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13ヴァンパイア1

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(何あれ……誘ってるのかしら?)

 私は初めて出会ったヴァンパイア、ヴラド公の瞳を見た瞬間、そんなことを考えた。

 深い紅の色をした、吸い込まれるような瞳だ。

 その瞳は明らかに私のことを誘っている。こちら側へ来いと、そう訴えている。

 そうすれば何ものにも勝る快楽を得られるのだと、蠱惑的な瞳が語りかけてきた。

 そして私にはそれが嘘ではないということが分かるのだ。まるで霞に包まれたかのような思考の中で、そのことだけは確信を持って理解できる。

 だから私はその瞳の誘惑に身を任せ、ヴラド公へと一歩踏み出した。

 が、その瞬間、

 パァン!!

という大きな音がして、私の首は強制的に右を向かされた。少し遅れて左の頬に痛みを覚える。

「いったぁ……」

 頬を押さえながら左を見ると、そこにはスケさんが飛んでいた。その体勢から、私はスケさんに平手打ちを食らったのだということを理解した。

「スケさん、なんで……」

 私はそこまで言ってから、自分の頭にかかっていた霞が吹き飛ばされているのに気が付いた。

(私、何かされていたんだ!)

 すぐにそう理解できた。

 おそらく精神に影響を及ぼす何かの魔法だろう。平手打ちの痛みとヴラド公の瞳から視線を逸らせたことで、それから逃れられたのだと思われた。

 私はヴラド公と目を合わせないようにその足元を見ながら後ろに下がった。

 距離を置き、間に使役モンスターたちを配置する。

 全員をすぐに召喚使役に切り替えた。モンスターたちが順次、一度消えてまた現れる。燃費は悪くなるが、こうしておけばやられても死ぬことはない。

「……娘よ、名を何という?」

 ヴラド公は口以外を動かさずにそう尋ねてきた。

 あまりにも透き通った静かな声で、私は夜の静寂を耳にした思いがした。

(何が魔法のきっかけになるか分からない!)

 私はそう考えて答えなかった。

 先ほどは目が合うことで魔法をかけられたようだ。だから下手なことはできないと思った。

 しかし、答えない私の代わりにピノさんがあっさりと教えてしまった。

「クウ様とおっしゃいます」

 私の名前を聞いたヴラド公は一瞬体を固め、それから肩を落として深いため息を吐いた。

 どうやら何かに落胆しているようだ。

「そうか……クウ、か。そうだな、アルジェなわけがない。当たり前だ。アルジェの肉体はここにあるのだから……」

 つぶやくようにそう言ったヴラド公の横に、一人の女性が進み出た。

 私はその足元から視線を上げ、それが顔までたどり着くと同時に驚愕した。

(……え?私がいる?)

 その女性の顔は、私と瓜二つだったのだ。

 唯一、その女性には左の目元に泣きぼくろがあるが、それ以外には自分でも違いを見つけるのが難しいほど同じ顔だった。



 驚いた私の目は、思わずヴラド公の顔に向いてしまった。

 そして互いの目が合ったが、今度は先ほどのように思考に霞がかかることはなかった。

 ただ、なぜかその瞳がひどく悲しげだったのが私の胸を打った。


****************


「クウよ、本当にすまなかった。詫びと言ってはなんだが、今宵の食事には贅を尽くさせたぞ。存分に楽しんでくれ」

 ヴラド公はワイングラスを軽く掲げつつ、私に笑顔を向けてくれた。

「ほ、本当にすごいご馳走ですね……」

 私の目の前にはどう考えても食べ切れない量の食事が並べられている。

 しかもヴラド公の言った通り、やたらゴージャスな献立だ。

 焼いた七面鳥が一羽丸々皿に乗っているし、野菜や果物は花の形に切られて美しく飾られていた。こんな晩餐、経験したことがない。

「あの、遠慮なくいただこうとは思うんですが、ほとんどを残すことになるのが申し訳なくて……食べられる量だけ取り分けさせていただければ結構です。残りで失礼ですけど、お城の方にも食べていただければ……」

「そうか、気兼ねさせるのも申し訳ない。そうさせよう」

 ヴラド公がそう言うと、すぐに使用人の女性たちが料理の一部を取り分け始める。

 私はその人たちを眺めながら、あらためて思った。

(すっごい美人だらけ……)

 そう、ヴラド公と一緒に現れた下僕だという人たちは、そのほとんどが超が付くほどの美人女性たちだった。

 まさにハーレムだ。

(でもこの人たち、もしかしてさっきの私みたいに魔法で下僕にされたんじゃ……)

 ふとそんな事が心配になった。

 ヴラド公は長く生きているだけあって私の思考に気づいたのかもしれない。彼女たちのことを説明してくれた。

「その者たちは自ら望んで私の眷属となったのだ。世の中には始祖と呼ばれるヴァンパイアが少数存在するが、その始祖だけが眷属を作ることができる。始祖に忠誠を誓い、血を吸われて死ねば眷属としてヴァンパイアに生まれ変わるのだ。私の配下はピノを除き、そうやって永遠の若さを保とうとした者たちだ」

「忠誠と、永遠の若さ……」

「そうだ。先ほどクウにかけてしまった魅了の魔法とはわけが違う。どちらも私の命令に従わせることができるが、眷属になれば老いから逃れられ代わりに、私への忠誠も生ある限り永遠となる。しかし魅了魔法は時とともに効果が薄れるし、先ほどのように多少の刺激があれば魔法は解ける」

 私はスケさんにぶたれた左頬に手を触れた。

 スケさんにはなぜかそれが分かっていて、私の目を覚まさせてくれたのだろう。

「クウは良い使役モンスターを持っているな。すぐに状況を理解し、自律して術者を守ろうとした。私自身がやってしまったことながら称賛に値する。そしてあらためて謝らせて欲しい。出会い頭に魅了魔法をかけるなど下衆のすることだ。本当にすまなかった」

 ヴラド公はこの調子でずっと平謝りしてくれていた。

 本当に申し訳なく思っているという気持ちがよく伝わってきたので、私としても文句を言うつもりもない。

「いえ……でも、どうしてあんな事をされたんですか?もしかして寝ぼけてました?」

 私は場を和ませようと思ってそう言った。

 ヴラド公は眷属たちとともに、五年間も眠りについていたらしい。ヴァンパイアは老いない代わりに、たまに長期間眠って体をメンテナンスしないといけないのだとか。

(ピノさんが留守って言ってたから城にはいないんだと思ってたけど……実は寝てただけなんだよね。まぁ、五年も寝てるなら留守と変わらないけど)

 どちらにせよもう起きる予定の日だったそうだが、私が扉のトラップ魔法を作動させてしまったために少し早くに目が覚めたらしい。

 とはいえ、寝ぼけて魅了魔法をかけたわけではないだろう。

(なんとなく、理由の欠片は分かるような気がするけど……)

 私はヴラド公の斜め後ろに立つ女性に目を向けた。

 私と瓜二つの顔を持つ女性だ。名前はアルジェさんだと言っていた。

「つい魔法をかけてしまった理由はクウの思っている通りだ。寝ぼけていたからではないぞ。私の妻、アルジェとクウがよく似ているからだ」

 アルジェさんの名前を口にする時、ヴラド公はどことなく寂しそうに見えた。

 しかしその一方で、アルジェさんの表情からはどんな感情も読み取れない。私にはそれが不思議だった。

 他の眷属だという女性たちにはきちんと表情があるし、お客の私に対して笑顔を見せてくれる。

 眷属として命令は拒めずとも、ちゃんと自我も感情もあるようだった。

 しかし、アルジェさんからは一切の意思が感じられないのだ。

「まぁその事はまた後で話そう。今は食事を楽しめばいいではないか」

 ヴラド公はそう言ってワイングラスに口を付けた。中には赤い液体が満たされている。

(吸血鬼が、血を飲んでる……)

 私はさすがにちょっと怖かった。

 ヴラド公はピノさんと同じく優しい紳士だ。

 これまでの言動でそれは分かっているのだが、やはり目の前で人の血を飲まれるとゾッとしてしまう。

「うむ、やはり目覚めた後は渋い赤ワインに限るな。クウもどうだ?二十年もののオールド・ヴィンテージだが、当たり年だぞ」

 あ、赤ワインだったんだ。

 後から聞いた話だが、ヴァンパイアが血を吸うのは特別な時だけらしい。

 食事は普通に摂るし、ただ生きるだけなら血の摂取はごく少量でいいとのことだった。

「いただきますぅ」

 その赤ワインはちょっぴり渋めで、ほんのり大人の味だった。


****************


「今宵の月はまた一段と赤いな。だが、それがまた美しかろう」

「ええ、綺麗です」

 ヴラド公と私はお城の展望塔に立って月を見上げていた。

 食事が終わり、軽い酔いを冷ましながらここで話をしようということになったのだ。

 確かに展望塔からの景色は美しいが、正直な所これまでは赤い月など見ても気味が悪いとしか思えなかった。

 しかし、今は違う。今の私には赤い月がなんだか寂しげに見えた。

 もしかしたらヴラド公の赤い瞳に重ね合わせているからかもしれない。どこか寂しさを滲ませた、美しい瞳に。

「クウもアルジェを見て驚いただろう?本当によく似ている」

「はい。ビックリしました」

「私もだ。しかし、アルジェに関して何か感じたことがあるのではないか?」

「……あの、ちょっと言いづらいんですが」

「構わん、言え」

「他の眷属の方々と違って、アルジェさんだけは……生きているように見えなくて」

 ヴラド公は軽く笑いながらうなずいた。

 私の言うことを笑ったのではない。自嘲しているようだった。

「お前の感じた通りだ。眷属としてヴァンパイアになった者は元の種族としての生を一度終えるが、ヴァンパイアとして新たな生を受ける。しかしアルジェはそうではない。理由は簡単だ。アルジェはヴァンパイアではなく、ただの死体そのものだからだ」

「死体、そのもの?」

「そうだ。魔法の中には死体を操るネクロマンシーという禁術がある。それを使えば生前の姿を保ったまま死体を使役することができるのだ」

「ネクロマンシー……」

 私はその魔法についてなんとも言い難い感想を持った。

 死んだ後の生物の体はただの物だという見方は否定できない。しかし、それを操ることは死者への冒涜に繋がらないだろうか。

「クウよ、お前の感じていることは分かる。そしてだからこそ、このネクロマンシーは法によって規制されているのだ。だが私はそれを使った。心が耐えられなかったからだ」

 ヴラド公は後ろを振り返った。そこにはアルジェさんが無表情に佇んでいる。

 なんの感情も読み取れない人だと思っていたが、本当になんの感情も無かったわけだ。

(私……死んだらこんな顔するのかな)

 私は漠然とそんな事を考えながら尋ねた。

「眷属にはできなかったんですか?」

 ヴラド公は悔しそうに歯噛みしながら首を横に振った。

「ヴァンパイアの始祖たる私でも、すでに死んだ者を蘇らせて眷属にすることはできん。あくまで生きて忠誠を誓う者のみ眷属にできるのだ。私がアルジェに再会できたのは死んだ後だった。それに、そもそも私はアルジェが死んだ時にはまだヴァンパイアではなかった。ただのヒューマンだったのだ」

「えっ、ヒューマン?」

 私は驚いた。目の前のヴァンパイアの始祖は、元々は私と同じヒューマンだったという。

 しかし始祖にヴァンパイアにされた人が眷属なわけだから、始祖は後天的になるものではないと思っていた。違うのだろうか。

 ヴラド公はまた赤い月を見上げた。

 遠い目で、自分によく似た月を眺めながら過去を語ってくれた。

「もう何百年も前になるが、私はこの辺り一帯を治める領主だった。その頃は戦争がよく起こっていてな。領主として隣国と戦い、敗れた私は幽閉の身となった。そしてその幽閉先で、アルジェがこの展望塔から身投げしたことを聞いた」

「身投げ?ここから、ですか……」

 私は展望塔の端に立ち、下を見下ろした。

 城の展望塔は戦時には索敵にも使われる場所なので、地面まで何十メートルもある。

「アルジェは私と離縁し、敵国の男を新たな夫として迎えるよう迫られていたらしい。アルジェは領民から人気があったからな。そうやってこの地を取り込もうとしたのだろう。しかしアルジェはそれを拒否し、死を選んだ。馬鹿な女だ」

 最後の一言は罵倒といえば罵倒だが、私には全くそんなふうに感じられなかった。

 そこには一欠片の侮蔑もなかったからだ。

(ヴラド公はアルジェさんが他の男を迎え入れることも、敵国に屈することも受け入れられたんだ。アルジェさんが死ぬことに比べれば……)

 私にはそれがよく分かった。

 『馬鹿な女だ』というその一言には、限りない愛情が滲んでいた。

「愛してらしたんですね」

「愛?……そうだな、愛していたのだろう。だがクウよ、覚えておけ。愛情が強ければ強いほど、それが裏返った時の憎しみは深くなる。私は幽閉先でアルジェの死を聞き、この世の全てを壊しかねないほどの憎しみを抱いた。そしてその憎しみに思考を塗り潰され、それからしばらくの記憶がない。次に気づいた時には、私は一人で城を落としていた。敵国の主城を」

 私は戦争というものをよく知らないが、城なんて一人で落とせるものではないだろう。少なくとも、ただのヒューマンには。

「私の記憶は串刺しにされた敵国の王族と兵たち、そして口の中に広がる血の味から始まる。私は知らぬ間にヴァンパイアの始祖となっていた」

 どんな力がどのように働いてそうなったのか、ヴラド公にも分からないようだ。

 しかし、現実の結果としてこうなった。愛する人は遠い世界へ去り、自分は齢を重ねてもそこへ行けない体となった。

「私は救国の英雄と呼ばれるようになった。そしてその話を聞いた他の始祖たちが来て、ヴァンパイアに関する様々なことを教えてくれたよ。ヴァンパイアとしての生き方、力の使い方、魔法……その中にネクロマンシーがあった。当時から忌み嫌われる魔法ではあったが、私はそれを使うことをためらいもしなかった。もう一度アルジェの笑顔を見られるなら、倫理など何ほどのことはないと思った。今でもそう思っている」

 私は悲しい気持ちでアルジェさんを見た。

 その顔にはやはり、笑顔どころかなんの表情も見いだせなかった。

「アルジェは笑えと命じれば笑うのだ。だが感情の伴わない笑顔はただ筋肉が痙攣しているのと同じだな。むしろ悲しみばかりが増す。滑稽な話だろう?私は禁術を使ってまで己の望みを叶えようとしたのに、何一つ叶えられなかった。しかもそれを何百年も続けている」

 ヴラド公はまた自嘲した。

 私には滑稽だとは思えない。ただただ切ない恋のお話だ。

「眠りにつく前にいつも思うのだ。全てが夢で、起きたらアルジェに本当の表情が戻っているのではないかと。そんな望みは失望に変わるだけだというのにな……」

 月を見上げるヴラド公の瞳には、胸が苦しくなるような悲哀の色が浮かんでいる。

 その瞳が私の方を向いた。

「……だが、今回だけは違った。起きて扉を開けると、きちんと感情のある顔をしたアルジェがいた。お前だ、クウ。お前だけが私の望みを叶えてくれた」

 ヴラド公は私の肩にそっと手を置いた。

 赤い月明かりが彫像のような顔を照らしている。宵闇が色の白い肌をより美しく魅せた。

「絶対に逃したくないと思い、つい魅了魔法など使ってしまった。しかし今度はそのような卑怯な手段を用いず、正面から申し込もう。クウよ、私の妻になってくれないだろうか」

「お断りします」

 私は即答した。これ以上ないくらい、きっぱりとお断りした。

 ヴラド公はここまで速攻で明確に断られるとは思っていなかったらしい。少々動揺したようだった。

「そ、そうか……よければ理由を聞かせてくれないか?」

「ヴラド公のような人生の大先輩にアドバイスするのもなんですけど、女性を口説くのに『前の奥さんに似てるから』っていうのはやめておいた方がいいと思います。しかもその奥さんの前で」

 死体とはいえ、ちょっとどうかと思う。

 っていうか、今アルジェさんからチリチリした殺気のようなものを感じた気がしたのだけど、私の被害妄想だろうか。

「……それはすまなかった。だが、私の妻となるなら永遠の若さを得ることができるぞ。クウのように若い女は皆、年老いて醜くなるのが嫌だろう?」

「いいえ、私は可愛いお婆ちゃんになるって決めてますから」

 ヴラド公は目を満月のように丸くして私を見た。

 それからその目を細めて寂しそうに笑い、聞き取れるかどうかというくらいの小さな声でつぶやいた。

「お前は顔だけでなく、言うことまでアルジェと同じなのだな……」

「え?」

「いや、なんでもない。お前の回答は了解した。私も無理強いはすまい」

 ヴラド公は私の肩から手を下ろし、踵を返してまた月を見上げた。

「残念ではあるが、私の意に沿わずともクウはこの城のゲストだ。これからちょっとしたショーが始まるから、それを楽しんでいけ」

 ヴラド公が見上げた方へと目を向けると、月に重なっていくつかの影が見えた。

 それは遠目には鳥のようにも感じられたが、どうやらそんな可愛いサイズではないようだ。

 今日は月が明るいので目を凝らすと、そのシルエットが段々と分かってきた。

「あれは……モンスターですか?」

「ワイバーンだ。翼竜、空飛ぶドラゴンだな」

「ド、ドラゴン!?」

「ドラゴンと言っても下位種に属するものだ。一般人にとっては驚異でも、我らヴァンパイアにとってはさほどでもない」

「ででででも、あんなにいますよ!?」

 ワイバーンは数十体はいるようだった。

 私がどもるのも仕方ないだろう。いくらなんでも数が多すぎる。

「そうだな。今回は少々数が多いようだ」

「今回って……今までも同じようなことがあったんですか?」

「何度もあった。封建制が終わり、共和制に移行しても私がこの城周辺の土地を領有することが認められているのはこれが理由だ。この城のすぐ下には魔素の集まる地脈があり、多くのモンスターがここを縄張りにしようと攻めてくる。しかし地脈は魔石を生成する貴重な資源だし、この辺りにモンスターの巣を作られては物流上も困る。だから我らにこの土地の防備させる代わりに、領有を認めているのだ」

 大人の事情はよく分かったが、目の前に迫った危機はそれで解決するわけでもない。

 私はガルーダのガルを召喚した。魔素消費は大きいが、空飛ぶワイバーン相手ならガルがいいだろう。

「お手伝いします」

「ほう、ガルーダを使役しているのか。しかしショーだと言ったろう?お前は見ていればいい」

「参加型のショーだと思います」

 ヴラド公は苦笑してからうなずいた。

「……なるほどな。まぁよかろう。それに今回は確かに数が多い。助かるというのが正直なところだ」

「その代わり、魔素の補充薬があったらたくさん欲しいんですけど……」

「お持ちしました」

 そう言って展望塔に現れたのはピノさんだ。

 私のガルを一度見ているので、戦うのなら必要だと思ったのかもしれない。

 さすが熟練の執事だ。ビックリするほど気が利く。

「クウ様、重ね重ね申し訳ございません。アルジェ様のことを言わずに城へ招き、戦いのお手伝いまでさせてしまって」

「あ、いえ、まぁ……」

 ピノさんは私をひと目見てアルジェさんにそっくりだと思っただろう。だから清掃の仕事に三倍も報酬を出すと言ってきたのだ。

 半分騙されたようなものだが、文句をいうほどの筋があるかというと微妙なところだ。

 確かに美味しい仕事ではあった。

「ピノ、報酬を上乗せしてやれよ。眷属たちの準備は整っているか?」

「万端でございます」

「よし、では行くぞ」

 ヴラド公はなんの前触れもなく宙に浮いた。

 ヴァンパイアにとっては当たり前のことのようで、眷属のお姉さま方も同じように空を飛んでいる。

 私はガルのそばへ行き、首筋を撫でてやった。

「みんなでお掃除してたのに、ガルだけ参加させなくてごめんね。今から思いっきり暴れていいから」

 ガルは私の言葉に応えて高い鳴き声を上げ、それから嬉しそうに飛び上がった。
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