そうでもないのだろうか。
「原理は重要ですよ。何かしらトラブルがあった時にはその原理を基に原因や対処を考えられますし、原理が分かっているものの方が投資を受けやすくなります。お金を出す側も安心できますから。だからビジネスとしての展開を考えると、原理が解明されていないということは、やはり一つのリスクなんです」
なるほど。そういうものか。
そこで私の頭には大きなキノコが思い浮かんだ。
「……そういえばマイコニドの知人が、『月待ち草が電気で成長するのはキノコの影響かもしれない』って言ってましたけど」
ヴラド公爵家の執事である半人半キノコのマイコニド、ピノさんがそんなことを言っていた。
私がピノさんの頭のキノコを電気で治している時にふと漏らした言葉を聞いて、後でそういう話をしていたのだ。
「え?キノコ?」
「よく分かりませんけど二百年以上生きてるマイコニドの人なんで、キノコ知識はスゴそうでしたよ」
「それは興味深い話ですね……よかったらその人を紹介していただけませんか?」
ダナオスさんはごく軽い調子でそう言ったが、ヴラド公爵城は普通に歩いて丸一日はかかる。
ちょっと遠い。手紙とかでゆっくりじゃダメだろうか。
「えっと……早い方がいいですか?」
「大量栽培の開始予定日がもうすぐなので、結果を急ぎたいんです……そうだ!じゃあその人をすぐに紹介してくれたら、僕の方もすぐに畜産科に掛け合ってみます」
むう、条件を出して交渉してきた。
っていうか、前も徹夜で実験に付き合ってあげたじゃないか。
そう思うと正直ちょっぴりイラッとしたが、ダナオスさんのクマが本気で心配だったので引き受けることにした。
「……分かりました。じゃあ早めに行ってきます」
「やった!!ありがとうございます!!」
ダナオスさんは喜びのあまり、椅子から勢いよく立ち上がった。
そしてその肩が積み上げられた本に当たり、雪崩を起こしてしまう。
「あっ!しまった!」
雪崩は周囲の物を巻き込み、ダナオスさんへ向かって一斉に落ちてきた。
ダナオスさんは必死に頭の蔦を振り回して雪崩抑えようとしたが、空回るばかりだ。
気づけばダナオスさんは本や実験道具たちと一緒に床に転がっていた。
なぜか体中を蔦に縛られて。
「……あうぅ……ほどいてください……」
「……なんでそうなるんですか?」
私は呆れ返ってそう聞いたが、本人にも分かるはずはない。
ただ一つ分かるのは、このドジっ子は天才かもしれないということだ。
前もそうだったが、蔦はなぜかSM風のいやらしい縛り方になって体に食い込んでいる。
私はそれを見下ろして、背筋がゾクリとするのを感じた。以前に自分が縛られた時のことを思い出して、妙な妄想を抱いてしまったのだ。
とはいえ妄想に身を浸してこの状況を放置もできない。ほどくために、とりあえず手近な蔦を掴んで引いた。
するとその蔦は股間に繋がっていたらしく、ダナオスさんが体を痙攣させて少し高い声を上げる。
「あうっ」
その情けない声色に、先程の妄想とは真反対のゾクゾクを感じた。
そしてそのゾクゾクに背を押され、さらに強く股間に繋がる蔦を引く。
「はうぅっ」
(楽しい)
口角が自然と上がってしまうのを自覚した。
それから私はあっちを食い込ませ、こっちを食い込ませしながら、ゆっくりゆっくり蔦をほどいてあげた。
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